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ヴァラクという悪魔

脱出

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「では閣下、愛し子は私が頂きます。あなたは贄の役目を、しっかり果たしてくださいね」

 ヴァラクは邪悪に染まった笑みを浮かべ、その体をレン共々瘴気で包み込み、床の中へ溶けていく。
 
 絶望にのたうち回る俺の心情を察してか、ヴァラクは ニイィ と下卑た笑いを浮かべた。 

「無様だな」

 そう言い残し とぷん と音立てレンを捉えたヴァラクは、何処かに消えてしまった。
 
 残されたヨシタカが、レンが落とした刀を拾い上げた。

 マーク達に取り囲まれた事も気に留めず、ヨシタカは破邪の刀に触れ、浄化された己の手から、金色の光が溢れるのを、首を傾げて不思議そうに見ていた。

「レン様をどこに連れて行った!?」

「閣下とクレイオスを解放しろ!!」

 3人とも叶わぬ相手だと理解しているだろう。
 だが、それでも俺を助けようとしてくれている。

 俺には過ぎた部下達だ。

 ヴァラクの幻惑魔法に引っかかり、むざむざと番を奪われた俺が、お前達に助けられる価値など有るのか?

 必死の形相を浮かべる3人を一顧だにせず、ヨシタカは淡々とレンの刀をベルトに差し込み、湧き上がった瘴気の中に溶けて消えてしまった。

「クソっ!! どうすりゃいいんだよ?!」

「閣下!すぐに助けますから!」

「に・・・にげ・・・ろ」

「はあ? あんた馬鹿なのか? どこに逃げんだよ。ここはヴァラクが作った空間だぞ?」

「ロロシュ!! 今はそんなことを言っている場合ですか?!」

「副団長!」

「なんだっ!」

「逃げるなら、クレイオス様を助けるのが先かと」

「んなこたぁ分かってんだよ。その助け方が分からねぇんじゃねえか?!」

「ですが。閣下の刀はレン様とお揃いですよね? お揃いなら瘴気も消せるんじゃないですか?」

 おずおずと話すシッチンの肩を、ロロシュがガバリと掴んだ。

「でかした!ザカリアス・シッチン!! 帰ったら褒美をやる。何がいいか考えとけ!」

「はい!!」

「てぇ訳だ。後で揃いのもん触ったとか文句言うなよな」

 コイツ、俺の事をなんだと思っているんだ?
 
「ロロシュ」余計なことは良いですから。早くしないと魔法が発動してしまいます」

 ケルベロスの唾液が床を溶かし、俺たちがあれだけ暴れ回ったにも関わらず、床に描かれた魔法陣が消える事はなかった。

 剰えあまつさえヴァラクを倒す事も出来ず、それどころか、俺とクレイオスの魔力が、魔法発動のエネルギーとして使われてしまったのだ。

 今この瞬間に発動してもおかしくはない。

「おっと、そうだった」

 軽い調子で破邪の刀を引き抜いたロロシュは、態度とは逆に慎重な様子で、俺を絡め取っている瘴気を刀身でなぞって行った。

 拘束が解け、床に倒れ込んだ俺に回復薬を押し付けたロロシュは、刀を片手にクレイオスの所へ走って行った。

 クレイオスの拘束の方が、より強力だったのか、クレイオスの解放は俺よりも時間がかかったが、無事に自由を得た様だ。

『やれやれ。石化の次は瘴気とは・・・我も耄碌したようだの』

「クレイオス様、こちらを」

 マークが差し出した回復薬をクレイオスは繁々と眺め『回復薬は初体験だ』と呟いている。

「閣下、立てますか?」

「・・・あぁ。問題ない」

 レンを奪われた。
 問題があるに決まっている。
 
「クレイオス様。直ぐに脱出できますか?」

『この回復薬の効果は抜群だの。いつでも良いぞ』

 そう言うとクレイオスは『其方も参れ』と部屋の隅で蹲っている,漆黒のドラゴンに呼びかけた。

 クレイオスの呼びかけに、ドラゴンはよちよちと足を引きずって近寄ってきた。

「怪我をしているのですか?」

『いや。この幼体は狭いところに閉じ込められておった様でな、足も弱く、無理に飛ばされて羽も痛めておるのよ』

 それを聞いて、大神殿の地下に有る、魔素湖の辺りほとりに転がっていた檻を思い出した。

 このドラゴンがあの檻に入れられていたのだとすれば、体が萎えて当然だ。

 レンが聞いたら心を痛めそうだ。

 レンを思うと、心臓が冷たい手で掴まれた様にギュッと縮こまるのを感じた。

 番が恋しくて、からっぽの腕が冷たく冷えて、胃の腑が捻じ切れそうだ。

『この幼体は我が抱えて行く。其方達も早く乗るのだ』

 クレイオスが言い切る前に、魔法陣の光が増し、まるで生きているかの様に怪しく拍動し始めた。

『始まった。急げ!』

 こんな地下で元の姿に戻って、どうやって外に出るのか、と言う疑問は直ぐに解消された。

 俺たちを背に乗せ、腕に漆黒のドラゴンを抱えたクレイオスが、天井目掛けてブレスを放ったのだ。

 地下深く、かなりの距離を下って来たはずだが、クレイオスのブレスはそんな事は物ともせず、分厚い岩盤ごと吹き飛ばした。

 ぽっかりとあいた穴からは、陰気臭く曇った空がのぞいていた。

「すっげ~!降りてくる時、硬そうな岩盤とか有ったのに、かっけ~なぁ!!」

 ブレスの威力に、シッチンは素に戻って大興奮だ。

『何を言っておる。ここは魔素で作られた空間だ。硬い岩盤など存在せぬわ』とクレイオスは満更でもなさそうな声を出していた。

 クレイオスは羽ばたきもせず、ジャンプだけで空に飛び出し、ヴァラクの城が小さくなったところでマークが口を開いた。

「召喚陣は全て破壊されている筈です。どうやって脱出するのですか?」

『空間を裂くのだ』

「そんなこと出来んのかよ?」

『其方は見た目通り、疑い深いの。まぁ見ておれ』
 
 またブレスか。と身構えたが、クレイオスは両手で抱えていたドラゴンを左手に移し、右手で創り出した光玉を空へ放り投げた。

 フワフワと飛んでいった光玉が、何もない空間にペタっと張り付くと、じわりと染み込んで裂け目を創り出した。

『どうだ、簡単であろう?』

 これを簡単と言えるのは、神の領域に踏み込んだ者だけだろうな。

 空間の裂け目に飛び込む時、地上で蠢く魔物が目に入った。

 魔物達も、異変に気付いている様だ。

 召喚陣が破壊され、行き場を失った奴等は、永劫の時をこの陰気臭い空間に閉じ込められるのだろうか。

 元の空間に戻ったとして、魔法は発動してしまった。

 俺達だってどうなるかからない。

 だが俺は生きてレンを迎えに行き、俺の手で番を取り戻さなければならない。

 それにやられっぱなしで黙って居られるほど、俺の性分は大人しくないからな。

 あのニヤケた面に一発お見舞いして、吠え面をかかせてやる。

 クレイオスの開けた空間の裂け目を、潜り抜けると、そこは見慣れぬ場所だった。

 今は魔獣の森と呼ばれている、シルベスター侯の居城の名の由来となった、バイスバルドが見当たらない。

 代わりに見えるのは、万年雪を抱いた山脈だった。

「ここは、アミーか?」

『マイオールだが、アミーの方が近い』

「アミーなんか、山ばっかで人も碌に住んでねぇだろ?」

「そうですね。魔法の影響がどれほどなのか確認は難しそうです」

「あの~副団長とアーチャー卿はなんでそんなに落ち着いてるんですか? さっきまでマイオールにいたと思ったら、こんな離れたところに来てるんですよ?」

「お前なぁ。あそこは異空間で幻惑魔法まで掛けてあったんだぞ?クレイオスの旦那があんだけバサバサ飛び回って、元の場所にいる訳ねぇじゃねえか」

「あっ!なるほど。了解です」

 シッチンは若い分浅慮なところもあるが、素直な良い奴だ。

 教えた事の飲み込みも早い。
 ロロシュとは正反対に見えるが、こう言うところを気に入っているのだろうな。

「クレイオス、マイオールまでどのくらい掛かる?」

『其方達に気を使えば三刻だな』

「使わなければ?」

『20ミン。その代わり身体強化と防護結界は必須だぞ?』

「では、最速で頼む」

『・・・・』

 空に浮くクレイオスは、飛ぶ方向を変えるでもなく、押し黙ってしまった。

「どうした?」

『アミーには、我の神殿がある。其方らが急いでいるのは理解しているが、近くに来た事だし、神殿の呪具を破壊したいのだ』
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