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エンドロールの後も人生は続きます

花嫁の父は誰?

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 漸くゲオルグも大人しくなり、静寂が訪れた礼拝堂に、ハープの音が流れた。

 うちの騎士に、これほど巧みな演奏をする者がいたか?

 音の元を辿ると、白い長衣を着た金髪の奏者の姿が見えた。

 ハープの奏者は全く見覚えがない。

 クレイオスが幻術でも掛けたのだろうか。
 粋な演出に、感謝の意を込めた視線を送ると、クレイオスは、表情のない顔で小さく頷いた。

「マグヌス・シルベスター侯爵。レン・シトウ公爵 ご入場!」

 儀仗兵の声と同時に、閉ざされていた扉が開き、陽光を背にした二人の姿が浮かび上がった。

 参列者全員が半身を引き、二人に視線が集中する。

 フラワーボーイの二人の幼子が花弁を撒き、その後ろを、ガチガチに緊張した叔父のエスコートを受け、レンが一歩ずつ静かに進んで来る。

 静かにバージンロードを歩むレンの姿に、礼拝堂の中は、陶然とした溜息が満ちる。

 美しい。
 なんて綺麗なんだ。

 もっと気の利いた、レンの美しさにふさわしい言葉がある筈だ。

 美しい・可愛い・綺麗だ。

 こんな平凡な言葉しか思い付かない、自分の語彙力の無さが恨めしい。

 レンの故郷の婚姻の式では、純白の衣装を纏う風習があると言う。

 婚約式の時も “もっと華やかな色がいいのでは?” と俺やルナコルタは勧めたのだが。

「清楚」「純粋」「純潔」

 純白の衣装には、このような意味があるのだと教えられ、レンの衣装は白以外考えられなくなった。

 婚約式の時もレンの衣装は純白だったが、所々に、俺の色が差し色に使われていた。

 しかし、今日のレンの衣装は全てが純白。

 長い裾や袖、幅広の帯、ベールにあしらわれた模様も、別の白い糸で織り込まれたか、刺繍されたものだ。

 高く結い上げられた髪には、ベールが掛けられ、生花で飾られている。

 ベールに覆われた花のかんばせは、薄布越しでも、その美しさは隠しようがなかった。

 感動で涙ぐみそうな俺の耳に、誰かの嗚咽が聞こえてきた。
 
 感動する気持ちは痛いほど分かるが、俺より先に泣かれるとは・・・・。

 嗚咽の主を探して、視線を動かしたが、うっとりとレンを見つめる、参列者の顔が見えただけ。

 はて、気のせいか、と視線をレンに戻すと、レンをエスコートする侯爵が、歯を喰い縛り、滂沱の涙を流していた。

 お・・・叔父上・・・。
 
 甥の婚姻を、こんなにも喜んでくれるとは、それとも、早世した息子の事を思って居るのだろうか。

 胸の中が、切なくも暖かい気持ちでいっぱいになった。

 感動に震える俺の前までやって来たフラワーボーイ達が、祭壇の前に花弁を撒いて、退場して行った。

 どこの子供だろうかと思っていたが、その一人が、以前クレイオスが子供に変じさせた、ドラゴンにそっくりなことに気が付いた。

 あの二人は、クーとノワールか。

 納得して居る俺の前に、漸く叔父とレンが辿り着いた。

 この一年本当に長かった。
 やっと、やっとだ。

 レンの手を受け取ろうと差し出した手を、ガシッ と、分厚い叔父の手が掴んだ。

 ここで握手とか、聞いていないが?

 しかし、入場だけで感動して泣く程、甥の挙式を喜んでくれて居るのだ。
 段取りに無くとも、握手くらい返すべきだろう。

 握り返した手を、叔父の無骨な手がミシミシと、骨が鳴る程の力で握って来た。
 最早骨を砕く勢いだ。

 感動したとしても、やり過ぎじゃないか?

 不思議に思い、震える程強く握られた手から、視線を上げると、こめかみに青筋を立てた、引き攣った笑顔の叔父の顔があった。

「俺の息子を泣かしたら、許さんぞ」

 噛み締めた歯の間から、絞り出された声に、俺は天を仰ぎたくなった。

 誰が誰の息子だと?

 流した涙は、甥の晴れ姿に感動したからではなく、可愛い息子を婿に出す悔し涙だったのか。

「ご心配なく。レンはなので、誰よりも幸せにして見せます」

 握られた以上の力で、叔父の手を握り返し、互いの骨がギシギシと歪んでいく。

『そこ迄にせんか、式が進められん』

 作り笑いを浮かべた地味な攻防を、クレイオスの平坦な声が終わらせた。

 手を離した俺達に、クレイオスは呆れたように首を振り、レンはベールの陰で、笑いを噛み殺している。

『侯爵。レンの父は我ぞ。其方の入る余地は無い』

 囁きに近い声だったが、叔父はショックを受けた様子で、すごすごと参列者席に戻って行った。

 次から次へと、自称レンの父親が増えていく。

 困ったものだと思いもするが、故郷の実父と疎遠だったレンにとって、自称でも何でも、心を配ってくれる相手が増えると言うのは、良い事なのかもしれない。

 レンの手を取り、祭壇へ向き直ると、クレイオスが胸の前に手を上げ、ハープの演奏が止んだ。

 その昔、ドラゴンが空を飛び交って居た時代、クレイオスは祝福を求める人々に、司教として、婚姻を取り行っていた時期があったそうだ。

 神殿の神官達が進行する婚姻での説教は、世界と人を創造したアウラを讃え、神殿を崇めさせようとする、胡散臭いものだった。

 翻ってクレイオスの説教は、世界の成り立ちと、人と獣人、この世に生きる全てのものに対する愛を説く、心に染みるものだった。

 それは俺とレンだけではなく、この式に参列した全ての者の心に、深く刻まれたのではないだろうか。

 婚約指輪を外し、婚姻の指輪の交換で、レンの指先が震えていた。

 緊張か喜びか・・・。
 どうか喜びであって欲しい
 そう願うのは、欲張り過ぎだろうか。

『誓いの口付けを』

 バクバクとうるさい心臓を無視し、繋いだ手を離してベールアップする。

 現れた花のかんばせに、熱い吐息が漏れた。

「クッソー。マジで信じらんねぇ」
 
 ゲオルグの呟きと、続く打擲音は、意識から締め出す事にする。

 伏せられたまつ毛がふるりと震え、俺を見上げる濡れた瞳に吸い込まれそうだ。

 薄く開いた果実の様に、紅く甘い唇に唇を重ね、永遠の愛を誓う。

「必ず幸せにする」

「二人で幸せになりましょうね」

 参列者からの割れんばかりの拍手の中、礼拝堂を出た俺とレンを、花吹雪が迎えてくれた。

「レン様~!!お幸せに~」

「閣下!レン様を大事にしてくださ~い!!」

 コイツら、儀仗兵の意味わかってるのか?

 祝いの言葉を投げ掛ける騎士達に、レンはにこやかに手を振った。

「うおぉーーーー!!」

「レン様が俺に手を振ってくれた!!」

「バカッ!!俺に振ってくれたんだよ!」

 誰に手を振ろうが、この人は俺のものだ!
 
 番を抱き上げキスをすると、見せつけられた騎士達は、阿鼻叫喚の嵐。

「・・・アレク、恥ずかしいから、ほっぺにしてくれない?」

「駄目だ。君が誰のものなのか、見せつけてやらないとな」

 そう言って、唇にバードキスを繰り返すと、騎士達から怨嗟の声が上がり始めた。

 ふふん。
 どう騒ごうと、レンは俺のものだ。

 大騒ぎだった騎士達も、俺達に続き礼拝堂から、アーノルドと上皇夫夫が出てくると、口を閉ざし直立不動の姿勢に戻った。

「儀礼の作法は、忘れては居なかったか」

「うふふふ。みんながお祝いしてくれて、私は嬉しかったですよ?」

「君が喜んでくれたなら、今回は大目にみよう」

 この後、レンの故郷ではブーケトスという儀式があり、花婿が投げたブーケを掴んだ者が、次に結婚できるという言い伝えが有るらしい。

 だが、そんな事をここに居る連中が知ろうものなら、洒落にならない争奪戦の勃発が必須。

 そこでレンは、故郷の言い伝えと共に、ブーケをマークに手渡した。

「次はマークさんの番。二人のお式を楽しみにしてますね」

「レン様・・・ありがとうございます。このブーケは保存魔法を掛けて、我が家の家宝にいたします」

 受け取ったブーケに顔を埋め、嬉し泣きするマークの肩を、ロロシュが抱き寄せ。
 居並んだ騎士達から、無数の舌打ちが聞こえて来た。

 帝国一の婿がねの番が、こんな草臥れたおっさんでは、納得できないのも道理だ。

 しかし二人が番なのは、覆しようがない事実。

 ロロシュには、夜道に気をつけろと、忠告した方が良いかもしれんな。
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