獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

文字の大きさ
上 下
277 / 605
幸福の定義は人それぞれ

魅了の効果

しおりを挟む
「うわぁ~! モッフモフですよ?! かわいい~!!」

 言うと思った。

 確かに、小さいし、ふかふかの毛皮に包まれた見た目は、可愛いかもしれんが、相手は魔獣。

 しかも隣には、敵意全開のフェンリルが控えているだろう?
 ちゃんと見えているか?
 ティムしなければ、触れないのだぞ?

「レン。クオンとノワールを連れて、暫く下がっていろ」

「えっ? どうして?」

 それは、今からこの親子を討伐するから。
 無慈悲な俺の姿を、君に見せたく無いんだ。

「・・・・」

「・・・討伐するの?」

「そうだ」

 番の眉根が寄せられ、悲しそうな顔になった。

 魔獣であっても、幼子は可愛らしいし、子を守ろうとする親の姿は尊い。

 レンの気持ちは痛いほど分かる。

 だが、相手は魔獣。
 人に害をなす以上、見逃すことは出来ん。

「分かったら、クオン達と後ろに」

 馬のから下ろそうと細腰に回した手を、レンが掴んだ。

「あの!! 魅了が効くか試したいです!」

「は? 魅了? 今?」

 なぜ急にそんな事を?

「私の魅了は、人だけじゃなくて、魔物や幻獣にも効くって、アウラ様が言ってました。本当かどうか、一度は試した方がいいと思うんです!」

「いや。まぁそうだが・・・」

 何も今でなくとも・・・。
 いや。こんな機会はそうは無いのか?

「クオンとノワールを連れて行くから。ね? お願い」

 クウーーーッ!
 ここで、そのおねだりを使うのか?!

 可愛すぎる。

 クソッ!どうしてくれようか!!

「だめ?」

 あざとい!でも可愛い!!
 絶対分かってやってるだろ?!

「ああ!! もう!! マーク!! 警戒体制で待機!!」

「え? あっはい!!」

「クオン!ノワール来い!!」

「閣下、宜しいのですか?」

 2匹のドラゴンと一緒に近づいてきたミュラーが、俺の隣にきてヒソヒソと、聞いてきた。

「いつかは試さなければならない。何かあれば俺が対処する。それにクオンとノワールが居れば、少なくともレンが怪我をすることは無いだろう」

 それに、レンはモフモフは正義だと言う。
 そんなレンが、俺にとっての正義だ。
 ならば、望みは叶えてやらねばなるまい。

「ありがとう、アレク!!」

 番は嬉しそうに、胸に抱きついてきたが、俺としては、天を仰いで溜息を吐きたい気分だ。

「いいか?絶対無理はするな。フェンリルが襲ってきたら、クオンかノワールの影に隠れるんだぞ」

 番は胸の前に拳を握り、うんうん と頷いているが、本当に分かっているのだろうか?

「クオン、ノワール。絶対レンを傷つけさせるなよ」

「りょうかい」
「はい」

 片言で答えたドラゴンと共に、地面に滑り降りた番は、俺を見上げニッコリと微笑んだ。

「それじゃあ、行ってきます。・・あっ、みんなをもう少し下げてもらえますか?」

「あまり離れると、何かあった時対処しにくい」

 するとレンは難しい顔で、小首を傾げた。

「ん~~。でも、魅了の範囲が分からないので」

「これ以上離れるのは駄目だ。もしこの位置で影響が出る様なら、次回はもっと下げるようにしよう」

「分かりました!じゃ本当に行きますね?」

 頷き返すと、レンは小さく手を振り、ドラゴンを従えて、ゆっくりフェンリルの親子へと向かって行った。

 それを遠目で見ていた、マークや他の班の連中が、息を飲み一瞬ざわついていたが、魔獣の群れを刺激しないよう、皆が一様に歯を喰い縛り、息をつめてレンの行動に注視した。

 おねだりに負け、レンを送り出したはいいが、俺は既に後悔している。

 極寒の森の中、手綱を握る手は、ぶ厚い革の手袋の中で、嫌な汗が滲んでいるのが分かる。

「相変わらず、レン様に甘いですなぁ。」

「ミュラーは、番のおねだりを拒めるのか?」

「はははっ!無理ですな! ですが有難い事に私のザックは、こんな危険なおねだりをしたことが有りませんからね」

「だろうな」

「閣下とレン様だからこその、おねだりですから。私は帰ったら、ザックが欲しがっていた、服を買ってやることにしますよ」

 そうだよな。
 普通は服や宝飾品を強請るものだよな。
 危険な魔獣を手懐けたい。
 なんて言わないよな?

 しかし、その普通ではない番を、可愛いと思ってしまうのだから、仕方がない。

 皆がレンの動きを固唾を飲んで見守る中、当の本人は散歩を楽しむような、軽い足取りでフェンリルへと歩いている。

 その姿を見守る騎士達が緊張するのは理解できるのだが、今し方まで牙を剝きだし、騎士達に襲い掛かっていた、シルバーウルフまでが、戦意を納め、耳をピンと立てて、レンの姿を目で追っている。

 雪に足を取られながら、フェンリルが張った結界の前に立ったレンは、そっと手を伸ばした。

「おいで~ こわくないよ~」

 レン・・・・犬じゃないから。
 フェンリルだぞ?

「チッ チッ チッ おいで~」

 そんな、ゆるゆるな喋り方で、しゃがみ込んで舌を鳴らしても、来ないと思うのだが・・・

「って、来るのか?!」

 フェンリルは警戒心むき出しで、レンを威嚇し続けているが、その足元から、4匹のシルバーウルフの子供が、転がる様にテチテチとレンへと近づいてきた。

 そして、結界に触れると、結界の壁に前足をつけ、後ろ脚でぴょんぴょん飛び跳ね喜んでいる。

「かわい~ねぇ~」

 嘘だろ・・・子供でも魔獣のシルバーウルフだぞ?

「ママもおいで~」

 レンがちょいちょい と、手招くと、それまで鼻に皺を寄せ、牙剥きだしていたフェンリルが、急に大人しくなり、鼻の頭をぺろりと舐めた。

 犬が良くやる様に首を傾げ、レンの様子を伺っていたフェンリルが、一歩足を踏み出した。

 その時。

 ドクンッ!!

 心臓の鼓動が一拍大きく胸をたたき、周囲にレンの香りが満ちて、雪白の世界に、薄桃色の風が流れた様に見えた。

 よろよろとレンへ近づいたフェンリルが、子狼の隣に立つと、結界が解かれた。

 そのままレンの足元に伏せたフェンリルは、ゴロンと仰向けに転がり、腹を出して降参と服従のポーズをとった。

「いい子だねぇ~。おなか撫でていいの?」

 呆気に取られる俺たちを他所に、レンは嬉しそうにフェンリルの腹を撫で、膝の上に子狼を乗せて、ご満悦だ。

 こうなると、伝説のフェンリルも、ただの巨大な犬にしか見えない。

 ふと雪を蹴る足音に気付き、身構えたのだが、フェンリルのもとへ駆け寄るシルバーウルフの様子がおかしい。

 さっきまで騎士と死闘を繰り広げていた、シルバーウルフが、飼い主に呼ばれた犬の様に、ブンブンとちぎれんばかりに尻尾を振り、レンを庇い立ち塞がったクオンの足元で服従の姿勢を取ったのだ。

「凄いですね。これが魅了の効果ですか」

 目にしたものが信じられないのか、ぼんやりと呟くミュラーの後ろは、もっと大変なことになっていた。

 レンの魅了にあてられた騎士達が、馬から降り、目をハートにしてフラフラとレンへ近付こうとして、他の騎士たちに羽交い絞めにされている。

「バカッ!! しっかりしろ!!」

「閣下に殺されるぞ!!」

「お前、気は確かか?!正気に戻れ!!」

 失礼だな。
 実害がなければ、命までは取らんぞ?
 死んだ方がましな、鍛錬は与えるかもしれんがな?

 取り囲んで居た筈の、シルバーウルフ達に出し抜かれた、2.3.5班へ目を向けると、俺が率いていた1班と同じ様に、魅了にあてられた騎士達を取り押さえるのに必死だった。

 4班の騎士が影響を受けていない様に見えるのは、この連中が番持ちと、恋愛より趣味!と豪語する、変人の集まりだからか?

 う~む。
 思ったより広範囲で影響が出るな。
 これは、何かしらの対策を急がせねばならんな。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

腹黒宰相との白い結婚

恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道

Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道 周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。 女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。 ※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※

婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。

悪役令嬢ですが、ヒロインが大好きなので助けてあげてたら、その兄に溺愛されてます!?

柊 来飛
恋愛
 ある日現実世界で車に撥ねられ死んでしまった主人公。    しかし、目が覚めるとそこは好きなゲームの世界で!?  しかもその悪役令嬢になっちゃった!?    困惑する主人公だが、大好きなヒロインのために頑張っていたら、なぜかヒロインの兄に溺愛されちゃって!?    不定期です。趣味で描いてます。  あくまでも創作として、なんでも許せる方のみ、ご覧ください。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

処理中です...