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ヴァラクという悪魔

そして陽が昇る

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 朝日を浴び、光り輝くクレイオスは、皇宮の屋根の上に舞い降りた。

 長大な翼を畳んだクレイオスは、祈る様に首を垂れている。

 あんな所に降りて、どうしたんだ?

 クレイオスの行動を不審に思いながら、見守る俺とレンの元へ、マーク達4人もやって来た。

「無事か?」

「お陰さんで」

「閣下、お疲れ様でした」

 長い夜だった。

 マイオールの戦闘から、不眠不休で戦い続けた3人は、汗と埃に塗れボロボロだ。

 まぁ、俺も人の事は言えないが。

「クレイオス様は、何をする気でしょう?」

「さぁな、疲れて一休みかもしれんぞ?」

「あの旦那が?」

 ないない とロロシュは、顔の前で手を振って見せた。

「でも、夜が明けたのに、あんなに目立つ所に降りるなんて・・・怪我とかしてたらどうしよう」

「ふむ・・・それもないな」

 否定する俺に、ロロシュも便乗して来た。

「ないない。怪我なんてしてたら、ここぞとばかりに、ちびっ子に甘えにくるだろ」

「えぇ~? クレイオス様は大人ですよ?」

「わかってねぇなあ。あの旦那はそういう御人だぞ?」

「そうかなぁ」

 そう言ってレンは、腕を組み首を傾げている。
 
 レンは聡い人だし、他人の心の機微にも敏感だ。だが何故か、自分に向けられる好意に対してだけは、鈍いところがある。

 まぁ、俺以外の雄の好意など、気付かなくても、なんの問題もない。と言うか気付かなくていい。

 戦闘後、特有の昂揚感に包まれた俺達の前に、レンと同じ顔をした傀儡が、1人悄然と立った。

「いとしご やくそく」

「あっ・・・・・」

 傀儡の言葉に、浮き足立っていた場が、シンと沈み込んだ。

「ごしゅじん いなくなった ほかのひとたちのこえも もうきこえない はやくじょうかして」

「ヨシタカ・・・ごめんね。今は出来ないの」

「どうして?! いとしごは うそついたの?!」

 掴み掛からんばかりの勢いだ。
 傀儡の前に立とうとした俺を、袖を引いてレンが止めた。

「そうじゃないの。あなたの身体は義孝様のものでしょう? 私と一緒で特別だから、浄化する時は、自分がいないと駄目だって、クレイオス様が・・・」

「くれいおすが?」

「そうなの。でもクレイオス様は、今」 とレンは、城の上で首を垂れるドラゴンを見た。
 その視線を辿り、朝日を受けキラキラと輝くドラゴンに、傀儡は目を細めた。

「わかった どらごんがもどるまで まつ」

 離れていく背中に、レンは額に手を当て、悲し気な息を吐いた。

「あの傀儡は、焦っているのか?」

「あの身体は、長く持ちません。ヨシタカは、身体を失った後、瘴気の中に戻ることを恐れているんです」

「あれの中身も瘴気なのにか?」

「彼は・・・彼は人だと私は思います。だから“あれ”なんて呼び方はしないで」

 悲しみの籠った瞳で見つめられ、自分の言ったことが恥ずかしくなった。
 
 やはりレンは、あの傀儡を人と感じていた。

 言葉遣いは拙いが、確かにあの傀儡には自我が有る。ならばレンが言うように、あの傀儡は人と言っていいのだろう。

「すまなかった」

「私も、きつい言い方をしてしまいました。ごめんなさい」

 レンの苦悩に気づいていながら、余計なことを言って、大切な番を傷つけてしまった。
 情けない自分を見られたくなくて、抱き寄せると、俺の腰に腕を回したレンに、逆に謝られてしまった。

 俺は情けない雄だ。

 反省する俺とは別に、クレイオスを眺めながらイチャついているマークとロロシュの側に居るのは居心地が悪いのか、シッチンが傀儡を追い掛け、仕切りに話しかけている。

 傀儡はレンにそっくりな可憐な姿をしているから、加護欲が湧くのは理解できる。
 しかし、あんな風に心を砕いて、純粋なシッチンが、後で辛い思いをしなければいいが。

「そうだ。アーノルドさんとロイド様はご無事でしょうか」

「ん? ああ、無事らしい。2人以外の生き残りも、全員凱旋広場に避難しているはずだ」

「じゃあ。私たちも行った方がいいですよね?」

「そうなんだが・・・クレイオスをどうする?」

 2人揃って、クレイオスを仰ぎ見たのだが・・・さっきよりクレイオスの体が光ってないか?

 陽が昇り明るくなった為だとしても、光り過ぎの様な気がするが。

「なんかキラッキラしてますね・・・でも、なんで降りて来ないのかしら。やっぱり怪我してるのかな」

「こうして居ても仕方ない。確かめに行くか?」

「あんな高い所に?どうやって?」

 不思議そうな番に、いたずら心が疼いて、俺は思わずニヤリとしてしまった。

「なんか悪い顔になってますけど?」

「そうか?気のせいだ。ほら、掴まって」

 抱き上げたレンの手を俺の首に回すと、レンは不思議そうに、見つめてくる。
 陽の光を受けた瞳が輝いて、本当に綺麗だ。

「どうするの?」

「愛し子殿は、空の散歩はお好きかな?」

「そらの? 楽しそう!」

「では、参りましょう」

 慇懃な振る舞いに、レンは楽しそうにコロコロと喉を鳴らした。

 創り出した風に乗り、レンの黒髪をサラサラと揺らしながら、ゆっくり空へと昇っていく。

「わぁ~!」

 城の屋根に近づくと、その影になって見えずにいた朝焼けを、見渡すことができた。

「魔法陣が邪魔だな」

「そうですね・・・・私の暮らしていた街は、東京ほどじゃなかったけど、それなりに栄えていたから、背の高い建物が多くて、空が小さく見えたんです」

「空が小さい?」

「建物がずっと並んでいるから、空は切り取られたみたいに、小さくしか見えなくて。でもここは、魔物は居るけれど自然が豊かで、空が大きくて、とても良い所だと思います」

「魔物がいて、魔法陣が空を埋め尽くしていてもか?」

「ふふふ」

 わざとおどけたように聞くと、レンの瞳が弧を描いた。

「帰りたいか?」

 帰してやる事など出来ないくせに、聞かずにはいられなかった。

「こちらの世界では、戸惑うことも多いし、もとの世界を懐かしいと感じたりはします。でも、何故か一度も帰りたいって、本気で思ったことがないんです」

 薄情ですよね。

 と自嘲を浮かべたレンが、早くクレイオスの所に行こうと、急かしてくる。

 その無理に浮かべた笑顔に、愛しさと申し訳なさが、ない混ぜになった複雑な気分になった。

 レンに急かされた俺は、風を操りクレイオスのすぐ側に降りたった。

「クレイオス様?どうしたんですか?どこか怪我でも?」

『・・・来たのか』

「レンが心配しているから来ただけだ。問題無いなら、俺達は凱旋広場に行く」
 
『其方は本当にせっかちだの、せっかく来たのだ。良いものを見せてやる故、少し待て』

 良いものと言われて、レンは喜んでいるが、手放しで喜べない俺は、捻くれているのだろうか。

 静かだが、クレイオスの中で、恐ろしい程の魔力のうねりを感じる。
 
 このドラゴンは、何をする気なんだ?

『・・・・・うむ、そろそろ頃合いか、2人とも、もう少し離れよ』

 言われるがまま、そろそろと屋根の上を移動すると、クレイオスは満足そうに鼻を鳴らし、翼を広げ、見せつけるように胸を逸らした。

 そして、巨大な白銀のドラゴンは、喉を震わせ、天に向かって咆哮した。

 クレイオスの咆哮は、大音声ではあるが、先の魔物とは違い、不快感は全くなかった。

 高く、時には低く響き渡る咆哮は、まるで歌っているかのようだ。

 皇都に響き渡る咆哮に、街の住人達が、家から飛び出て、クレイオスを指差しているのが小さく見える。

 ふと気がつくと、クレイオスの咆哮に合わせ、レンが異界の歌を歌っていた。

 2人の声は、重なり混じり合い、心を震わせ、魂に染み入ってくる様だ。

 2人が奏でる歌が、本当に皇都に染み込んで行ったのか、皇宮の、街の至る所から、無数の金色の光が浮かび上がり、空へ昇っていく。

 嗚呼、これは浄化の光だ。

 空へと昇っていった光が、ヴァラクの創り出した魔法陣を覆い隠していく。

 そして、咆哮が一際高く長く発せられ、クレイオスは空に向け、魔力を放った。

 その魔力は、浄化の光と混じり合い、帝国の空を眩い金色に染め上げ、太陽よりも強く輝かせた。

 通りに出て、空を見上げていた人々の響めきが、歓声へと変わっていた。

 太陽のごとき光が収まると、空を埋め尽くす魔法陣が消えていからだ。

 そして、空からは、金色の光が雨の様に、皇都へに降り注いでいる。

 おそらく、この金色の雨は帝国全土に、降り注いでいることだろう。

 創世神話に、新たな頁が加わった瞬間だった。
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