獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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ヴァラクという悪魔

訣別

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「浄化するのか?」

「ヨシタカと約束したの」

 レンと傀儡は互いを見つめ、頷きあった。

 傀儡はレンに、刀を差し出した。
 それは、レンにヴァラクを斬れと言う事。

「破邪の刀が有る。俺では駄目か?」

「ありがとう。でもね、私にしか出来ないの」

 そう言って、目を伏せた番は、とても悲しそうだ。

 本当にレンにしか出来ないのか?

 レン手は俺のそれとは違う。

 汚れを知らぬ、真っ新な綺麗は手だ。

 この傀儡とヴァラクは、瘴気の器にすぎず、傷を負っても血を流すこともない。

 だが人の形をとり、言葉を紡ぎ、レンの前で感情を見せもした。

 2人のことをレンは、人として認識して居るだろう。

 そんな相手が、浄化のために自らレンに斬ってくれと言う。

 この傀儡は、なんと酷なことを言うのだ。

 レンにとって2人を斬ることは、人を殺める事と同義だ。
 魔物の浄化とは訳が違う。

 人を斬る感触は、魔物とは全く違う。

 そして、何年経っても、その悍ましさが呪いのように手に残り続ける。

 一度人を手に掛ければ、もう元の自分には戻れない。根本的に大切な何かを失うのだ。

 この2人を斬れば、レンは一生苦しむことになる。

 同じ重荷をレンに背負わせる事など、俺には出来ない。

「クレイオス。本当にレンが斬らねばならんのか? ヴァラクは弱っているじゃないか。これまでの様に、俺が斬ってレンが浄化すれば良いだろう?」

 番を守りたい一心で訴える俺に、クレイオスは首を振った。

『これは、アウラの祝福を受けた者の勤めなのだ』

「祝福?呪いの間違いじゃ無いのか?」

『反論はせん。しかし神世にも、常世の国にも決まりはある』

「それと、レンになんの関係がある」

『常世の国ではなく、異界を渡った愛し子は、神世の理の一部だからだ』

「そんなものは!」

 言い募る声を遮るものが居た。

「お前達は、なんの話をして居るのだ?浄化だ斬るだのと。よもやヴァラクを害する気ではあるまいな」

 ・・・・母上。
 
 お願いだ。
 やめてくれ。

「リリーシュ  様?」

「レン、聞かなくていい」

「でも」

 レンを引き寄せ、マントの中で華奢な体をきつく抱きしめた。

「アレク、何故答えない。ヴァラクがいなくなったら、マシューはどうなる?お前はジルベールだけでなく、私からマシューをも奪うのか?!」

 ジル?
 何故ジルベールの名前が出てくる?

 確かに母上とジルは仲が良かった。
 マシュー様の護衛騎士だった母上は、俺よりジルと一緒に居る時間の方が長かったから。

 だから、ジルを可愛がるのは解る。
 解るが、その言い方だと・・・。

 まさか・・・・マシュー様の蘇りを望んだのは親父殿ではないのか?

 いつもの親父殿の我儘で無いのなら、母上とマシュー様は・・・ジルベールは・・・。

 もう沢山だ。
 この人は、どこまで俺を惨めにさせるんだ。

「・・・・もうやめてください」

「やめる? やめるのはお前の方だ。ヴァラクを害することは、私が許さんぞ」

「母上っ!!」

「ア・・・アレク 本当にヴァラクを殺しちゃうの? そんな事してオルフィーは大丈夫なの?」

 腕の中の番の肩が跳ね。
 カタカタと震え出した。

「・・・・・・ウィリアム。オルフェウスは死んだ。戻ってなど来ない」

「何言ってるの? ほら!アレク。オルフィーだよ? アレクだって、仲良しだったじゃないか。まだちょっと、元気がないけどさ。僕の名前を呼んでくれたんだ」

 ウィリアムは腕を緩め、抱きしめていたモノの顔を俺に見せた。

 懐かしい、オルフェウス。
 大きな瞳を輝かせ、元気いっぱいだった。
 俺の幼馴染。

 ウィリアム、お前はその瘴気の詰まった眼孔が、オルフェウスの優しい瞳に見えるのか?

「アレクだってレンちゃんと幸せになるんだ、僕だってオルフィーと幸せになっても良いだろ?」
  
「ウィリアム。 それはオルフェウスじゃない」

 すがるように見上げていた瞳が、一瞬で狂気に満ちた。

「うるさい!! オルフィーに決まってるだろ。レンちゃんだって異界で死んだのに、こっちに渡って来たじゃないか?! オルフィーは生き返ったんだっ!!」

「わ・・たしのせい?」

 腕の中の番が呟いた。
 その声は、涙に濡れ掠れていた。

「レンの所為じゃない。2人が弱かったんだ」

「だって!!」

「シーッ」唇に人差し指を乗せ、番を黙らせた。

「クレイオス。レンを頼む」

『・・・心得た』

「アッアレク?」

 縋り付く番の肩を押し、クレイオスに引き渡した。

「アレク。何する気?」

「心配するな。方を付けるだけだ」

「アレクッ!! クレイオス様、放して!!」

『心配するでない。我が付いておる、此処は樹海の王にまかせるのだ』  

 抵抗するレンは、クレイオスに番を信じろと言われ、大人しくなった。

 一歩離れたところで、レンに付き従う傀儡は、レンと並ぶと、歳の離れた兄のように見える。
 
 存在の在り方が違っていれば、2人は仲良く過ごせたのかもしれない。

「母上・・・リリーシュ・クロムウェル貴様には反逆者として、捕縛命令が出ている。そして陛下、貴方にも今回の厄災の責任を取って頂く」

「アレクサンドル!!親に向かって何を言うか!!陛下がここに座すのに、捕縛命令など誰が出したと言うのだ!」

「・・・俺だ」

「なんだと?!」

「口の利き方に気をつけろ。あんたは伯爵で俺は大公だぞ?親云々の前に、位は俺の方が上だと忘れたのか?外では陛下の所在は不明、皇太子殿下と皇太后陛下が軟禁されている状態の今、この国の最高位は俺だ」

「陛下は此処に座すだろう!」

「陛下には責任を取って、退位して頂く。ことの重大さを考えれば、廃位でもおかしく無いのだぞ?」

「世迷言を!!」

「分かって無いのはあんただ!お前らの為出かした事で、どれだけの犠牲が出たと思っている!!マイオールの伯爵領はめちゃくちゃだった。上に運び込まれていた騎士も、ほぼ全滅だ。太陽宮と柘榴宮の使用人もだ!!」

 正論をぶつけられ、わなわなと震え、俺を凝視する母上の代わりに、ウィリアムが口を開いた。

「退位でもなんでも好きにして。僕はオルフィーと一緒にいられればそれで良い」

 激昂する母上とは逆に、ウィリアムは気怠げにオルフェウスだったモノの頬を撫でている。

「寝言は寝て言え。それは瘴気の塊だ。浄化した後埋葬する」

「なんでだよ!大人しくアーノルドに帝位を譲るって言ってるだろ?!アレクの分からず屋!!」

「まだ分からんのか? もういい、ロロシュ、マーク、2人を拘束しろ」

「「はッ!」」

 固唾を呑み見守っていた2人の顔は、痛みを堪えるように強張っている。

 2人が近づく分、ウィリアムは後退ったが、マークが距離を詰めると、恐慌をきたしたウィリアムが立ち上がった。

「下がれアーチャー!!僕達に触れるな!!」

 左腕に番だと信じるモノを抱き抱え、ウィリアムは剣を抜き放ち、母上もそれに倣い、俺に向かって剣を抜いた。

「僕は好きで帝位に着いたんじゃ無い。アレクが僕を玉座に座らせたんじゃないか。僕はこんな国どうだって良かったんだ。オルフィーのいない世界なんて滅べば良かったんだ!!」

 知ってたさ。お前が玉座なんて望んでないことくらい。

「だからどうした?そんなに嫌ならオルフェウスの柩を抱えて、逃げれば良かっただろう?玉座を選んだのはお前だ」

 フフフッ・・・ハハ・・アハハハッ!!

 笑い声の主はヴァラクだった。

 これ迄、頭を掻き毟りながら、ブツブツと独り言を繰り返していたヴァラクが、急に立ち上がり、狂気に満ちた裏返った声で笑い出したのだ。

「そうだ!! こんな世界滅べばいい。国も人もアウラも、みんな滅んでしまえ!!」

 そう叫んだヴァラクは、俺たちが呆気にとられた一瞬の隙を突き、踵を返し斎場の奥へと走り出した。

 あの先には、隠された王子達を流すための縦穴が有る。

 逃げられる!!

 ヴァラクを追う俺の前に、母上が立ち塞がった。

「そこをどけ!!」

「断る。あれはマシューの命綱だ」

 どこまで身勝手なんだ。

「閣下!ヴァラクが!!」

 体から溢れでる瘴気を靡かせ、走るヴァラクの体が、どんどん崩れていく。

 瘴気に包まれ、縦穴の前に立ったヴァラクは、陽炎の向こうに居るように見えた。

「何もかも、全てを滅ぼせ!!」

 甲高い声で笑い続けたヴァラクの体が、ざあっと音を立て、砂のように崩れ落ちた。
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