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エンドロールの後も人生は続きます

ドラゴンの教え

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「おい。もう5日だぞ。いつになったら幻獣と対面できるんだ?」

『おかしいのう。あ奴の好物を用意したのだがのう』

 チラッと沖に浮かべたブイに目を向け、わざとらしいまでに嘯いたクレイオスは、すぐに手元に目を戻し、器用に釣り針に餌をつけ直すと、飄々と水面に向けて釣り糸を放り込んだ。

『長閑すぎて、欠伸がでそうだわい』

 それは俺も同感だ。
 幼い頃に剣を手にしてから、これ程何もすることが無いのは、初めての経験だ。

 惜しむらくは、この長閑な時間を過ごす相手が、番のレンではなく、クレイオスだと云うことだ。

 これがレンとの新婚旅行であったなら、どれだけ楽しかっただろうか。

 其れも此れも、自身の未熟さが招いた事。
 試練と思い、耐えるしかない。
 己の行いが潰してしまった、新婚旅行を想うと溜息が出る。

 透き通った南部の海の、色鮮やかな魚の群れを目にする度、この美しい景色を番に見せてあげたいと、二人でこの地に訪れたいと願ってしまう。

『そう焦るな。釣りというものは、焦るほど釣果が出ないものなのだ』

 そういう割に、クレイオスが海中に沈めた魚籠の中には、よく肥えた魚でいっぱいの様だ。

「そう言い続けて、釣れるのは雑魚ばかり。本命の入り江の主は、いつになったら釣り上げられるのだ?」

『少しは落ち着いてきたと思ったが、まだまだだのう。焦っても良い事はないぞ?』

 クレイオスの言は尤もだが。
 俺はクレイオスと違い、悠久を生きるわけではない。

 今は色々障りがあるが、出来る事なら1ミンでも長く番の傍に居たいのだ。

「こうも暇ではな。それに魚にも飽きてきた」

『其方が恋しいのは肉ではなく、番であろう?』

 のんびりと釣り糸を垂らしているが、これ程釣り竿が似合わない雄もいないだろう。

「分かっているなら、なんとかしろよ」

『しかしな、これが最善策なのだ。第一慌てて帰ったところで、其方レンには近づけんのだからな。焦るだけ無駄だ』

「まだ駄目か?」

『まだまだ。・・・時に其方、今日の修練は終わったのか?』

「あぁ、しかし、ただ考え事をするだけで強くなれるのか?」

『愚か者。考えるのではなく、感じろと何度言えば分かるのだ』

 いや、分らんよ。
 
 レンの神聖力への依存から脱却する方法として、俺はクレイオスから、修練を義務付けられた。

 それは、俺が今まで行って来た、肉体を酷使するものではなく、ひたすら自分の内面と向き合い、心身のあり方に対する概念を再構築し、万物と繋がることで能力の底上げをし強化する。

 と、云うものらしいが、どうも俺にはピンとこない。

 では、どうやって魔法を覚えたのかと聞かれれば、物心がついた頃には、なんとなく使えていた。

 その後、母が雇った教師に、核で魔力を練る方法と、魔法理論と陣の基本を習い、詠唱を覚え。
 辺境を転戦している時に、そんなお綺麗な魔法は、なんの役にも立たないと思い知らされた。

 生き残るため、仲間を助けるため、もっと早く、もっと強く、もっと広く。
 そう念じ続けて戦って来た結果の今だ。

 クレイオスからは ”感覚派過ぎて説明の仕方が分からん” と言われてしまった。

 では、ドラゴンはどうやって魔法を使うのかと、問えば ”魂に刻まれた力故、考えずとも使えるものだ” という始末。

 究極の感覚派が、俺の事をとやかく言うのは、どうなのだろうか。

『其方が、レンの神聖力に溺れた理由が分かるか?』

 快楽に溺れたからではないのか?

『性的な快楽は、副産物と言っていい。人が持つ神力やレンのような神聖力の強さは、魂の強さに比例する。言わば命その物の力だ。力の強い治癒師の治癒は、心地良かろう?』

「レンの治癒は、第二うちの治癒師よりも、暖かくて心地良いな」

『それは強い魂に触れ、力を分け与えられるからだ。人にとって力とは、恐れの対象であり、同時に魅惑的なものだ。金、権力、強靭な肉体、怜悧な頭脳。なんでも良いが魂の強さは、存在全ての強さに繋がる故、その強さに惹かれるのは当然だ』

「何故レンの魂は、それほど強くなれたのだ?」

『レンのいた世界は、ヴィースとは比べ物にならんほど歴史の長い世界だ。その古き世界で輪廻の理に従い、生と死を繰り返し、多くを経験してきた魂だからだ。レンと其方の魂を比べたら、其方は尻に殻を着けたままの、ひよこにすぎん』

「・・・・・なんとなく、納得できるのが悔しいな」

『雄の矜持か?そんなもの番の前では捨ててしまえ。魂云々の前に、どうせ番には敵わんのだ、恰好つけるより甘えてしまった方が楽だぞ?』

「甘えるのか?」

 俺が?この図体で?

『何も子供のように、べったり甘えろ、とは言ってはおらんぞ。立場だのなんだのは、脇に置き、素のままの其方で接しろということだな』

「そういうものか?」

『そういうものだ。番と接するに、人の世界のしがらみになんの意味がある?そんなものに気を取られているから、他人の力を自分の物のように勘違いし、溺れるのだ。レンとの交わりは至福であったろう?』

「・・・・そうだな」

 こいつは、ドラゴンだからか、恥じらいというものが分かっていない。
 答える俺もどうかと思うが、こうもずけずけと聞いてくるか?

『其方が感じたのは、快楽とレンの力に触れた全能感だ』

「全能感・・・か。・・・・・確かにそうかもしれない」

『何もかもを手に入れ、すべてが思いのままに成る様に感じたであろう?それ故、其方は無意識にレンの力を手放せず、もっともっと、と貪ったのだ。其方のような朴念仁には、過ぎた力だと自覚することだ』

「よく分かった。しかしこの事と、修練になんの関係があるのだ?」

 この時水面に浮いていた浮きが、水中に没し、クレイオスが竿を引くと、あっさりと魚を釣り上げた。

「何度見ても思うが、釣りがうまいな。漁師にでもなれそうだ」

『釣りは、たまにやるから楽しいのだ』

 などと嘯きながら、慣れた手つきで魚を回収し、新たな餌をつけている。

『・・・其方は、レンという極上の甘露を知ってしまった。今のままではレンの力を前にすれば、同じようにその力を求めるだろう。だが、其方がレンと同等の力を手に入れればどうだ?他人の力を、求める必要はなくなるであろう?』

「まぁ、云いたいことは分かるが、簡単に出来るとも思えんが」

『難しい事ではあるな。しかしこの修練を納めなければ、二度とレンに触れることはかなわないと思え』

 「なんだと?」

 クレイオスの声の冷たさが、事実だと告げている。

『当然であろう?レンがどれだけ嫌がろうと、泣いて頼もうとも、これは譲れんぞ。子が死ぬような目に合うのが分かっていて、放置する親など居らんからな。どれだけ恨まれようと、レンンが生きている事の方が大事だ』

 このドラゴンは、本気でレンを自分の子だと認識していたのか。

『其方は神聖力を持つことは叶わん。ならば別の方法で、其方を強化せねばなるまい?その修練は其方の肉体に眠る、内なる力を目覚めさせるための修練だ。それは魔力も魔素もない、レンの世界で用いられていた方法でな?今後、番との幸せな生活を望むなら、我と無駄話をしている暇はないと思うがの?』
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