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幸福の定義は人それぞれ

現場復帰

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 帝国内数か所に、魔法陣の起点として置かれた呪具の破壊と浄化は、クレイオスの助力もあり、終えることが出来た。

 瘴気溜まりや魔物の数も、徐々にだがその数を減らしてきている。

 しかしそれは、あくまでも減少で、消滅ではない。

 ヴァラクが気の遠くなるような長い年月をかけ、生み出してきた瘴気と魔物だ。
 消滅させるには相応の刻が必要だろう。

 俺達騎士団は、魔物を退け民を助ける。

 レンが土地と水源を浄化し、瘴気により病を得た人々を助けていく。

 気が遠くなる作業だが、投げ出すことは出来ない。

 しかも魔物の被害は帝国に限った事象ではない。
 他国にもその被害は及び、ヴィース全体の問題となっている。

 恐らく、このヴィース全体を覆う呪いの様に、ヴァラクは教義と計略をもって、世界中に魔物を広めていったのだろう。

 始まりがどうあれ、数えきれない人間の、負の感情を寄せ集めて出来上がった、ヴァラクと言う存在が、この世界に残した負の遺産は、想像をはるかに超え、世界に深く根を下ろしてしまっている。

 それでも、神の愛し子の招来を受けた帝国は。他国に先んじて希望を得ることが出来たのだ。

 これは帝国に対する、羨望と嫉妬となり、レンの誘拐を試みる愚か者は枚挙に暇がなかった。

 第二騎士団が個別に排除した者も、相当数に上る。

 それ以上に、他国が関与した誘拐計画は、計画も綿密で投入された間者や雇われたもぐりの傭兵の人数も、大規模なものだった。

 ウィリアムは心を病んだ皇帝だったが、政治的な手腕は確かだった。

 他国が送り込んだ、間者を排除しそれを使って、逆に他国に圧力をかける事も忘れなかった。

 ”おかげで輸出入の交渉が有利になったんだよね、レンちゃんに感謝しなくちゃ!”

 などと、喜んでいたのが昨日の事の様だ。

 それも、内々ではあるが、俺とレンが婚姻した事と、創世のドラゴン、クレイオスがレンを守護しているとの話が広まったことで、帝国からレンを奪うことは無理だ、とレンを狙い続けた連中も悟ったらしい。

 帝国からレンを奪おうという動きは静かになったが、アウラ神がレンに与えた”魅了”という加護の影響から、心から安心できる環境には程遠い。

 レンと二人自領に籠り、静かに暮らせる様になるのは、何時の事だろうか。

 本当に道は長い。

 そして今、蜜月とは程遠い休暇を終えた俺とレンは、一個小隊を引き連れ、雪に覆われた森の中に居る。

 冬も半ばを過ぎ、山や森から飢えた魔獣が餌を求め、人里を襲い被害が続出する時期になった。

 例年通りなら冬季を前に、俺達や第3・第4騎士団と各領の騎士団。町や村に雇われた傭兵が、魔獣の間引きの為に、大規模な討伐を行うのが常だが、今期は討伐前の大厄災での被害が大きく、間引きが出来ずに冬を迎えた地域も多い。

 それに加え、今季は冷え込みが厳しく、今月に入ってからの大寒波は、皇都近くの村々でも凍死者を出すほどの、記録的な冷え込みと降雪量となった。

 ここで、悪循環による魔獣の被害が急増することになる。

 大規模な討伐が減り、間引きされなかった魔獣は、例年より早く餌が枯渇し、人里近くに降りてきていた。
 そして記録的な冷え込みと降雪により、人は暖を取るための燃料が足りなくなり、薪を求め森や山に入り、魔獣に襲われる被害が続出。

 また頭の良い個体が率いる魔獣の群れは、山に入った人間の後をつけ、見つけた町や村を襲撃するという、悲惨な被害が続出する事態に陥った。

 状況的に仕方がないが、冬支度に力を入れ、雪に慣れている北部では見られない状況での、被害の増加だった。

「4班、防護結界展開!!3班、5班回り込め!!」

「「「了解!!」」」

「マーク!群れの動きを崩せ!!」

「了解!! 2班突撃!私に続け!!」


 マークが率いる2班は、真っ赤な攻撃色で瞳をギラつかせた、シルバーウルフの群れに突っ込んでいった。

 この群れのリーダーは狡猾で、薪を拾いに来た町民の後をつけ、夜間に町を襲撃。
 町の財産である家畜を、ほぼ全滅に追い込んでしまった。

 町長もシルバーウルフ対策に傭兵を雇ったが、狡猾で素早いシルバーウルフには手を焼いていたらしい。

 それでも、家畜への被害はあったが、傭兵の頑張りにより人的被害はなかったのだが、何度目かの襲撃の際、傭兵により手傷を追ったシルバーウルフのリーダーが、命の危機に瀕しフェンリルに進化してしまった。

 元々頭もよく、力を持っていたシルバーウルフが、仲間を守るためにより多くの力を求めた結果なのだろう。

 しかし、唯のシルバーウルフの群れなら、ギルドの傭兵でも対処が可能だが、生まれたばかりとは言え、相手は幻獣クラスのフェンリルだ、その知能も攻撃力も一介の傭兵では手も足も出ない。

 この地域の担当は、ゲオルグ率いる第4騎士団だが、相次ぐ救援要請で手が足りず、第2騎士団に救援要請が回ってくることになった。

 バトルジャンキーのゲオルグは、フェンリルと戦えるまたとない機会を逃すまいと、最後まで自分が行く、とごねていたらしい。

しかし今ゲオルグが居るのは担当区域の南端、フェンリルが現れた北の端の町までは、ポータルを利用しても日数が掛かる上に、記録的な豪雪により、遠征先の近場のポータルが故障してしまっては、諦めるより他なかったようだ。

 唯のシルバーウルフが、フェンリルに進化を遂げたとなれば、近くに瘴気溜まりがあり、その影響を受けたとも考えられる。

 となれば、討伐と共に浄化は必須。

 要請が来た当初は、病み上がりのレンを連れてくることに、不安を感じたものの、パフォスの診断でレンは婚姻前よりも健康な状態に回復したことが分かった。

 これは、二人の関係で最大の問題だった、夜の営みが、逆に良い方向へと働いた結果らしい。

 パフォス曰く、二人の魔力がより深く混ざり合い、穏やかに循環する事で、レンの傷ついた魔力経路を補修し、また強くする事に繋がった、とのことだった。

 これは同時に、俺とレンの間に魔力の流れる道が作られ、手を繋ぐだけの、軽い身体的な接触であっても、互いの魔力と身体的なエネルギーを、補完し合うことができる様になったのだそうだ。

 ”災い転じて福をなす” とレンは笑っていたが、俺は、レンの故郷の言葉は、趣の深い言葉が多いな、と感心させられていた。

 そんな訳で、この遠征に問題なくレンも参加しているのだが、問題は別の所にあった。

 何故、副団長が率いるべき、2班をレンの専属護衛であるマークが従え、オオカミの群れに突撃しているのか。

 それは、この冬の寒波にロロシュが耐えきれず、寝込んでいるからだ。

 去年の冬は、暖冬で冷え込みも緩かった。

 それに、ロロシュが第2へ移動になったのは、春になってからの事で、パールパイソンの越冬事情はよく知らなかった。

 影の一員だったころのロロシュは、冬の寒さが厳しくなると、南部の仕事を廻してもらうか、休暇を取ることが多かったらしい。

 そんなロロシュも、レンの作った魔道具のベストの恩恵をかなり受けては居たようだ。

 だが、今年の寒波はレンの魔道具の性能を超え、ロロシュから体を動かす自由を奪い、絶え間ない睡魔と戦う羽目に陥った。

 ウィリアムの喪が明け、アーノルドの戴冠と、俺とレンの対外的な婚姻式が行われた後、マークとロロシュの婚約も発表される。

 これはメリオネス侯爵家の、正式な後継者として、ロロシュの披露目の場でもある。

 二人とも、忙しい合間を縫い、婚約式の準備に入っていたのだが、主役の一人が暖炉の前で毛布にくるまり、日がな一日うつらうつらとしているばかりでは、どうにもならない。
しかし、マークがそのことを気にしていないので、俺たちがとやかく言う筋合いもなく。

 ロロシュが復活するまでは、空位の副団長席をマークに任せている状態だ。

 第二騎士団には、マークへの信奉者が大勢いる。
 このまま春までロロシュが戻らなければ、副団長をマークに戻せと言う嘆願書が贈られてくるだろう。

 だからと言って、はいそうですか、と言って、入れ替えられるほど、副団長の席は易くはないのだがな?
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