獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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エンドロールの後も人生は続きます

勧善懲悪って疲れます

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「愛し子様!どうか閣下にお取りなしを!これは全て誤解なのです!!」

「本当に誤解なんですね?」

 慈愛の笑みを浮かべるレンの足に取り縋ろうとする代官を、レンが巧みな足捌きで避けると、代官はみっともなく床にベシャリと倒れ込んだ。

 床にぶつけた鼻を押さえ、恨みがましい目向ける代官に、レンはニッコリと微笑んだ。

「あらら。ごめんなさいね。でも私に触れたら、あなたの手、斬り落とされちゃうから」

 レンが俺に向けた視線を辿り、剣の柄に手を当てた俺に気づくと、代官は顔色を無くし震え出した。

「大切な調度品は着服したのではなく、保管の為に持ち出した、と言うことで合ってますか?」

「はい!その通りでございます!お優しい愛し子様なら、私めの苦労をご理解いただけると信じておりました!」

「別に私は優しく無いので、胡麻なんて擂らなくて結構です」

 こんな高速の揉み手は、初めて見たな。
 指紋が消えるんじゃないか?

「では、確認ですが、この絵。マイオールの宮廷画家アンスガーの描いた、氷霧に煙る森?この絵の売買契約書があるのは何故ですか?日付は3年前の冬ですけど?」

「その年は不作でございまして、財政が切迫し、領民に配る薪代にも困窮した為、伯爵様の了承を得て処分したのでございます」

「へぇ~。それを貴方が買い取ったと?個人的に?伯爵家として買い戻すのではなく?」

「いや、あの、それは」

「こっちが売った時の売買契約書。金額は7,500万アーロ。っでこっちが貴方が買い取った時の売買契約書。なんと鑑定書付き。金額が20万アーロ? これ本物ですか? 差額の7,480万はどこに行ったのかしら?」

「それは、絵画の相場は価格の変動が」

「たった2ヶ月で?有名画家の絵がそこまで大暴落するでしょうか?ソネット?こんな画廊、聞いた事がないのですが?」

「あの・・・それは・・その」

「それから、これがその年の炭の購入費用なのですけれど、2万束発注してますね。でも一束が15,000アーロって、マイオールの物価って高いのですね?」

 とレンが侯爵に眼を向けると、侯爵は口の端を引き攣らせながら、無理矢理笑みを浮かべ、レンに答えた。

「確かに、割高な物もあるな。だが雪に埋もれて、炭が手に入らない事はあっても、今では泥炭があるからな、代金が高騰した事はないぞ? 3年前なら、1束1,300クロスくらいじゃなかったか?」

「そうですよね。第2騎士団で3年前に支給された炭も、一束1,500クロス前後でした。騎士団の支給品はそれなりに良い品物を購入するのですが、それの10倍とか、ぼったくられ過ぎでしょう? 貴方、適正価格ってご存知?」

「誠に面目次第もなく・・・」

「それと・・・」

 まだ有るのか?
 次から次に凄いな。

「この帳面、使用人のお給料の内訳ですね?」

「へっ?」

「帳面によると、城の使用人の数は、ひいふうみい・・・46名? 庭師5名、厨房が10名、侍従と下男で31名。城にいたのは、ご高齢の侍従と下男合わせて5名でしたけど? 貴方幽霊でも雇っているの?」

「いえ、それは給金が支払えず、解雇を・・・」

「そうね。先月までの帳面ですものね。解雇は先月かしら? 解雇したなら、使用人の推薦状の控えがあるはずだけど、見当たらないですね?それに、城の荒れ具合からいったら、1、2年であそこまで荒れたりしないと思うのよ?」

「雇い入れた使用人が、怠け者ばかりでして、その」

「・・・貴方、まともな買い物もできない上に、人を見る目もないの?」

「・・・・・」

「それから・・・・・・」

 レンは箱の中の書類を取り出し、種類毎に仕分けながら、眼を通していった。

「あぁ。あった! これは水が腐って使えなくなった時の、リリーシュ様からのお手紙ですね。 新しい井戸の掘削費用と、当座の水の確保のための費用として、2億アーロ送るとあります。でも、何処にも掘削業者へ依頼した書類は見当たりませんね」

「業者の選定が間に合わず」

 バシンッ!!
 ティーテーブルに、書類の束を叩き付けたレンが、作り物めいた冷たい笑顔を見せた。

 怒った時のマークに似てるな。
 かなり怖いぞ。
 変なところは似ないで欲しいのだが。

「これ、なんだか分かります?」

「あっ!!」

 レンが袂から取り出した書類の束に、代官の顔色が一気に白くなった。

「貴方の銀行口座の、入出金記録の写しなんですけど」

「どうして・・・どうしてそれを・・・」

 そんな物まで、いつの間に?

「貴方の仕えている人が誰か、忘れた訳ではないですよね?この程度のもの、直ぐに用意できるんですよ?」

 呆気に取られる俺と侯爵の前で、レンは口座の写しをヒラヒラさせながら、話を続けた。

「3年前の雪花月26日7,400万アーロ入金。氷樹月23日2億7,000万アーロ入金。それと毎月10日に6百20万アーロが入金されていますね? 最近だと2億アーロの入金も有ります。不思議ですね。さっき私が聞いた事の差額とぴったりなんですけど? それとも貴方、何か副業をされてるの? 鉱山でもお持ちなのかしら?」

「・・・・・あっ、ああ」

「それからこっちは、貴方の伴侶と息子さんの衣装代。宝石の購入代金。化粧品代。ずいぶん派手に使ってますね。それと・・・馬一頭が1億アーロ?軍馬でも買ったのかしら? 水の購入費が5,000万アーロ、領民が苦しんでいる時に、自分達の分だけ購入したの?」

 レンは読み上げた領収書を、一枚づつ床に落としていった。

「ハッ・・・・ハハ」

 言い訳が思いつかないのか、渇いた笑いをこぼす代官に、レンは極寒の視線を向けている。

「ずいぶん舐めた真似してくれるじゃないの。閣下が皇都にいるから、これまで通り騙せると思ったの? リリーシュ様を騙して楽しかった? 領民を踏みつけにするのは、気分が良かった? 私のお母様は上皇陛下に愛された、第一騎士団、団長の、リリーシュ・クロムウェルなのよ。領民を助けられない程、困窮する訳ないでしょ? 嘘を吐くにしても、お母様を侮辱する事は、私が許さないわ!」

 そう言うとレンは、箱から掴んだ書類の束を、代官の頭に投げつけた。

 俺の番が怖い。
 でもかっこいいぞ!

 それに、あんな事があったのに、あの人の事を母と呼んでくれるのか。

 俺はレンの懐の深さに感動した。

 ワナワナと唇を震わせる代官に、レンは一瞥をくれた後、ぽてぽてと俺の元に戻って来て「後はお二人にお任せします」と言ったきり ポスン と俺の胸に顔を埋めてしまった。

 俺と侯爵は互いにニヤリと笑いあった。

 俺は代官とその家族の捕縛と、財産の没収を命じ、悪代官退治は幕を閉じた。

「みとこうもんは、レンだったなぁ」

 これにレンはピクリと反応したが、何も言わず、俺にピッタリくっ付いて来ただけだった。

「こうもん?なんだそれは?」

「こっちの話です」

 首を傾げる侯爵に、少し休憩しようと告げた俺は、レンを抱き上げて閑散とした庭に出た。

「上手くいったな?」

「・・・書類はちょっと見るだけで分かるくらいに、管理が杜撰でした。あんな低俗な奴に、リリーシュ様が騙されてたなんて、信じられない」

 普通ちょっと見ただけで、あそこまで分かると思わないけどな?

「口座の写しを用意してたのか?」

「宮に戻ってすぐに取り寄せて、こっちにくる前に、最近の分を追加で送ってもらいました。あの口座の金額を見て、あたりをつけたんです」

「なるほどな・・・疲れたか?」

「ちょっとだけ。慣れない事をするものでは無いですね」

「だが、かっこ良かったぞ?」

「へへへ・・・新しい代官を雇うんですよね?良い人が居るでしょうか?」

「それなんだが、代官の印象が最悪だからな、代官ではなく、家令を置こうと思う。それをローガンの弟に頼もうかと考えている」

「ローガンさんの? へぇ。弟さんが居たんだ」

「あぁ。叔父上のところで騎士を遣っていたんだが、このまえの戦闘で負傷して、もう騎士には戻れないらしい。仕事を探していると言っていたから、遣らせてみようかと思ってな」

「良いと思います。ローガンさんのご家族なら、きっと真面目な方ですよね?」

「ローガンは、嫌そうな顔をしていたがな?」

 頬を撫でる風は優しく、番の暖かい温もりに幸せを感じる。

 これから、母の過去を聞くのかと思うと、気が重くもあるが、知らぬままにすることも出来ない。

 母の過去に向き合う事が、今の俺には必要だと思うから。

 どれだけ胸糞の悪い話でも、聞かなければならないのだ。
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