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ヴァラクという悪魔

血戦2

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「なぁ。マジでどうしたんだよ?」

「どうもしない」

 肩に置かれた手を払おうとすると、ロロシュの指に強く掴まれた。

「らしくねぇぞ。目~そらしてんじゃねぇよ」

 俺が?
 ロロシュと目を合わせられない程、動揺しているのか?

「閣下、レン様がいらっしゃる第1は目の前です。気掛かりがあるなら、仰って下さい」

 マークだけでなく、シッチンに迄憂い顔をさせるとは、俺も修行が足りないようだ。

『情報を共有しろ、と言ったのは誰であったかのう』

 顎を撫で、おっとりと言うクレイオスに反発心が湧く。

 だが、彼等が言うことは正しい。
 戦いの場で、どんな些細な可能性でも、頭にあるのと無いのとでは、その対応に差が出るものだ。

 ほんの一瞬の遅れが命取りになる。
 その逆も然りだ。

「実は・・・」

 俺の懸念に、クレイオス以外の3人は、あり得ないと口を揃えた。

「母上と同じ可能性の話だ。 だが頭には入れておいてくれ」

 そいうと3人は互いの目を見交わし、納得のいかない顔で頷いていた。

『其方も次から次へと、難儀なことだの』

 その大元を辿ると、あんた達にたどり着くってことを忘れてないか?

 込み上げる憤りに、奥歯を噛んでいると、クレイオスの無表情な顔が、息がかかるほど近くに寄せられた。

『この先何があろうと、我が其方達を守ると約束しよう。故に其方は、信じるものを貫けば良い』

 慰めているつもりか?
 
 それに、子供に言い聞かせるような声音も気に入らん。

 そこで俺は、嗚呼そうか、と気が付いた。

 クレイオスが何か言うたびに、反発心が湧き上がるのは、クレイオスの声音や話し方から、子供扱いされているようで、それが癇に障っていたのだと。

 三十路を前にして、子供扱いされれば腹も立つ。
 実際クレイオスからすれば、俺などは生まれたての赤子と変わらんのだろうが、やはり、面白くは無い。

「・・・期待している」

 口の端を引き上げ、ぎこちない笑みを浮かべたクレイオスに背を向け、俺は第1の詰所へと足を向けた。

 俺も人の事は言えんが、クレイオスも大概不器用な雄のようだ。

「やっぱ、正面突破ですか?」
 
 緊張で素に戻っているシッチンを見ると、逆にこっちの力が抜けて来る。

「まぁ、正面から普通に訪ねようと思う」

「普通にですか?問答無用で吹き飛ばすんじゃなくて?」

 コイツ俺の事を、盛大に誤解してないか?

「詰所で寝込んでいる者は捨て駒だ。何も知らない連中ばかりだと考えた方が良い。そんな奴らを吹き飛ばしてどうする?この後の事を考えると、出来れば避難させてやりたいが、動ける状態か分からんだろう?」

「えっ? 避難もさせるんですか?」

「俺は悪鬼、悪魔と呼ばれるが、無駄な殺生は好まんからな」

「あっはい。そうですよね、すみません」

 しょんぼり肩を落としたシッチンの後ろ頭をロロシュが軽く叩いた。

「しょぼくれんなって。誰だってこんな怖え~顔されたら、災害級の殴り込みだって思うわな」

「ロロシュ。言い方」

 ヘラりと笑うロロシュの脇腹に、マークの肘が良い角度で入ったようで、ロロシュが脇を押さえて咳き込んだ。

「グホッ!・・・マークさんや、手加減って言葉知ってっか?」

「メリオネス卿。デリカシーという言葉をご存知か?」

 物慣れないシッチンには、嫌味の応酬に聞こえるのか、二人の間でオロオロしている。

 この二人が、ただ戯れているだけだと、シッチンが気付くのは、いつだろうな?

「誰だ! それ以上近づくな!」

 闇に沈んだ俺たちへの誰何の声は、以外にも若く、変声期を迎える前の子供のようだ。

 灯火の下に立つ第1の門衛二人は、見るからにまだ子供だった。

 近衛は見た目も重視される。その為近衛を目指す見目の良い貴族の子息は、子供の頃から第一騎士団で、見習いとして鍛錬を積む事も多い。その中でも優秀な者だけが、近衛騎士となる資格を得ることができる。

 この門衛の二人も、そんな見習いなのだろう。
 
 成長途中で出来上がっていない体に、似合わぬ槍を持ち、ヴァラクの魔法陣が展開された状態で、門衛を務められるのだから、魔力値も高そうだ。

 これは有望株かもしれんな。

「第2騎士団のマキシマス・アーチャーだ。第2騎士団団長、クロムウェル閣下が、其方のリリーシュ・クロムウェル殿に面会を求めておられる」

「クロムウェル閣下が?」

 門衛の二人は、納得できないのか、互いに目くばせを送り合っている。

「閣下はマイオールに行かれた、と聞き及んでおりますが」

「急報を受け戻られたのだ。さっさと通しなさい」
 
 マークは柄にもなく威嚇を垂れ流し、門衛の子供の顔がこわばった。マークは俺が思うよりずっと焦っているのかもしれない。
 
「マーク、子供を脅すな」
 
 灯火の届く位置に歩み出ると、俺の顔を仰ぎ見た子供二人は ヒィッ! と声を上げ、益々顔色を悪くした。

「見習いでも、俺の顔くらいは知っているだろう? 通るぞ」

「はっはい!! 失礼しました!!」
「どっど、どうぞ」

 脇に抱えた槍を立て、ガチガチの礼を取る姿は、初々しい以前に痛々しくすらある。

 これは、さっさと逃してやった方がいいな。

「ロロシュ、二人に魔晶石とクリスタルを」

「へいへい・・・・二人とも頑張ったな」
 
 アイテムバックから取り出した魔晶石とクリスタルを、二人の掌に乗せたロロシュは、ワシャワシャと幼い頭を撫でた。

「お前達はそれを持って柘榴宮へ行け。宮にローガンという家令が居る。それを見せ、あとはローガンの指示に従うように」

「えっ?でもここの見張りは?」

「僕たちと治癒師の先生以外は、みんな寝込んじゃってるんです」

 子供二人は、自分たちの勤めを全うしようと、必死だ。

「心配しなくて大丈夫ですよ。私達はここの騎士達を、柘榴宮に避難させるために来たのです。彼方には、愛し子様の力を付与した魔晶石も、回復薬も沢山ありますから、此処よりも安全です」

 苛立ち紛れに、威嚇を放った事が後ろめたいのか、マークの声音が優しくなっている。

 美貌の騎士に微笑まれ、子供達はポーッと頬を染めながら、マークに頷くと、柘榴宮へ向けて走り出した。

「はあ~。あんな子供を外に立たせるとか、第1の奴等何考えてんだ」

 まったくだと、マークとシッチンも頷いている。 経験上母上は子供だからと、容赦する人では無いからな、それの影響もあるのだろう。

 足を踏み入れた第1の詰所内は、野戦病院宛らの有様だった。

 床に寝かされた騎士の間を、疲労が滲んで顔色の悪い治癒師と、医療兵が歩き回り、治癒を掛けていくが、症状が改善したようには見えない。

 回復した側から、魔力と生命力が抜かれていくのだから、無理もない話だ。

 うちの被害とは、比べ物にならない酷さに、俺は、レンのアミュレットの恩恵に改めて感謝した。
 
 しかし、此処と同じように、恩恵を受けられない帝国中の民が、この様な有様なのかと思うと、腹の底から怒りが湧いてくる。

「あんな回復薬の飲み方してたら、魔力経路が傷ついちまう」

 この状況をなんとかしようと必死なのだろうが、一人に治癒をかける度、回復薬をガブ飲みしていたら、経路どころか、魔力核自体が壊れてしまいそうだ。

「ここの責任者は誰だ!」

 俺が声を掛けると、詰所内が一瞬ざわつき、奥から見知った顔が足取りも重く、よろよろと出て来た。
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