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ヴァラクという悪魔

潜入2

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「クレイオス、被害を抑えられるのでは無かったのか?」

『ヴァラクの陣は、人の命、魔力と生命力を吸い上げ奪うものだった。破壊は出来なんだが、死なない程度に抑えることは出来た』

「ならこれはどう言うことだ?!失敗したのだろう?!」

『失敗はしておらん。街の人間は治癒師を求めていたであろう?気絶した程度のはずだ』

「では、これはなんだ?」

 人の姿をとどめる事もできない程、全てを吸い尽くされているではないか?!

『少し待て・・・・・』

 クレイオスは、両腕を軽く広げ目を閉じた。

 魔法の残滓を探っているのだろう、このお仕着せの主が誰かは分からないが、使用人達は俺を恐れながらも、良く仕えてくれていた。
 特にレンには、気を配ってくれていた者達ばかりだった。

 こんな死に方をして良い筈がない。

 やがて目を開いたクレイオスは、魔法の出所は2階だと言った。

『喜べ、地下に人の気配がする。生き残りがおるようだ』

 それを聞いた俺は、地下へ駆け降り、引き千切る様に扉を開けると、そこには数名の使用人を庇う様に蹲る、ローガンとセルジュの姿があった。

「ローガン!! 無事か?!」

 俺の大音声に使用人達は怯えて悲鳴を上げたが、ローガンとセルジュは直ぐに立ち上がり、居住まいを正した。

「閣下・・・レン様のお陰で命を拾う事ができました」

「レンの?」

「レン様がくれた御守りが」とセルジュが握りしめていた手を開いて、俺の前に差し出した。

 セルジュの掌に、俺達のアミュレットに似た、ブローチが乗っていた。

「レン様はアルサクでの出来事を悔やんでおられて、私達への感謝の気持ちだと、御守りだから気にせず受け取ってくれと仰って、このブローチを下さったのです」

 とローガンが言うと、セルジュはブローチを握り直し、真っ直ぐに俺を見た。

「レン様は使用人全員に配りたいと仰って、お忙しい合間を縫って、ブローチを造って居られました。このブローチのお陰で私達は助かったのです」

 二人に言われてよく見ると、生き残った使用人達の胸に、それぞれの個性に合わせたブローチが着けられていた。

 レンはその言葉通り、感謝の心をを込め、一人々に似合うものを手作りしていたのだろう。

「そうか・・・お前達だけでも生き残ってくれて良かった」

「有難い事で御座います」

 胸に手を当て、綺麗な礼をとるローガンに、一瞬日常が戻って来たような気分になった。

「それで、何があった?」

 ローガンは色を失くした唇を噛み、痛みを堪えるように目を閉じた。
 そして心を落ち着かせる為か、長く息を吐いた後、淡々と起こった出来事を話し始めた。

 最初に空の色がおかしいと、言い出したのは警護の騎士だった。

 半信半疑で空を見上げていると、毒々しい色の魔法陣が浮かび上がり、使用人達が次々に倒れ始めた。

 何が起こっているのかは分からなかったが、倒れた者達の様子から、魔力切れだろうと判断したのだそうだ。

 幸か不幸か、レンが錬金に夢中になり魔力切れを起こすことが度々あった為、柘榴宮には、商いが出来る程、回復薬が常備されていた。

 倒れた者達にその回復薬を与えたが、どうやら回復する側から、魔力が抜けて行くようだ。
 元々の魔力値が低い者は、立ち上がる事もままならない状態だった。

 その内に、他の者も体調が悪くなり始めた。内宮と騎士団に助けを求めたが、皇宮全体が似た様な状態で、どうすることも出来ぬまま、使用人全員に、今日は仕事を切り上げ、宮の中で大人しくしている様に、とローガンは言い渡した。

「宮から出していれば、彼等は死なずに済んだかもしれません」

 ローガンは悄然と俯いた。

「それは結果論だ。お前の所為ではない」

 ローガンは責任感の強い雄だ。俺の励ましなど気休め程度にしかならないだろう。

 元凶は別にいる。
 決してローガンの所為ではない。

 回復薬にも限りがある、元気がある者は、食事を摂って、体力と魔力を回復させようという話しになったところで、突如宮の中に魔法陣が現れたのだという。

 魔法陣から溢れる魔力に触れたものは、逃げる間も無く、灰燼となり崩れ落ちていった。
 地下に逃げ込めたのは、レンからブローチを貰った者達だけだった。

 しかし、地下に逃げ込んだのはいいが、発動した魔法は、地下へ逃げたローガン達を追って来た。
 もう駄目だと諦めた時、ブローチに付与された魔法が、追ってきた魔法の攻撃を弾いてくれたのだそうだ。

 暫くして、宮の中に現れた陣の魔力が尽きたのか、忌まわしい魔法の攻撃は治った。
 
 怯える使用人達を宥めながら、此れからどうしたものか、と相談しているところに、俺が飛び込んで来たのだそうだ。

「それで、宮の中で陣が発動する前に、何か変わったことはあったか?」

「いえ。空の魔法陣以外は、これと言って無かったかと」

 今も魔力と生命力を吸い取られているせいか、ローガンとセルジュは立っているのも辛そうだ。

 もう休め、と言おうとしたところで、セルジュが「そう言えば」と口を開いた。

「リリーシュ様が、着替えを取りに戻られました」

「母上が? 自分で着替えを取りに来たのか?」

「はい。私も人に頼まないのは珍しいな、と思ったのですが、この騒ぎで部下の方々も魔力切れを起こしているとかで、泊まり込みになるからと仰って、回復薬も届けてくださったんです」

「母上が・・・そうか」

 ローガン達からは、これ以上の話は聞けそうにない。

 空に浮かんだ魔法陣は、俺達がなんとかするからと約束し、ローガン達には無理をせず休むようにと命じて、俺はクレイオスの元へ戻った。

「どうだ?」

『我が書き換える前の、ヴァラクの魔法陣と同じものだな』

 クレイオスは、指に挟んだ羊皮紙をヒラヒラさせた。

『仕掛けた者が被害に遭わないよう、時限式になっているな』

「では、犯人の特定は難しいか?」

『発動自体は陣と魔晶石で事足りる。自分の魔力を使う必要もない。魔力の追跡は徒労だな』 

「そうか、他に仕込まれたものは無いだろうな?」

『うむ。それらしい気配はない・・・其方魔力感知が不得手なのか?』

「そうだが?」

『戦闘の時には気付かなんだ』

「戦闘では勘が働くだろ?」

『勘? 勘だけであの闘いぶりか、恐ろしいの』

 場数が違うからな。

「ロロシュ達と合流するぞ」

 宮を出た俺達は詰所へと走った。

 柘榴宮の使用人とは違い、騎士達はレンのアミュレットを身につけている。
 
 宮と同じ魔法を仕掛けられたとしても、被害は大きく無い筈だ。
 だが、この目で確認するまでは安心はできない。

 詰所に入ると、食堂に来る様にとマークからの伝言を受け取った。

「団の被害は?」

「はっ! 空の魔法陣発動後、動けなくなる者も居りましたが、他の団よりも被害は少ない状態です!」

「今日の宮の警護担当を呼べ」

「動ける者は皆、食堂に集まっております。本日の警護担当も食堂におります」

「そうか」

 この手際の良さはマークの采配だろう。

 ロロシュは何だかんだと言いながら、人を動かすのは上手い。

 だがその為の段取りが、少々・・・いや、かなり雑だ。

 番とは、互いの不得手なことを補い合うように、出来ているのかも知れない。

 マークとロロシュを見ていると、余計にそう思う。

 それは俺も同じだ。
 このままレンを取り戻すことが出来なければ、俺は生きていく事も出来なくなるだろう。

 欠陥だらけの俺にとって、レンは生きていくための理由であり、目的でもあり・・・。

 レンのいない人生など、なんの意味もない。

 あの小さな番は、俺の全てだ。

 レンをこの手に取り戻し、今度こそヴァラクがこの世に留まる事がない様に、完膚なきまでに叩きのめす。

 そのために必要であれば、この手を再び血で汚す事も辞さない覚悟は出来ている。
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