獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

文字の大きさ
上 下
263 / 608
エンドロールの後も人生は続きます

口は災いの元

しおりを挟む
「まぁ! 本当に素敵! この衣装を着られないのは確かに残念だわ。貴方もそう思うでしょ?」

 俺の手から、デザイン画を奪い取ったロイド様は、手放しで喜んでいるが、俺は違う。

 俺は、嫉妬深くて狭量な雄だから。
 
 番に何十着でも衣装を作ってやる、と言っておきながら、美しい番を独り占めにしたいのだ。
 
「俺は、容認できん」

「貴方、そんな言い方は無いでしょう!」

 皇太后が、目を三角にしようが、ガミガミ怒ってこようが、そんなことはどうでも良い。

 番の美しい肢体を知るのは、俺だけでなければならない。

 レンの体を這い回る、雄達の視線を想像しただけで吐き気がする。

 直ぐにでも、この会話を終わらせたくて、仕方がなかった。

「兎に角 レンの加護については、クレイオスが何か解決策を知っているかもしれない。クレイオスの話を聞くまでは、俺のマーキングで対処する。レンの性の違いについても、公表するかどうか、アーノルドの意見を聞かずに決めることは出来ない」

「アレクサンドル?急にどうしたのです」

 突然態度を硬化させた俺に、レンとロイド様が驚いている。

 その様子に余計腹が立ち、俺は口を閉じることが出来なかった。

「娼夫でも有るまいし、こんな、肌の露出が多く、体の線がハッキリ分かる衣装など、どうせ着せる事など出来ないのだ。どうしても着たいと言うなら、公表するかを決めた後だ」

「アレクサンドル!なんてことを言うのです! それが番への正しい態度ですか?!」

「皇家に連なる者として、大公妃に相応しい衣装を作れと言ったのは、ロイド様、貴方だ。この如何わしい衣装が、大公妃に相応しいと、本気で思っているのですか?」

「例えそうだとしても、言って良いことと悪いことが有るでしょう!」

「ロイド様良いんです。アレクの言ってることは正しいですから。それに、色々言いましたけど、加護の所為で今までみたいに、気軽に人と話せなくなるのかと思って、ちょっと神経質になってしまっただけの、私の我儘なので。気にしないで下さい」

「レン様・・・・大丈夫? 顔色が悪いですよ?」

「やっぱり、体調が戻ってなかったみたいです。失礼して休みたいのですが」

 レンの強張った笑みも、俺の心に浮かんだしこりを、溶かすことは出来なかった。

「ええ。勿論。 私より貴方の体の方が大事ですからね。ゆっくり休んで頂戴」

「ありがとうございます。アレクはロイド様のお相手をして差し上げてね」

 ペコリと頭を下げたレンは、セルジュを伴い応接室から、トボトボと出ていってしまった。

 その後ろ姿を見送った皇太后は、扉が閉まるのを確認してから、俺に噛みついてきた。

「アレクサンドル。どういうつもりです?私は貴方を、見損ないました」

「どう言うつもりとは?」

「何故レン様を、傷つける様な事を言ったのかと聞いているのです。 どうせあの衣装を着た、魅力的なレン様の姿を、他人に見せたくなかっただけでしょうけれどね」

「だから何です? 魅了の所為で、どんな危険な奴らが寄ってくるかも分からない状況で、ただ可哀そうだからと言う理由で、あんな無防備な姿のレンを、人目に晒せと?」

「屁理屈は結構! 戴冠式は一年後です。あの衣装を着て挙式を上げるのも一年後。貴方一年もの間、手を拱き何もせぬまま、レン様を閉じ込めて置くつもり?! 帝国第2騎士団、団長ともあろう者が、子供じみた執着心で、番を悲しませる気ですか?救国の英雄が、こんな狭量な人間とは、恥ずかしくて言葉もでません」

「俺の事は好きに言ってくれて構いません。だが、公表するのも、あの衣装を着るのも、俺は反対だ」

「レン様は観賞用の、駕籠の鳥ではありませんよ?」

 捲し立てる皇太后の声は、耳を滑り、心には響かなかった。

 しかし、この人もウィリアムと似たようなことを言うのだな。
 あの時のウィリアムが言ったことは、アルサクヘレンを行かせるための、ただの方便だった筈だ。
 この人が言うことも同じか?

「重々承知致しております」

「いいえ。何も分かっていません。貴方が本当にレン様を愛しているのなら、囲い込み、外界からあの方を切り離すような真似はお止めなさい。レン様が望みをかなえるために障害があるなら、貴方がその障害を取り除き、あの方が前に進めるよう道を整えて差し上げるのです。それがどんな困難な道であろうともですよ?貴方にはそれだけの力があるでしょう?今の貴方はレン様に甘えているだけ。そんなものは愛とは呼びません」

「愛ですか。皇太后陛下は愛にお詳しいようですが、上皇陛下との間に愛があったとは存じ上げませんでした」

 俺の嫌味にロイド様は、一瞬目を見開き、切れ長の目が眇められた。

「貴方何を言っているのです?私たちの間にあるのは契約であって、愛ではありませんよ?」

 そんな事も分からないのか、と皇太后は額に手を当て首を振っている。

 分かった上での嫌味だったのだが、この人には通じないのか、更に上手なのか。

「では、どこで愛を知ったと?」

「本当に朴念仁だこと。私にも若い時はあった、と言えば理解できますか?」

「左様で」

 母国での初恋か、帝国での愛人か。
 どっちにしても興味はないな。

「私の昔話に興味など無いでしょう?」

「・・・・」

「まったく・・・貴方もレン様の描いた肖像画を見たでしょう?どんなに私やアーノルドが心を尽くしても、騎士達と仲良くなったとしても。あの方の孤独を癒すことは出来ないのです。出来るとしたら、それは貴方だけなのですよ?」

「分かっております」

「分かっている様には、見えませんね。無理を通して式を挙げ、あの方の心と体を手に入れ、抱き潰して置いて、何が足りないのです? 貴方は、あの方を独占して悦に入っているだけ、あの方の献身に、応えて差し上げる気はないのですか?」

「応えられるよう、努力しております」

「ハッ! 努力? 努力ですか?!全く足りていませんね」

 皇太后の掌で、ビシビシと鳴り続けていた扇が、甲高い金属音を上げ開かれた。

「そこの貴方。ローガンと言いましたか?貴方も獣人ですね?」

「左様でございます」

「貴方の主は誰?」

「私とセルジュの主はレン様で御座います」

「そう! では貴方は、大切な主の為なら何でも出来ますね?」

「はい。誠心誠意尽くさせて頂きます」

 ローガンは左手を胸に当て、皇太后に一礼した。

「ではローガン、貴方に命じます。そこの石頭の朴念仁に、番への愛とは何かを、教育し直しなさい」

「はい?私が閣下に教育ですか?」

「出来ないのですか?」

「私は独身ですので、閣下にお教え出来るほど、経験がございません」

「まあ、番もいないのですか?」

「残念ながら」

「この宮には、恋愛初心者しかいないの?」

「それなりの猛者も居りますが、レン様のような尊い方とは雲泥の差ですので、参考にはならないかと」

「はあ~~。お話になりませんね。アレクサンドル。私の忠告を思い出しなさい」

「忠告?婚姻の恨みですか?」

「覚えているなら、どうすべきか分かりますね?」

「ご忠告感謝いたします」

「この子は本当にわかっているの? とにかく私の言った事を、よく考えるのですよ?」

 見送りは結構、とロイド様は靴音を響かせ、翡翠宮へ帰っていった。

 ドサリとソファーに身を投げた俺に、ローガンは入れ直した茶を差し出した。

「差し出がましい様ですが、陛下の御立腹も致し方ないかと」

「何故そう思う」

「失礼ながら、先程の閣下の言いようでは、レン様の婚礼衣装など、どうでもいい、と言ったも同然です」

「そんなつもりは、無かったのだが」

「意図があろうとなかろうと、関係ありません。レン様が憧れていると言った衣装を閣下は "こんな如何わしい物" と蔑まれた。あれでは、レン様のお考えが、無価値と言った様な物です。レン様にはショックだったでしょう」

「そうだな」

「それに」

 まだあるのか?

「閣下は、レン様を “娼夫” と貶められたのです。 私の大切な主をです。到底許すことは出来かねます」

「あれは!言葉のあやで、本心ではなかった」

「左様ですか。ですが、閣下が誠心誠意レン様に謝罪し、レン様がお許しになられるまでは、閣下の御用は他の者にお命じ下さい」

「おい!」

「私は傷心の主を、お慰めに参りますので、御前失礼致します」

 ローガンは冷たい一瞥の後、足音も荒く、部屋から出ていってしまった。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。 そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!? 貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!

腹黒宰相との白い結婚

恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道

Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道 周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。 女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。 ※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】呪いを解いて欲しいとお願いしただけなのに、なぜか超絶美形の魔術師に溺愛されました!

藤原ライラ
恋愛
 ルイーゼ=アーベントロートはとある国の末の王女。複雑な呪いにかかっており、訳あって離宮で暮らしている。  ある日、彼女は不思議な夢を見る。それは、とても美しい男が女を抱いている夢だった。その夜、夢で見た通りの男はルイーゼの目の前に現れ、自分は魔術師のハーディだと名乗る。咄嗟に呪いを解いてと頼むルイーゼだったが、魔術師はタダでは願いを叶えてはくれない。当然のようにハーディは対価を要求してくるのだった。  解呪の過程でハーディに恋心を抱くルイーゼだったが、呪いが解けてしまえばもう彼に会うことはできないかもしれないと思い悩み……。 「君は、おれに、一体何をくれる?」  呪いを解く代わりにハーディが求める対価とは?  強情な王女とちょっと性悪な魔術師のお話。   ※ほぼ同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※

婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

処理中です...