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エンドロールの後も人生は続きます

修行とは地味なもの

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「そういわれてもな・・・」

 俺とて、この先レンに触れることも叶わないとなれば、生きている意味を疑いたくなる。

 俺は出来た人間ではないから ”ただ番が生きていてさえくれれば” 等と聖人君子のごとき、殊勝な考えは持ち合わせていない。

 愛しい人の傍に居たいし、暖かな体にも触れたい。
 愛を交わし合い、子をもうけ、人並みの幸せを甘受したい。

 どこにでもいる平凡な凡夫にすぎないのだ。

『其方、よもやこの修練を物すれば、とんでもない力が手に入る、と勘違いして居るのではないか?』

「何が言いたい」

『この修練は、今其方が持っている能力を底上げし、力の無駄遣いをなくす為のものだ。瞑想により心を鍛え、魔力や身体エネルギーを効率よく運用する。エネルギー消費の無駄を削り、余剰分を身体の強化に回すのだ』

「ん?・・・・ん?」

『分らぬか?この修練で、其方は精神を鍛えるのだ。心が強くなれば魔力値が上がり、体も強くなる。心身ともに強く成長すれば魔力量も増える』

「な・・・るほど?」

『本当に鈍い奴だのう。レンはこんな雄の何処がいいんだか・・・良いか?其方が内包する力を強め、無駄を省けば、力の欠乏感がなくなるであろう?そうなれば、レンの力を求めずとも済むようになる、という話だ』

「・・・・可能なのか?」

『可能かどうかは、其方次第だの。目から不思議光線が出せるかも、みたいな勘違いを正せば、修練にも身が入るのではないか?』

 不思議光線ってなんだよ。

 確かに、新たな技を使えるようになるかも、等と子供っぽいことを考えたことは事実だ。
 しかし、俺からしたら、あんたのその発想の方がびっくりだぞ?
 
 しかし、子供じみた、こっ恥ずかしい考えを、クレイオスに見抜かれていたとは。

『もう一度言うぞ。何も考えるな。感じろ。心の騒めき、自分の筋肉の一つ一つの動き、魔力の流れ、風の動き、日の光、植物の囁き、万物に宿る命を感じ取れ。万物とのつながりを感じ取れるようになれば、魔素を直接取り込めるようにもなる。そうなれば其方は核以外の、魔力の供給元を、手に入れることが出来るわけだな』

 万物に命が宿る・・・・。

「レンの故郷の考え方だな」

 俺のつぶやきを聞いたクレイオスは おや? と云う顔つきになった。

『レンから聞いておったか。異界でもレンの故郷はちと変わっていての?だが命や世界の成り立ちに、一番近い考えを持った民族なのだ。』

 ふむ。レンの故郷の考えに沿った修練なら、確かな効果があるのかもしれない。
 なにせ、あの心優しい番を育んでくれた世界なら、信ずるに値するだろう。

『漸くやる気が出たようだの。魔素を自由に取り込める境地には、一朝一夕で成れるものではないが、修練を続ければ、いつかその境地に達することは出来よう』

 分かったと頷くと、クレイオスは釣り糸を引き上げ ”話に気を取られて、餌を喰われてしまった” とぼやいていた。

 俺は入り江の木陰に陣取り、クレイオスが言うところの瞑想というものに取り掛かり、教えを受けてから、幻獣が現れるまで、ほぼ一日中瞑想にふける日々を過ごしていた。

 しかし、クレイオスは、何も考えるなというが、これがなかなか難しい。

 人は普段ボーっとしている時でも、存外色々なことを考えているものだ、特に俺の頭の中は、九割がた番のことで埋め尽くされている。

 俺のような執着の強い雄に、番のことを考えるなというのは拷問に等しい。
 レンの姿を、頭の中から追い出すことなど無理だ、と早々に諦めた俺は、逆にレンのことだけを思い浮かべることにした。

 番は生きていく理由であり、原動力だ。
 今行っている修練も番の為、番は俺の半身であり、全てだ。
 ならば無理に自分から、切り離す必要はないだろう。

 そこからは、レンとの出会いから今までの思い出を、一つ一つなぞって行った。

 体に似合わぬ食道楽なレンが、美味いものに出会った時の嬉しそうな顔。どこか物悲し気な歌声や、器用に動く細い指先。
 二人で夜更けまで話した会話。その言葉のすべてが、愛おしく大事な宝物だ。

 レンは万物に神が宿ると言った。
 そして、俺の番は物にも、心があるかのように話す事がある。
 以前テーラーがレンに心酔するきっかけになったのも、ただの生地に対して、心を思い遣る発言をしたからだ。

 他にも、落とした本を拾い上げた時に、本に向かって ”ごめんね” と謝っていたり、騎士団の事務仕事を手伝ってもらった時には、日々酷使し続けた、手製の魔道具 ”魔卓” に ”頑張ってくれてありがとう” と礼を言っていた。

 それを見たロロシュに ”何やってんだあんた” と呆れられ、レンは唇を尖らせて怒っていたな。

 レンの中では、生きて動いているかどうかは、問題ではないのだろう。
 そこに存在している、目で見て手で触れることが出来るものなら、全てに心があると信じているらしい。

 ならばと、俺はそこらに落ちているものに、片っ端から触れて回ってみた。
 触ったからと言って、石や枯れ枝が、いきなり喋りだすはずもなく、単に、石だな・木の枝だな と感じただけだった。

 そんなことを繰り返し数日が経った頃、早朝、日課の剣の素振りをする為に、テントを出たところで、修練の為に俺が座り込んでいる木陰に、花が咲いている事にに気が付いた。

 昨日までは咲いていなかったはずだが・・・・。
 俺は仕事柄、薬草の類には、すぐに目が行くが、それ以外の草花にあまり興味を持ったことがない。

 しかし、突然湧き出したかのように、咲いたその花は、妙に俺の気を引いた。

 素振りを終え、いい加減飽てしまった、魚尽くしの朝食をすませると。

 クレイオスは沖のブイに餌を仕掛け、定位置に戻り釣りを始め、俺も木の下に座り込み、修練に取り掛かろうとした。

 しかし、この時はなぜか見つけた花が気になって仕方がない。

 その花の佇まいが、なんとなくだが、レンを思い出させる、可憐な姿だったからだろうか?

 名も知らぬその花は、真っ白な花弁がいくつも集まり、まるで白い毬のようだった。

 レンの花のかんばせを思い出しながら、ぼんやりとその花を見つめるうちに、近付いた訳でもないのに、やけにハッキリと花の花弁一枚一枚が見えてきた。

 不思議な事もあるものだ、と思いながら花を見つめるうちに、雄蕊にたっぷりとついた花粉や、花の下に広がる葉の葉脈までが見えてくる。

 現実感のない出来事に戸惑いながら、花を観察し続けると、最後には花の中の水の流れまでが見えるようになった。

 その時俺は ”嗚呼、この花も生きているのだな” と唐突に理解した。

 それを知らなかった訳では無い。
 だが、本を読んで得た知識を、実際に体験して実感した、という言い方が一番近いだろうか。

 額を覆っていたものが、パンッと音を立てて割れ、急に視界が開けたようなそんな気分だった。

 それと同時に、俺はクレイオスが言っていた、考えるのではなく感じろ、と言った意味を理解したのだと思う。

 それからの修練は順調で、クレイオスが俺に向ける視線も、満足気なものに変わって行った気がする。

『なかなか順調なようだの?その調子なら帰っても、番を貪らずに済みそうだ』

「言い方」

 自称でも親だと名乗るなら、言葉選びには、気を使ってもらいたい。

「帰りたいのは山々だが、肝心の入り江の主が姿を現さなければ、どうするのだ?」

『うむ。明日は餌を変えてみるか』

 今の餌を用意するのにも、苦労したのだがな。
 次は何を狩るつもりなのか・・・・。

『今回は我が一人で狩ってこよう』

「いいのか?」

『ブルークラブで見向きもせんのなら、その上を行くしかあるまい?沖まで一っ飛びしてくる故、其方は大人しく留守番をしているのだぞ?』

「それは構わんが、いったい何を狩って来るつもりなのだ?」

『それは、見てのお楽しみだな』

 そう言うとクレイオスは、ドラゴンの姿に戻り、沖に向けて飛び立ってしまった。

 一人残された俺は、仕方なく晩飯の用意をする為に、クレイオスが残した魚籠を海から引き揚げ、野営用のテントに引き返した。
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