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ヴァラクという悪魔
潜入1
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side・アレク
「第一騎士団かよ・・・」
「リリーシュ様は、ご無事でしょうか」
母上を案じるマークに、俺はハッとした。
俺は実の親を案ずるより先に、母上の関与を疑ったからだ。
人として、ただ一人の息子として、俺は母上を案ずるべきだ。
実の親を信じる事が出来ないとは・・・。
子供の頃、鍛錬だと言って魔獣のいる山に一人で放り込まれた事はある。
母上が課す鍛錬はいつも厳しいものばかりで、あまりの辛さに恨んだこともあったが、今振り返れば、そのお陰で生き残れたと言ってもいい。
親父殿に夢中で,放ったらかしにはされたが、貴族として必要は教育は受けさせてもらえたし、衣食住に困ることも、使用人達から虐げられることも無かった。
人族の政略結婚なら、子供を愛せない親はいくらでもいる。
子供は政略の道具に過ぎないからだ。
況してや私生児となれば、家門の恥として捨て置かれ、劣悪な環境で育つ子供も多い。
皇家という特殊な環境に生まれなければ、俺とてどうなっていたか分からないのだ。
親の愛を知らずとも、俺は恵まれていた。
厳しかったが一流の教育を受け、そのお陰で生き残ることが出来た。
辺境を巡っていた時以外で、衣食住に困った事もない。
俺は、母上に、自分の生まれに、感謝すべきなのだ。
だが、俺達は獣人で、俺の知る限り、他の獣人の家族は、皆仲睦まじく暮らしていた。
何故俺だけが愛されないのか、この容姿のせいか、ジルベールやウィリアムのように美しく生まれてくれば良かったのかと、子供の頃は、随分悩んだものだ。
しかしそれは、母を恋しく思う子供の心で、三十路も近くなった今、俺が母上に感じている不信感とは別物だ。
それとも、子供の頃の寂しさを、この歳でいまだに引き摺り、拗らせているだけなのだろうか。
感謝や信頼、無事を案ずる気持ちよりも、疑心の方が先に立ってしまうとは・・・。
「閣下、如何いたしましょう?」
「街の外れであの調子じゃ、皇宮の中も混乱してんだろうが、いくら混乱に乗じたって、第一相手に隠密行動は難しいんじゃねぇか?」
「ん? あぁそうだな・・・」
そうだ、今は個人的な感傷に浸っている時ではない。
第一が相手であろうが、蹴散らすことは簡単だが、騒ぎが大きくなれば、ヴァラクがレンを連れて逃げてしまうかもしれない。
例え逃げられたとしても、バングルがあればレンの居場所を探すことは出来る。
だが、そう何度も煮湯を飲まされてたまるものか。
「一度、詰所に戻り情報と応援を集める。ロロシュも、宵闇だったか?お前の仲間にも手を借りたい」
「了解。しかし、どんだけ集められっかな」
「そうですね。まずは、情報収集と安否確認からですね」
『詰所に戻るなら、厩舎にも寄れるな?』
「ん?あぁ、そうだな」
『良かったのう。ようやく手足を伸ばして休めるぞ?』
クレイオスは、相変わらずのマイペースで、幼体相手に呑気なものだ。
まぁ、人だろうとドラゴンだろうと、子供に罪は無いからな。
クレイオスと漆黒のドラゴンは、特有の気配をヴァラクに察知されることを防ぐため、アミーを出発する時から気配を消させている。
途中で厩舎に寄る程度なら、ヴァラクに気付かれる事もないだろう。
話が纏まったところで、内宮へつながる道を逸れ、後宮へ向かう脇道に入った。
この通路の出口は、柘榴宮と琥珀宮の中間地点にある、小さな霊廟に繋がっている。
この霊廟は何百年も前に亡くなった皇子を祀っていると言われているが、実は中身は空っぽで、通路のカモフラージュに建てられたものだ。
誰も祀られていない霊廟を、毎日掃き清め、花を手向けていた侍従が、祀るべき相手が最初から居なかった、と知ったらどう思うだろうか。
まぁ、皇宮ほど無駄な仕事の多い職場も無いだろうから、知ったところで気にも留めないかもしれんな。
通路の突き当たりに辿り着き、壁に隠された幾つかの仕掛けを作動させ、霊廟への出口を開いた。
仕掛けやからくりが好きな、ロロシュとシッチンが齧り付きで見入っていたが、皇家の最重要機密だ、との自覚はあるのだろうか?
石の階段を登り、最後の仕掛けを作動すると、重い石棺の蓋が滑るように開いた。
霊廟の中央に安置された石棺から飛び降り、霊廟の扉を開け、外の気配を伺う。
琥珀宮に主はいない。
最低限の侍従と下男が宮を管理しているだけだ。
窓を照らす灯りはなく、空に浮かんだ魔法陣の光に、宮の輪郭がぼうっと浮かび上がっている。
琥珀急の奥にチラチラと見えるのは、アーノルドがいる翡翠宮の灯りだろう。
そのさらに奥、内宮の窓には何時もより灯りが少ない。
こんな風に、この城が闇に溶けるように見えるのは、俺たちが攻め入ったあの日以来だ。
レンが捉えられている第一騎士団の詰所は、ウィリアムが住まう、太陽宮を挟んだ向こう側にある。
皇帝が足繁く足を運んだ通路が、太陽宮と柘榴宮には造られているが、皇帝の居住空間へ、兵を率いて押しかける事は出来ない。
やはり内宮側から回り込むしか無いだろう。
しかし、様子がおかしい。
内宮が静かすぎる。
「琥珀宮が静かなのはいつものことですが、静か過ぎませんか?」
「あぁ。柘榴宮の様子も見てみよう」
マーク達3人を先に詰所に向かわせ、俺はクレイオスと柘榴宮に向かうことにした。
音を忍ばせ、宮に向かう途中、見回りの騎士の姿を見る事はなかった。
混乱の収拾に駆り出されているのだろうか?
『人の気配がせんな?』
柘榴宮からも物音ひとつ聞こえてこない。
全員魔法の餌食になってしまったのか?
「俺は宮の中を見てくる。あんたはドラゴンを厩舎に入れたら、宮に来てくれ」
『・・・いや、宮へは一緒に入ったほうが良さそうだ。其方も一緒に来い』
「何があるんだ?」
クレイオスは『なんとも嫌な感じがする』とだけ言って、さっさと厩舎へ向かってしまった。
厩舎の中は、俺たちが出発した時のままだった。
敷き藁の香りも、厩舎の一角にレンが運び込んだお茶の道具や、読みかけの本。
そして、焦がれて止まない番の残り香が香るクッションとブランケット。
必死で押さえ込んでいた焦燥感に、手足が冷えて臓腑が捩じ切れてしまいそうだ。
『よいか?我が迎えに来るまで、ここで大人しくしているのだぞ』
人型から元の姿に戻ったドラゴンは、甘える様にクルルルと喉を鳴らし、敷き藁の上で丸くなった。
クレイオスはドラゴンの気配が外に漏れないように、結界を張りため息を吐いた。
『其方達と行動を共にしていると、我らの誤ちの大きさに居た堪れなくなる』
「アウラ神も、同じように感じてくれれば良いのだがな」
『あれの方が、我よりも傷ついておるよ』
言い返してやりたいことは、幾らでも有るが、相手が神では理解の範疇外、言うだけ無駄だ。
マイペースなクレイオスを急かして、宮の中へ入ると、ローガンを始め、一人も使用人の姿が見えない。
「何処へ行った?」
使用人用の控え室や食堂では、食べかけの食事や茶菓が放置されている。
そして床には・・・・。
人が着た形のお仕着せと、人の型の灰。
命を奪われた、人であったものの残骸が散らばっていた。
「第一騎士団かよ・・・」
「リリーシュ様は、ご無事でしょうか」
母上を案じるマークに、俺はハッとした。
俺は実の親を案ずるより先に、母上の関与を疑ったからだ。
人として、ただ一人の息子として、俺は母上を案ずるべきだ。
実の親を信じる事が出来ないとは・・・。
子供の頃、鍛錬だと言って魔獣のいる山に一人で放り込まれた事はある。
母上が課す鍛錬はいつも厳しいものばかりで、あまりの辛さに恨んだこともあったが、今振り返れば、そのお陰で生き残れたと言ってもいい。
親父殿に夢中で,放ったらかしにはされたが、貴族として必要は教育は受けさせてもらえたし、衣食住に困ることも、使用人達から虐げられることも無かった。
人族の政略結婚なら、子供を愛せない親はいくらでもいる。
子供は政略の道具に過ぎないからだ。
況してや私生児となれば、家門の恥として捨て置かれ、劣悪な環境で育つ子供も多い。
皇家という特殊な環境に生まれなければ、俺とてどうなっていたか分からないのだ。
親の愛を知らずとも、俺は恵まれていた。
厳しかったが一流の教育を受け、そのお陰で生き残ることが出来た。
辺境を巡っていた時以外で、衣食住に困った事もない。
俺は、母上に、自分の生まれに、感謝すべきなのだ。
だが、俺達は獣人で、俺の知る限り、他の獣人の家族は、皆仲睦まじく暮らしていた。
何故俺だけが愛されないのか、この容姿のせいか、ジルベールやウィリアムのように美しく生まれてくれば良かったのかと、子供の頃は、随分悩んだものだ。
しかしそれは、母を恋しく思う子供の心で、三十路も近くなった今、俺が母上に感じている不信感とは別物だ。
それとも、子供の頃の寂しさを、この歳でいまだに引き摺り、拗らせているだけなのだろうか。
感謝や信頼、無事を案ずる気持ちよりも、疑心の方が先に立ってしまうとは・・・。
「閣下、如何いたしましょう?」
「街の外れであの調子じゃ、皇宮の中も混乱してんだろうが、いくら混乱に乗じたって、第一相手に隠密行動は難しいんじゃねぇか?」
「ん? あぁそうだな・・・」
そうだ、今は個人的な感傷に浸っている時ではない。
第一が相手であろうが、蹴散らすことは簡単だが、騒ぎが大きくなれば、ヴァラクがレンを連れて逃げてしまうかもしれない。
例え逃げられたとしても、バングルがあればレンの居場所を探すことは出来る。
だが、そう何度も煮湯を飲まされてたまるものか。
「一度、詰所に戻り情報と応援を集める。ロロシュも、宵闇だったか?お前の仲間にも手を借りたい」
「了解。しかし、どんだけ集められっかな」
「そうですね。まずは、情報収集と安否確認からですね」
『詰所に戻るなら、厩舎にも寄れるな?』
「ん?あぁ、そうだな」
『良かったのう。ようやく手足を伸ばして休めるぞ?』
クレイオスは、相変わらずのマイペースで、幼体相手に呑気なものだ。
まぁ、人だろうとドラゴンだろうと、子供に罪は無いからな。
クレイオスと漆黒のドラゴンは、特有の気配をヴァラクに察知されることを防ぐため、アミーを出発する時から気配を消させている。
途中で厩舎に寄る程度なら、ヴァラクに気付かれる事もないだろう。
話が纏まったところで、内宮へつながる道を逸れ、後宮へ向かう脇道に入った。
この通路の出口は、柘榴宮と琥珀宮の中間地点にある、小さな霊廟に繋がっている。
この霊廟は何百年も前に亡くなった皇子を祀っていると言われているが、実は中身は空っぽで、通路のカモフラージュに建てられたものだ。
誰も祀られていない霊廟を、毎日掃き清め、花を手向けていた侍従が、祀るべき相手が最初から居なかった、と知ったらどう思うだろうか。
まぁ、皇宮ほど無駄な仕事の多い職場も無いだろうから、知ったところで気にも留めないかもしれんな。
通路の突き当たりに辿り着き、壁に隠された幾つかの仕掛けを作動させ、霊廟への出口を開いた。
仕掛けやからくりが好きな、ロロシュとシッチンが齧り付きで見入っていたが、皇家の最重要機密だ、との自覚はあるのだろうか?
石の階段を登り、最後の仕掛けを作動すると、重い石棺の蓋が滑るように開いた。
霊廟の中央に安置された石棺から飛び降り、霊廟の扉を開け、外の気配を伺う。
琥珀宮に主はいない。
最低限の侍従と下男が宮を管理しているだけだ。
窓を照らす灯りはなく、空に浮かんだ魔法陣の光に、宮の輪郭がぼうっと浮かび上がっている。
琥珀急の奥にチラチラと見えるのは、アーノルドがいる翡翠宮の灯りだろう。
そのさらに奥、内宮の窓には何時もより灯りが少ない。
こんな風に、この城が闇に溶けるように見えるのは、俺たちが攻め入ったあの日以来だ。
レンが捉えられている第一騎士団の詰所は、ウィリアムが住まう、太陽宮を挟んだ向こう側にある。
皇帝が足繁く足を運んだ通路が、太陽宮と柘榴宮には造られているが、皇帝の居住空間へ、兵を率いて押しかける事は出来ない。
やはり内宮側から回り込むしか無いだろう。
しかし、様子がおかしい。
内宮が静かすぎる。
「琥珀宮が静かなのはいつものことですが、静か過ぎませんか?」
「あぁ。柘榴宮の様子も見てみよう」
マーク達3人を先に詰所に向かわせ、俺はクレイオスと柘榴宮に向かうことにした。
音を忍ばせ、宮に向かう途中、見回りの騎士の姿を見る事はなかった。
混乱の収拾に駆り出されているのだろうか?
『人の気配がせんな?』
柘榴宮からも物音ひとつ聞こえてこない。
全員魔法の餌食になってしまったのか?
「俺は宮の中を見てくる。あんたはドラゴンを厩舎に入れたら、宮に来てくれ」
『・・・いや、宮へは一緒に入ったほうが良さそうだ。其方も一緒に来い』
「何があるんだ?」
クレイオスは『なんとも嫌な感じがする』とだけ言って、さっさと厩舎へ向かってしまった。
厩舎の中は、俺たちが出発した時のままだった。
敷き藁の香りも、厩舎の一角にレンが運び込んだお茶の道具や、読みかけの本。
そして、焦がれて止まない番の残り香が香るクッションとブランケット。
必死で押さえ込んでいた焦燥感に、手足が冷えて臓腑が捩じ切れてしまいそうだ。
『よいか?我が迎えに来るまで、ここで大人しくしているのだぞ』
人型から元の姿に戻ったドラゴンは、甘える様にクルルルと喉を鳴らし、敷き藁の上で丸くなった。
クレイオスはドラゴンの気配が外に漏れないように、結界を張りため息を吐いた。
『其方達と行動を共にしていると、我らの誤ちの大きさに居た堪れなくなる』
「アウラ神も、同じように感じてくれれば良いのだがな」
『あれの方が、我よりも傷ついておるよ』
言い返してやりたいことは、幾らでも有るが、相手が神では理解の範疇外、言うだけ無駄だ。
マイペースなクレイオスを急かして、宮の中へ入ると、ローガンを始め、一人も使用人の姿が見えない。
「何処へ行った?」
使用人用の控え室や食堂では、食べかけの食事や茶菓が放置されている。
そして床には・・・・。
人が着た形のお仕着せと、人の型の灰。
命を奪われた、人であったものの残骸が散らばっていた。
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