獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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ヴァラクという悪魔

蘇り1

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 side・レン


「いとしご・・・おきてる?」

 酔ったふりをするなら、すぐに返事しちゃダメですよね?

「いとしご?」

 ガチャガチャと鍵を開ける音に続いて、ヨシタカが檻の中に入ってきました。

 頭からそっと毛布を外されると、ヨシタカの真っ黒な目が、目の前にありました。

「そのままじっとしてて」

 みてるから 

 後半は唇の動きに、微かに吐息が混じった忠告でした。

 吐息に乗せた囁きに、頷き返すのをグッと我慢して、ヴァラクは何処から見ているのだろう、と考えます。

 ヨシタカは私の目を見つめたまま、私の手を取ると、手首から肩へ、肩から首へ指を滑らせ、頬に手を当てたまま、親指で唇を撫でました。

 とても優しい手つきでしたが、ヨシタカの指は氷のように冷たく冷え切って、触られた場所から、冷気が流れ込んで凍りついてしまいそうです。

 あまりの冷たさに、体が勝手にふるりと震えると、唇の動きだけで がまんして と言われました。

 薬が効いているかを、確かめるふりをしているのでしょうが、アレクさん以外の男性に唇を撫でられるなんて、指先の冷たさとは別に、嫌悪感で背筋が震えてきます。
 
 それに気付いてくれたのかは分かりませんが、ヨシタカは私の頬から手を離すと、毛布の上から腕を掴んで、私を檻の外に引っ張り出しました。

 檻から出て身体を起こすと、膝が変な音を立てました。
 狭い檻の中でずっと蹲っていたのだから、仕方がありませんが、こんなのは、一日中デスクワークをしていた時以来です。

 ストレッチでもして身体をほぐしたい所ですが、魔薬を飲んでいないことがバレてしまうから、体からの要求は無視するしかありません。

 檻の外は10畳程の石壁の部屋で、壁際に簡素なベットと木製の机が備え付けられています。
 イメージとしては、お姫様が閉じ込められた塔の中、って感じですが、部屋の壁に鎖に繋がった手枷と足枷が下げられている事で、嫌でもここが牢獄なのだと認識させられます。

 扉は鉄製だし、明かり取りの窓もない。
 
 こんな厳重な牢屋なら、檻に入れる必要ないんじゃないの?

 ほんと性格悪いんだから。
 最低です。

「かたなを わたして」

 ヨシタカが手伸ばして催促しています。

 事前に教えられてはいましたが、身を守るものを手放すのは、やはり心許ないです。

「いとしご きこえてる?」

 刀を手放すことに躊躇する私に、ヨシタカは私の顔の前で手をヒラヒラさせています。
 
 多分魔薬の所為で、ぼーっとしているのだと、誤魔化してくれているのでしょう。

 何が起きるか分から無い状態で、丸腰にはなりたくありませんが、今は彼以外信じられる人もいないのです。

 ここは大人しく従うしかないのでしょう。

 ノロノロと剣帯から刀を外し差し出すと、ヨシタカは私から受け取った刀を、自分のベルトに差し込みました。

 ”薬がきいているようだな“

 聞き覚えのある声に、振り向きたいのを我慢していると、一つ目の真っ黒な綿毛に蝙蝠の羽が生えた魔物がヨシタカの前へパタパタと飛んできました。
 
 ふわふわのフォルムに、ちょっと可愛いな、と思ってしまいました。

 どうやら人間は緊張しすぎると、どうでも良いことを考えて、現実逃避をしたくなる生き物のようです。

 “儀式を始める。愛し子を連れて来い”

「はい」

 ヨシタカの返事と同時に、ふわふわコウモリは、黒い瘴気に戻って消えてしまいました。

「・・・もう はなしても いいよ。でも ちいさいこえでね」

 話してもいいと言われても、何処かでヴァラクが見ているような気がして落ち着きません。

「儀式で何をするつもりなの?」

 出来るだけ口を動かさ無いように気を付けながら、囁くようにヨシタカに話しかけます。
 ヨシタカも、前を向いたまま、小声で答えてくれました。

「ししゃたちを よみがえらせようとしてる」

「それって、ヨシタカ様のこと?」

「ヨシタカもだけど、あとふたり」

「3人も? でも失敗したって言ったよね?」

「うん しんだからだに たましいはいれられない」

「ヴァラクも知っている?」

「ごしゅじん なにもいわないけど わかってるとおもう」  

「じゃあ、なんで?」

 それにヨシタカは、疑われるといけないから、移動しながら話そうと言いました。

「あのふたりは しっぱいしたことをしらない。いとしいひとを とりもどせると しんじてる もしかしたら そうしんじたいだけかも」

「でも、その人の魂は輪廻の理の中で、生まれ変わっているかも知れないでしょう?体だけ生き返ったって、あなたみたいに別人になるのよね?」

「そのへんは わからないよ でも、ごしゅじんは ヨシタカのたましいを ずっともってる」

「なにそれ? どういう事?」

 声が大きいと、ヨシタカに叱られてしまいました。

 ヴァラクは、義孝様が亡くなった後、反魂の邪法を行い、ヨシタカ様の魂を現世に引き戻した。
 その魂を使って、蘇りの邪法を行ったけれど、死んでしまった体に義孝様の魂が入ることはなく、ヴァラクは瘴気を集めて、今のヨシタカを創ったのだそう。

 そして今も義孝様の魂を、ヴァラクは封印したまま、肌身離さず持ち歩いている。

 義孝様の魂を解放する為には、儀式を利用するしかない、とヨシタカは言いました。

 でも何百年も、今のヨシタカで満足していたのに、何故今になって、同じことを繰り返そうとしているのかしら?

「いとしごは ぼくとおなじかお。それと」

 と言って、ヨシタカは胸のボタンをいくつか外し、私に向き直りシャツを寛げて見せました。

 私の喉が ヒュッ! と音を発した後、言葉を紡ぐことが出来ませんでした。

「ご主人は愛し子の体に、ヨシタカの魂を入れるつもりなんだ。この体は、やがて崩れ無くなってしまう、そうしたら、僕達はまた瘴気の中に溶け、大切な事を忘れてしまう。そうなる前に、僕達を殺して」

「そんな・・・」

「この身体の中には、数えきれないくらい沢山の意識が詰め込まれ、邪法で縛られている。人が人として生きていく為には、そのくらい多くのエネルギーが必要だ。だからこそ、人の命、魂は尊いんだよ」
 
「でも」

 意識を持ち、それを知ったあなた達も、命のある人と同じじゃないの?

「僕等は、邪法で縛られているから、普通の浄化ではダメらしい。刀だけでもダメだった。愛し子がこの刀を使って、殺してくれれば、上手くいくと思う」

 そう言ってヨシタカは、ベルトに差した刀をそっと撫でました。

 凝った瘴気は浄化して祓わなければ、消すことは出来ない。
 でも、人の姿をした彼らを、刀で貫くことが私にできる?
 
「いとしごは やさしい。 ぼくたちはしょうき ひとのしねんの ざんがいだから きにしないで おねがい ぼくたちとヨシタカのたましいを かいほうして」

 俯く私にヨシタカは、足元に気をつけて、と手を取ってくれました。
 その手はとても冷たいけれど、優しい人たちなのだと思います。

 彼らも、元は怨みに満ちた思念だったのでしょう。
 でも長い時を経て、彼らは怨みを昇華して優しい心を取り戻した。

 私が彼らにしてあげられるのは、浄化による解放。
 本当にそれだけなのでしょうか。

 クネクネとした長い階段を降り続け、最下層の扉が見えてきました。

「いとしご このさきでみるものは とてもつらいこと でも たえて」

 氷のように冷たい手が、私の手を強く握ってくれました。
 
「私の。名前はレンよ」

「・・・れん・・・」

 私を見つめる真っ黒な目が、綺麗な弧を描きました。

「君なら、ヨシタカの魂と、僕らを解放できると信じているよ」
 
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