上 下
212 / 527
ヴァラクという悪魔

血戦1

しおりを挟む
 side・アレク


 再び柘榴宮戻った俺達は、皇帝の私室への通路を辿っている。

 レンがアルサクへ連れ出された時、激情に任せ走り抜けたあの通路だ。

 この通路は、柘榴宮が建設された当時から、公然の秘密とされて来た。

 叛意を持ち、特に皇帝を私室の有る太陽宮に軟禁するなら、この通路を封鎖するか、見張を立てるのが定石だろう。

 しかし、暗部と宵闇からは、太陽宮どころか後宮事態に騎士の姿はなく、軟禁場所では無いと報告が上がって来ている。

 騎士だけでなく、侍従や下男の姿すら見えず、柘榴宮と同じように攻撃を受けたようだ。

 後宮内は、使用人が身に付けていた衣服ばかりが散乱し、ウィリアムは、内宮か第1に囚われているものと思われる。

 ロイド様とアーノルドは、翡翠宮に軟禁され、今のところ無事が確認されている。

 内宮の様子を聞くと、謁見の間に多くの貴族達が閉じ込められているらしい。

 無理矢理押し込められたのかと思ったが、ヴァラクの魔法陣が発動した時に、城内で最も神の加護が強いと言われている、謁見の間に自ら逃げ込んだようだ。

 逃げ込んだ迄は良かったが、その後近衛によって、扉が閉ざされ監禁状態なのだという。

 しかし監禁されているのが誰なのかは、確認できていない。
 近衛の守りが固く、宵闇の人間でも近づくことが出来ないらしい。

 他に近衛と第1が固めている場所はあるかと聞くと、東翼はほぼ無人。西翼に人員が集められているとのことだった。

 第1の詰所はどうかとの問いに、倒れた騎士が大勢運び込まれたが、表面上は特に変わりは無い、との返事が返って来た。

「本丸を固めねぇ奴がいるか?」

「居ないな。だがレンが監禁されているのは地下だ。上物をどう見せかけようと関係ない」

「閣下の仰る通りです。地下への入り口に見張りは居りませんでしたが、結界が張られています」
 
「何層目だ?」

「二層目になります。その先は確認しておりません」

「・・・・ご苦労だった」

「今後も何なりと、お申し付けください」

「差し支えなければ、名を聞いても?」

「刃月、とお呼びください」

「ふん。流石に頭目ともなると、簡単に名は明かさぬか」

「ご存じでしたか。お見それいたしました」

 皇帝の影、宵闇の頭目は驚きに目を見開いた。

 ロロシュの態度が、いつもより控えめに感じてカマを掛けたのだが、当たりだったようだ。

「それで?お眼鏡に適ったのか?」

「これは手厳しい。閣下にそのように言われては、立つ瀬がないと申せましょう」

 ロロシュが騙し専門と言うだけあって、態度も慇懃なものだ。

「よく言う」

「いえ、本心です。閣下、我等宵闇は、此の所陛下から御声が掛からなくなりました」

「他の部隊に仕事を取られた愚痴なら、聞く暇はない」

「愚痴ではございません。 “大公を助けよ” これが我等が、陛下より頂いた最後の命でございます」

「ウィリアムが?手伝えではなく、助けろと?」

「はい。陛下は大変聡明な君主でいらっしゃる、このように命じられたからには、それなりの理由があったものと、愚行いたしております」

「それで?」

「今後、ロロシュだけでなく、宵闇の全てを閣下にお引き受け頂けないものかと」

「・・・お前達の飼い主はウィリアムだ。それに俺は無駄飯食いは嫌いだ。そのような話は、飼い主を無事に見つけてからにしろ」

「ご尤もですな。・・・ではお近づきの印に此方をお納めください」

 刃月と名乗った影の頭目は、腰に吊るしたバックから、金の台座に嵌め込まれた、大ぶりの魔晶石を3つ取り出した。

「これは?」

「賄賂です。結界を破っても相手に悟られない、なかなか便利な道具ですよ」

「そんな希少品、ホイホイ渡していいのかよ」

「黙りなさい。この国難に使わずして、いつ使うのだ」
 
 頭目に睨まれ、ロロシュは口を閉ざした。

 普段は傍若無人なロロシュにも、苦手な相手は居るらしい。
 
「それは有難いが、邪法を操る相手でも効果はあるのか?」

「魔族から買い入れた、国宝級の魔道具です。相手がどんな凄腕の魔術師だろうと問題ありません。詳しい仕組みは説明が長くなりますので、相手の魔法を無力化し、且つそれを相手に悟らせないという、幻術に近い効果のある道具、とお考え下さい」

 宝物庫にこんな魔道具があったか?
 ウィリアムが、買い与えたか、刃月が個人的に買ったのか・・・。
 何れにせよ、剛毅なことだ。

 罠や結界を破っても相手に悟られすに済めば、何かと有利だ。
 ヴァラクのような輩と対峙するのであれば、この道具の存在は心強い。

 魔道具を受け取った俺は、改めて礼を言い、ウィリアムとアーノルドの救出の助力を頼み、刃月と別れた。

 そして無人だと確認の取れた太陽宮を抜け、第1騎士団の詰所へと向かうことになった。

 無駄に人目を気にぜず、戦闘の心配もなく、最短ルートで敵の本拠地に乗り込むことが出来ると言うのは、運がいいと言えるだろう。

 この通路は柘榴宮から、皇帝の私室への直通だ。
 主人のいない部屋に、無断で侵入するのは気が引けるが、非常時であるから、ウィリアムも文句は言うまい。

 それに通り抜けるだけなら、ウィリアムの秘密に、他の四人も気付かずにすむだろう。

 狭い通路を走り抜け、階段を駆け上がった俺は、壁の仕掛けを操作し、開いた出口からウィリアムの部屋へ踏み込んだ。

 灯ひとつない部屋は、レースのカーテン越しに差し込む紫色の光で、計算され尽くした配置の家具を、ぼんやりと浮かび上がらせている。

「皇帝の部屋にしては地味だなぁ」

「余計なことを言ってないで、行きますよ」

「そうカリカリすんなよ」

 お約束となった、やりとりを聞きながら部屋から出ようとした時、俺は違和感に気付いた。

 なんだ?
 何がおかしい?

 部屋の中をじっくりと見回し、違和感の元を探り・・・そして気付いた。

 寝室のドアが開いている?

 ウィリアムは、寝室に誰も入れたことがない。
 
 掃除もベットメーキングも、全てを自分で行ない、熱を出し寝込んだ時でさえ、寝室ではなく、リビングで治癒を受け、寝室の扉は固く閉ざすのだ。

 それなのに・・・。
 扉が開け放たれている。

 嫌な予感に鼓動が早くなるのを感じながら、部屋の中に取って返した俺は、開け放たれた扉の前から寝室の中を見た。

 俺はウィリアムの秘密を知っている。

 俺だけではない、グリーンヒルや太陽宮の侍従長その他、限られた人数ではあるが、ウィリアムの秘密を知る者は幾人かいる。

 俺も最初のうちは、何度か嗜めた事もある。

 だが、ウィリアムが別人格を創り出し、精神が乖離した時に、好きにさせようと、心に決め、その後は何も言ったことがない。

 褒められた行動ではないが、だからと言って、無理にやめさせる気にもならない。
それに、ウィリアム自身も隠している自覚は無いだろう。

 ただ、見せたくないだけ・・・自分だけの物にしたいだけだ。

 それなのに・・・・。
 無い。
 何処にやった?

「閣下? どうしたんです? 何かありましたか?」

「いや、気のせいだった」

 屈託を知らないシッチンの声に、現実に引き戻された俺は、胃の腑に鉛を詰め込まれた気分になりながら、寝室の扉を閉めた。

「閣下。本当に大丈夫ですか?」

「あぁ。問題ない」

「問題無いって、面じゃねぇぞ?」

「じゃあ。どんな顔だ」

「おっかね~顔してんだけどな」

「元からだ」

「それはそうなんだけどよ。いつもの三割り増しになってるぜ?」

 心配するのか貶すのか
 どちらかに決めてくれると、助かるのだがな。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

獅子の最愛〜獣人団長の執着〜

水無月瑠璃
恋愛
獅子の獣人ライアンは領地の森で魔物に襲われそうになっている女を助ける。助けた女は気を失ってしまい、邸へと連れて帰ることに。 目を覚ました彼女…リリは人化した獣人の男を前にすると様子がおかしくなるも顔が獅子のライアンは平気なようで抱きついて来る。 女嫌いなライアンだが何故かリリには抱きつかれても平気。 素性を明かさないリリを保護することにしたライアン。 謎の多いリリと初めての感情に戸惑うライアン、2人の行く末は… ヒーローはずっとライオンの姿で人化はしません。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪

奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」 「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」 AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。 そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。 でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ! 全員美味しくいただいちゃいまーす。

抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。 そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!? 貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

処理中です...