上 下
192 / 527
ヴァラクという悪魔

魔獣の森4

しおりを挟む
 眼前にノコノコ現れたオークの群れを、エンラの爪で蹴散らし、剣を振るって薙ぎ倒していった。

 だが魔物が放つ不穏な気配が、広大な森を覆い尽くしている。
 そして3個師団を投入しているにも関わらず、魔物の気配が途切れることがない。

 俺達も直ぐに別の魔物と戦闘になるだろう。

 今は騎士達の士気も高く、其処彼処から騎士があげる雄叫びや鬨の声が聞こえている。

 しかし絶え間ない戦闘は体力だけでなく気力も削ぐ。
 人は体力が尽きても、気力さえ有れば剣を握ることが出来るが、気力が尽き心が折れると、そこで終いだ。

 一刻も早く核を見つけ、無限に湧いてくる魔物を止めなければ。

「クレイオス!核は何処だ?!」

『もっと東・・・いや南か?』

「巫山戯てるのか?!」

『この状況で巫山戯られる者がおったら、尊敬に値するな?』

「おい!!」
 充分ふざけてるだろうが。

『ほれ、新手だぞ?』

 クレイオスに言われるまでもなく、魔獣が近づいてきていることは分かっている。

「クソッ!」
 
 今度はグレートウルフか!
 生息域も縄張りもお構いなしだな。

「第2中隊かかれ!!第3から第5、索敵と警戒!!」

 声を張り上げ、部下に指示を出す俺に構わず、クレイオスは、初めてとは思えないほど巧みな手綱捌きで、ブルーベルの横に並び、レンに話しかけてきた。

 俺は部下達の動きを目で追いながら、レンとクレイオスの話しに聞き耳を立てた。

『のうレンよ。其方はどう見る?』

「そうですね・・・そこら中から濃い瘴気を感じます。瘴気溜まりがあちこちにある様です」 

『ふむ。他には?』

「天幕でもお話ししましたが、これまでの瘴気溜まりは、呪具で無理矢理作られたところがほとんどで、湧いた魔物もどこかに転移させていました。その転移先がここだと思います」

『ふむ』
 組んだ腕の右手で顎を摘むクレイオスは、親が子を導くように、レンを導いている様に聞こえる。

「ですが、これまでシルベスター侯爵は、ここで大規模な魔物の群れに遭遇していないので、魔物はどこかに隠されていたのではないでしょうか」

『どこに隠されていたと思う?』

「これだけ広い森なので、もっと数がすくなければ、森の奥に隠すこともできたでしょう。でもイマミアで召喚された、サハギン以上の数の魔物を森に隠すことなんて不可能です」

『ここまでは悪くない、続けよ』

「ヴァラクはクレイオス様の真似をしたのだと思います。ミーネのクレイオス様の神殿の様に、別の空間を創りそこに魔物を隠していた」 

『魔物はどうやって呼んでいる?瘴気溜まりか?』

「いえ・・・召喚魔法です。瘴気溜まりだと、魔物が生まれるまで時間がかかりすぎます。なので瘴気溜まりは召喚陣から目を逸らす為のデコイ・・囮じゃないでしょうか」

『おしいな。半分正解だ』
 そう言って、クレイオスはレンの頭を撫でた。

 悔しい事に、俺はクレイオスの手を跳ね除けることが出来なかった。
 だが、レンがちょっと嬉しそうにしているから、今回は見逃す事にする。

『其方の言う通り、その召喚陣が核となる。が、瘴気溜まりにも召喚陣はあるだろう。その方が其方の目を欺き易い』

「・・・では、瘴気の薄い所にある陣が本物でしょうか?」

『概ね正解だ。魔物がいる以上、瘴気が薄いとは思えんが、その陣を破壊すれば、魔物の出現は止まるだろう。だがここで問題が一つある。分かるか?』

「・・・召喚陣の先の亜空間にヴァラクが居る」

『これは正解だ。そしてそこが帝国に描かれた魔法陣の要でもある。我であれば召喚陣を辿り、彼奴の創った空間に数人なら連れて飛ぶことは出来よう。だがそこは、彼奴が掻き集めた魔物で溢れかえっておるだろう』

 俺とレンを等分に見つめるクレイオスは、俺たちの覚悟を問うているようだ。

「俺とあんたが居れば、師団を引き連れていく必要も無いだろう?」と、俺が肩を竦めて言えば、レンも「私も覚悟はできています」
 と胸の前でふんすと両手の拳を握っている。

『其方らはでかいからの、我の背に乗せられるのは5人までだ。人選は王に任せる』

 王と言われて、誰のことかと首を傾げていると、クレイオスの『其方の事だ』と呆れられてしまった。

 だが俺は皇弟で大公であって、王ではない。
 そう反論すると、クレイオスは『間違いなく其方は樹海の王であろうよ』と言い返された。

「その樹海の王とはなんなのだ?」

『ふむ・・・伝承が伝わっておらんのか、詳しい説明は面倒だから後だ。ただ愛し子の伴侶に相応しい強き獣人だと思っておれ』

「なるほど?」

『分かったら、早く連れていく者を決めよ。この先はもっと魔物が増える故、今のうちに決めてしまえ』

 クレイオスに急かされたが、連れていく者はもう決まっている。
 マーク・ロロシュ・シッチンのレンがメインパティーと呼ぶ3人だ。

 ロロシュとシッチンよりも腕の立つ騎士はいくらでも居るが、詳しい事情を知っている者を連れていく方が、何かと便利だ。

 そうは言っても、さらに危険な目に遭わせるのだ、本人達が行きたくないと言うかもしれない、意志確認は重要だ。

「ーーーーーーと言うわけだ。今回は拒否権を与える。嫌なら無理にとは言わない。付いてくるか?」

 簡単に事情を説明し、付いて来るかどうかは、本人達に任せる。

「閣下。私はレン様の専属護衛です。置いて行かれては困ります」

「・・・そうか。お前達はどうする?」

 ロロシュとシッチンに目を向けると、互いの顔を見た二人は揃ってニヤリと笑って、こちらに向き直った。

「何言ってんだあんた。この世で閣下のそばより安全な場所なんてねぇだろ?行くに決まってんじゃねぇか」

「ロロシュ!言い方!」

 いつも通り、マークに叱られるロロシュの横で、シッチンもブンブンと頷いている。
 理由はどうあれ、意志の確認は済んだ。

『決まったな?周りが騒がしくなって来た、移動するぞ』

 俺たちが話している最中も、魔物の攻撃は続いていたが、今は連れている人数が多いお陰で話をする余裕がある。

 まぁ。俺とマークは時々、魔法を飛ばして部下を支援していた訳だが、ロロシュは自分にはできない芸当だと、若干落ち込み気味だ。

「場所はわかるのか?」

『さっきレンの話を聞いていなかったのか?瘴気溜まりは囮だ。レンが浄化に手間取ればその分時間が稼げる。必要なのは魔物の流れの感知だ。それなら其方にも分かるだろう?』

「・・・西だな?」

「東じゃねぇのかよ?」

『西で正解だ。其方は蛇のくせに感知が下手だの?』

「感知は得意な方なんだけどな」とロロシュが落ち込んでいる。

 俺が何か言っても、全く気にした様子を見せないロロシュがだ。

 ロロシュはクレイオスの前ではあまり口を開かない・・・これは、爬虫類同士の序列とか畏敬の念の違いか?

 普段ならロロシュの方が感知は上手いし、
 確かに東にも、大きな魔物の気配がある。
 だが、口では説明できないが、西の違和感の方が強いと感じる。

 俺が正解を引き当てたのは、魔物との戦闘経験の差だろう。

 西への移動は、襲ってくる魔物を蹴散らしながら、各中隊長を呼び、今後の計画を説明し他の大隊長への伝達も指示した。
 少人数で、敵の本丸に突入することに懸念を示したものもいたが、最終的には“閣下だから仕方ない”と言われてしまった。

 俺としては不本意な言われようだが「みんなアレクを信頼してるのね」とレンに言われると悪い気がしないから不思議だ。

 目当ての召喚陣に近づくと、ショーンが率いる大隊が戦闘中だった。

「ショーン!! ショーンはいるか?!」

「閣下?」

 気付いて寄ってきたショーンは、戦闘中で伝言を聞いて居なかった。改めて計画を説明すると、ショーンは微妙な顔をしたが反対はしなかった。

「俺たちが中に入ったら、召喚陣を破壊しろ。他にも同じ物がある筈だ。見つけ次第破壊するんだ」

「しかし、閣下が戻れなくなるのでは?」

「問題ない」とクレイオスに視線を向けると、ショーンも「ああ、なるほど」と納得していた。

「すぐに戻れるかは分からん。召喚陣の破壊と討伐が済んでも俺が戻らなければ、シルベスター候の指示に従うように」

「ハッ!ご無事の帰還をお祈りいたします。ご武運を!」

「お前もな」

 ショーンの肩を叩いて送り返し、直属の第一大隊に号令を叫んだ。

「偃月陣!!」

 偃月陣は指揮官が先頭になり、敵に突っ込んでいく陣形だ。もっと小規模な戦闘や、練度の低い兵を率いているときに使う物だが、今の俺達にはこの陣形で充分だろう。

 合図の角笛が鳴り響き、騎士達が隊列を組み替えていく。

「勝利は我らと共にある!!進め!!」
 
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

獅子の最愛〜獣人団長の執着〜

水無月瑠璃
恋愛
獅子の獣人ライアンは領地の森で魔物に襲われそうになっている女を助ける。助けた女は気を失ってしまい、邸へと連れて帰ることに。 目を覚ました彼女…リリは人化した獣人の男を前にすると様子がおかしくなるも顔が獅子のライアンは平気なようで抱きついて来る。 女嫌いなライアンだが何故かリリには抱きつかれても平気。 素性を明かさないリリを保護することにしたライアン。 謎の多いリリと初めての感情に戸惑うライアン、2人の行く末は… ヒーローはずっとライオンの姿で人化はしません。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。 そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!? 貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪

奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」 「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」 AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。 そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。 でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ! 全員美味しくいただいちゃいまーす。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

処理中です...