上 下
228 / 523
エンドロールの後も人生は続きます

黄門様?

しおりを挟む
 たった一人の母との別れに、俺は泣くどころか、何も感じなかった。

 俺の隣でさめざめと涙を流すレンの方が、実の親子に見えたのではないだろうか。

 母とマシュー様の間に何が有ったのか、何故母があのような狂気じみた行いをしたのか、憶測はできても本当の理由が分からない事も、心に蓋をする原因だったのかも知れない。

 親父殿とシルベスター侯にも、二人の間で何が有ったのか、知っている事を教えて欲しい、と頼んだのだが、親父殿は「リリーには夢を見せてもらった」としか言わず、侯爵は「葬儀が終わってから話す」と言われただけだった。

 葬儀も終わり、愛し子目当てに居残っていた親族をなんとか追い返し、漸く約束通り侯爵から話を聞くことが出来る。

 しかし侯爵から母の話を聞く前に、俺には片付けなければならない問題があった。

 俺たちが腰を落ち着けたのは、母の城の来客用の離れだ。

 母亡き今、領地を相続したのは俺だ。

 その領主である俺が、幼い頃を過ごした城に入る事もできず、来客用の離れで過ごしているのには訳がある。

 先ず、城を管理するべき家令も執事も存在せず、使用人の数も、城の規模に全く足りていない状態だった。

 当然城は荒れていた、葬儀の準備の為、先に城を訪れた侯爵から、自分の使用人に準備をさせるが、葬儀には間に合わないかも知れないと、それに見知った調度品も紛失しているようだ、と連絡が来るほどだった。

 そこで俺は、あえて城には手を付けず、離れを利用するよう侯爵に頼んだ。

 実際城に到着し、城の中を確認してみたが、俺が知る城の面影を残していたのは、城の外装のみだった。

 城の主人が長く不在にしていたとしても、あまりにも酷い状態だった。

 侯爵は、今の代官には問題がある、と言っていた、そこでレンを連れ、ブルーベルを走らせ、城の周囲を確認してみることにした。

 来た時にも感じたが、城下町に全く活気がない。

 瘴気の所為で、逃げ出した領民が大勢いたことは知っているが、それ以前から空き家になっていた様子の、商家も多く見受けられた。

 そこで、代官の屋敷に回ってみたのだが、荒れた城とは比べ物にならない程、煌びやかな屋敷だった。

 これでは何方が領主なのか、分かったものではない。

 瘴気の影響で水が腐り、作物は枯れ、安全な水を手に入れられなかった筈が、代官の屋敷の前庭は美しく整えられ、植えられた樹々も、この屋敷の中だけ生き生きとして見えた。

 恐らくこの代官は、領民を支援するべき金で、自分たちの屋敷で使う水を確保していたのではないだろうか。

 通り掛かりの、痩せたモークを連れた気の良さそうな領民に、ここは誰の屋敷かと尋ねると、嫌そうに代官の屋敷だと答えた。

「代官はどんな御仁だ?」

「あんた達、どっから来なさった」

 フードを目深に被った、怪しげな人間に警戒心が湧くのは致し方なかろう。

「皇都からだ、ここの領主が亡くなって、その葬儀のために来た。代官にも挨拶をと思ったのだが、なにぶん面識がなくてな」

「伯爵様は亡くなられたんで? それは御愁傷様な事で」

 と頭を下げ、代官について話してくれた。
 曰く、領主が不在なのを良いことに、代官はやりたい放題なのだそうだ。

 数々の陳状も、言を左右になかなか取り合ってもらえない。そのくせ税だけはきっちり取り立てるのだから、溜まったものではない。

 知古を頼り、母に直接陳情をあげた時には、すぐに対応してくれていたから、領主は代官に騙されているのだ、と熱く語っていた。

 母も領主の仕事を、完全に投げ出していた訳では無さそうだ。

「跡を継がれるのは、御子息のアレクサンドル様でしょうか?」

「そう聞いているが」

「それは良かった。旦那はアレクサンドル様とお知り合いで?」

 本人だとは言えず、俺は曖昧に頷いた。

「アレクサンドル様はマイオールの為に魔物を退治してくれた偉い方なんで。お知り合いなら、あの代官も退治してくれってお伝え下せぇ」

 会った事もない俺に、代官退治を頼むとはな。
 我が領の代官は、なかなかの嫌われ者のようだ。

 時間を取らせた詫びだと言って、金貨を握らせ、何度も頭を下げる領民と別れた。

「ふふ、悪代官を退治するなんて、アレクは水戸黄門ですね」

「みと? えっ?」

「彼方でそういうお芝居があったんです。祖母が時代劇大好きで、全シリーズ観てました。黄門様は将軍の弟・・・王弟でして、諸国を漫遊しながら、訪れた土地の悪者を退治していくんです。」

「・・・諸国を漫遊か・・その王弟は暇だったのか? 羨ましいな」

 葬儀に間に合わせるため、執務を無理やり詰め込んだおかげで、このところレンとの会話も儘ならなかった。旅行など夢のまた夢だ。

「あはは!暇では無かったと思いますよ?黄門様は水戸藩の藩主でしたし。ただ好奇心旺盛で活発な方だったようで、それを勧善懲悪のお芝居にしたみたいです」

「なるほど。では俺たちも勧善懲悪目指して、準備しないとな?」

「はい。なんかワクワクします」

 ニコニコと拳を握って見せる番に、少しホッとした。

 あの日、地下牢獄で何があったのか、レンは多くを語らなかった。

 薬で眠らされ、術を掛けられて、細かい事はあまり覚えていないと。

 レンの様子を見るに、貞操の危機が有ったという訳では無さそうだ。

 それでも口を閉ざし、時々思い詰めたように、空を見上げる姿から想像できるのは、ウィリアム達が俺に聞かせたくない行いをしたのだろう、という事だけだ。

 そんなレンが、代官の取り締まり程度の事で、笑ってくれるなら、帝国全土の悪代官を取り締まろうか、と思えてくる。

 そんな中、母の葬儀はしめやかに執り行われたのだが、葬儀の準備に代官が何かと関わりたがっていたそうだ。

 大方、新当主の俺に取り入り、且つ葬儀にかかる費用にも手を出すつもりだったのだろうが、費用は俺持ち、準備は侯爵が行い、一切関わらせる事はしなかった。

 代官は何食わぬ顔で、葬儀に参列していた。

 葬儀が始まる前、代官は挨拶と称し、俺におべっかを使い、レンに色の籠った目を向けていた。

 その場で叩き斬ってやろうかとも思ったが、レンが「私、揉み手でご機嫌取りする人、初めて見ました。典型的な雑魚キャラって感じで、笑えますね」とニッコリと言うのを見て、雑魚に俺の剣は勿体無いな、と思い直した。

 そして今、悪代官を目の前に立たせているのだが・・・・。

 城の手入れをしていない理由や、調度品をどうしたのかを聞いても、人手が無いだの、不作で税が集められず、已む無く処分しただのと、いやらしい笑みを浮かべながら、それらしい言い訳を並べ立てている。

「そうか、正直に話せば、多少の温情は掛けてやろうと思ったんだがな。台無しにしたのは、自分だと覚えておけ?」

「なっ何を疑っておらるのかわかりませんな。私は伯爵様の為に粉骨砕身努めておりますのに」

「なら、領民が侯爵領へ逃げた理由はなんだ?」

「それは! あの物達が愚かで恩知らずなだけです」

「恩知らずね」

 ドア前に立つ侯爵の護衛に合図を送ると、護衛が開いたドアから、書類の入った箱と、城から消えた調度品を抱えた騎士が、次々に入ってきた。

「これは一体! 私の屋敷に勝手に入ったのですか?!」

「正確には、伯爵家が代官に使わせてやっている屋敷だな。あの屋敷の持ち主は俺だ、好きにする権利が俺にはある」

「そんな横暴な!」

「お前は今、この調度類がお前を住わせてやっている、屋敷にあったと認めたな?この絵は俺の爺様が母に贈った物。この壺は、マイオール大公から婆様に贈られた物。そしてこの剣は、俺が上皇陛下より賜った物。 他も全て説明してやってもいいが、伯爵家に伝わる大切な品が、なぜ城ではなく代官の元に有るのか、納得のいく説明を貰おうか?」

「あっあの・・・それは、城の・・城の状態が宜しく無いので、保管の為に・・・」

「ほう? お前の住んで居る屋敷の修繕費用はあっても、城の修繕は出来ないと。これでは誰が領主かわからんな。それとも主人が不在だと、代官が領地の主人に成り代われる、と思っているのか?」

「いえ、そんな!誤解です!!リリーシュ様が長らくご不在で」

 バンッ!!
「ヒィッ」

 俺が殴ったテーブルが真っ二つに砕けた。

「お前。仕える主人の名を気安く呼ぶとは、何様のつもりだ?」

「もっもう! 申し訳ございません!!」

「アレク?そんなに怒ったら話ができないでしょ? 少し落ち着きましょうね?」

 手にした書類の束を振りながら、レンはニッコリと笑っていた。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪

奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」 「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」 AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。 そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。 でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ! 全員美味しくいただいちゃいまーす。

処理中です...