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ヴァラクという悪魔

戦略的撤退?

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 腹に響く不気味な地鳴りと、ガラガラと岩が崩れる音が聞こえる。

 足元から伝わる振動が、得体の知れない何かの存在を物語っているようだ。

「地震・・・とは違いますね」

「これ、ヤバいんじゃねぇか?」

 マークとロロシュの2人は手を取り合ったまま、不安気に周囲を見回している。

「逃げるにしても、陛下たちを放ってはいけません」

 足元から伝わってくる、何かの気配に本能が、今直ぐ逃げろ、と警鐘を鳴らしている。

 何が来ようと、負ける気はしないが、地下の閉ざされた空間で戦うのは、何かと拙いだろう。

 そうは言っても、母は無論ウィリアムも小柄な方ではない。
 それに加えて、マシューとオルフェウスを運ぶとなると、かなり骨だ。

 だが、最後まで分かり合えなくとも、家族は家族だ。

 亡骸を放置して、行くことはできない。
 それが国家元首であれば尚更だ。

「1人づつ背負って行くしかねぇだろ」

「皆さんを運ぶのは賛成っすけど、マシュー様の浄化がまだっすよね?」

 シッチンの言う通りだ。
 マシューには母がとどめを刺していたが、母に襲いかかった様子は、獰猛なグールの様だった。
 浄化もしないで、背負うには危険すぎる。

「レン、頼めるか?」

「はい。大丈夫です」

 涙に濡れた瞳を拳で拭ったレンは、気丈に頷いている。

「マークとシッチンはウィリアム達を頼む」

『それには及ばんぞ。我が4人とも運んでやろう。早く浄化してくるのだ』 

 そう言うとクレイオスは、亜空間を開いて、ウィリアムとオルフェウスを中に入れろと、マーク達3人に指図している。

「いとしご いそいで もうくるよ」

 レンにそっくりなこの傀儡は、ただ瘴気を詰め込んだだけの存在の筈だ。

 オルフェウスとマシューには、感情どころか人間らしい知能すら見られなかったと言うのに、この傀儡の声音は、本気でレンを案じているように見える。

 この違いが、何なのか、ヴァラクの支配から逃れたように見えるのは何故なのか、色々と気になるところだ。

「ねえ いとしご まだなの」

 傀儡の目は浄化を進めるレンと、地下水脈に繋がる縦穴を忙しなく行き来し、かなり焦っている様子だ。

 こんな地底に居るモノが何なのか、全く想像できないが、分厚い岩盤越しに聞こえてくる、岩を削る音からすると、相当な大きさであることは確かだ。

「もうちょっと・・・ヨシタカ、私の名前はレンだって教えたよね?」

 額に汗を浮かべ、浄化を続けるレンも、焦りが見える。

「うん」

「じゃあ、愛し子じゃなくて名前で呼んでね?」

 レンの軽口は、焦燥感を誤魔化す為だろう。

『時間稼ぎが必要だの』

 ウィリアム達を回収し終わったクレイオスが、俺たちの横を通り過ぎ、縦穴へと歩み寄り結界を張った。

『これは拙いぞ、どんどん成長しておる』

 確かに、感じる気配がどんどん強くなっているが、近付いて来ているからじゃなかったのか。

「成長? 何が居るんだ?」

 これにクレイオスは、分からん と首を振った。

『見当もつかん。分かるのは、我の結界も長くは持たんと言う事と、この場所が悪過ぎると言うことだの』

「ここが斎場だからか?」

『精神を病み、人には過ぎた魔力を持った者たちが、葬られた場所であろう? 水の流れ程度では、清められなかったようだの』

 ここに閉じ込められた王子たちの怨念が、溜まっていたと言うことか?

 それをヴァラクの瘴気が、呼び起こしたのか?

 なんて面倒な。

『刻が無い。空間を開く故、アレクの母を入れるのだ』

 手招かれた、ロロシュとシッチンが、母の乱れたローブを丁寧に整え、二人がかりでそっと持ち上げた。

 母とマシュー様、親父殿、そしてジルベール。この4人の間にどんな愛憎があったのか、俺の知るところではない。

 だが、想像できるのは、復讐と嫉妬に狂った雄の成れの果てが、この人だったのでは無いだろうか。

 利己的な愛。

 本当に愚かで身勝手で薄情で
 何より憐れな人だった。

 親の死に目に涙一つこぼさない俺も、大概薄情なのだがな。

 クレイオスの開いた空間に入れられる姿を、ぼんやりと見つめていた俺の手を、暖かく小さな手が握ってきた。

「終わったのか?」

「はい」

 短く答えた番の手を、俺はそっと握り返した。

 浄化の終わった、マシュー様の亡骸を回収し終わる頃には、地底から聞こえる音が激しくなり、結界がギシギシと軋み、伝わる振動で、天井から小石が落ちてきている。

 どうやらクレイオスの張った結界を、力ずくで破ろうとしているらしい。

「おいおい。マジでヤベーぞ!」

「れん いそいで」

「撤収だ。急げ!」

 入り口の木戸に駆け寄った時、バリンッ!!と結界が割れる音と同時に、密度の濃い瘴気が噴き出してくるのを、背中で感じ取った。

「ヒイッ!」

「なんだありゃ?!」

 ロロシュとシッチンがあげた声に、俺も振り返った。

「なっ?!」

「うそッ?! キングギドラ?!」

 見た事も聞いた事もない、黒く巨大な魔物が、掘り広げた縦穴から這い出してくる。
 クレイオスもデカかったが、こいつのデカさも相当だ。

「振り返るな!!走れ!!」

 腕の中のレンが ”色が違うけど、頭が三つだし、キングギドラだよね?ここに来て特撮?“とブツブツ呟いている。

「あれを知ってるのか?」

「えっ? あの知っているというか、子供向けの特撮・・・お話にそっくりな怪獣が出てきたんです」

「クレイオスは知っているか?」

『アウラが一時期、レンの世界の特撮にハマっておったからのう、その影響やも知れんな』

「もう~!アウラ様、なにやってんの~!?」

 影響受けて欲しいのは、そこじゃ無い。となぜかレンはご立腹だ。

『はははっ!!怪獣は男子の憧れだ!と言っておったぞ?』

「怪獣大戦争なんて、クレイオス様が居れば充分でしょう!?」

『我1人で、戦争はできんがな?』

「ってか。ミーネで石化してたのに、何で知ってるんですか?」

『我とアウラは、精神が繋がっておるからの。視覚やらの感覚が共有されるのだ。我の方が感覚が鋭いからの、アウラのやる事は、だいたい把握しておる』

「やだ!何それ怖い。ストーカーみたい」

『父に向かってストーカーとは、失礼じゃろ』

 いったい、今は何の時間だ?

 俺たちは今、崩れる瓦礫を避けながら、とんでもない怪物から逃げるために、階段を駆け上ってるんじゃなかったのか?

 まぁ、レンが元気なら、それでいいが。

「何で旦那達は、そんな余裕なんだ?!必死なのはオレ達だけかよ?!」

 俺だけかと思ったら、どうやらロロシュも、同じ気持ちだったらしい。

「それで?そのキングなんとかは、弱点とか無いのか?」

「弱点?え~と、ちょっと待ってくださいね。小学校で同じクラスだった男子がなんか言ってたような・・・・」

 なんて言ってたかなぁ。っとレンは腕を組んで考え込んでいる。

「クレイオス。あんたは知らないのか?」

『・・・・・鱗が硬いと言っていたな・・・後は・・・・・おう、そうだ!口から引力光線を吐いて攻撃だったか?』

「それは・・・強そうだな」

 オレが欲しいのは、弱点の情報なのだがな?

「ウロコ・・・鱗・・・あっ思い出した!首には鱗が無いから、首は斬れるって言ってた!ゴジラの攻撃で切断されたって騒いでました!」

 ごじら とは?

 まぁいい。
 気にしたら負けだ。

「やばい!!追いつきやがった!!」

「クレイオス!結界!!」

『任せよ』

 俺とマークが張った防護結界に、クレイオスが結界を重ね掛けした三枚の結界に、巨大な魔物が衝突した。

 その衝撃で地面が揺れ、壁や天井から崩れた岩が降ってきた。

 揺れが収まるのを、立ち止まって待っていると、後ろから魔物の咆哮と、結界が割れる音が響いた。

『なんじゃ、ただのブレスか。引力光線が見たかったの』

「何言ってるんですか?3日で金星を滅ぼした怪獣の攻撃なんて、皇都どころか帝国が無くなっちゃいますよ?私達なんて、骨も残らないじゃないですか?!ブレスで充分です!!」

 いや。
 ブレスでも充分厄介だぞ?
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