獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

文字の大きさ
上 下
231 / 608
エンドロールの後も人生は続きます

リリーシュ

しおりを挟む
「寒くないか?」

「アレクのマントの中は、ポカポカですよ?」

 振り返って俺を見上げる、番の無邪気な笑顔に癒される。

 北部の冬は皇都より早く来る。

 伯爵領にいた時は爽やかだと感じて居た風も、今は街道を行く俺達の頬をヒリヒリと刺すように冷たい。

「この分だと、初雪間近って感じですか?」

「そうだな。後一週間もしたら降り出すだろうな」

「支援の手配はしましたけど、皆さん無事に冬を起こせるでしょうか?」

「叔父上は慣れているから、問題ないだろう。クロムウェル領は、何かあっても直ぐに対応出来る。それにマイオールの民は、他所と比べても頑健なものが多いから、あまり心配しなくても大丈夫だ」

「体が丈夫でも、お腹は空きますよ?」

「そうだな。だがレンも手配を手伝ってくれたし、水源の浄化も出来た。無事に乗り越えられるさ」

 安心させたくて頭を撫でると、レンはくすぐったそうに首を縮め、俺に寄り掛かった。
 
 いつも不思議に思うのだが、俺とレンは身長差がかなり有るにも関わらず、こうやって、ブルーベルに二人で乗っている時も。それ以外のどんな体勢でいる時も、しっくり収まる感じがするのは、番だからなのだろうか?

「叔父上の城まで後少しだ、デカい風呂で手足を伸ばせるぞ」

「あっ本当だ。城壁が見えてきましたね」

「あ~。やっとかよ。これ以上寒くなると、流石にキツいから、助かるぜ」

「ん? ベストの効果が弱くなってます?」

「そうだなぁ。魔晶石の魔力がかなり減ってる感じだな」

「そっかぁ。耐久性を改良するか、あえて安価に抑えて量産するか・・・」

「貴族とか金持ち相手なら、耐久性を上げてお高くしたほうが売れるぜ?」

「えっ?なんで?」

「前にも言ったけど、貴族ってのは見栄の塊だからな。お高い希少品に飛びつくもんなんだよ」

「あ~。お金持ちってブランド物大好きですもんね・・・じゃあ二極化を図る方がいいのかも・・・だとすれば、お洒落なアウターとインナーで・・・・」

 ぶつぶつと呟くレンに、マークとクレイオスがなんとも生温い視線を送っている。

 今はレンが創り出した魔道具は、特許権での利益のみになっているが、商会を立ち上げてやったら、繁盛するんじゃないか?

 まぁ、レンが希望すれば、の話しだがな。

 夕暮れ間近に到着したバイスバルト城では、主人の侯爵が不在にも関わらず、下へも置かない歓迎を受けた。

 前回城に立ち寄った時は、魔獣の森での討伐を控えバタバタしていたし、レンも浄化で疲れきっていた為、晩餐にも参加しなかった。

 なんとか直系の跡取りを、と切望する城の住人達は、レンの世話がしたくてウズウズしているらしい。

 だが。レンの世話は俺の生き甲斐。
 そこらの侍従などに、任せる道理は無い。

 晩餐の後、着替えやらなんやらと、世話を焼きたがる侍従共を蹴散らし、侯爵自慢の風呂に浸かり、漸くのんびり出来た気がする。

「やっぱり大きなお風呂は、気持ちがいいですよね」

「そうだな」

「こっちの世界は、温泉とか銭湯ってあるんですか?」

「聞いたことがない言葉だが、それは何だ?」

「ん~と・・・。温泉は火山とかの地熱で温められた、天然のお湯です。銭湯は不特定多数の人が一緒に入れる、大きなお風呂の事です。大衆浴場とも言うのですが」

「その銭湯と言うのは無いな。そもそも貴族以外で、風呂がある家は少ない」

「やっぱりそうなんだ」

「地面から湯が湧く場所なら、いくつか知っているぞ」

「ほんとう!」

 食いつき気味で振り返った飛沫が顔に掛かり、レンが慌ててアワアワと謝っている。

「風呂は濡れるものだろう?なんで謝るんだ?」

「えっ?でも、なんか失礼かなって」

 気にするなと、湯に浸かった腕をやわやわと揉んでやると、レンは気持ち良さそうに溜息を吐いた。

「それで?その湯がどうしたんだ?」

「そのお湯は温泉って言って、入ると病気や怪我の治りが早くなったり、お肌がすべすべになる効能があるんです。私たち日本人はお風呂と温泉大好き民族なので、湯治と言って、療養の為に温泉のある宿に、長く逗留したりもするんです」

「そうなのか?」

「温泉旅館があったら、最高なんですけどねぇ」

「ん~。その夢を実現するのは無理だな」

「え~?どうしてぇ?」

 不満そうに膨れた頬を指で突くと、クスクスと笑う番が可愛い。

「その湯が湧く場所は、凶悪な魔物の生息地ばかりだ。今後魔物が減っていくだろうが、今直ぐとはいかんだろう?それにな、あの湯に入ると、大概の生き物は死ぬ」

「しっ死んじゃうの?! なんで? どうして?」

「落ち着け?興奮するとのぼせるぞ?」

「あっはい。すみません」

 頭をポンポンと撫でると、番は急に大人しくなった。
 小動物の相手をしているみたいだ。

「その湯だが。危険すぎて誰も近づけなくてな。しっかりとした調査もできていない。場所によって異なるのだが、湯に触れると石化したり、体が溶けてしまうのだ」

「一瞬で?」

「瞬殺だ」

「うぇ~ん。私の温泉ライフが~~しょぼん」

 しょぼん と自分の口で言うのか?
 なんだこれ、可愛いぞ!!

「元気を出せ? その銭湯とか言う浴場は、アーノルドやロイド様が聞いたら、面白がって造るかも知れんぞ?」

「そうでしょうか?興味持ってくれるかな」

「話してみて、損はないと思うが」

「そうですよね。ちょっとプレゼン考えてみます」

 ぷれぜんが何かは知らんが、番が元気になったのは良い事だ。

 ◇◇

 深夜。
 レンがぐっすりと眠ったことを確認した俺は、ベットから出て、暖炉の前に陣取った。
 暖炉の薪が爆ぜる音だけが聞こえてくる。

 手には一冊の日記。

 権利証やその他の証書と一緒に、葛籠の中に入れられていた物だ。

 葛籠の中の証書類は、乱雑に放り込まれた様子だった。恐らくこの日記も、意図して入れたのではなく、書類に紛れていたものを、間違えて放り込んだのだろう。

 母上は整理整頓や書類仕事が苦手な人だった。

 いつだったか、副団長のバルドが、団長は居ないと困るが、いると雑用が増えて困ると愚痴る程だった。

 日記は、日付が飛んでいて、思い立った時に書かれたようだった。

 記されていたのは、マシュー様への母の想い。

 そして・・・やはりジルベールはマシュー様と母との間に出来た子だった。

 愛した人との間に生まれた唯一の子。

 母がジルを可愛がったのは当然だった。

 そこから暫くは、ジルが生まれた喜びで溢れる文章が続き、マシュー様がウィリアムを懐妊した所で一変する。

 マシュー様の裏切りに、怒りと呪いの言葉を書き連ね、このまま自分が捨てられるのではないかという、絶望に打ちひしがれていた。

 そして・・・・母はマシュー様の側に居続けるために、皇帝を誘惑した。
 文字どおり、皇帝に幻術を掛け惑わしたのだ。

 認識阻害の魔法を掛けたラシルの実を、皇帝に食べさせ、魔法で幻惑し犯した。

 自分を裏切ったマシュー様と、番を寝取った雄への復讐だった。

 自分では無く、皇帝が懐妊したことを隠す為、母は周囲の人間にも幻術を掛け、繭が出てくるまで、皇帝の側に侍り続けた。

 そして産まれたのが俺だ。

 俺が産まれた後も、二人への復讐の為、幻術が解けないようにする為、愛する番を他の雄に触れさせない為、夜毎、母は皇帝の寝所に通い続けた。

 そこから、母の日記は長い間、記されなかったようだ。

 母の狂気を前にして、マシュー様が傷つかない筈がない。
 マシュー様の体調が優れなかったのは、母の狂気じみた行動の所為だったのではないか?

 だが、日記には弱っていくマシュー様の事は、何も書かれていなかった。
 皇帝の事も、そして俺の事も・・・。

 日記の最後に記されていたのは、マシュー様の死と ”これであなたは俺だけのものだ“
 と言う恐ろしいまでの執着の言葉だった。

 叔父上に言った通り、この日記に記されたリリーシュ・クロムウェルの人生は、レンにも話すつもりはない。

 俺の胸の中にだけ、留めておけばいい。

 日記を暖炉に放り込もうとした時、日記に挟まれていた紙がハラリと落ちた。

 拾い上げたそれは、子供の頃の俺の絵姿だった。

 絵姿の裏に文字が見えた。
 そこに殴り書きされていた言葉は。

 ”何故憎む事が出来ない“

 この時はまだ、愛されることは無かったが、憎まれては居なかったのか・・・。

 暖炉の中に日記と絵姿を放り込み、愚かなオスの狂気が燃え崩れて行くのを、ぼんやりと眺めた。

 二つが灰になったことを確かめ、ベットに戻り愛しい番を抱き寄せた。

 髪の香りを嗅ぎながら、俺は想う。

 俺はあんな愚かな事はしない。
 腕の中に居るこの人を、何があっても離さない。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。 そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!? 貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!

腹黒宰相との白い結婚

恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道

Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道 周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。 女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。 ※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】呪いを解いて欲しいとお願いしただけなのに、なぜか超絶美形の魔術師に溺愛されました!

藤原ライラ
恋愛
 ルイーゼ=アーベントロートはとある国の末の王女。複雑な呪いにかかっており、訳あって離宮で暮らしている。  ある日、彼女は不思議な夢を見る。それは、とても美しい男が女を抱いている夢だった。その夜、夢で見た通りの男はルイーゼの目の前に現れ、自分は魔術師のハーディだと名乗る。咄嗟に呪いを解いてと頼むルイーゼだったが、魔術師はタダでは願いを叶えてはくれない。当然のようにハーディは対価を要求してくるのだった。  解呪の過程でハーディに恋心を抱くルイーゼだったが、呪いが解けてしまえばもう彼に会うことはできないかもしれないと思い悩み……。 「君は、おれに、一体何をくれる?」  呪いを解く代わりにハーディが求める対価とは?  強情な王女とちょっと性悪な魔術師のお話。   ※ほぼ同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※

婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

処理中です...