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ヴァラクという悪魔

蘇り3

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 私もなんの考えもなくただボーッと、ヴァラクのされるがままになっている訳では無いのですよ?

 封印された義孝様の魂を、力づくでヴァラクから奪い取るのは難しい。

 頑張って奪い取れたとしても、魂を解放することに手間取ったら、逆に奪い返されてしまうかも知れない。

 では、ヴァラクが手出しできない状態で、義孝様の魂を完全に確保する為にはどうすればいいか。

 それは私の中に、義孝様の魂を取り込んで仕舞えばいい。

 ヴァラクの力が強大だとしても、私に移した義孝様の魂が、定着するか様子を見ると思います。

 一度私の体に取り込んで仕舞えば、私が義孝様を浄化?この場合は成仏?させようとしても、ヴァラクだって、簡単に義孝様の魂だけを、秒で取り出すのは難しいのでは無いでしょうか?

 クレイオス様も魂を封印される時に、かなり抵抗したようですし、私だって、やってやれない事は無いと思います。

 もし他者の魂を無理やり定着させる術を、ヴァラクが持っていたり、義孝様が蘇りを望んでいたら、体を乗っ取られてしまうかもしれないけれど、どちらも可能性は低い、と私は見ています。

 あくまで私の希望的観測なので、抜け穴はボコボコ有りまくりですが、最悪アレクさんとクレイオス様が来てくれるまで、持ち堪えられれば、なんとかなるかな、と思っています。

 その根拠のない自信はどこから来るのか、と言われれば、二人を信頼しているから、としか答えられないのですけどね?

 そんなことを考えて、左手の焼け付くような痛みから、意識を遠ざけているのですが、痛いものはやっぱり痛い。

 ちょっと血を垂らすだけなら、こんなに深く切ることないじゃないか、とヴァラクに対する恨み言が口から飛び出してしまいそうです。

 後ちょっと。
 もうちょっと我慢すれば、義孝様の魂を手に入れられる。

 そうしたら、治癒も掛けられる。
 
 そんな勝ち誇ったようなニヤケ顔していられるのも、今のうちなんだから。

 うすら笑いを浮かべたヴァラクは、銀の小箱を私の胸の上に置き、箱の表面をずるりと撫でました。

 すると、カシャカシャとかすかな音を立て、開いた箱から蒼い光の玉が現れました。

「新しい器だ」と、邪な笑みを深めたヴァラクの薄い唇から、詠唱が流れ始めます。

 床に描かれた魔法陣から、ぬらぬらと瘴気が立ち上り、私の手足に絡みついてきます。

「ゥっ!? うっあ”ぁ!!」

 焼け火箸を押し付けられたような激痛が走り、絡みついた瘴気が、私の魔力を吸い取っていきます。

 瘴気に体を拘束され自由を奪われた私は、魔力が抜けていく不快感と、肌が焼け爛れていく激痛を堪える為に踠く事も出来ず、もう涙を堪えることができませんでした。

 涙で歪む視界に、瘴気に飲み込まれる柩が見えました。

 蘇りを願った二人は、瘴気が見えていないようだけれど、異変は感じているようで、怯えたように、柩からジリジリと後退っていきます。

 嗚呼・・・やっぱり。

 二人の手には封印の箱はなく、柩の中にも魂の光が見えません。

 ただ魔法陣から湧き出した瘴気が、柩の中に吸い込まれていくだけです。

 ヴァラクは、あの二人を騙したんだ。

 そう思った時、胸の上に置かれた蒼玉が、私の中に沈み込んできました。

 視界が灰と黒の砂嵐に変わり、ザーっというノイズだけが聞こえてきます。

 これは、失敗だったかも?

 他人の魂を取り込むなんて荒技は・・・無茶だったのかな。
 
 “争うのをやめなさい”

 途切れそうな意識に、聞き覚えのある声が優しく語りかけてきました。

 ヨシタカ?

 “争うのをやめて、私を受け入れなさい”

 同じ声だけど、今私に語りかけているのは・・・義孝様?

 そう認識すると同時に、私は明るい庭園の中に立っていました、庭園といってもこちらで見るような、ガゼボや花壇が造られた洋式ではなく、京都のお寺で見られるような日本庭園です。

 庭園の向こうには寝殿造の建物が見え、風に揺れる御簾が、サラサラと鳴っています。

 義孝様は、池の上に掛けられた橋の中央に立っていました。

 煌びやかな直衣のうしを纏い、腰に剣を頭に烏帽子を被った姿は、the平安貴族。
 立派な公達姿です。

「其方、名はなんと申す?」

「紫藤蓮と申します」

「紫藤・・・・都の藤波は美しかった」

 義孝様が涼やかな目元を綻ばせると、寝殿造の建物が消え、波と呼ぶに相応しい藤棚が現れました。

「其方、随分と丈が高いが、どなたの女御か?」

「女御?・・・・あの、私は彼方で義孝様が亡くなられてから、千年以上後の時代からこちらに来たので、今は女御と言うお仕事はないのですよ?」

「なんと!それほど時が経ったのか。帝はご健在か?」

「はい、今は令和天皇の御世です」

「れいわ・・・我が君の御世は、本当に過去のものなのだな」

 しんみりと藤棚を見つめる義孝様に、なんと言葉を掛ければいいのか・・・・。

「正五位下・右少将を勤めたが、大した功績も残せぬままであった。此方へ来てからは、神の愛し子などと呼ばれたが、アウラ殿の加護が無ければ、何も為せぬままであった。それに愛しい君をまた、置いて逝くことになってしまったな」

「・・・君がため 惜しからざりし 命さへ ながくもがなと 思ひけるかな」

「・・・・その歌は」

「義孝様が詠んだ歌ですよね?この歌は、千年以上経った、私の時代まで伝わっています。この歌が好きな人は、結構多いし、義孝様は有名な歌人ですよ?」

「・・・私が残したものも有ったのか」

「はい・・・あの、義孝様は今の状況をお分かりですか?」

 はて、と義孝様は首を傾げています。

「マイオールで病を得て果てた筈だ。が、誰かに魂を絡め取られ、永い刻を眠っていたように思う。気付いたら、其方の中に押し込まれる所であったな?」

 封印された自覚はあるのね?

「ヴァラク・・・ネサル大公が反魂の術で義孝様の魂を呼び戻し、蘇らせようとしたのです」

「ネサルが?面白い術を操る男であったが、反魂とは。泰山府君を操る、かの陰陽師のようではないか」

 もっと詳しくと請われ、これまでの経緯を包み隠さず話しました。
 
 義孝様はとても聞き上手で、時折質問を挟む事がありましたが、私の長い話を最後までしっかり聞いてくれました。

「クレイオス殿の石化が解けたと聞いて安心した。アウラ殿もご健在のようだ」

 今は拗ねて、口もきいてくれませんけどね?

「それで、義孝様はどうしたいですか?」

「どうしたいとな?」

「このまま私の体を使って、生き返りたいですか?」

 義孝様は目を見張り、長い房の着いた扇でペシっと掌を打ちました。

「なんと愚かな」

「すみません」

 自分と同じ顔の人に、怒られてしまいました。

「其方に怒ったのではないぞ?ネサルの所業に憤りを思えただけだ。大体、彼方では一夫多妻の通い婚であったのだぞ?ネサルが歌の一つでも贈ってくれれば、受け入れてやったやも知れぬというに」

 受け入れOKだったの? 
 
 衝撃です。

 ジェネレーションギャップとは、こう言う事でしょうか?

 まさかのアプローチ不足。

 考えた事もありませんでした。
 
 でも、義孝様って平安貴族なのよね。
 平安時代の男女の倫理観って、結構緩かったものね。 

「はあ、さようで」

「私は仏の道を学び、疱瘡を患いもう駄目だ、と観念した折に念仏を唱える時間が欲しいから、息をひきとってもすぐに弔わぬよう、母に頼んだのだ」

「それは初耳でした」

 ある意味すごい執念です。

「極楽浄土を夢見ていたが、此方へ渡ってくる事になってしまった。次こそは極楽浄土へ渡りたい。もし徳が足りず極楽へ行けなくとも、愛しい君や妻達には逢いたいと思う」

 成仏したい、ってことで良いのよね?

「では、私は何をすれば良いですか?」

「ふむ、アウラ殿に念仏を唱えると言うのもな・・・それに成仏するかどうかは、私の意思次第であろう?」

 未練がなければ、成仏するのが普通かな?

「まぁ、そうですよね?」

「だがな、ネサル、本当はヴァラクと言うのか?奴は私を、其方の体に留めようとしているな?」
 
 手にした扇が、私の肩にパシリと置かれました。

「その通りです」

「私が望まねば、成り代わる事など出来ぬというに。ネサルは私を鬼に変じさせようとしているのか? 一つの器に二つの魂など、まるで蠱毒ではないか」

 蠱毒って強力な呪いの事ですよね?

「其方、アウラ殿より成仏に役立ちそうな、加護を貰ってはおらぬのか?」

「二つほど有ります」

「なんと二つもか?今代の愛し子は優れておるのだな」

 義孝様は嬉しそうに、広げた扇で、私のことをパタパタと扇いでくれました。

「では、その二つを全力で解放しなさい。ネサルの囲みが破れたら、私は極楽に旅立たせてもらう」

「分かりました」  
 
「よろしく頼む」

 顔の下半分を扇で隠した義孝様は、大きな瞳を優しげに細めたのでした。
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