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エンドロールの後も人生は続きます

お出かけとプロパガンダ

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「どうした?急に大人しくなって」

 朝は元気だったレンが、ブルーベルに乗り、皇宮から外に出た途端大人しくなってしまった。
 俺は何か気に触る事を、してしまったのだろうか。

「具合でも悪いのか? 宮に帰るか?」

 この二、三日急に冷え込みが強くなった。
 熱でもあるのでは?と丸い額に手を当てると、レンは慌てて振り返った。

「大丈夫。元気です!」

「そうか? 無理はいかんぞ?」

 余裕ぶって “次にするか?” と心にも無いことをいう俺に、レンは悲しげな顔を見せた。

「無理してません! ただ・・あの」

「どうした?」

「あの! 二人だけで、こういう普通のデートって初めてだなあ、って思ったら、緊張しちゃって」
 
 今まで、二人で出かけた事はあったが、どれも討伐やら浄化やらのついでで、普通の外出はしたことがなかった。

「確かに、緊張するな」

「でしょ?」

「プッ」

 胸元で小さな拳を握る番は、頬を膨らませたウロシュの様で、思わず吹き出してしまった。

「あっ!酷い!私、真剣なのに」

 頬を赤くして、頬を膨らませて怒る姿も、愛らしい。

「ククッ・・・すまない。許せ」

 晩秋の風で冷たくなった額に唇を寄せると、番の頬は、益々赤くなった。

「もう! アレクって狡い」

「そうだよ? 俺が狡い雄だって、君も知ってるだろ?」

 煌めく瞳を覗き込むと、番は ぐぬぬ と喉を鳴らし ”これだからイケメンは!“ と溢している。

 相変わらず、レンの認識はこちらとはズレていて、今日も俺が美男子に見える様だ。
 
 この認識のズレだけは、感謝してもし足りないくらいだ。

 でなければ、レンの様な麗しい人が、俺を受け入れてくれるには、相当な時間がかかっただろう。最悪、顔も見たくない、と嫌われてもおかしくはなかった。

 暫くプリプリと怒った素振りを見せていたレンも、皇都の繁華街に入ると、興味を惹かれる物が増えたのか ”あれは何?“ ”こっちは何のお店?“ と忙しなく質問してくる。

 途中、特にレンが興味を示した雑貨店に入ると、店の者がすぐに俺達に気付き駆け寄って来た。

「大公閣下と愛し子様にお運び頂き、光栄に存じます。本日はどの様な品物をお探しでしょうか」

「あ"?」

 上から睨め付けると、店主らしき雄は顔を青ざめさせたが、引き攣った笑顔は消さなかった。

「お手間を取らせてごめんなさい。気に入った物があったら声を掛けるので、好きに見て回ってもいいかしら?」

 丁寧な物腰のレンに、店主は ポッ と頬を赤らめ “存分にご覧になって下さい” と他の店員が待つ場所まで下がっていった。

「もう、親切で言ってくれてるんだから、怖い顔しちゃ駄目です」

「そんなつもりは無かったのだがな」

「しょうがないなぁ」と苦笑を漏らしたレンは、直ぐに気になる品を見つけ、俺の手を引いて、店内を隈なく歩き回った。

 この店では小物を何点か、使用人達の土産にと買い求め、会計の後買った物は宮に届ける様言いつけて店を後にした。

 会計の時、店主を始め店員達は、レンをウットリと見つめていたが、俺の視線に気が付くと、面白いほど顔を引き攣らせて下を向いていた。

 昔の俺なら、落ち込んだ気分になっていたが、レンと一緒だと、こんなあからさまな態度でさえ面白く思えてくる。

 この後、レンが希望した文房具店と何軒かの店を見て周り、最初の雑貨店と同じ様なやりとりを繰り返した。

 そのうち、愛し子がお忍びで街に来ている、と聞き付けた野次馬が、店の前に集まり始めた。

「どうしよう。お店の迷惑になっちゃいます」

 心配するレンに、問題ないと言って、抱き上げたレンを左腕に座らせて店を出た。

 店の前に集まっていた野次馬は。俺の姿を ポカン と口を開けて見上げてきたが、首を巡らせ辺りを睥睨すると、ザザッ と声もなく道が開け、何が起こったのか、分からない様子のレンとブルーベルに跨がり、店を後にした。

「あ~びっくりした。次に街に来るときは、変装しなくちゃ駄目でしょうか?」

「変装? 俺が?」

「あ~~。アレクは何してもバレちゃいますね」

 俺はデカくて目立つから、変装も意味はないだろうが、どちらが目立つかと言ったら、レンの方が目立つだろう。
 
 しかし、レンはこの事実に気付いていない様なので、このまま黙ったおくことにする。

「次はどこに行くのですか?」

「そうだな。温室なんてどうだ?」

「えっ? 温室が有るんですか?」

「あぁ。元は皇宮の医局の薬草園だったのだが、南方の薬草を栽培する為に、温室に造り変えたんだ。その薬草は今はもっと大きい温室に移されてな。代わりに南方の花などの植物を植えて、一般に公開されている」

「へえ~。誰でも入れるのですか?」

「入場料は取られるが、誰でも入れるぞ。温室なら暖かいし、中で飲食も許されているから、昼飯を食うには丁度良いだろう?」

「良いですね。行ってみたいです」

「じゃあ、決まりだな」

 手綱を引き、ブルーベルの首を温室に向けて巡らせた。

 温室に向かうには、街の目抜通りを通ることになる。

 この通りの店は、貴族や皇家御用達の高級店ばかりだ。

 因みにレンの衣装を手がけているテーラーの店も、この通りに有る。

「あれがルナコルテの店、ボッカサローネだ」

 指差した先は、いつも涙と鼻水に塗れた顔のテーラーからは想像出来ない、落ち着いた外観の店だ。

「服も誂えて行くか?」

 これにレンは首を振った。

「ううん。それはまた今度」

「いいのか?」

「まだ袖を通してない服が、いっぱい有りますよ?」

「わかった」

 衣装道楽の伴侶を持つと、何はなくとも服飾品の店に引っ張って行かれれる、と聞いたことがあるが、レンは本当に欲のない人だ。

 ボッカサローネを通り過ぎた目抜通りの中程で、人だかりが見える。

 しまった。まだ開演前か。

 レンのコートのフードを形の良い頭に被せると、レンが不思議そうに俺を見上げてきた。
 
「ほら、あそこの人だかり、例の芝居の劇場だ」

「あ~。立派な劇場ですね。パリのオペラハウスみたい」

「おぺら?」

「んっと。セリフが全部歌になっているお芝居で、オーケストラ・・楽団?の生演奏で歌うのですよ」

「ほう。面白いな」

「私は祖母に連れられて、2回ほど見に行ったことがあるのですが、舞台のセットも凝っていて、オペラ歌手の方の歌は素晴らしかったです」

「ロイド様が喜びそうだな?」

「そうですねぇ。ロイド様は見た目より肉体派な感じなので、オペラより、2.5次元ミュージカルの方が好きそうですけど?」

「2.5? え?」

「あはは、そういう、歌って踊る舞台があるのですよ」

 ”因みに“  と真剣な顔になったレンは、

「2.5次元ミュージカルは、抽選に当たらないと、見る事が出来ないくらい、人気だったんです。私は一回しか当選したことがなくて、でも、当選した時は、ヤベちゃんと二人で、狂喜乱舞でした」

 懐かしそうに瞳を輝かせる番に、見ているこちらの方が切なくなった。

「レンは舞台が好きなのだな。 丁度いいから見てみるか?」

「いや~。自分のお話はちょっと・・・。それにロロシュさんが席が取れないって言ってましたよね?当日券なんて残ってないと思いますけど」

 苦い物でも噛む様な顔をする番に、俺はニヤリとした。

「何を言ってるんだ? 俺たちが題材なんだぞ? 一番いい席に案内されるに決まってるじゃないか」

「そうなの?・・・びっくり・・・でも辞めて置きます。ロロシュさんの話だと、大分美化されてるみたいだから、恥ずか死んでしまいそうです」

「そうか? その気になったらいつでも言ってくれ」

「はは・・・多分ないかなぁ・・・・でも不思議ですよね。あの劇団の人は、どうやってあんなに詳しく、私たちの事を知ったのでしょうか」

「ああ、レンは知らなかったのか。あれはロロシュが情報をリークしたんだ」

「はあ? えっ? なんで? 機密事項じゃないんですか?」

「プロパガンダだな。大衆が好みそうな部分だけを抜き取って、不都合な部分から目を逸せる。情報操作の定石だ」

「ふえ~。政治っぽい」

「ぽい、じゃなくて政治だ。 真実は国の根幹に関わるからな。情報は隠せば探られる。だが、ある程度の事実を公開すれば、無闇に探られることはないからな」

 俺の説明に、レンはブツブツと “陰謀論者ってこうやって作られて行くのかぁ” と妙な納得の仕方をしている。

「あの連中に見つかると面倒だ、そろそろ行くぞ?」

「あっはい。そうですね。行きましょう」

 マークは舞台を絶賛していたが、レンより美しい舞台俳優などいない。

 態々金を出して観るほどではないな。
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