上 下
205 / 523
ヴァラクという悪魔

地下牢獄

しおりを挟む
 side・レン


 毛布を体に巻き付け、冷たい床に横になった私は、浅い眠りの中でパレードの夢を見ました。

 夢の中で襲って来た男は、笑いながら死神の大鎌を振り回していました。

 真っ黒な鎌が胸に突き刺さる寸前、目が覚めたのですが、耳の中で鼓動が聞こえる程、心臓がバクバク言っています。

「やな夢」

 せっかく毛布を貰ったのに、冷や汗で体がベタベタするし、余計に冷えて指先が震えてきます。

 少し眠ったおかげで、幾分か頭痛は治った気はしますが、万全とは言い難いし、気分は最悪。

 頭までスッポリ毛布の中に潜り込んで、せめてもの慰めにと、アレクさんの無事を確認しようと、バングルの地図を開きました。

「動いてる」

 アレクさんの黒い印が、ものすごい勢いで、皇都へ向かって移動しています。

 アレクさんが来る。
 迎えに来てくれる。

 そう思うだけで、心が暖かくなって、指先の震えもどこかに行ってしまいました。

 それに、この尋常ではない速さは、きっとクレイオス様が一緒なのよね?
 
 クレイオス様も無事で良かった。

  ヴァラクの魔法がどんな被害を生んでいるのか、分からないけれど、どうか一人でも多くの人達が、無事でいてくれますように。

 私にはアウラ様とクレイオス様の、アレクさんには、クレイオス様の加護が有る。

 だから魔法が発動しても、こうして無事で居られるのだと思う。

 でも、加護を持たない普通の人達は、どうなってしまったのだろう。

 アウラ様は魔法の発動を止めないと言った。これは天罰だからって・・・。
 
 でも・・・罪のない人達を守ってほしい。
 皆がみんな悪い人じゃない。
 優しい人、賢い人、正直な人、清廉な人。
 狡賢い人、意地悪な人、嘘つき、乱暴者。

 色々な人がいるけれど、それは人の一面にしか過ぎないと思う。

 優しいけど嘘つきな人も、正直だけど乱暴な人も居る。

 人の心は多面的で、たくさんの顔を持っていて、皆んな、生きるのに一生懸命だ。
 毎日を頑張って生きている。

 軽々しく天罰を与えたって良いなんて言っちゃったし、勝手なお願いかもしれないけれど、罪のない人達には、救いの手を差し伸べてあげて欲しい。
 
 アウラ様、私の声が聞こえていますか?

 ◇◇

 蓑虫みたいに頭から毛布を被って、バングルの地図を見つめ続けて、どのくらいの時間が経ったのでしょうか。

 人の近づく気配に、毛布から片目だけ出して伺っていると、檻の前にヨシタカが跪いて来ました。

「これのんで」

 ヨシタカは大ぶりのカップを檻の中に入れて来ました。
 カップの中からは、薬臭い湯気が立ち昇っています。

「これを飲んだら、私はどうなるの?」

「しんぱいない、ちょっとボーっとするだけ」  

 何それ、危険しか感じないけど。

「嫌よ」

「のまないと おりからでられない のんで」

 感情のこもらない平坦な声と、瘴気が詰まった真っ黒な目が、何かを訴えて来ているように感じて、渋々カップをソーサーから持ち上げると、カップとソーサーの間に小さく折り畳まれた紙が見えました。

 こっそり忍ばせているって事は、どこかでヴァラクが見張っているのかもしれない。

 私は気が進まないふりで、一旦カップを戻すと、ヨシタカが薬を飲むように言ってきます。

「・・・これを飲んだら、本当に檻から出してくれるのね?」

「やくそく」

 瘴気の詰まった傀儡が、約束って・・・。
 ヨシタカはどうやって、自我を保っているのかな。
 ただのマネなのかしら。

「・・・・」

 嫌々言うことを聞くのだ、と見えるように苦心しながらカップを持ち上げ、ソーサーを毛布の中に隠しました。
 
 カップの中身は胃薬っぽい味がして、とても飲みにくかったけれど、ヨシタカに最後まで飲めと言われ、何回かに分けてようやく飲み干すことができました。

「うぇ~。すっごく不味い」

「あとでむかえにくる」

 カップを受け取ったヨシタカは、そのまま出て行こうとします。

「ねぇ、待って!」

「なに?」

「ここは何処なの? それに外の人達はどうなったの?」

 ヨシタカは天井を見上げて考え込んでいる、と言うより教えても良いのかの確認をしているようです。

「・・・ここはこうぐうのなか そとは、人がいっぱいしんだ。 でも、しんだのはひとだけ ごしゅじん おこってる」

「皇宮?・・・いっぱい死んだ?ウィリアムさんは?ロイド様とアーノルド殿下はどうなったの?リリーシュ様は?」

「かわいそうな いとしご あとでわかるよ」

 そう言い残して、ヨシタカは部屋を出て行ってしまいました。

 後で分かるって・・・。

 ここが皇宮なら、ウィリアムさんやリリーシュ様が黙ってヴァラクを中に入れるとは思えない。

 二人は無事?
 何があったの?

 皇宮ではアレクさん達獣人への差別が酷かった。裏切り者がいるって事?

 人がいっぱい死んだって・・・人だけ?
 獣人は死んでない?

 アウラ様は、人族の被害が多くなるだろうって仰ってた。

 これがそうなの?
 これが天罰?

 皇家の人達は、アレクさんとリリーシュ様以外は皆んな人族だ。
 じゃあ、皆んな死んだってこと?

 嘘よ。
 だって、皇都はアウラ様の加護が残ってるって、クレイオス様が言ってた。

 その中でも皇宮は、一番加護が強い所に建てられたはずでしょ?

 分からない事が増えてしまったけど、きっと、皆んな無事よ。
 
 大丈夫。絶対大丈夫。と自分に言い聞かせ、毛布を被り直して、ヨシタカが渡してくれた紙を広げて、目を通しました。

 そこには、ヴァラクに魔薬を飲ませるように言われたが、私が飲んだのはただの強壮剤だから心配しなくて良い事。
 儀式の時は麻薬に酔ったふりをする事。

 強壮剤を飲んだギンギン状態で、ぼーっとしたフリって・・・・なかなかハードルが高い気がします。

 そして儀式でヴァラクがしようとしている事、ヴァラクの魔法で奪われた命が、儀式に利用されるのだ、と言う事も書かれていました。

 儀式の時に刀は取り上げられる筈だが、できるだけ近くに置いておくとも・・・。

 ヨシタカの、あの口調だと儀式までは時間が無さそうです。

 地図の中のアレクさんは、皇都まで後少し。

 儀式でヴァラクが遣ろうとしている事は、恐ろしいけれど、上手く行くとは思えない。

 ヨシタカも一度失敗してるって言ってたし・・・・。

 死んだ体で失敗したから、今度は生きた私の体を使おうなんて・・・・。

 一度は私を生贄にしようとしたくせに、どう言う心境の変化なのかしら?

 死んだ人は生き返らない。
 
 たった一人の魂を呼び戻すために、帝国中の人間の命を生贄にしようだなんて、そんなこと、本物の義孝様が許すはずがない。

 もし、義孝様の魂が私の中に入ったとしても、ヴァラクを愛することなんて、ありえないと思う。

 だって、義孝様はシルベスター侯爵を愛していた。そして私はアレクさんを・・・。

 ヴァラクが入り込む隙間なんて、一ミリも無いのに。
 
 可哀想な人。

 愛を知らず。

 盲目的な執着の所為で、自ら進んで不幸を選び取ってしまう。
 もっと違う生き方を選んでいたら、幸せになれたかもしれないのに・・・。
 
 だからと言って、彼のやって来た事を許す事はできないし、同情する気もない。
 第一これから行う儀式は、命を冒涜する行為でしか無いのです。

 儀式開始までにアレクさんが、間に合うかどうかも分からない。

 儀式がどうのとは関係なく、ヴァラクは止めなければならない。
 
 帝国中の全ての人たちの為にも、彼自身の為にも。

 もう終わりにしてあげなければ。

 私を迎えに戻って来た、ヨシタカを見ながら、私は決意を固めたのでした。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪

奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」 「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」 AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。 そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。 でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ! 全員美味しくいただいちゃいまーす。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

処理中です...