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ヴァラクという悪魔

蘇り2*

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 ニッコリとするヨシタカに、微笑み返しました。

 覚悟なんて出来ていないけれど、もう迷わないと決めたじゃないか、と心に言い聞かせ、前を向きます。

 真顔に戻ったヨシタカが木戸を開けると、体育館くらいでしょうか、灯の届かない隅の方は、朧に霞んでよく見えませんが、かなり広い部屋のようです。

 部屋の床に大きく描かれた魔法陣と、中央に置かれた祭壇。

 祭壇の前に、柩が二つ。
 
 一つは大理石製、もう一つはガラス製の柩です。

 祭壇と柩の下にも、それぞれ魔法陣が描かれています。

 柩の主が誰なのかは、分からないけれど、装飾の豪華さから、身分の高い方だったようです。

 そして、柩の後ろにそれぞれ立っている人が、蘇りを望んでいる人でしょうか。

 彼らは、この儀式が成功すると信じている、亡くしてしまった愛しい人を取り戻せると。
 
 私は偶々、アウラ様に見出され、こちらの世界に来る事ができたけれど、彼方で死んだことに変わりはないのです。

 神であるアウラ様でさえ、私の元の身体を利用しなかった。此方とは仕様が違っていたからでもあるけれど、新しく創り出した器に、私の魂を入れ込んだ。

 謂わば生まれ変わり、転生です。

 創世の神であるアウラ様なら、死人を蘇らせることが出来るのかも知れない。
 でも、アウラ様は私を甦らせるのではなく、生まれ変わらせた。

 きっと、そこには大きな意味があると考えるのは、穿ち過ぎでしょうか?

 イザナギとイザナミは、深く愛し合っていたけれど、黄泉の国にイザナミを追って行ったイザナギも、結局愛しい妻を取り戻すことは出来ず、逆に歪み合うことになってしまった。

 神様でも死を自由には出来ず、愛した妻を傷つけただけだった。

 神様でも不可能だった事を、邪法を使うヴァラクが、成し遂げられるとは思えない。

 しかもヨシタカの話を聞く限り、この儀式は成功しない確率が高い。

 それを知らぬまま、愛しい人との再会に希望を抱いている彼らが、哀れでなりません。

 心から哀れだと思います。

 けれど哀れだとは思っても、自分たちの欲のために、他人を犠牲にした事を、許すことは出来ません。

 犠牲になった人達にだって、愛し愛される誰かが居たのだから。

 それに、もし儀式が成功したとして、

 そんな利己的な愛を押し付けられ、甦らされた人は喜ぶのでしょうか?

 そんな身勝手な奴が、どんな顔をしているのか、見てみたかったのですが、ヴァラク教の信徒達が着る長いローブに、フードを目深に被って俯いているので、顔を判別することは出来ませんでした。

 ただ、柩の間を通って祭壇の前に立った時、薫かれた香の匂いの中に、覚えのある香水が香ったような気がしました。

 この香りで思い出される人は居るけれど、同じ香水を使う人は幾らでも居る。

 脳裏に浮かんだ笑顔とは、別人でしょう。

 だって、あの人がこんな事をするはずないもの。

 祭壇の前に立った私を、ヴァラクは満足そうに眺めてから、魔法で私を持ち上げて、祭壇の上に横たえました。

 魔薬で朦朧としていると信じているのか、手足を拘束される事はありませんでした。

 グッタリしているふりで、柩の方を向いていると、魔法陣に向かって人がわらわらと寄ってきました。

 灯の届かない、部屋の隅に控えていたのでしょうが、こんなに沢山の人が物音一つ立てず、気配を殺して居たなんて、気味がわるいです・・・。
 
 全ての人が魔法陣のそばに跪くと、ヴァラクは両手を掲げて、儀式の開始を宣言しました。

 過度に装飾された大袈裟な話ぶりは、聞くに耐えないと言うか、ここまで自分自身を賛美する人を初めて見ました。

 この自己肯定感の強さを、アレクさんに少し分けて貰いたいくらいです。

 ヴァラクが口を閉ざすと、魔法陣の周りに集まった人達が、詠唱を始めました。

 全く聞いたことのない言葉です。

 私の自動翻訳機能でも、所々しか聞き取れなくて、聞き取れたのは “ヴァラクを讃えよ、彷徨う魂よ乞い願う呼びかけに応えよ” みたいなことを唱えているようです。

 そしてヴァラクが、何か合図をしたようで、柩の後ろで詠唱していた二人が、ゆらりと動いて、柩の蓋を開け中で眠る人に口付けをしました。

 でも、その口付けは、儀式的な感じではなくて、もっと、その・・・官能的というか、かなりディープな口付けです。

 幾ら愛した人でも、死体相手にここまで出来ると言うのは、本当に愛していたからなのでしょうが、背徳的を通り越して、邪なものしか感じません。

 大勢の人が発する低く唸るような詠唱が、段々大きくなっていきます。
 それに触発されたのか、最初からこうする決まりなのか、亡き人に口付けをしていた二人は、柩の中に入り込みました。

 そして遺体を持ち上げた2人は、その身体を弄って・・・・。

 嘘でしょ?

 もう見ている事は出来ませんでした。

 私は天井に顔を向けて目を閉じたのですが、視覚を閉じた分、聴覚か鋭くなってしまったのか、ギシギシと軋む柩の音や、2人が手にしていた香油の、ぬちゃぬちゃと湿った音、2人の口から溢れる、獣じみた低い呻めきと荒い息まで聞こえてきます。

 ここがBLの世界だからって、他人の本番を間近に聞かされてた上に、死姦プレイとか・・・・。

 幾ら愛していたとしても、こんなのは死者への冒涜です。

 聞くに耐えない行為を締め出すために、私は頭の中で思いつく限りの歌を、爆音再生しました。

 でも、もしかして・・・。
 私も同じことされるの?
 ヴァラク相手に?

 いや!!
 それだけは、絶対に嫌!!
 アレクさん以外に触られるなんて、耐えられない!!

 冷たい指が頬を撫でる感触に、目を開くと、ヴァラクが面白がるように私を見下ろしていました。

「魔薬で朦朧としていても、隣で何をしているのかはわかるのか?」

「・・・・・・」

「ふふ、安心しろ。今はお前に何もしない。あれは死者の体に、魔力を行き渡らせるための行為だ。生きているお前には必要ない」

 良かったと、思っても良いのでしょうか?
 
 魔力を行き渡らせる為なら、別に人前で致さなくても良いのでは?
 
 このヴァラクという男は、蘇りを望む彼等を、わざと貶め辱めているのでは?

「お前を犯すのは、ヨシタカを呼び戻した後だ」

「・・・・」

 全然良くなかった。
 なに普通に私と致すことを、前提に話しているのでしょう。

「言っている事が分かるか?お前を抱いたと知ったら、あの獣がどんな顔をするか楽しみだな?」

「・・・・・」

「あぁ、奴らは贄になったのだったな。奴が知る術もないのが残念だ」

 ムカつく!!
 ほんとコイツ嫌い! 

 一瞬でも可哀想だと思った私が馬鹿だった。
 あの時の自分を殴ってやりたい!

 大体18禁ハードコア、執着系ドロドロBLなんて、設定ヤバすぎでしょ?

 アウラ様、見てますよね?
 なんとかしてよ!!
 
 う~っ!
 ベタベタ触んな!!
 気色悪い!!

 ヨシタカはヴァラクの機嫌が悪いと言っていましたが、今は上機嫌に見えます。

 情緒不安定なサイコパスなんて、最悪です。 
 
 義孝様の魂は解放してあげなくちゃだけど、あとどれくらい我慢しなくちゃいけないの?
 服の上からだって、嫌いな奴に触られるなんて、気持ち悪すぎる。

 マイオールで戦闘が有るからと、いつもの下着じゃなくて、さらしを撒いていて本当に、ほんと~に良かった。

 アレクさん、お願い早く来て!!

 泣きたいのを、必死で我慢していると、私の体を撫で回していた、ヴァラクの手がやっと離れていきました。

 柩の中でことに及んでいた二人も、目的を果たしたのか、柩から出て来るところでした。

 ガラス製の柩の横に立った男が、安置された亡骸を、愛おしそうに撫でているのを見ると、自分のやっている事が、死者への冒涜だとは微塵も思っていないのでしょう。

 慈しみに満ちた仕草を、やりきれない気持ちで眺めていると、ヴァラクの冷たい手が、私の左手を持ち上げ、掌にナイフを滑らせ、滴る血を銀の小箱に落としています。

 銀の小箱?

 クレイオス様の魂が封印されていた箱と同じなら、この中に義孝様の魂が封印されているの?

 我慢を重ね、やっと巡ってきたチャンス。

 ここで焦って失敗することは出来ません。
 
 左手の痛みを堪え、小箱を捧げ持ちニタリと笑うヴァラクを、私は静かに見つめ返すのでした。
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