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エンドロールの後も人生は続きます

いい歳だって緊張はする

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 麦わら髪の魔法師を見送り、掌に乗せられた結晶を、胸の隠しに仕舞い込んだ。

 興味津々で、何の薬だったのかと問うて来る番に、何となく本当の効能を伝えるのは、自分が煩悩の塊だ、と打ち明けるような気恥ずかしさがある。

 よって、子の核が出来やすい様に、魔力を調える薬だ。と、嘘にならない程度に、遠回しな表現で誤魔化してしまった。

 俺の答えに違和感を抱いたのか、レンは訝しげに眉を顰めたが、俺は気づかぬふりを押し通し、残った食い物を、胃袋に詰め込むことに専念した。

 黙々と食い物を口に運ぶ様子を、レンは黙って見ていたが、ふと、その表情が和らぎ、俺の頬に柔らかい指先を滑らせた。

「ほっぺに付いてますよ?」

「ん? あぁ、すまん」

 頬を拭った指先をペロっと舐めたレンは "仕方の無い人ね“と呟き、艶然と微笑んだ。

 大人の色香が漂う艶めいた微笑みに、腰から背中がゾクゾクと震え、体の中心が熱く激ってくる。

 グッ・・グウゥ

 肉欲に負け、目の前のこの人が、俺だけのものだと、安心したいが為に、亡き人を偲ぶより、1日でも早く、この人を手に入れることを選んだ俺は、唯の人でなしだ。

 だとしても、このような人目のある場所で、兆してしまうほど、見境の無い雄であったとは。

 不覚としか言いようが無い。

 いい歳した大人だろ?
 耐えろ。耐えるんだ!

「アレク?どうしたの?喉詰まっちゃった?」

 喉を鳴らす俺を心配し、顔を覗き込んでくる無垢な瞳と、恥ずかしくて目を合わせられない。

 さっきの大人びた表情はどこへ行った?
 どっちのレンも好きだが、落差が激しくて、どうにかなりそうだ。

「たいへん!顔が真っ赤よ? お茶飲める?」

 喉など詰まらせていなかったが "熱いから気を付けてね” と差し出されたカップを受け取り、入っていた紅茶を一気に煽った。

「そんな一気に。火傷しちゃうよ!」

「フウ~~」

 レンはオロオロしているが、火傷する程熱い茶のおかげで、ようやく暴れる熱を抑え込むことが出来て、やれやれだ。

「驚かせたか?すまん」

「もう平気?」

 心配顔のレンも、髪を撫でてやると笑顔を見せてくれた。

 テーブルに広げたカトラリーをバスケットに詰め直し、二人で手を繋いで温室の後半を、のんびり鑑賞して歩いた。

 歩き回る花のような、衝撃的な出来事はなかったが、植えられた花々は美しく、花の蜜に誘われ舞い飛ぶ蝶の群れは、幻想的だった。

 温室から出る時に、麦わら髪の魔法師から話を聞いていたのか、受付の魔法師から謝罪された。
 頭を下げる魔法師に、レンは “珍しい物を見せて貰えて良かった。気にしないで下さいね” と優しく話していた。

 温室を出た後は、セルジュが調べてくれた、皇都で人気のカフェや店を回ろうと考えていたが、途中で野次馬が集まって来てしまい、結局、全てを回ることは出来なかった。

 初めは威嚇で散らせばいいか、と軽く考えていたのだが、今回集まって来た野次馬の熱狂ぶりは凄まじかった。
 最早、といっても過言ではなく、俺の威嚇も効かないほどだ。

 集団心理とは恐ろしい物だと、改めて思い知ることになった。

 皆、神の恩寵を求め集まってきた者達だ、神の愛し子に危害を加える危険人物はいないだろうが、混乱状態であることに変わりはない。

 騒ぎを聞きつけ、駆け付けた警備隊の隊員に “なぜ護衛騎士を連れてこないのか!せめて事前に知らせるべきだろう!!” と怒られてしまった。

 実質的に軍のトップにいる俺へ、臆することなく意見を言って来るとは、なかなか見所のある奴だと思った。

 ホークと名乗ったこの隊員を、うちに引き抜けないか、ミュラーに調べさせることにしよう。

 その場の収拾を警備隊に任せ、ブルーベルに跨った俺達は、街の外に出た。

「大騒ぎになっちゃいましたね」

「そうだな。俺もここまで騒がれるとは思っていなかった」

「せっかくアレクが誘ってくれたのに、なんかごめんね」

「レンが謝ることじゃない。俺の見込みが甘かっただけだ」

 相手が暴漢なら、俺一人でも対処できるが、悪意の無い相手に、手を出すことは出来ない。

「次からは野次馬対策で、何人か連れてこよう」

「また連れてきてくれるの?」

 そう言ってレンは瞳を輝かせた。
 セルジュが言っていたが、やはりレンは、宮での暮らしに、窮屈さを感じていたのだろう。

 今回は騒ぎが大きくなってしまったが、次の外出からは、レンが気兼ねすることなく、楽しめるようにしてあげよう、と心に誓った。

「あぁ、勿論だ。舞台の影響も有る。暫くは二人きりとは行かないだろうが、また来ような」

 満面の笑みを浮かべたレンが、ふと小首を傾げた。

「でも、可愛いアイドルでもない、平凡なOLを見に来て、何が楽しいのでしょうね?」

 俺の番は、自分が俺だけでなく、世界にとっても唯一無二の存在になった事を、理解していないらしい。

 そんな呑気な所がレンらしいと言えば、らしいのだが・・・。

 彼方と此方では、常識がかけ離れている様だし、もっと気を配ってあげなければいかんな。

「これからどうするの? もう帰る?」

「いや。もう一箇所付き合ってほしい所がある」

「そうなのね? どんな所?」

「着いてからのお楽しみだ」

 秋の空は、釣瓶を落としたように陽が暮れる。
 野次馬の所為で出発が遅れてしまったが、飛ばせば充分間に合うだろう。

「飛ばすから、舌を噛まないように気を付けてくれ」

 そうは言ったが、本当はレンとこのまま話していたら、自分の緊張がバレてしまうのでは無いかと、気が気では無い。

 いい歳をした雄が、何を今更。と笑われても構わない。

 三十路近くのおっさんだって、緊張するものはするのだ。

 これから向かうのは、皇都の南に広がる草原の丘だ。

 今日の外出の目的の全てが、この丘に集約されている。

 寒さに弱いブルーベルには申し訳ないが、本日最後の大仕事だ。
 頑張ってくれ。
 
 目的地の草原には、空に藍色が広がり、茜色の残照が消える頃に到着した。

 草原を横断する日暮の街道には、俺達と同じ、二人連れの人影がちらほら見えている。

「ここですか?」

 そうだと頷き、抱き上げた番と共に丘を登りきる頃には、草原いっぱいに広がる、オーンの穂が月明かりに照らされ、揺れているのが一望できた。

「綺麗な所ですね」

「そろそろだな」

 なにが?と問うレンの頬を、オーンの綿毛がくすぐり、風に流されていった。

「わぁ!! すごい!!」

 足元に広がるオーンの海から、無数の綿毛が空に舞い、月明かりを受けて銀色の流星群の様に流れていく。

 瞳を輝かせ喜ぶレンを抱いて、オーンの海の中に降りて行く。

 風に靡くマントが触れるたび、銀色の穂先から綿毛がふわりと浮かんでは流れていった。

 銀色の海にレンを下ろし、一歩下がって地面に片膝をつき、左手を胸に当て首を垂れた。

「アレクさん?」

「レン、君に俺の愛を捧げることを許してほしい」

 小さく息を呑む音が聞こえ、顔を上げると、レンは小さな両手を口元に当て、大きな瞳を丸くしていた。

「俺は堪え性のない雄だ。婚約の時も性急に事を進めすぎたと反省している。だが、これ以上堪えることが出来ない」

「・・・・・」

「身内を亡くしたばかりなのに、非常識だ不謹慎だと罵ってくれても構わない。どうか予定通りに式を挙げる許可を、貰えないだろうか」

「アレク・・・あの」

「この命果てるまで・・・君が許してくれるなら、輪廻の理を幾度巡ろうと、何度でも君を愛し守ると、二つ名に掛けて誓おう」

「二つ名に?」

「レン、愛している。どうか俺の伴侶となってくれ」

 凛と冷えた風が流れ、オーンの葉擦れがサワサワと聞こえてくる。

 差し出した右手に、重ねられた番の小さな手を引き寄せ、抱きしめた。

「いいのか?俺は狡くて嫉妬深い、面倒な雄だぞ?」

 クスっと笑ったレンは、小さく ”知ってる“ と呟いた。

「でも、愛してるの」

「愛しい俺の番。俺の二つ名はバルガだ」

「私はウマラよ」

 レンが二つ名を明かしてくれるとは、思ってもみなかった。

 式なんて関係ない。

 二つ名の誓いは、魂の誓いだ。

 重ねた唇は甘く、俺たちの魂はもう誰にも引き裂くことは出来ない。

 銀色に輝く綿毛に見守られ、俺とレンの魂が、永遠に結ばれた瞬間だった。
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