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ヴァラクという悪魔

血戦3

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「閣下? どうしてここに? マイオールにいらしたのでは?」

「バルド、無事・・・とは言えなさそうだな」

 ハハハ と副団長らしからぬ気弱な表情で、バルドは乾いた笑い声を上げ、俺達を人のいない、面会室に案内した。

「陛下と母上の所在が分からぬのだ。心当たりはあるか?」

 バルドはため息と共に首を振った。

 魔法陣が現れ、ウィリアムは対応の為、直ぐに大臣を招集。会議にはバルドも母上と共に参加していたが、次々と届く被害報告に、ウィリアムは頭を抱えていたそうだ。

 そして対応に追われるうちに、民衆が外宮へ押しかけるという騒ぎが起こった。

 備蓄されている回復薬の配布を命じたウィリアムは、魔法陣の解除方法どころか、その正体も分からぬという、魔法局の局長を叱責し、役に立たぬなら回復薬をつくれと、会議から局長を追い出したのだそうだ。

「あのように激昂した陛下を、初めて見ました」

 その後、一旦情報を整理する為に会議は解散となり、バルドがウィウリアムを見たのはこの時が最後だという。

「執務室に戻られると、団長は内宮と翡翠宮の封鎖を命じられました」

 母上は近衛と第1の精鋭騎士に、内宮と翡翠宮の封鎖を命じ、それに反対したバルドは、倒れた騎士達の面倒を見ろと、母上から遠ざけられたのだ、と肩を落とした。

「陛下と殿下方をお護りする為とは言え、遣り過ぎではないでしょうか。これでは叛意を疑われてしまいます」

 すでに捕縛を指示している。

 と言ったら、生真面目で常識人なバルドは、このまま寝込んでしまうだろうな。

「母上は、ここに居るのか?」

「分かりません。私は内宮の執務室で別れたのが最後です。此方にいらした、という者も居りますが、私は見ておりませんので」

「母上の命を受けた時の、騎士達の反応はどうだった?」

「粛々と命に従っておりました。今思えば、淡々としすぎていた気がしますな」

「他に気付いたことは?」

「見知らぬ者達が、執務室を尋ねてまいりました。団長は人手が足りぬから、陛下の影を借りた、と仰っておられましたが」

「・・・・そうか。実はな、ここの連中を柘榴宮に避難させたいのだが」

「避難ですか?」と不審がるバルドに、マークが門番の子供にしたのと同じ説明をした。

「そうですか愛し子様の・・・・愛し子様は柘榴宮ですか?」

「それは・・・・ん?!」

「なんだ?」

 嫌な気配を感じ、腰を浮かせた時、治癒を受けている騎士達の絶叫と、逃げまどう足音、乱暴に家具が引き倒される、けたたましい音が響いた。

「なにがあった?!」

 面会室から飛び出そうとしたバルドが、たたらを踏んで、その場に踏みとどまり、前方を指差しながら、後退った。

「あ・・・あれ・・あれはなんだ?」

「どけ!!」

 扉を塞ぐバルドを押し除け廊下に出ると、床からどず黒い瘴気が、無数の手のように這い出していた。

 状況を一目見て、結界を張るクレイオスの魔力が背中越しに伝わってくる。
 
「たす・・・・たすけて」

 瘴気に絡め取らながら、床を這って来た騎士が腕を伸ばした。

 俺は結界の中に引き入れようと、騎士の手を握り、引き寄せようとした。

「あ″ぁ?!たすけ・・・ああぁぁ・・」

 瘴気に塗れた騎士の身体が、見る間に精気を吸い取られ、床へ沈み込んでいく。

「巫山戯るな!!」

 破邪の刀で騎士に群がる、瘴気を斬り飛ばした。

 斬り飛ばした瘴気は、キラキラと光りながら、天井へと昇っていく。

 しかし、いくら斬っても、後から後から湧き上がる瘴気の全てを、消し去ることは出来なかった。

 群がっていた瘴気が床の中へ、染み込むように消えた時、残されたのは、助けを求めた騎士を模った衣服と白い灰、そして俺の左手が握った、剣ダコだらけの無骨な騎士の手だけだった。

「あ”あッ!クソッ!!」

 床に拳を打ち付ける俺の横で、衣擦れの音がする。
 異国風の薄布を辿り、静かに立つクレイオスを俺は見上げた。

「お前なら、助けられただろう?!」

『レンを助けられなくとも良いのか?』

 クレイオスは、レンを助ける為に最善を選択した。
 感謝こそすれ、責める筋合いはない。

 だが、自分を助ける為に、他人が犠牲になったと知ったら、レンはどんな顔をするだろうか。
 
「うわあぁ!!来るなあ!!」

 詰所の奥から悲鳴が響いた。

「クレイオス!生き残りがいる。助けろ!!」

『本当に良いのか?彼奴に気付かれ、逃げられるやもしれんぞ?』

「かまわん!! やれっ!!」

 たとえヴァラクに逃げられたとしても、俺はレンを必ず取り戻す。
 
 だがレンを取り戻したその時、あの美しい透き通った瞳を、真っ直ぐに見られないのは嫌だった。

 この手を血で染めるのは構わない、だが助けられる命を見殺しにして、レンの前で己を恥じたくはなかった。

『親は子の願いを聞いてやらねばな』

 クレイオスが発する魔力が床を舐め、瘴気の腕を絡め取っていく。
 
 俺がいつ、お前の子になった?

 そう言ってやりたいが、今はクレイオスの戯言に付き合ってはいられない。

 俺達は騎士の上げる悲鳴を頼りに、詰所の中を走り、瘴気に捕まった騎士達を解放していった。

 獲物を奪われた瘴気は、吸い寄せられるように、クレイオスの魔力に群がっていく。

 魔法で吹き飛ばすでも、浄化でもない。
 クレイオスは騎士の命の代わりに、己の魔力を瘴気に喰わせたのだ。

 クレイオスの魔力と瘴気は、絡まり合い、混じり合ったが、やがて満足したのか、瘴気は、地の底へと戻っていった。

『ふう・・・面倒なことだな』

 やれやれと息を吐ながら、クレイオスは乱れた髪を指でサラリと掻き上げた。

「大丈夫ですか?」

「ほら、飲めよ」

 回復薬を差し出すロロシュに、クレイオスは気怠げに、自分はいいから騎士に飲ませろ、と言った。

「かなり魔力を持っていかれただろ?本当に大丈夫なのか?」

『我は今、魔素と直接繋がっておる。無限とはいかんが、この程度なら腹ごなしに丁度良い』

「それなら良いんだが」

『我を案じてくれるのか?孝行息子だの?』

 そう言ってクレイオスに頭を撫でられ、柄にもなく頬に熱が溜まるのを感じた。

「あんたと親子になった覚えはない」

 頭に置かれた手を払い除けると、クレイオスは態とらしく、手に息を吹きかけている。

『つれないのう。我がレンの父になるなら、その伴侶の其方は、我の息子であろうに』

 どういう理屈だよ。
 俺にも父上と呼ばせる気か?
 悪い冗談はやめてくれ。
 気色悪い。

「閣下、此方の魔導士殿は、愛し子様のお父君なのですか?」

『そうだぞ』
「ちがうっ!!」

 重なった正反対の答えに、ポカンとするバルドに、居心地が悪い。
 
 なぜ俺が、ばつの悪い思いをせねばならんのだ?

「ゴホンッ。兎に角、お前は残った者を連れ、柘榴宮へ急げ」

「えッ?あっはい!」

「柘榴宮には、先に門衛に立っていた子供達を向かわせた。あちらに着いたら、ローガンという家令が対処する筈だ」

「ローガン殿ですね。了解しました。閣下はこの後どうされるのですか?」

「襲撃者に俺達の事を、気付かれた可能性が高い。このまま地下を調べに行く」

「閣下は・・・全てを把握してらっしゃるのですね?」

 向けられたバルドの真摯な瞳は、悲しみの色に深く染まっていた。

「・・・ではな」

 俺が知るのは、一部分に過ぎない。
 出来る事なら、知りたくない。
 だが、知らねばならん事がこの先で待っている。
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