上 下
228 / 497
エンドロールの後も人生は続きます

黄門様?

しおりを挟む
 たった一人の母との別れに、俺は泣くどころか、何も感じなかった。

 俺の隣でさめざめと涙を流すレンの方が、実の親子に見えたのではないだろうか。

 母とマシュー様の間に何が有ったのか、何故母があのような狂気じみた行いをしたのか、憶測はできても本当の理由が分からない事も、心に蓋をする原因だったのかも知れない。

 親父殿とシルベスター侯にも、二人の間で何が有ったのか、知っている事を教えて欲しい、と頼んだのだが、親父殿は「リリーには夢を見せてもらった」としか言わず、侯爵は「葬儀が終わってから話す」と言われただけだった。

 葬儀も終わり、愛し子目当てに居残っていた親族をなんとか追い返し、漸く約束通り侯爵から話を聞くことが出来る。

 しかし侯爵から母の話を聞く前に、俺には片付けなければならない問題があった。

 俺たちが腰を落ち着けたのは、母の城の来客用の離れだ。

 母亡き今、領地を相続したのは俺だ。

 その領主である俺が、幼い頃を過ごした城に入る事もできず、来客用の離れで過ごしているのには訳がある。

 先ず、城を管理するべき家令も執事も存在せず、使用人の数も、城の規模に全く足りていない状態だった。

 当然城は荒れていた、葬儀の準備の為、先に城を訪れた侯爵から、自分の使用人に準備をさせるが、葬儀には間に合わないかも知れないと、それに見知った調度品も紛失しているようだ、と連絡が来るほどだった。

 そこで俺は、あえて城には手を付けず、離れを利用するよう侯爵に頼んだ。

 実際城に到着し、城の中を確認してみたが、俺が知る城の面影を残していたのは、城の外装のみだった。

 城の主人が長く不在にしていたとしても、あまりにも酷い状態だった。

 侯爵は、今の代官には問題がある、と言っていた、そこでレンを連れ、ブルーベルを走らせ、城の周囲を確認してみることにした。

 来た時にも感じたが、城下町に全く活気がない。

 瘴気の所為で、逃げ出した領民が大勢いたことは知っているが、それ以前から空き家になっていた様子の、商家も多く見受けられた。

 そこで、代官の屋敷に回ってみたのだが、荒れた城とは比べ物にならない程、煌びやかな屋敷だった。

 これでは何方が領主なのか、分かったものではない。

 瘴気の影響で水が腐り、作物は枯れ、安全な水を手に入れられなかった筈が、代官の屋敷の前庭は美しく整えられ、植えられた樹々も、この屋敷の中だけ生き生きとして見えた。

 恐らくこの代官は、領民を支援するべき金で、自分たちの屋敷で使う水を確保していたのではないだろうか。

 通り掛かりの、痩せたモークを連れた気の良さそうな領民に、ここは誰の屋敷かと尋ねると、嫌そうに代官の屋敷だと答えた。

「代官はどんな御仁だ?」

「あんた達、どっから来なさった」

 フードを目深に被った、怪しげな人間に警戒心が湧くのは致し方なかろう。

「皇都からだ、ここの領主が亡くなって、その葬儀のために来た。代官にも挨拶をと思ったのだが、なにぶん面識がなくてな」

「伯爵様は亡くなられたんで? それは御愁傷様な事で」

 と頭を下げ、代官について話してくれた。
 曰く、領主が不在なのを良いことに、代官はやりたい放題なのだそうだ。

 数々の陳状も、言を左右になかなか取り合ってもらえない。そのくせ税だけはきっちり取り立てるのだから、溜まったものではない。

 知古を頼り、母に直接陳情をあげた時には、すぐに対応してくれていたから、領主は代官に騙されているのだ、と熱く語っていた。

 母も領主の仕事を、完全に投げ出していた訳では無さそうだ。

「跡を継がれるのは、御子息のアレクサンドル様でしょうか?」

「そう聞いているが」

「それは良かった。旦那はアレクサンドル様とお知り合いで?」

 本人だとは言えず、俺は曖昧に頷いた。

「アレクサンドル様はマイオールの為に魔物を退治してくれた偉い方なんで。お知り合いなら、あの代官も退治してくれってお伝え下せぇ」

 会った事もない俺に、代官退治を頼むとはな。
 我が領の代官は、なかなかの嫌われ者のようだ。

 時間を取らせた詫びだと言って、金貨を握らせ、何度も頭を下げる領民と別れた。

「ふふ、悪代官を退治するなんて、アレクは水戸黄門ですね」

「みと? えっ?」

「彼方でそういうお芝居があったんです。祖母が時代劇大好きで、全シリーズ観てました。黄門様は将軍の弟・・・王弟でして、諸国を漫遊しながら、訪れた土地の悪者を退治していくんです。」

「・・・諸国を漫遊か・・その王弟は暇だったのか? 羨ましいな」

 葬儀に間に合わせるため、執務を無理やり詰め込んだおかげで、このところレンとの会話も儘ならなかった。旅行など夢のまた夢だ。

「あはは!暇では無かったと思いますよ?黄門様は水戸藩の藩主でしたし。ただ好奇心旺盛で活発な方だったようで、それを勧善懲悪のお芝居にしたみたいです」

「なるほど。では俺たちも勧善懲悪目指して、準備しないとな?」

「はい。なんかワクワクします」

 ニコニコと拳を握って見せる番に、少しホッとした。

 あの日、地下牢獄で何があったのか、レンは多くを語らなかった。

 薬で眠らされ、術を掛けられて、細かい事はあまり覚えていないと。

 レンの様子を見るに、貞操の危機が有ったという訳では無さそうだ。

 それでも口を閉ざし、時々思い詰めたように、空を見上げる姿から想像できるのは、ウィリアム達が俺に聞かせたくない行いをしたのだろう、という事だけだ。

 そんなレンが、代官の取り締まり程度の事で、笑ってくれるなら、帝国全土の悪代官を取り締まろうか、と思えてくる。

 そんな中、母の葬儀はしめやかに執り行われたのだが、葬儀の準備に代官が何かと関わりたがっていたそうだ。

 大方、新当主の俺に取り入り、且つ葬儀にかかる費用にも手を出すつもりだったのだろうが、費用は俺持ち、準備は侯爵が行い、一切関わらせる事はしなかった。

 代官は何食わぬ顔で、葬儀に参列していた。

 葬儀が始まる前、代官は挨拶と称し、俺におべっかを使い、レンに色の籠った目を向けていた。

 その場で叩き斬ってやろうかとも思ったが、レンが「私、揉み手でご機嫌取りする人、初めて見ました。典型的な雑魚キャラって感じで、笑えますね」とニッコリと言うのを見て、雑魚に俺の剣は勿体無いな、と思い直した。

 そして今、悪代官を目の前に立たせているのだが・・・・。

 城の手入れをしていない理由や、調度品をどうしたのかを聞いても、人手が無いだの、不作で税が集められず、已む無く処分しただのと、いやらしい笑みを浮かべながら、それらしい言い訳を並べ立てている。

「そうか、正直に話せば、多少の温情は掛けてやろうと思ったんだがな。台無しにしたのは、自分だと覚えておけ?」

「なっ何を疑っておらるのかわかりませんな。私は伯爵様の為に粉骨砕身努めておりますのに」

「なら、領民が侯爵領へ逃げた理由はなんだ?」

「それは! あの物達が愚かで恩知らずなだけです」

「恩知らずね」

 ドア前に立つ侯爵の護衛に合図を送ると、護衛が開いたドアから、書類の入った箱と、城から消えた調度品を抱えた騎士が、次々に入ってきた。

「これは一体! 私の屋敷に勝手に入ったのですか?!」

「正確には、伯爵家が代官に使わせてやっている屋敷だな。あの屋敷の持ち主は俺だ、好きにする権利が俺にはある」

「そんな横暴な!」

「お前は今、この調度類がお前を住わせてやっている、屋敷にあったと認めたな?この絵は俺の爺様が母に贈った物。この壺は、マイオール大公から婆様に贈られた物。そしてこの剣は、俺が上皇陛下より賜った物。 他も全て説明してやってもいいが、伯爵家に伝わる大切な品が、なぜ城ではなく代官の元に有るのか、納得のいく説明を貰おうか?」

「あっあの・・・それは、城の・・城の状態が宜しく無いので、保管の為に・・・」

「ほう? お前の住んで居る屋敷の修繕費用はあっても、城の修繕は出来ないと。これでは誰が領主かわからんな。それとも主人が不在だと、代官が領地の主人に成り代われる、と思っているのか?」

「いえ、そんな!誤解です!!リリーシュ様が長らくご不在で」

 バンッ!!
「ヒィッ」

 俺が殴ったテーブルが真っ二つに砕けた。

「お前。仕える主人の名を気安く呼ぶとは、何様のつもりだ?」

「もっもう! 申し訳ございません!!」

「アレク?そんなに怒ったら話ができないでしょ? 少し落ち着きましょうね?」

 手にした書類の束を振りながら、レンはニッコリと笑っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

迷い込んだ先で獣人公爵の愛玩動物になりました(R18)

るーろ
恋愛
気がついたら知らない場所にた早川なつほ。異世界人として捕えられ愛玩動物として売られるところを公爵家のエレナ・メルストに買われた。 エレナは兄であるノアへのプレゼンとして_ 発情/甘々?/若干無理矢理/

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

5人の旦那様と365日の蜜日【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
気が付いたら、前と後に入ってる! そんな夢を見た日、それが現実になってしまった、メリッサ。 ゲーデル国の田舎町の商人の娘として育てられたメリッサは12歳になった。しかし、ゲーデル国の軍人により、メリッサは夢を見た日連れ去られてしまった。連れて来られて入った部屋には、自分そっくりな少女の肖像画。そして、その肖像画の大人になった女性は、ゲーデル国の女王、メリベルその人だった。 対面して初めて気付くメリッサ。「この人は母だ」と………。 ※♡が付く話はHシーンです

淫らなお姫様とイケメン騎士達のエロスな夜伽物語

瀬能なつ
恋愛
17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。 長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH! 途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

R18、アブナイ異世界ライフ

くるくる
恋愛
 気が付けば異世界。しかもそこはハードな18禁乙女ゲームソックリなのだ。獣人と魔人ばかりの異世界にハーフとして転生した主人公。覚悟を決め、ここで幸せになってやる!と意気込む。そんな彼女の異世界ライフ。  主人公ご都合主義。主人公は誰にでも優しいイイ子ちゃんではありません。前向きだが少々気が強く、ドライな所もある女です。  もう1つの作品にちょいと行き詰まり、気の向くまま書いているのでおかしな箇所があるかと思いますがご容赦ください。  ※複数プレイ、過激な性描写あり、注意されたし。

クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった

山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』 色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

処理中です...