上 下
202 / 527
ヴァラクという悪魔

神ではなく

しおりを挟む
 俺が感傷に浸っていようが、魔物が遠慮してくれる訳もなく。
 倒れた柱、崩落した天井の瓦礫、朽ちた石像の残骸、荒れ果てた神殿の其処彼処の影から、魔物が湧く様に現れた。

 神殿内に入れぬからと、人型をとったクレイオスは、呪具を始末する為に体力温存だと言い、魔物の処理も俺たちに丸投げだ。

「はあ? 急ぎだって言ってんだから、旦那のブレスで一掃すりゃ良いじゃねぇか」

『・・・・其方の部下も我に対して遠慮がないの? これは其方の教育か?』

「ここにいる全員の考えを、代弁しているだけだぞ?」

『ふむ・・・よいか?上物がいくら壊れようと構わんが、魔素と繋がる泉を破壊は出来ん。我が攻撃したら、塵も残らんであろう?あれを魔素と繋ぎ直すのは、骨が折れる故、其方らに頑張ってもらうしかないな?』

「ケッ、自分の身~くらいは自分でなんとかしろよな」

『無論だ。しかし遠慮がないどころか、なかなか失礼な蛇だの?』

「気にするな。ロロシュのそれは、元からだ」

「こっちは命懸けなんだぞ?!もっと労われ! つ~か助けろ!!」

 土壁でグリフォンの攻撃を回避しながらロロシュが叫んだ。
 ロロシュには暗部の統括としての役割が有る為、そこまで強さを求めては居ないが、副団長の座にある以上、マークと同等とまでは言わないが、もう少し頑張ってもらいたい。

 一方マークは、うちに秘めた鬱憤を魔物にぶつけているらしく、周囲に浮かぶ氷塊の数が尋常ではない。

 獣化が解け、美貌の貴公子に戻ったマークは唇に酷薄な笑みを浮かべ、魔物に向けて、氷の矢や槍を、容赦なく打ち込んでいる姿は、まるで物語に登場する氷の精霊の様だ。

『あれはあれで、恐ろしいものがあるの・・うむ、あっちの子供の動きは良いぞ、将来が楽しみだ』

 クレイオスのお墨付きを貰ったシッチンは、幼い頃から討伐に慣れているだけあって、取り零しの始末や、マークやロロシュの支援など、周りをよく見ている。

 何年かして、もう少し実力が上がれば、将校への昇進は間違いないだろう。

『しかし、これだけの魔物相手に、其方は顔色一つ変えんな』

 人型になって、表情が皆無の相手に言われたくないな。

「慣れだ」

『慣れで魔法を乱発しながら、散歩でもする様に歩けるものか?』

 眼前に飛び出してくる魔物に魔法を飛ばしながら、俺たちは並んで歩いているのだが、誰の為に進路を確保していると思っている?

「戦いながら部下に指示を出し続ければ、誰でも出来る様になるだろ?」

『誰でもでは無いと思うが、其方をそうさせた原因が我の失敗りかと思うと、申し訳ない気分だの』

 表情が無さすぎて、本心なのか判断できんな。
 これなら、ドラゴンの姿でいた方が分かり易い。

「そう思うなら、今度は失敗るな」

『全回復とはいかんが、ここの呪具を破壊すれば、そう易々と瘴気に囚われる事も無いだろう』

 そう言いながら、クレイオスは腕の一振りで、アラクネを吹き飛ばした。
 これだけの強さがあって、何故ヴァラクに遅れをとり、自力で石化を解けなかったのだろう。

『瘴気は恨みの塊だ、我やアウラとは相性が悪くての、ミーネに逃げ込んだのも悪手だった』

 クレイオスとアウラの力が光なら、瘴気は影だ、とクレイオスは言った。

 光が強ければ、その分影は暗く濃くなり、 どんなに明るく照らそうと、砂粒の下でも影は出来る。
 影を消し去る事は不可能なのだと。

 そしてミーネの神殿は、クレイオスが創り出した空間の中にある。

 ミーネは、魔素の流れの要になる場所で有り、泉さえ守れれば良い他の神殿と違い、朽ちるに任せる事が出来ず、空間維持と神殿に掛けられた保護魔法は、地下を流れる魔素とクレイオスの魔力を吸い上げることで、成り立っているのだそうだ。

 通常なら、クレイオスも神殿に長く留まる事はなく、魔素の流れを調節し、空間維持に必要な魔力を込めたら、直ぐに神殿を離れて居たらしい。

 それが瘴気による攻撃を受け、弱ったクレイオスは、石化で神殿を離れられなくなり、魔素を使い魔力を回復した側から、神殿に力を吸い取られてしまったのだと言う。

 回復の為に空間を閉じたクレイオスが、大量の魔素と魔力を使用したことで、空間維持の魔力が枯渇し、回復する側から神殿がクレイオスの魔力を吸い上げる、と言う悪循環に嵌ってしまったのだ。
 
 空間を閉じた所為で、アウラが介入することも出来なくなり、ほぼ無防備な状態のクレイオスは、ヴァラクによって、魂を封印されると言う、不名誉な事態に陥ったのだそうだ。

『ヨシタカを始めとする、愛し子達がアウラの力を届けてくれたが、皆レン程の力を持つことが出来なんだ』

「何故だ?」

『皆魔力の保有量は多かったのだ、しかし、レン程巧みに魔法を操る事が出来なくてな』

 確かにレンは誰に教わるでも無く、自力で魔法を体得して居た。
 初めて指先に水球を発現させた時の、嬉しそうな顔を思い出して、泣きたくなる。

『魔法と言うものは、いかに具体的に、その効果をイメージできるかが肝だ。其方は必要に迫られて、レンは豊かな想像力によって、限界と言う線引きが無いのであろうな』

 クレイオスの言った事は正しいのだと思う。無意識でも限界を定め、諦めた時点で俺も部下も生き残れなかっただろう。

『お陰で、面白い程道が開けて、楽が出来たわ』
 
 カラカラと笑い声を上げたクレイオスは、泉の中から魔法で呪具を浮かび上がらせ、灰も残さず呪具を燃やし尽くした。

「浄化しなくてよかったのか?」

『浄化はの、魂を救う事と同義だ。恨みに凝り固まった人の心を解すのは骨であろう?今は刻がない故、情けを掛けてはおられんからな』

「消された瘴気はどうなる?」

『魂ごと消滅し、輪廻の輪には戻れんな』

「・・・レンはそのことを知っているのか?」

『知らぬであろう。だが聡い娘ゆえ、何かを察しては居るであろう』

 だからこそ、あれ程必死に浄化をしたのだろうな。

『そこの蛇。浄化の魔晶石を持って居ろう?泉に一つ二つ投げ入れておけ』

「へいへい。どなた様も人使いの荒い事で」

『何を言うておる、浄化をせねば、困るのは其方たちの同胞ぞ?」

「原因を作ったのは、どなた様だったかなぁ?」

 ロロシュ、よく言った。
 次の戦闘では助けてやるからな。

『ヴッ!   其方達は、我が神の眷属だと認識しておるか?』

「してるからの扱いですよ。あなた達に遠慮していると、いいように使われて、損をするだけだと理解しました。さあ、用が済んだのなら、レン様を助けに行きますよ」

 踵を返したマークは、怒りも露わにプリプリと廃墟から出て行った。

『我とて、罪滅ぼしに頑張っているのだぞ?もう少し敬ってくれても良いのではないか?』

「マークはレンに剣を捧げた騎士だ。番よりもレンを優先する稀有な存在だからな、あの程度で済んでよかったと思え」

『・・・今代の愛し子は、人に恵まれたようだ。以前の愛し子達は、力を利用とする者ばかりが寄って来て、皆苦労して居た・・・ヨシタカが心を開いたのが、シルベスターの小倅と、ヴァラクの二人だけだったのは皮肉ではあったがな』

 レンを神殿から遠ざけ、俺の膝元に囲い込んだのも、強ち間違いではなかった様だ。

「行くぞ」

『其方も、我に冷たいの』

 表情がないくせに、しょげているのがわかると言うのは厄介なものだ。

「クレイオス、神としてのあんた達を俺もマーク達も許せないだろう。だから俺たちの前では、神の眷属である事は忘れた方がいい」

『そうか・・・そうであろうな』

 創世のドラゴンが、力無く俯くとは・・。
 本当に面倒だ。

「・・・だが、志を同じくする仲間として、友人としてなら許せる事もある」

 クレイオスはハッとした様に顔を上げ、俺はそれに構わず、さっさと歩き出した。

『友、何億年ぶりに聞く言葉か・・・ふむ、悪くない』

 
 お前の為じゃないぞ。
 レンが神の孤独を憂いて居たからだ。
 レンの為だと覚えておけよ。
 
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

獅子の最愛〜獣人団長の執着〜

水無月瑠璃
恋愛
獅子の獣人ライアンは領地の森で魔物に襲われそうになっている女を助ける。助けた女は気を失ってしまい、邸へと連れて帰ることに。 目を覚ました彼女…リリは人化した獣人の男を前にすると様子がおかしくなるも顔が獅子のライアンは平気なようで抱きついて来る。 女嫌いなライアンだが何故かリリには抱きつかれても平気。 素性を明かさないリリを保護することにしたライアン。 謎の多いリリと初めての感情に戸惑うライアン、2人の行く末は… ヒーローはずっとライオンの姿で人化はしません。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。 そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!? 貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!

【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪

奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」 「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」 AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。 そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。 でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ! 全員美味しくいただいちゃいまーす。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

処理中です...