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幸福の定義は人それぞれ

フェンリル

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「なかなか出て来ませんねぇ」

 白い息を吐き、手袋をつけた手をこすり合わせながらレンが呟いた。

 寒さで頬と鼻が赤くなった顔が、子供のように可愛らしくて、切迫した討伐の最中にも関わらず、思わず顔が緩んでしまう。

「そろそろじゃないか?」

「どうして分かるの?」

「シルバーウルフは群れで生きる魔物だ、群れのリーダーは、仲間からリーダーたる資格があるかを、常に試されている。このまま仲間を見殺しにすれば、フェンリルといえども、リーダーどころか、仲間の一員として認められなくなるからな」

「ふ~ん。その辺は普通の狼と変わらないのね」

「どの辺に居るか、気配でわかるか?」

「気配かどうかは分からないけど、あの茂みの向こうあたりが怪しい気はします」

「正解だ。レンは俺よりも探知が上手いな」

「えへへ」

 頭をなでて褒めてやると、番はへにゃりと嬉しそうに笑った。

 討伐の度、レンが無理をしているのを俺は知っている、優しい番は、魔の物であっても、命が刈り取られる姿を見るのが辛いのだろう。

 最初からレンが浄化を出来るのなら、その方がレンにとっては辛くないようだ、だがレンに頼りきりでは、部下は育たない。

 それを分かった上でレンは優先順位をつけ、何も言わずに堪えてくれている。
 そして討伐が終わり、息絶えた魔物たちを浄化するときに、レンは静かに涙をこぼすのだ。

 今レンは、神の代理人として、帝国の国民から信仰の対象となりつつある。
 いや、既に成っている。

 それを受け、皇宮と大神殿の立て直しに合わせ、愛し子のための離宮を建設する計画が持ち上がった。

 これを言い出したのは、アーノルドではなく、新しく大司教の座を争っている神官と一部の貴族達だ。
 
 彼らは皇宮と神殿を隣り合わせて建設し、その中間に、愛し子の離宮を建設する計画を議題に掛けたのだ。
 
 大司教に選任されたわけでもない、一介の神官が、貴族を通して勝手な要求をごり押ししてきた。

 これにアーノルドは、不快感を露わにし、ロイド様の逆鱗に触れた。

 この俺も同様だ。

 神殿の威信を取り戻すために、彼等も必死なのだろうが、やり方と前提が間違っている。

 レンは神殿に入る意思はなく、また彼等を擁護する気も無い。
 アーノルドも神官達に以前のような権限を持たせるつもりは、微塵もないのだ。

 アーノルドの考えだと、恐らく以前からある神殿の組織は解体され、ヴァラク教と同じ様に取り締まりの対象となる可能性が高い。

 それほど、神殿とヴァラク教との繋がりが強かったからだ。

 愛し子を信仰の対象とすることは、避けられないかもしれない。

 だが、アーノルドが考えているのは、アウラ神、ドラゴンのクレイオス、愛し子の三柱を祀る、創世神話に基づいた信仰の場であり、愛し子は神の代理人ではあるが、あくまでも信仰の象徴としての位置付けになる。

 そもそも愛し子は、アウラ神から神の頼みさえ聞きさえすれば、あとは好きに生きて良い、とのお墨付きを貰った存在だ。

 レンだけでなく、次代以降の愛し子も、神の意思により、神殿に縛り付けることは出来ないのだ。

 創世のドラゴンと言う最強の後ろ盾と、皇家の信頼を得たレンを、自分たちの思い通りに出来る、と妄想すること自体が間違っている。

 そこを神官や、利権に目が眩んだ貴族達は、全く理解していない。

 権力者が神への信仰を強制することは、普通なら良い事とは思えないが、腐敗しきった神殿と神官から、民を救い。
 本来の神の教えを説く場を創るという、大義名分がアーノルドにはある。

 その為なら、レンも協力すると言っているし、レンが協力するならクレイオスに否やは無い。それに正しい信仰心は、弱ったアウラが力を取り戻す助けになるのだ。

 この一件で、ヴァラクと言う敵を消し去ることは出来たが、今度は問答無用で武力で抑え込めない、皇家vs貴族と神官の、陰湿な争いが始まった、と言う訳だ。

 しかし目下の課題は、フェンリルの討伐。

 このままだと群れは全滅だ。
 群れのリーダーが救援に出て来なければ、今いる群れの生き残りが、逃げ出してもおかしくない。

 しかし、これだけ仲間がやられていても、姿を見せないとは。
 単に臆病なのか、何かを狙っているのか・・・・。

 狙いがあるとすれば、それは何か?

 年を経たフェンリルは知能も高く、人語を解すると言う。
 ここのフェンリルは、シルバーウルフから変じてまだ間がない、伝説として語り継がれるような知能は、まだ持ち合わせていないはず。

「・・・・面倒だな」
 
 フェンリルが隠れている、凡その位置は判っている。
 打ち漏らしが無いように、フェンリルが姿を現したところで、一網打尽にする予定だったが、逃げられる前に炙り出すか?

「ミュラー。計画変更だ。逃げられる前にフェンリルを炙り出す。警戒と迎撃の合図を送れ」

「了解」

 ミュラーに命じると、伝令役の騎士が合図のラッパを吹き鳴らした。
 
 マークは合図に従い、陣形を立て直し、シルバーウルフと対峙しながら、フェンリルへの迎撃へ備えている。

 流石の手腕だ。

 久しぶりの現場の指揮にも関わらず、よく統率が取れている。

 レンの専属護衛は、今の所マーク以外に考えられないが、クオンとノワールがもう少し物になったら、マークにはぜひ現場復帰をお願いしたい。

 そのクオンとノワールは、命じられなければ、レンの傍を片時も離れず、この討伐にも着いて来ている。

 見た目は人の子供の姿をしているが、その本質はドラゴンだ、戦闘の渦中に放り込まれても、そこらの騎士よりは成果を上げられるかもしれない。

 しかし、そんなことをレンが許す筈も無く。
 今は俺たちの後ろに静かに控えて、戦闘の様子をじっくり観察して居ている状態だ。

 ただこのドラゴン二匹は、人の姿を取ってはいても、人語を話すことが出来ない。
 こちらの言う事は全て理解しているようなのだが、言葉を発する事は難しいらしい。

 クレイオスが言うには、ドラゴンの基本的な会話は、念話なのだそうだ。
 そして、ドラゴンの口の形状で、人語を発するのは、なかなかの高等技術だとも言っていた。

 念話でなら、今もレンや俺とも会話ができるらしいのだが、人語の発声の仕方を学ぶために、人との念話を禁じているのだそうだ。

 レンは根気よく二匹に語り掛け、言葉を教えている。
 今は、簡単な単語を、いくつか話せるようになって来た所だ。

 さて、陣形も整った。
 シルバーウルフの囲い込みも万全だ。
 そろそろ、本命のフェンリルに登場してもらおう。

 クレイオスに課された修練の成果で、あれだけ苦手だった、探知もそれなりの精度で行えるようになった。

 今の俺なら離れた位置に居る標的に、魔法を放つことなど造作もない。
 核を狙えば瞬殺できるだろうが、どうしたものか。
 レンと騎士の安全か、騎士たちの成長か・・・・。

 ふむ。相手の力量がはっきりしない以上、安全を優先させるべきだな。
 しかし、フェンリルの周りに、弱い核の反応があるな。
 魔物の中には、自分の周りに取り巻きを置きたがる個体が居るが、このフェンリルも同じだろうか。

 取り敢えず、お手並み拝見だな。

 基本的に、森の中で炎を使うのはご法度だが、この森は雪に埋もれている。

 そして魔獣は炎を本能的に恐れるものだ。

 俺は躊躇なく、フェンリルが隠れている茂みの奥に、核を目掛け劫火を打ち込んだ。

 俺の放った劫火は、降り積もった雪を溶かし、茂みを焼き払い、濛々と蒸気を煙らせた。

 この手応えは・・・・結界か?

 湧きあがった蒸気が霧氷となり、木々の枝に張り付いた後に見えたのは、結界の中で四肢を踏ん張り、牙をむき鼻にしわを寄せた、白銀の狼だった。

「やるな・・・流石フェンリルだ」

 中々に威風堂々とした姿だ。

 しかし威嚇はしているものの、こちらに襲い掛かって来るでもなく、逃げるでもない。

 魔獣にしては様子がおかしい。

「あっ!! アレクあれ見える?!」

「う~ん」

「小っちゃくてかわいい!!」

 これは困った。
 レンの前で討伐は出来んぞ。

 結界の中で、フェンリルが守っていたのは、4匹のシルバーウルフの子供だった。
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