獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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ヴァラクという悪魔

皇宮へ

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 俺が指差した廃屋を見て、顔を引き攣らせたのはシッチンだった。

「・・・あそこですか?・・・でもその屋敷は」

「あの屋敷がどうかしたのですか?」

「いや・・・あの・・あそこは幽霊が・・・」

 青い顔でカタカタと震えながら、ポツポツと答えるシッチンに、ロロシュは何かを思い出したように手を打った。

「あ~!首を切られた侍従頭の幽霊が出るって噂の屋敷か!」

「そっそれです!!」

「なんだ。お前レイスは平気だったじゃねぇか。幽霊が怖いのか?子供かよ」

 怖がるシッチンを、ロロシュは面白がって揶揄っている。

「まッ魔物なら倒せますけど、幽霊は倒せないし、呪われるかもしれないじゃないですかっ!あの屋敷は危険です!」

「幽霊など、魔物に変じなければ無害でしょう。騎士たる者がなんです。噂ごときに惑わされ恐れるとは、自覚が足りませんよ」

 不貞腐れたように口を尖らせるシッチンに、マークは騎士の鏡らしく叱責している。

「ですが!自分は見たんです!」

 マークの叱責にもめげず、シッチンは言い募った。

「はあ? 何言ってんだお前」

「自分は入団の際、先輩から度胸試しだと言われて、この屋敷に連れてこられたんです」

 どうやらシッチン達は、入団した時に先輩に当たる騎士達から、悪巫山戯の洗礼を受けたらしい。

「その時同期も一緒にあの屋敷は入ったんです。そしたら、・・・笑い声が聞こえてきて、花瓶とか、額縁とかが一人でに飛び回って・・・・灰色のモヤみたいなのが同期の体を包んで・・・そうしたら、そいつが泡を吹いて倒れて・・・5日も熱を出して寝込んだんです。その後体調が戻らなくて、騎士団も辞めてしまって・・・」

 だから、あの屋敷の幽霊は、そっとしておかなきゃいけない。俺たちに何かあったらどうするのか、屋敷に入ってはダメだ、と力説している。

 シッチンは自分が怖いからと言うより、俺たちの事を本気で心配しているようだ。

「お前の言いたいことは分かった。だが他に選択肢はない」

「ですが、閣下」

「問題は無いから安心しろ」

 不安そうなシッチンの肩を叩き、俺は先頭を切って屋敷に足を踏み入れた。

「お~!確かに雰囲気あるなぁ」

「少し体が重くなった気がしますね」

 荒れ果てた玄関ホールを抜け、奥へ続く廊下を、気の進まない様子のシッチンの背中を押しながら、ロロシュが面白がっている。

 外から見られるのを避けるため、最低限足元を照らすだけの小さな灯りを魔法で灯し、窓から入ってくるのは、月明かりではなく、魔法陣の毒々しい紫色の光だけだ。

 半開きになっている、応接間の扉の前を通り過ぎた時、何処からか嗄れた笑い声が聞こえてきた。

「こっこれです!!」

「おぉ~マジかよ」

「本当に聞こえてきましたね」

 顔を引き攣らせ慌てふためくシッチンと、面白がっているように見える、マークとロロシュ。

 その後ろで、子供を抱いて口の端を引き上げて様子を見守っているクレイオス。

 因みにクレイオスが抱いている子供は、漆黒のドラゴンを、クレイオスが人型に変じさせたものだ。

「でっ?この後物が飛び回ったのか?」

「そうです!自分が来た時、笑い声はホールで聞こえました」
 
「ふーん。悪戯にしては手が込んでますねぇ」

「そうだなっ?」

「危ない!!」

 ロロシュ目掛けて、床に落ちていた肖像画が飛び、ぶつかる寸前でマークが切り捨てた。

「本当に飛びやがった・・・」

「糸で吊っては居ないようですね」

 驚きを隠せないロロシュの足下から、肖像画の残骸を拾い上げたマークが、額縁の表裏をまじまじと調べている。

「もういいか? 通路の入り口はこの先の物置にある」

『顔色ひとつ変えんとは、流石だのう』

 クレイオスは、この状況が面白くて仕方がないようだ。

 その後も、壺やら椅子の残骸やらが、次々と飛んできたが、マークとロロシュは淡々とそれらを斬り伏せ、俺は腕で弾いて先に進んだ。

 廊下の突き当たりを左に折れ、ホールの階段下に当たる物置の扉を開けると、灰色のモヤが襲いかかるように噴き出してきた。

「閣下!!危ない!!」

 前に飛び出してきたシッチンが、俺を庇い飛びついてきた。

 レン以外の人間を抱き止める気などない俺は、飛びついてくるシッチンを腕で払いのけ、モヤに包まれた。

「あぁ!!閣下!!」

「うるさい。静かにしろ」

 動揺し叫び声を上げるシッチンを黙らせた俺は、指を鳴らしてモヤを消し去った。

「はあ?・・・閣下、ご無事で・・・」

「幽霊も逃げ出すってか? すげ~な」

「流石は閣下」

 頓珍漢な感想を漏らす3人に、溜息しか出てこない。

「はあ~~~。お前達まさかと思うが、本気で幽霊を信じているのか?」

 マークとロロシュは顔を見合わせ、シッチンは尊敬に瞳を輝かせ、ぶんぶんと頷いている。

「幽霊などおらん。行くぞ」

 惚けた顔の3人に構わず、物置に入った俺は、奥の用具入れを横にずらし、壁のレンガを押して通路の入り口を開いた。

「幽霊は居ないって、断言してっけど、なんか知ってんのか?」

「お前の頭は、飾りか何かか?」

「はあ? なんだよ」

「もういい」

 知っていることがあるなら教えろ、と食い下がるロロシュを無視し、全員が通路に入った所で、通路の入り口を閉め直し、魔灯を頼りに皇宮への道を歩き出した。

「あっ! そう言うことですか」

 暫くして、黙って後ろを付いて来ていたマークが口を開いた。

「なんだよ?」

「あの幽霊ですよ」とマークが説明を始める。

 マーク曰く、あの屋敷の主人は首を切られて死んだ。直系は家を追い出されたが、某系の誰かが相続を願い出るかもしれない。または売りに出される可能性もある。しかし屋敷には皇宮への秘密通路がある。信用できる者しか住まわせられない上に、取り壊すなどもっての外だ。
 ならばどうするか。
 建物はそのままに、人が近寄らないようにすればいい。

「じゃあ、あの幽霊は仕込みか?」

「そう言うことでしょう?」

 背中に問いかけるマークの声に、俺は肩を竦めて見せただけだ。

「じゃあ・・・奴が熱を出して、辞めて行ったのは」

「騎士になるには肝が細過ぎた、と言うことでしょうね」

「なんだ・・・そうだったんだ」

 シッチンは、安心と失望が綯い交ぜになった声を出した。

 マークの考察はほぼ正解だ。
 あの屋敷に仕掛けを施し、幽霊の噂を流させたのは俺だ。
 だが俺が報告を受けていたのは、ホールで笑い声が聞こえる仕掛けだけだ。
 物が飛んだり、モヤが人を襲うような仕掛けは聞いていない。

 当時屋敷の仕掛けを任せていた部下が、面白がっていたから、後から付け足したのだろう。

 しかし、人を目掛けて物を飛ばしたり、モヤで襲わせたり、屋敷に入った時に魔力を吸われた感覚があったから、侵入者の魔力を利用した魔法なのだろうが、面白いことを考えたものだと感心した。

 ◇◇

 後日、件の屋敷の仕掛けを担当した部下に話を聞いたが、笑い声以外の仕掛けは施していないと言っていた、世の中には不思議なこともあるものだ。

 ◇◇

 秘密通路を皇宮に向けて進んで来たが、懸念したような待ち伏せはなかった。

 ヴァラクがこの通路の存在を知らなかったのか、俺達が死んだと油断しているのかは不明だが、不要な戦闘を避けられたのは僥倖だった。

 しかし・・・・・。

「・・・・・」

「閣下?」

「先に進まねぇのか?」

 バングルの地図は、レンが近く成る程詳細になって行く。
 
 今レンが居るのは・・・・。
 第一騎士団の詰所の地下牢獄。
 
 皇家の人間や、高位貴族が収監される牢獄だった。

 レンの拉致に、母上が関わっているのだろうか。
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