獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

文字の大きさ
上 下
214 / 587
ヴァラクという悪魔

血戦3

しおりを挟む
「閣下? どうしてここに? マイオールにいらしたのでは?」

「バルド、無事・・・とは言えなさそうだな」

 ハハハ と副団長らしからぬ気弱な表情で、バルドは乾いた笑い声を上げ、俺達を人のいない、面会室に案内した。

「陛下と母上の所在が分からぬのだ。心当たりはあるか?」

 バルドはため息と共に首を振った。

 魔法陣が現れ、ウィリアムは対応の為、直ぐに大臣を招集。会議にはバルドも母上と共に参加していたが、次々と届く被害報告に、ウィリアムは頭を抱えていたそうだ。

 そして対応に追われるうちに、民衆が外宮へ押しかけるという騒ぎが起こった。

 備蓄されている回復薬の配布を命じたウィリアムは、魔法陣の解除方法どころか、その正体も分からぬという、魔法局の局長を叱責し、役に立たぬなら回復薬をつくれと、会議から局長を追い出したのだそうだ。

「あのように激昂した陛下を、初めて見ました」

 その後、一旦情報を整理する為に会議は解散となり、バルドがウィウリアムを見たのはこの時が最後だという。

「執務室に戻られると、団長は内宮と翡翠宮の封鎖を命じられました」

 母上は近衛と第1の精鋭騎士に、内宮と翡翠宮の封鎖を命じ、それに反対したバルドは、倒れた騎士達の面倒を見ろと、母上から遠ざけられたのだ、と肩を落とした。

「陛下と殿下方をお護りする為とは言え、遣り過ぎではないでしょうか。これでは叛意を疑われてしまいます」

 すでに捕縛を指示している。

 と言ったら、生真面目で常識人なバルドは、このまま寝込んでしまうだろうな。

「母上は、ここに居るのか?」

「分かりません。私は内宮の執務室で別れたのが最後です。此方にいらした、という者も居りますが、私は見ておりませんので」

「母上の命を受けた時の、騎士達の反応はどうだった?」

「粛々と命に従っておりました。今思えば、淡々としすぎていた気がしますな」

「他に気付いたことは?」

「見知らぬ者達が、執務室を尋ねてまいりました。団長は人手が足りぬから、陛下の影を借りた、と仰っておられましたが」

「・・・・そうか。実はな、ここの連中を柘榴宮に避難させたいのだが」

「避難ですか?」と不審がるバルドに、マークが門番の子供にしたのと同じ説明をした。

「そうですか愛し子様の・・・・愛し子様は柘榴宮ですか?」

「それは・・・・ん?!」

「なんだ?」

 嫌な気配を感じ、腰を浮かせた時、治癒を受けている騎士達の絶叫と、逃げまどう足音、乱暴に家具が引き倒される、けたたましい音が響いた。

「なにがあった?!」

 面会室から飛び出そうとしたバルドが、たたらを踏んで、その場に踏みとどまり、前方を指差しながら、後退った。

「あ・・・あれ・・あれはなんだ?」

「どけ!!」

 扉を塞ぐバルドを押し除け廊下に出ると、床からどず黒い瘴気が、無数の手のように這い出していた。

 状況を一目見て、結界を張るクレイオスの魔力が背中越しに伝わってくる。
 
「たす・・・・たすけて」

 瘴気に絡め取らながら、床を這って来た騎士が腕を伸ばした。

 俺は結界の中に引き入れようと、騎士の手を握り、引き寄せようとした。

「あ″ぁ?!たすけ・・・ああぁぁ・・」

 瘴気に塗れた騎士の身体が、見る間に精気を吸い取られ、床へ沈み込んでいく。

「巫山戯るな!!」

 破邪の刀で騎士に群がる、瘴気を斬り飛ばした。

 斬り飛ばした瘴気は、キラキラと光りながら、天井へと昇っていく。

 しかし、いくら斬っても、後から後から湧き上がる瘴気の全てを、消し去ることは出来なかった。

 群がっていた瘴気が床の中へ、染み込むように消えた時、残されたのは、助けを求めた騎士を模った衣服と白い灰、そして俺の左手が握った、剣ダコだらけの無骨な騎士の手だけだった。

「あ”あッ!クソッ!!」

 床に拳を打ち付ける俺の横で、衣擦れの音がする。
 異国風の薄布を辿り、静かに立つクレイオスを俺は見上げた。

「お前なら、助けられただろう?!」

『レンを助けられなくとも良いのか?』

 クレイオスは、レンを助ける為に最善を選択した。
 感謝こそすれ、責める筋合いはない。

 だが、自分を助ける為に、他人が犠牲になったと知ったら、レンはどんな顔をするだろうか。
 
「うわあぁ!!来るなあ!!」

 詰所の奥から悲鳴が響いた。

「クレイオス!生き残りがいる。助けろ!!」

『本当に良いのか?彼奴に気付かれ、逃げられるやもしれんぞ?』

「かまわん!! やれっ!!」

 たとえヴァラクに逃げられたとしても、俺はレンを必ず取り戻す。
 
 だがレンを取り戻したその時、あの美しい透き通った瞳を、真っ直ぐに見られないのは嫌だった。

 この手を血で染めるのは構わない、だが助けられる命を見殺しにして、レンの前で己を恥じたくはなかった。

『親は子の願いを聞いてやらねばな』

 クレイオスが発する魔力が床を舐め、瘴気の腕を絡め取っていく。
 
 俺がいつ、お前の子になった?

 そう言ってやりたいが、今はクレイオスの戯言に付き合ってはいられない。

 俺達は騎士の上げる悲鳴を頼りに、詰所の中を走り、瘴気に捕まった騎士達を解放していった。

 獲物を奪われた瘴気は、吸い寄せられるように、クレイオスの魔力に群がっていく。

 魔法で吹き飛ばすでも、浄化でもない。
 クレイオスは騎士の命の代わりに、己の魔力を瘴気に喰わせたのだ。

 クレイオスの魔力と瘴気は、絡まり合い、混じり合ったが、やがて満足したのか、瘴気は、地の底へと戻っていった。

『ふう・・・面倒なことだな』

 やれやれと息を吐ながら、クレイオスは乱れた髪を指でサラリと掻き上げた。

「大丈夫ですか?」

「ほら、飲めよ」

 回復薬を差し出すロロシュに、クレイオスは気怠げに、自分はいいから騎士に飲ませろ、と言った。

「かなり魔力を持っていかれただろ?本当に大丈夫なのか?」

『我は今、魔素と直接繋がっておる。無限とはいかんが、この程度なら腹ごなしに丁度良い』

「それなら良いんだが」

『我を案じてくれるのか?孝行息子だの?』

 そう言ってクレイオスに頭を撫でられ、柄にもなく頬に熱が溜まるのを感じた。

「あんたと親子になった覚えはない」

 頭に置かれた手を払い除けると、クレイオスは態とらしく、手に息を吹きかけている。

『つれないのう。我がレンの父になるなら、その伴侶の其方は、我の息子であろうに』

 どういう理屈だよ。
 俺にも父上と呼ばせる気か?
 悪い冗談はやめてくれ。
 気色悪い。

「閣下、此方の魔導士殿は、愛し子様のお父君なのですか?」

『そうだぞ』
「ちがうっ!!」

 重なった正反対の答えに、ポカンとするバルドに、居心地が悪い。
 
 なぜ俺が、ばつの悪い思いをせねばならんのだ?

「ゴホンッ。兎に角、お前は残った者を連れ、柘榴宮へ急げ」

「えッ?あっはい!」

「柘榴宮には、先に門衛に立っていた子供達を向かわせた。あちらに着いたら、ローガンという家令が対処する筈だ」

「ローガン殿ですね。了解しました。閣下はこの後どうされるのですか?」

「襲撃者に俺達の事を、気付かれた可能性が高い。このまま地下を調べに行く」

「閣下は・・・全てを把握してらっしゃるのですね?」

 向けられたバルドの真摯な瞳は、悲しみの色に深く染まっていた。

「・・・ではな」

 俺が知るのは、一部分に過ぎない。
 出来る事なら、知りたくない。
 だが、知らねばならん事がこの先で待っている。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

腹黒宰相との白い結婚

恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

竜王の息子のお世話係なのですが、気付いたら正妻候補になっていました

七鳳
恋愛
竜王が治める王国で、落ちこぼれのエルフである主人公は、次代の竜王となる王子の乳母として仕えることになる。わがままで甘えん坊な彼に振り回されながらも、成長を見守る日々。しかし、王族の結婚制度が明かされるにつれ、彼女の立場は次第に変化していく。  「お前は俺のものだろ?」  次第に強まる独占欲、そして彼の真意に気づいたとき、主人公の運命は大きく動き出す。異種族の壁を超えたロマンスが紡ぐ、ほのぼのファンタジー! ※恋愛系、女主人公で書くのが初めてです。変な表現などがあったらコメント、感想で教えてください。 ※全60話程度で完結の予定です。 ※いいね&お気に入り登録励みになります!

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~

saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。 前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。 国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。 自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。 幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。 自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。 前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。 ※小説家になろう様でも公開しています

嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道

Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道 周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。 女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。 ※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※

婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。

処理中です...