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エンドロールの後も人生は続きます
侯爵は斯く語りき
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「クレイオスは部屋か?」
「叔父様から、良いお酒を貰ったとかで、ロロシュさん達を引っ張って行きましたよ?」
「真昼間から、好きだな。明日は二日酔い確定だな」
「マークさんが居るから、大丈夫だと思いますよ? それにもう解毒はしないって言ってありますし」
「なら良いが」
暇を持て余したクレイオスに誘われたロロシュが、調子に乗って呑み過ぎて、ひどい二日酔いになった事がある。
山積みの業務を前に、胃を撫でながら苦しむロロシュに、レンが解毒魔法を掛けてやった事があるのだが、それに味を占めたロロシュは、クレイオスの誘いを断らなくなった。
当然、放っておかれることになったマークは、日毎に機嫌が悪くなり、レンも毎日のように解毒を頼みに来るロロシュに呆れ、今後二日酔いの解毒はしないと、ロロシュに言い渡したのだ。
「酒好きのやる事は理解できん」
「アレクはあんまり、飲まないですよね?」
「良い酒は美味いと思うが、俺はあまり酔わんし、別に楽しいと思ったこともない。レンと一緒にいる時が、一番楽しいからな」
「うふふ。ありがとう。そんなアレクには、今晩美味しいご飯を作ってあげなくちゃね」
「それは楽しみだ」
レンとの楽しいひと時は、公爵家の騎士が呼びに来たことで中断された。
互いに忙しい身の上でもある、嫌なことはさっさと済ませた方が良い。
離れのリビングに戻ると、俺が叩き割ったテーブルは片付けられ、空き部屋から別のテーブルが運び込まれていた。
「叔父上、話しを聞かせてもらえますか?」
「・・・勿体ぶる訳では無いんだが、俺から話せる事は、そう多くはないのだ。それでもいいか?」
「構いません」
「うむ・・・俺とリリーシュ、マシューの3人は従兄弟同士であり、幼馴染でもあったのだ・・・」
そう言って侯爵は、懐かしそうに目を細めた。
「3人の中で俺が一番年上でな、リリーシュは幼い頃から腕白で、悪戯好きな悪ガキだった。一番年下のマシューは、それは小さな赤ん坊でな?リリーシュと比べると、子供の俺が、この赤ん坊は本当に大きくなるのか?と心配になる程だった。俺の母、お前の祖母はマシューの乳母だったから、幼い頃は大公城で兄弟のように一緒に育ったのだ」
「皆さん、仲良しだったんですね?」
「そうだな。仲が良かったよ」
あの頃は良かった。
遠くを見つめる叔父上は、その瞳に何を映しているのだろうか。
「だが5歳を超えて、貴族としての教育が始まり、暫くは顔を合わせることも無くなった」
俺が読み書きを習い始めたのも、同じ年くらいだったな。
「リリーシュが14になった頃、マシューが13だな。俺とリリーは次期大公の遊び相手、兼側近として、大公城に呼ばれたのだ。シルベスター家は武門の家だから護衛も兼ねていた。再会したマシューは、可憐で物静かな、美しい少年に育っていた。貴公子とは、マシューの為にある言葉だと思ったよ」
俺の記憶の中に有る、マシュー様そのものだ。
「遊び相手と言っても、マシューは剣の腕はからっきしでな。本を読むのが好きで、無骨な俺達とは全く違う。遊ぶと言うより、話し相手もする護衛という感じだった。穏やかな毎日を送っていたが、暫くして、リリーの様子がおかしいことに俺は気付いた。その頃、マイオールとクレイオスの関係が険悪になり始めていたから、その所為かと思っていたんだが、それにしては挙動が不振で、どうもしっくりこない。それで俺はリリーに何があったのか、と聞いてみたんだ」
“マシューは僕の番かもしれない”
「俺は喜んだが、リリーはまだ子供で、初心だったから、自分の感情が何なのか、確信が持てなかったようでな、誰にも言わないでくれ、と頼まれた」
「番でも確信が持てない、なんて事があるんですか?」
「人としての好意なのか、番としての愛なのか、思春期の子供には難しいかも知れんな。リリーは、恥ずかしさが先に立って、判断できなかったんだろう。繰り言になってしまうが、あの時番だと認めていれば、と考えてしまうよ」
侯爵は、口の中の苦い物を飲み下すように、茶を煽った。
「間も無く、帝国との戦争が始まった。俺達は大公城に詰めていたが、戦況は悪くなる一方で、俺たち兄弟も前戦に出る事になった。その時俺はリリーに聞いたのだ。 “マシューに想いを伝えなくて良いのか” とな。 だがリリーは “自分の勘違いだった、マシューは番じゃない” と言ったのだ」
「死を覚悟した上で、相手を悲しませない為に、想いも告げず、嘘を吐いたのか?」
「今思えば、そうだったのかも知れん。だが、当時は俺も若かった。戦を前にリリーに構っている余裕もなく、あいつの言葉を鵜呑みにしてしまった。結局戦争に負け、マシューが帝国に嫁ぐまでの経緯は、お前達の知る通りだ」
「母とマシュー様が本当に番だったのなら、何故母は、皇帝の愛妾になり、俺を産んだのだ?」
侯爵は目頭を摘み、重い溜息を吐き、首を振った。
「分からん・・・マシューが帝国に留め置かれ、皇太子に嫁がされると知ったリリーは激怒していた。自分達の身を守る為に、マシューを売り飛ばすのか!とな。自分はマシューの護衛騎士だ。マシューを一人にはさせない。今直ぐ自分を帝国に送る手筈をしろ、と暴れに暴れてな。仕方なく、リリーの皇宮入りを捩じ込んだのだ。それを耳にした帝国の連中が、マシューには番が居た。という噂を流したらしい」
ここまでの話なら、母とマシュー様が番だった。と言う話は納得できる。
しかし、それだと母が愛妾になった事や、アーノルド以外の、3人の息子に対する、母の態度が理解出来ない。
「ジルベール殿下が生まれた時、リリーが手紙を送ってきた」
「手紙にはなんと?」
「ジルベールが帝位に着けば、帝国はマイオールの物になる、と喜んでいた」
マシュー様が国母となり、マイオールの血を引いたジルが皇帝になれば、帝国がマイオールの物。という考えも成り立つのか?
しかし、自分の番が他の雄の子を産んで、手放しに喜べるものか? 何かしっくりこない。
まだ、何かあるはずだ。そう考えると、やはり、ジルベールは・・・。
考え込んでいた俺は、侯爵の声で現実に引き戻された。
「俺が話せるのは、ここ迄だ。皇宮に入った後の事は、俺にも分からん」
「叔父上、話してくれた事、感謝する」
「いや。俺はリリーの、弟の葛藤を何も知らずに生きてきた。そしてこれからも、あいつの本当の心は理解出来ないだろう。だがな、俺はそれで良いと思っている。リリーは番を想い、焦がれ死んだ。それで良いとな・・・お前は、この先も調べるのか? 知らん方が良いことも有るぞ?」
「そうだな・・・無理矢理暴く気は失せたが、リリーシュ・クロムウェルという人が、何を考え、本当はどういう人だったのか、一人くらいは知っていても良いのじゃないか?」
俺の返事を聞いた侯爵は、“頑固者め” と苦笑を浮かべ呟いた。
「好きにしろ。俺は勧めんがな」
帰りしな侯爵から、鍵を渡された。
それはリビングの隅に置かれた葛籠の鍵だった。
「リリーはクソ代官に好き勝手させていたが、肝心な物は、手出しをさせていない。あの葛籠の中は、俺が預かっていた土地を始めその他諸々の権利書だ」
「見つからないと思っていたら、叔父上が持っていたのか」
「リリーから、何も聞いていなかったのか?」
叔父の問いに、俺は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「俺達は、そういう間柄じゃ無かったからな」
侯爵の労わるような視線に、居心地が悪くなる。
「・・・最後を看取ったのだろう?何か言い残した事はないのか?」
母の血に塗れた顔と、掠れた声を思い出した。
「・・・何も。話せる状態じゃ無かった」
「そうか・・・・すぐに皇都へ帰るのか?」
何かを察したように暗い眼をした侯爵は、気を取り直し、わざとらしい程、明るい声で聞いてきた。
「いや。まだ、水の濁りがあると報告を受けている。一週間ほど掛けて、水源を何ヶ所か回って、レンに浄化してもらうつもりだ」
とレンに眼を向け、互いに頷き合った。
「それは有難いが、ウィリアムの葬儀に間に合うのか?」
「あぁ。便利な移動手段があるからな」
いざとなったら、クレイオスに運んで貰えば、三刻も有れば、皇都に帰れる。
「俺は、この後皇都に向かうが、城の者に話を通しておくから、俺の城にも寄ると良い。お前達うちの風呂、気に入ってただろ?」
それは、有難い。と3人で笑い合い、侯爵は皇都へ向かう為、離れを後にした。
その夜俺は、久しぶりにレンの手料理に舌鼓を打ち、ベットの上でレン本人も美味しく頂いたのだが、婚姻前で、まだ最後まで致す事が出来ないのが、本当に残念だった。
「叔父様から、良いお酒を貰ったとかで、ロロシュさん達を引っ張って行きましたよ?」
「真昼間から、好きだな。明日は二日酔い確定だな」
「マークさんが居るから、大丈夫だと思いますよ? それにもう解毒はしないって言ってありますし」
「なら良いが」
暇を持て余したクレイオスに誘われたロロシュが、調子に乗って呑み過ぎて、ひどい二日酔いになった事がある。
山積みの業務を前に、胃を撫でながら苦しむロロシュに、レンが解毒魔法を掛けてやった事があるのだが、それに味を占めたロロシュは、クレイオスの誘いを断らなくなった。
当然、放っておかれることになったマークは、日毎に機嫌が悪くなり、レンも毎日のように解毒を頼みに来るロロシュに呆れ、今後二日酔いの解毒はしないと、ロロシュに言い渡したのだ。
「酒好きのやる事は理解できん」
「アレクはあんまり、飲まないですよね?」
「良い酒は美味いと思うが、俺はあまり酔わんし、別に楽しいと思ったこともない。レンと一緒にいる時が、一番楽しいからな」
「うふふ。ありがとう。そんなアレクには、今晩美味しいご飯を作ってあげなくちゃね」
「それは楽しみだ」
レンとの楽しいひと時は、公爵家の騎士が呼びに来たことで中断された。
互いに忙しい身の上でもある、嫌なことはさっさと済ませた方が良い。
離れのリビングに戻ると、俺が叩き割ったテーブルは片付けられ、空き部屋から別のテーブルが運び込まれていた。
「叔父上、話しを聞かせてもらえますか?」
「・・・勿体ぶる訳では無いんだが、俺から話せる事は、そう多くはないのだ。それでもいいか?」
「構いません」
「うむ・・・俺とリリーシュ、マシューの3人は従兄弟同士であり、幼馴染でもあったのだ・・・」
そう言って侯爵は、懐かしそうに目を細めた。
「3人の中で俺が一番年上でな、リリーシュは幼い頃から腕白で、悪戯好きな悪ガキだった。一番年下のマシューは、それは小さな赤ん坊でな?リリーシュと比べると、子供の俺が、この赤ん坊は本当に大きくなるのか?と心配になる程だった。俺の母、お前の祖母はマシューの乳母だったから、幼い頃は大公城で兄弟のように一緒に育ったのだ」
「皆さん、仲良しだったんですね?」
「そうだな。仲が良かったよ」
あの頃は良かった。
遠くを見つめる叔父上は、その瞳に何を映しているのだろうか。
「だが5歳を超えて、貴族としての教育が始まり、暫くは顔を合わせることも無くなった」
俺が読み書きを習い始めたのも、同じ年くらいだったな。
「リリーシュが14になった頃、マシューが13だな。俺とリリーは次期大公の遊び相手、兼側近として、大公城に呼ばれたのだ。シルベスター家は武門の家だから護衛も兼ねていた。再会したマシューは、可憐で物静かな、美しい少年に育っていた。貴公子とは、マシューの為にある言葉だと思ったよ」
俺の記憶の中に有る、マシュー様そのものだ。
「遊び相手と言っても、マシューは剣の腕はからっきしでな。本を読むのが好きで、無骨な俺達とは全く違う。遊ぶと言うより、話し相手もする護衛という感じだった。穏やかな毎日を送っていたが、暫くして、リリーの様子がおかしいことに俺は気付いた。その頃、マイオールとクレイオスの関係が険悪になり始めていたから、その所為かと思っていたんだが、それにしては挙動が不振で、どうもしっくりこない。それで俺はリリーに何があったのか、と聞いてみたんだ」
“マシューは僕の番かもしれない”
「俺は喜んだが、リリーはまだ子供で、初心だったから、自分の感情が何なのか、確信が持てなかったようでな、誰にも言わないでくれ、と頼まれた」
「番でも確信が持てない、なんて事があるんですか?」
「人としての好意なのか、番としての愛なのか、思春期の子供には難しいかも知れんな。リリーは、恥ずかしさが先に立って、判断できなかったんだろう。繰り言になってしまうが、あの時番だと認めていれば、と考えてしまうよ」
侯爵は、口の中の苦い物を飲み下すように、茶を煽った。
「間も無く、帝国との戦争が始まった。俺達は大公城に詰めていたが、戦況は悪くなる一方で、俺たち兄弟も前戦に出る事になった。その時俺はリリーに聞いたのだ。 “マシューに想いを伝えなくて良いのか” とな。 だがリリーは “自分の勘違いだった、マシューは番じゃない” と言ったのだ」
「死を覚悟した上で、相手を悲しませない為に、想いも告げず、嘘を吐いたのか?」
「今思えば、そうだったのかも知れん。だが、当時は俺も若かった。戦を前にリリーに構っている余裕もなく、あいつの言葉を鵜呑みにしてしまった。結局戦争に負け、マシューが帝国に嫁ぐまでの経緯は、お前達の知る通りだ」
「母とマシュー様が本当に番だったのなら、何故母は、皇帝の愛妾になり、俺を産んだのだ?」
侯爵は目頭を摘み、重い溜息を吐き、首を振った。
「分からん・・・マシューが帝国に留め置かれ、皇太子に嫁がされると知ったリリーは激怒していた。自分達の身を守る為に、マシューを売り飛ばすのか!とな。自分はマシューの護衛騎士だ。マシューを一人にはさせない。今直ぐ自分を帝国に送る手筈をしろ、と暴れに暴れてな。仕方なく、リリーの皇宮入りを捩じ込んだのだ。それを耳にした帝国の連中が、マシューには番が居た。という噂を流したらしい」
ここまでの話なら、母とマシュー様が番だった。と言う話は納得できる。
しかし、それだと母が愛妾になった事や、アーノルド以外の、3人の息子に対する、母の態度が理解出来ない。
「ジルベール殿下が生まれた時、リリーが手紙を送ってきた」
「手紙にはなんと?」
「ジルベールが帝位に着けば、帝国はマイオールの物になる、と喜んでいた」
マシュー様が国母となり、マイオールの血を引いたジルが皇帝になれば、帝国がマイオールの物。という考えも成り立つのか?
しかし、自分の番が他の雄の子を産んで、手放しに喜べるものか? 何かしっくりこない。
まだ、何かあるはずだ。そう考えると、やはり、ジルベールは・・・。
考え込んでいた俺は、侯爵の声で現実に引き戻された。
「俺が話せるのは、ここ迄だ。皇宮に入った後の事は、俺にも分からん」
「叔父上、話してくれた事、感謝する」
「いや。俺はリリーの、弟の葛藤を何も知らずに生きてきた。そしてこれからも、あいつの本当の心は理解出来ないだろう。だがな、俺はそれで良いと思っている。リリーは番を想い、焦がれ死んだ。それで良いとな・・・お前は、この先も調べるのか? 知らん方が良いことも有るぞ?」
「そうだな・・・無理矢理暴く気は失せたが、リリーシュ・クロムウェルという人が、何を考え、本当はどういう人だったのか、一人くらいは知っていても良いのじゃないか?」
俺の返事を聞いた侯爵は、“頑固者め” と苦笑を浮かべ呟いた。
「好きにしろ。俺は勧めんがな」
帰りしな侯爵から、鍵を渡された。
それはリビングの隅に置かれた葛籠の鍵だった。
「リリーはクソ代官に好き勝手させていたが、肝心な物は、手出しをさせていない。あの葛籠の中は、俺が預かっていた土地を始めその他諸々の権利書だ」
「見つからないと思っていたら、叔父上が持っていたのか」
「リリーから、何も聞いていなかったのか?」
叔父の問いに、俺は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「俺達は、そういう間柄じゃ無かったからな」
侯爵の労わるような視線に、居心地が悪くなる。
「・・・最後を看取ったのだろう?何か言い残した事はないのか?」
母の血に塗れた顔と、掠れた声を思い出した。
「・・・何も。話せる状態じゃ無かった」
「そうか・・・・すぐに皇都へ帰るのか?」
何かを察したように暗い眼をした侯爵は、気を取り直し、わざとらしい程、明るい声で聞いてきた。
「いや。まだ、水の濁りがあると報告を受けている。一週間ほど掛けて、水源を何ヶ所か回って、レンに浄化してもらうつもりだ」
とレンに眼を向け、互いに頷き合った。
「それは有難いが、ウィリアムの葬儀に間に合うのか?」
「あぁ。便利な移動手段があるからな」
いざとなったら、クレイオスに運んで貰えば、三刻も有れば、皇都に帰れる。
「俺は、この後皇都に向かうが、城の者に話を通しておくから、俺の城にも寄ると良い。お前達うちの風呂、気に入ってただろ?」
それは、有難い。と3人で笑い合い、侯爵は皇都へ向かう為、離れを後にした。
その夜俺は、久しぶりにレンの手料理に舌鼓を打ち、ベットの上でレン本人も美味しく頂いたのだが、婚姻前で、まだ最後まで致す事が出来ないのが、本当に残念だった。
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