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ヴァラクという悪魔

魔獣の森1

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「久しぶりにこの絵を見るが、以前は気付かなかったが、こうして二人と見比べると本当によくにているなぁ」と侯爵も感心している。
 
 肖像画に描かれたヨシタカとその伴侶の当主は、俺とレンに生写しだ。

 ヨシタカはレンと性が異なるからか、体付きはレンの様になよやかでは無いし、喉仏も有れば顎の線もしっかりしているように見える。
 当主の方は逆に、俺の様に顔も身体も厳つくは無く、どちらかと言うと、獣人の割に優男に見える。

 俺たち二人とは、確かに別人だ。
 だがその顔は・・・・。

「先祖がえりって、本当に有るんですねぇ」

 感心するような声にレンを見ると、俺の番は特に疑問を感じた様子も無く、ただ瞳を煌めかせているだけだった。

「せんぞがえり?」

「えっと・・・両親にはあまり似ていないのに、曽祖父さんにそっくり、とか叔父さんと瓜二つみたいな感じです」

「あぁ、そう言う・・・それだと、レンとヨシタカは同じ血筋になるな?」

「そっか。でも、無いとは言い切れませんよ?私の祖父母の家系は、何方もかなり古くから続いているそうですし、昔は子沢山な家も多かったですから、家系図に載ってなくても、ものすごく遠くの親戚ってことは有りますよね?」

「レンの家系も古いのか?」

「はい。物置に昔の甲冑とかも有りましたし、なんでも大本は藤原氏らしいので・・・1400年前くらい前まで遡れるらしいです」

「1400・・・凄いな」

「そうですねぇ。でもそれって祖父母が言ってるだけなんですよね。確かに古い家柄ではある様でしたが、別に名家ってわけじゃ無くて、うちは庶民だったので、どこまで本当かは分かりませんよ?」

「そこで嘘をつく理由がないだろう?」

「私の国は、90年くらい前に戦争に負けて、国土が焼け野原になったことがあるんです。そうなると証拠もありませんから、言ったもん勝ちでしょ?」

「まぁ確かにな」

 祖父母を疑うのはどうかと思うが、レンは今時のニホンジンで家系を気にするのは、よっぽどの名家だけだ、自分の様な庶民が気にするのは、家柄より人柄だと笑っていた。

「偶然にしては出来過ぎている気もしますけど、世の中には同じ顔をした人が、3人いるって言いますし。私とヨシタカ様が遠い親戚で顔が似ているから、アウラ様が私を見つけたのかもしれませんね?」

「ふむ」

 俺はこの肖像を見て、運命的なものを感じたのだが、レンは俺よりもドライと言うか、割り切った物の考え方をするらしい。

 まぁ、俺の感情は俺だけのものだからな。
 俺が運命だと思っていれば、それで良いのだろう。

 それよりも気にすべきはヴァラクだ。

 ヴァラクは、墓を暴く程ヨシタカに執着していた。そのヴァラクが、ヨシタカに瓜二つなレンに対して何も思わぬ筈がない。

 嗚呼本当に、全ての方が着くまで、レンを何処かに閉じ込めて、隠してしまいたい。

 唯でさえ、騎士達がレンに向ける恋慕の視線に、悋気玉が疼いて仕方が無い。
 それに執着の鬼のヴァラクまで加わるのかと思うと・・・・。

 レンは元から美しく愛らしい人だったが、ここ最近、益々その美しさに磨きが掛かって、これが同じ人か?と思う程だ。

 この美しく愛らしい人が、醜男だと蔑まれて来た俺の物なのだと自慢したい反面、レンに恋慕の視線を送る輩の目を抉り取り、誰の目にも触れないように隠してしまいたい。

 こんな面倒ごとが起こらず、婚姻の準備だけに専念できていれば、こんな醜い嫉妬心を抱かずに済んだのだろうか。

 国の大事を前に、指揮官たる俺が、こんな狭量な事ばかりを考えていると知ったら、レンに呆れられ、愛想をつかされてしまうかも知れない。


「アレク、あれが魔獣の森?」

「あ? あぁ、そうだ」

 煩悶とする俺の心を知らぬレンは、前方に広がる森を指さし少し身を乗り出した。

「レン危ないぞ」

 ブルーベルから落ちないように、細腰に腕をまわすと、レンは緊張した顔で振り向いた。

「どうした?」

「お願い、ここで止まって。クレイオス様と相談しなきゃ」

 どうやらレンが何かに気づいた様だ。
 
 先乗りで陣を敷かせようと率いてきた、5個大隊の行軍を止めさせたレンは、止める間も無くヒラリとブルーベルから飛び降りて、クレイオスの乗る馬車へと走っていった。

 クレイオスも何かに気付いて居たのか、レンが近寄ると、声をかける前に内側から扉が開かれ、差し出された手を取ったレンは、スルリと馬車の中に吸い込まれた。

 扉は開いたままだから、誤解を生む様なことは何も無いが、それでも胸の中がモヤモヤする。

「そんな顔すんなら、閣下も話を聞きに行けば良いだろ?」

 なんでコイツは、いつもいつも・・・・。
 俺を煽るのはそんなに楽しいか?

「うるさい、今行く所だ」

「あ~、さいですか」

 ほんとに、コイツだけは・・・・。

「そう言えば、お前、結界をマークに任せっきりだな? もう少し鍛錬した方がいいのじゃないか?」

「うっ」
 
「なに、特別に俺が付き合ってやるから、直ぐに上達するはずだ。安心しろ?」

 そんなに顔を引き攣らせて、目を背けるくらいなら、初めから煽りに来るなよ。
 お前は子供か?

「そうやって、黙らせようとするのは大人気ねぇし、汚ねぇぞ」

「お前がガキなだけだろ?」

「ハイハイ。レン様は今大事なお話をされてるのですよね?少し静かにしましょうね?」

 なんだ、その仲裁の仕方は?

 マークお前、最近レンに話し方が似て来たんじゃないか?

 マークに小言を言われるロロシュを置いて馬車に近づくと、少し青ざめた真剣な顔のレンと、鷹揚な態度で話を聞くクレイオスの姿が見えた。

「陣を敷くなら、これ以上は近づかないほうが良いですよね?」

『森の中を見るまでもない』

「やっぱり・・・猶予はなさそうですね。全軍を呼び寄せたほうがいいでしょうか?」

『そうだな。偵察はして居たのであろうが、瘴気が見えぬとは面倒な事よ』

「どう言うことだ?」

「あっアレク。直ぐに全軍を森に来させるように、お城の侯爵様に連絡してください」

「それは、構わないが」

「森の瘴気の量がおかしい。多すぎるんです。こんなの初めてで・・・」

「俺には何も見えないが」

 そう言うと、クレイオスは俺の胸にあるアミュレットに視線を移した。

『愛し子の力を付与していても、借り物の力では離れた場所の感知は出来まい。部下を守りたくば、愛し子の言う通りにせよ』

 クレイオスの言葉に、レンは膝に置いた手をギュッと握り、力を入れた関節が白くなっている。

 これは相当拙い事になっているらしい。 

「俺も見える様には出来ないのか?」

『人が愛し子と同じものを見て、無事でいられるとでも?』

「なっ!?」

 レンが見ているは、それほど酷い物なのか?

『侯爵の騎士達が見回りをしていると言っていたが、無事か?』

「特に問題があったとは、聞いて居ないが」

『であれば、彼奴が我らに気付いて動き出したと言う事だろう。魔物が押し寄せるまで時は無い。急がせよ』

「それ程か?」

『大波の様に、森から魔物が溢れてくると思え』

「分かった」

 俺はクレイオスに頷いて、レンに手を差し伸べると、その手を取った指先は冷え切っていた。

『森の中に。核になる場所がある。そこを叩かねば、魔物は止まらぬと考えよ』

「了解した・・・」

『どうした?急がぬか』

「いや。魔物が溢れる前に、中に入って、核を叩いた方がいいのでは?」

『それでも我は構わぬが、そうなると隠れようが無いだろうな。となればどんな魔物が出てくるかも分からん状態で、先に入った者へ、魔物の大軍勢が押し寄せるわけだが、其方、勝算はあるか?』

「・・・いや。言ってみただけだ」

 騎士達に魔物を引き付けさせ、囮にせねばならないのか・・・・。

 この戦いで散る命が、一人でも少なくなるよう、願うしか無いとは・・・・。


 俺はなんて無力なんだ。
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