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ヴァラクという悪魔

夜明け前2

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 落下する俺を目掛け、中央の頭が吐き出した火焔が一直線に飛んできた。

 可愛い番を待たせているのに、こんな所で丸焦げにされてたまるか!!

 風を纏い、落下の軌道をずらして、火焔の直撃を避けた。

 俺を捉え損なった火焔が、第一の練武場に直撃したようだ。
 爆風で厩舎の壁が吹き飛び、中から式典用の馬が白い羽を広げて逃げていくのが見える。

 斬られた首の主が、断末魔の咆哮と共に、吐き出したブレスが東翼の最上階を抉り取った。

 吹き飛んだのではない。
 放たれた黒いブレスの型そのままに、城の一部が消えてしまったのだ。
 
「あれもブレスと呼んでいいのでしょうか?」

「さあなぁ。閣下のおかげで二度とお目に掛かる事がねぇからな。気にする必要ねぇんじゃね~の?」

「それもそうですね」

「クロムウェル団長様様だ。マジで閣下が味方で良かった~!」

「それは同感」

 地面に着地した俺の耳に、2人の呑気な会話が聞こえてきた。

 この2人が揃うと、なぜか場の雰囲気が緩くなる気がする。

 ロロシュは戦闘開始前、あれだけビビっていたと言うのに、なんなんだ?

 ロロシュが悪いとは言わないが、マークも影響受けすぎじゃないだろうか。

 氷の貴公子はどこへ行った?

 呑気な会話をしていた2人も実際は、火球や氷塊を飛ばし、砂から這い出そうとする、魔物の邪魔をしてくれているのだが、気が抜ける会話は程々にして欲しい。

「おい!次が来るぞ!!」

 胴間声を上げる俺の背後で ドドン と地響きをたて、切り裂いた首が降って来た。

 魔物を相手にしていると、跳ね飛ばした首が攻撃をし続ける事例が後を絶たない。

 相手が戦闘停止状態になったかの確認は、基本中の基本。落ちた首に目を向けると、じゅくじゅくと溶け、消え始めていた。

 首から溢れる瘴気がモヤモヤと濃っているが、近くに取り付けるようなものは無い。
 方がつくまで放置で問題ないだろう。

 魔物の本体に向き直ると、俺に噛みつこうとした左側の首は、まだ雷撃から立ち直れず、首を伸ばしたまま痙攣していた。

 中央の頭は、ロロシュ達が逃げ回りながら、断続的に放つ魔法に気を取られている。

 このチャンスを見逃す手はない。
 毒に侵された土地の清浄化には時間が掛かる。また毒を吐かれる前に、始末するのが最適解だろう。
 
 魔力を練り、創り出した特大の氷柱を痙攣する首に向け解き放った。

 魔物目掛けて飛ぶ氷柱は、周囲の水分を吸って体積を増やし、さらに鋭く尖りながら飛んで行った。
 思惑通り特大の氷柱は、ぬらぬらと光る首に突き刺さり、風穴を開けて反対側へ貫き通った。

 断末魔の叫びを上げることなく、風穴を開けることには成功したが、残念な事に、斬り落とすには至らなかった。

 両側の皮一枚で繋がった首は、ベシャリと背中側につぶれて垂れ下がった。

 う~む。俺の魔力操作もまだまだだな。
 こう言うものは、一気に スパン と気持ちよく行かないとな。

 左右の首を失い、一つ残った中央の頭は、怒り心頭な様だ。

 狂ったように頭を振り回し。
 手脚がめちゃくちゃに砂を掻いている。

「2人とも下がれ!」

 魔物の胸が膨らみ、首を逸らしている。
 攻撃を仕掛けてくる気だ。

 2人が逃げる間気を引こうと、火球を飛ばしたが、攻撃の準備に集中しているのか、一向にこちらに顔を向けてこない。

 もう一度登って、首を斬り落とすか?

 魔物に向け走り出し、数歩進んだ所で俺は動けなくなった。

「グッガッ・・・・・ギギ」

 最初は軽い耳鳴りだと思った。
 気に留める必要もない、生理現象だと。

 それが次第に大きくなり、今は頭の中で爆音が鳴り、棒で脳をかき混ぜられている様だ。
 
 酷い痛みで、吐き気がする。
 体中の血液が、沸騰しそうだ。

 地面に倒れ込み、両耳を押さえ、赤ん坊の様に丸めた体が、痙攣している。

 なんだ?
 何をされた?

 苦痛で途切れそうになる思考をかき集めるが、何をされたのか、全く分からない。

 霞む視界で、砂の中から這い出した魔物が、バサバサと羽広げるのが見えた。

 逃げられる!

 逃すものか! 心はそう叫ぶが、痙攣を繰り返す体は、全く言うことを聞かない。

 それよりも、今直ぐこの場から逃げ出したい。ここに居たら確実に死ぬ、と身体が訴えかけてくる。

 アレク!!

 駄目だ。来ちゃいけない・・・。

 そう思うが苦痛にのた打つ俺は、声もまともに出す事ができなかった。

 アレク!!

「アレク!! もう大丈夫だから、しっかりして!!」

 番の小さな体が庇うように覆い被さり、華奢な手が、俺の両耳を押さえていた。

「グウゥ・・・フーー・・・フーー」

「今、治癒を掛けるね。じっとしててね?」

「レ・・・ン・・・危ない・・から」

「クレイオス様が居るから、大丈夫」

 今の俺はこんな様だし、エンシェントドラゴンと白虎の俺を比べたら、確かにクレイオスの方が、頼りになるかもしれない。だがレンの口からそれを言われるのは、耐え難かった。 
 
「ほら、じっとして」

 レンを求め、ウロウロと彷徨う手を番の小さな手が握り、暖かい治癒の力が流れ込んできた。

 強張った体が温もりに解け、体の内側を引っ掻き回されるような苦痛も、徐々に和らいだ。

「もう・・・大丈夫だ」

「ほんとうに? 無理してないですか?」

 俺の目を覗き込む番の頸を捕まえて、バードキスを贈った。

「もう!!」と頬を染める番が可愛い。

 これでクレイオスに対するモヤモヤは解消できた。
 我ながら、単純だと思う。

「マーク達は?」

「あっちの結界の中です。マークさん達は私たちの直ぐ側まで来ていたので、結界を張るのが早かったから軽傷ですよ」

 レンに言われてよく見ると、俺たちの周りにクレイオスの結界が張られていた。

「そうか・・・あの攻撃は、なんだったんだ?」

「音です」

「音?」

「音は人によって、耳で聞こえる高さの限界が違うのですが、それを超える高さの音を、ものすごい大きさで聞かされると、体に変調を来すらしいです。なので、クレイオス様がこの結界の中に遮音魔法もかけて、ブラックギドラの攻撃を防いでくれたんですよ?」

「・・・なるほど」

 キングなんとかから、ブラックギドラに名前が変わったな?
 レンが名をつけたのか?
 なら、その名で呼ばないとな。

「音は空気の振動なので、大きすぎる音は、体の中も震わせて、内臓にダメージが出たりするみたいです。本当に、どこか気持ち悪いところとかないですか?」

「あぁ、問題ない。それでクレイオスは?」

「あそこです」

 レンが指を一本立てて、空を指差した。

 仰ぎ見た空では、魔法陣をバックに、白銀のドラゴンと、ブラックギドラが交戦中だった。

 互いに火焔をぶつけ合い、爪で切付けもつれ合う様に戦っている。

「結局、局長の結界は、間に合わなかったな」

「ん~。あの怪獣大戦争ですから、結界も意味なかったかも」

「・・・俺もそう思う」

 2匹の魔力がぶつかり合い、火球やブレスを吐く度に、白み始めた空に パッパッ と光が散っている。

 ここから見て、俺の拳より少し大きめに見えるのだから、かなり高い位置で戦っているのだろう。

 レンの肩を抱き、スケールの違いすぎる戦いを、今は呆気に取られて見上げるしかない。

 やがて激しい戦いは、唐突に終わりを告げた。

 絡み合っていた2匹が、距離をとった直後、クレイオスの放ったブレスが、ブラックギドラを直撃し、力無く羽をたたみ落下して来る長い首に、クレイオスが喰らい付いた様だ。

 この位置からだとよく見えないが、暫く踠いていたブラックギドラの手脚が、完全に動きを止めると、クレイオスがその首を食い千切り、千切れた胴体と頭が、バラバラに地表に向けて落下してきた。

「終わったのか?」

「多分?」

 瘴気の尾を引いて、落ちてくるブラックギドラは、次第にバラバラに解け、城の少し上空で完全にばらけて消えてしまった。

 明けた空に浮かぶクレイオスが、一条の朝日に照らされて、その白銀の体躯が神々しいまでに輝いていた。
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