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ヴァラクという悪魔

ヴァラクの世界5

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「本当に、お菓子につられましたね」

「スゲーなちびっ子。冗談みてぇだ」

「異界ではケルベロスの弱点が、お菓子と音楽なのは有名な話なんです」

 俺がケルベロスを切り伏せると、部屋の隅に避難していたレン達は、防護結界の向こうで互いの手を叩き合い、俺の勝利を喜んでいる。

 一方、自らが傑作だと評したケルベロスが、俺に傷一つ負わせる事もなく、あっさり倒されたのが信じられないのか、ヴァラクは玉座の前で仁王立ちとなり、怒りにブルブルと震えていた。

「これで終いか?」

「ふざけた真似を!!」

 ヴァラクが叫び、同時に召喚陣から魔物が溢れ出して来た。

 この召喚陣は、召喚者のヴァラクを倒さねば消す事は出来ない。

 防護結界から出たマーク達も戦いに加わり、魔法が飛び交い、剣を振って魔物を薙ぎ倒す大混戦だ。

 目の端でレンの安否を確認すると、結界に近づく魔物を、クレイオスが魔法で撃ち倒し、レンの浄化の光が金色に輝いている。

 魔物を屠りながら、ジリジリとヴァラクに近づいて行く。

 それに気付いたヴァラクが、ヨシタカと共にいるドラゴンへ、俺達を攻撃する様に命じたが、漆黒のドラゴンは、面倒くさそうに頭を擡げ、俺達を一瞥すると再び床に伏せてしまった。

 ドラゴンの不服従に怒ったヴァラクはドラゴンを何度も足蹴にした。
 しかし厚い鱗に覆われたドラゴンは、蹴られたくらいでは何も感じないのか、レンの方へ視線を向けたまま動こうとはせず、怒り狂ったヴァラクが、瘴気で作った鎖をドラゴンに巻き付かせ、締め上げた。

 締め上げられたドラゴンもさすがに苦しいらしく、鋭い牙を覗かせて、苦鳴を上げ始めた。

「ヴァラク!!お前の相手は俺だ!!」

 俺は別にドラゴン好きでは無いし、街を破壊したドラゴンを庇うつもりもない。
 ただ自分の思い通りならないからと、暴力を振るう、見苦しい雄が気に入らないだけだ。

 同じように、叫んだクレイオスには別の理由があった様だ。

『やめよ!! しれ者め、幼子に何をする!!』

 クレイオスの叫びは、咆哮となって魔物を一掃し、同時にヴァラクをも吹き飛ばし、背後の壁に叩きつけた。

 咆哮が起こした暴風が治ると、漆黒のドラゴンがヨタヨタと足を引き摺りながら、クレイオスとレンの方へ歩き始めた。

「なんだよ。出来んなら最初から助けてくれりゃ~いいじゃねぇか」

 とロロシュはクレイオスにぼやいているが、彼らと我らは違うのだ
 例え似た姿をしていようと、生きる時間も価値観も、何もかもが違う、まったく別の生物なのだ。

 何を助け、何を切り捨てるのか。
 そもそもの価値基準が、俺たちとは全く異なるのだから、文句を言ったところで、通じるものではないだろう。

 これは、この一年近く、レンと共に過ごすことで骨身に沁みていることだ。

 クレイオスのように、多少なりとも手を貸してくれるだけ、アウラよりもましだろう。

 しかし、あのドラゴン、ヴァラクが飼っているのだろうに、壁の前で呻いている飼い主よりも、レンの事ばかり気にしているな。

 それに愛し子だったヨシタカが、ヴァラクに虐げられるドラゴンを庇うどころか、目を向けようともしないとは・・・。

 そもそも瘴気の詰まった目に、何が見えているのか・・・。

 ヨシタカは死んだ。
 これは紛れもない事実だ。
 
 玉座の脇で、起こした上半身をゆらゆらさせているのは、器はヨシタカだが中身は全くの別物。

 唯の傀儡だ。

 だが・・・遠い先祖とは言え、ヨシタカは俺の身内だ。

 魂のない抜け殻だが、身内の体を好き勝手に使われるのは面白くないし、600年以上傀儡とされてきたヨシタカを、伴侶のもとへ返してやりたい。

 俺の私欲でレンに負担を掛けたくはないが、浄化をすればヨシタカの体を取り戻すことができるだろうか。

 しかし俺は、すべての民の盾として生きてきた帝国の騎士であり、今は、愛し子の守護者であり、唯一の番だ。

 騎士として、盾として。
 なにより、愛し子の番として。
 優先すべきは、ヴァラクの討伐。

 あれは既に人ではない。
 魔物以下の邪悪な存在だ。

 一片の情けも必要ない。

 その時俺の頭の中で声が響いた。

 "邪魔者を排除しろ"

 ・・・・そうだ。
 コイツは邪魔だ。
 コイツが、ヴァラクさえ居なければ
 俺達は・・・幸せになれる

 俺の口から無意識に雄叫び上がり、獣化で増した筋肉が、さらに膨れ上がった。 

 床を蹴り、壁に縋り立ち上がるヴァラクの前に降り立った俺は、刃物のように鋭く尖った爪で、諸悪の根源に襲いかかった。

 騎士ならば、剣を持って戦うべきだ。

 だが、この時の俺は、こうする事が正しいのだ、と信じて疑わなかった。

 いや、それ以外の選択肢を思いつかなかった。

 獣の本能が命ずるがまま、うすら笑いを浮かべるヴァラクに襲いかかった俺は、拳を振い、床に叩きつけたヴァラクの襟を掴み、玉座から魔法陣の上へ投げ飛ばした。

『愚か者!!幻惑魔法に気付かんのか!?』

「アレク!!ダメッ!!」

 遠くで誰かが俺を呼んでいる気がする。

 しかし、今は眼前敵の完全排除に集中しなければ・・・・。

 放り投げたヴァラクを追い、床一面に描かれた魔法陣の中央に降り立った。

「グッ?・・・グアアァーーーー!!」

 視界が真紅に染まり、無理矢理魔力が引き出されていく。

 逃れようにも、瘴気に絡め取られて指一本動かせない。

「はっ! ハハハ・・・・ッ!!」
 
 赤く歪んだ視界で、ヴァラクが腹を抱えて笑っている。

「何が最強だ。 剣を振るしか脳のない、愚かなケダモノめ!!」

「グウゥ・・・」

 俺が傷つけた体から、瘴気がモアモアと漏れ出し、嘲笑うかのように渦を巻いていた。

「皇族だ大公だと気取ったところで、獣は獣だ。これから起こる事を、そこで指を咥えて見ているがいい」

「アレクッ!!」

「閣下!!」

 レンとマークが放った魔法が、ヴァラクを捉えたが、奴は片腕一本で全てを相殺してしまった。

「アレクを放しなさい!」

「ふう。今代の愛し子は誠に気が強い。もっと慎みを持つべきだとは思わないか?」

 小馬鹿にして話す間も、レンの魔法は止まらない。

 そして一際大きな火球をヴァラクが腕で弾いたと同時に、炎の中からクレイオスが飛び出し、ヴァラクの腕を掴んだ。

『もう止めんか。 其方が恨んでいるのは我等であろう。これ以上人の子らに手出しをするな』

 数瞬の間睨み合った二人だが、ヴァラクは唇を歪め、太々しい笑いを浮かべた。

「嗚呼、神とは傲慢なものだ。愛も恨みも全てが自分達のものだと思っている」

『其方、何を・・・』

「私の心など、貴様らに分かるものか!!」

 ゴウッ!!

 唸りをあげ、瘴気がクレイオスに襲い掛かり、その姿を覆い尽くしてしまった。

 瘴気がクレイオスを拘束すると、俺と同じ様に魔力を吸い取っているのか、足元の魔法陣の光がさらに強くなった。


「クレイオス様!!」

「ちびっ子! 下がれ!!」

 ロロシュの静止も聞かず、刀の柄に手を置いたレンが、一直線に駆けてくる。

 駄目だ。
 レン逃げろ。

「二人を放せ!!」

 レンの初撃はいつだったか、練武場でロロシュの剣を斬ったものだった。

 その鋭い攻撃を、ヴァラクは躰を反らす事で、難なく躱してしまった。

 その後に続くレンの舞うような連撃も、ヴァラクはユラユラと体を揺らして躱していく。

「剣筋はヨシタカに近いか? だがヨシタカに比べると、子供の児戯だ」

「黙れ、サイコパス!!」

 気合い一閃、レンの繰り出した攻撃がヴァ ラクの肩を捉えた。
 だが、本物の血肉を持たないヴァラクの体からは、赤い血潮の代わりに瘴気が流れ出しただけだった。
 
 しかし、レンが握っていたのは、クレイオスの破邪の刀だ。

 ヴァラクの肩は、俺の爪が付けた傷の様には塞がらず、流れ出た瘴気が浄化され、サラサラと立ち昇っていく。

「面倒な物を・・・」

 そう言うとヴァラクは瘴気でレンの細い腕を絡め取り、ギリギリと締め上げていった。

「ううっ」

 カラン

 痛みに,顔を歪めたレンの手が、刀を放してしまった。

「レン様っ!!」

 マークの悲痛な叫びが聞こえる。
 
 マーク達3人は、ヨシタカによって足止めされていた。
 
 ヴァラクの言った通り、ヨシタカの腕は達人の域に達しているようだ。
 
 マークとシッチンの剣も、ロロシュの暗器も全く歯が立たない。
 3人が放った魔法も、刀一本で切り裂いてしまっている。

 焦る気持ちとは裏腹に、指一本動かせない俺は、ギリギリと奥歯を噛み締め、魔力を吸い取られ、霞む意識を保つのが精一杯だった。

「ヨシタカ」

 瘴気でレンを絡め取ったヴァラクが呼ぶと、マークの剣を跳ね上げたヨシタカが、滑るようにこちらに向かってくる。

 その背中に追い縋るマークの氷槍を、ヨシタカは振り向きざまに切り落とし、ヴァラクの元へ戻ってきた。

「では閣下、愛し子は私が頂いていきます。あなたは贄の役目を、しっかり果たしてくださいね」
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