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エンドロールの後も人生は続きます

至福の時

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 離れていた間の事を報告し合い、自室に食事を運ばせ、久しぶりに風呂で手足を伸ばした。

「ガチガチに凝ってますよ? ずっと野営だったんですか?」

「辺鄙なところばかりだったからな。一月の間クレイオス以外は、幻獣と魔物しか見なかった」

 固まった体が、暖かい湯と番の優しい手に解されていく。

 まさに至福。

「南部の海と、西部の砂漠のど真ん中でしたよね?私も一度行ってみたいです」

「そうだなぁ。南部の海はいいが、砂漠はあまり勧められんな」

「なんで?」

「海は水も透明で、色とりどりの魚がいて綺麗だったし、魔物もあまりいなかった。だが、ラメル砂漠は、朝焼けと夕焼けは美しいが、環境自体も過酷だし、大型の魔獣がうじゃうじゃしていて、死の砂漠と呼ばれるほどだ」

「へぇ~。月の砂漠なんてちょっとロマンだなって、思ってたけど。やっぱりヴィースだと違うのね」

「砂漠がロマン? 危険しかないのに?」

「ん~。あちらでは、砂漠を題材にした、ちょっと物悲しい歌もあるし、学術的に価値の高い、古代文明の遺跡が砂漠の中に結構あるんです。砂に埋もれてしまった、未発見の遺跡もあるらしいですよ?」

「古代文明?」

「伝承とか神話に出てくる文明が、砂漠に埋もれてしまったけれど、実は実在してました、って感じです。何千年とか、何万年も前、的な」

「ほお~。クレイオスが、レンの世界は歴史が古い、と言っていたが本当なんだな」

「そうですねぇ。古すぎて、遺跡の時代を調べるのも大変みたいですよ?学説では最古の文明は大体8千年くらい前、って事になってるのですが、それより古くて高度な文明が発掘されちゃったりして、学者さんが頭抱えてるらしいです」

 そんな古い時代の事を調べる学者が大勢いるのか、文化の成熟度の違いを実感するな。

「それに世界史の授業で必ず習うのですが、砂漠には、シルクロードっていうキャラバン、商隊が通る道があったんです。大陸の東の大国から西の大国まで、ラクダっていう動物に絹織物を乗せて、砂漠を渡ったんです」

「砂漠を商隊が・・・そんなことをこっちでやったら、瞬殺だな」

「瞬殺ですか?」

「そうだな、砂漠に踏み込んで、5ミンも掛からないうちに、サンドワームに丸吞みにされるな」

「そんなとこに、何日もいたんですか?!」

「まぁ・・・鍛錬にはなったな」

「だからこんなに、体中凝ってるのね?」

「俺の事はいいから、レンも病み上がりなのだから、ゆっくりしなさい。それとも俺が揉んでやろうか?」

 本当なら、俺が番の世話をしなければならないのだが、野営続きだった俺を、レンが気遣ってくれた結果、湯に沈めた手足を揉み解してもらうという、至福の時間を手に入れることが出来たのだ。

「いいから、いいから。祖母の肩こりがひどくて、よくマッサージしてたから、結構上手でしょ?」

「あぁ、すごく気持ちいい」

 レンのマッサージは、強くはないがコリを的確に揉み解してくれた。
 そのお陰か、俺は臨戦態勢に入ることなく、本当に久しぶりにゆったりとした時間を過ごすことが出来た。

 こういうのも悪くない。

 いや、こういう時間こそ、俺達には必要だったのではないか?
 肉欲ではなく、人としての幸せとは、こういう穏やかな時間の中に、あるのではないだろうか。
 
「お風呂で寝ちゃだめですよ?」

 マッサージとレンの声が心地良すぎて、返事が上の空になっていたようだ。

「ん? 少し考え事をしていただけだ。寝てないぞ?それで話の続きは?」

「えっと・・・クレイオス様は、カゴを与えてくれた時、病気知らずで怪我も直ぐに治って、長生きするって言ってたじゃないですか。でも私は、寝込むことになっちゃったので、クレイオス様、加護を掛け間違えてるんじゃないか、って思うんです」

 それも含めての ”うそつき” か。
 あれは、クレイオスもかなりショックを受けていたな。

「流石にそれは無いだろう?」

「でも、あの時って、クレイオス様、結構呑んでましたよね?」

「あ~。そうだったな。だが酔っているようには見えなかったが・・・」

「見た目に出ない人もいますから。それにあの量ですよ?」

 空き瓶を片付ける騎士たちが、可哀そうなくらいの量だったな。
 しかし、短期間でこうも信用が無くなるとは、どう言う心境の変化だろう。

「それと、初夜の後に、魅了とは別のスキル・・・加護の能力が発現したみたいで」

「新しい加護の能力か?」

「共感って言うのですけど、何となくなのですが、アレクさんの気分が分かるみたいなの、アレクさんは何も感じませんでしたか?」

 そう言われると、レンの声が聞こえたような、自分とは別の感情を感じていたような・・・。

「やっぱり・・・この共感って、アウラ様とクレイオス様の間で、記憶とか感情とかを共有してる、あれなんじゃないかと思うのですが」

「そうかもしれんな」

「クレイオス様に確認した方が、いいんじゃないかと思うんです」

「何故だ?」

「だって、伴侶でもプライバシーは大事でしょ? それに、いつも楽しい気分でいる訳じゃないと思うし、そういうのも筒抜けって、ちょっと・・・」

「レンは、俺に隠したい事があるのか?」

 俺のいない間に、他の雄へ思いを寄せたとでも言うのか? それを隠したいのだとしたら、俺は・・・・。

不穏な空気を察知したレンは、慌てて雫を飛ばしながら手を振っている。

「そうじゃなくて。もし私がやきもちを焼いたら、それがアレクにわかっちゃうでしょ?それって、恥ずかしくない?」

 湯で熱った頬を、さらに赤らめる番に、ホッとする俺も大概だ。

 修練を積んでも、この嫉妬深さは一生治らないかもしれない。

 しかし、レンが恥ずかしいと言う、その気持ちなら分かる。

 俺の心の中なんて、他の雄へのどす黒い嫉妬心と、レンへの執着で渦巻いているからな、全てが筒抜けになっては、レンに幻滅されてしまうかもしれない、確かに困るな。

「ここで話していても、憶測しかできんから。あとでクレイオスに確認してみよう」

 そう言うとレンは急にしゅん、としてしまった。

「どうした? のぼせたか?」

 番はフルフルと首を振った。

「・・・クレイオス様に嫌いって言っちゃったから」

「あ~。まぁ良いのじゃないか?」

「でも・・・」

「なぜ、あんなに怒ってたのだ?」

「だって・・・1ヶ月も、アレクを独り占めにして。・・・・私だってアレクと旅行したかったし・・・」

 なんて可愛いんだ。
 
 レンの体の事も考えず、貪り食っただけの俺に、こんな可愛いことを言ってくれるなんて。

「しかし、俺がレンにとって危険だった事は、本当の事だぞ?」

「それは・・・そうだけど・・・私も拒まなかったし・・・アレクだけが悪いわけじゃないでしょ?」

 そんな、伺うような上目遣いで、俺の理性を揺らさないで欲しい。

「レンは何も悪くない。さぁもう出よう。本当にのぼせてしまうぞ?」

 俺は番を抱き上げ、風呂から出ると、いそいそとレンの体を拭き、すぐに脱がせる夜着を着せた。

 はやる心を抑え、番の髪を乾かす間も、頭の中は、レンの白い肌への渇望でいっぱいだった。

 今度こそ、失敗したくない。

 今こそ、修練の成果を見せる時だ。

 共にベットに入り、離れ離れの時間を埋める様に、口付けを繰り返し、肌の甘さを味わい、レンの香りに酔いながら、二度と離れないと、隙間なく体を密着させた。

 互いの限界を探りながら、二人でゆっくりと高みを目指す交わりは、今までに無い深い快感と、充足感で満たされるものだった。

 支配欲を満足させるために、一方的に欲望をぶつけ、快楽を貪った行為とは、全く違う。

 無理に快感を引き出すのではなく、番の体を思いやりながら、ゆっくりと身体を昂らせ、繋げるた身体は、光の溢れる楽園に溶けた様だ。

 溢れる蜜も、甘い喘ぎも全てが俺の物だった。

 懸念していた様に、レンの力を俺が一方的に奪う事もなく、二人の間を自然と魔力が巡り、更に高い所へと、俺たちを運んで行った。

 無理矢理押し上げた、絶頂ではなく、互いに心を寄せ、登り詰めた先にあったのは、言葉で言い表せられないほどの、幸福感だった。

 愛を確かめ合うとは、こう言うものなのだと、三十路を前に童貞を捨てた俺は、ようやく性の本質を知った、夜だった。
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