上 下
188 / 551
ヴァラクという悪魔

魔獣の森1

しおりを挟む
「久しぶりにこの絵を見るが、以前は気付かなかったが、こうして二人と見比べると本当によくにているなぁ」と侯爵も感心している。
 
 肖像画に描かれたヨシタカとその伴侶の当主は、俺とレンに生写しだ。

 ヨシタカはレンと性が異なるからか、体付きはレンの様になよやかでは無いし、喉仏も有れば顎の線もしっかりしているように見える。
 当主の方は逆に、俺の様に顔も身体も厳つくは無く、どちらかと言うと、獣人の割に優男に見える。

 俺たち二人とは、確かに別人だ。
 だがその顔は・・・・。

「先祖がえりって、本当に有るんですねぇ」

 感心するような声にレンを見ると、俺の番は特に疑問を感じた様子も無く、ただ瞳を煌めかせているだけだった。

「せんぞがえり?」

「えっと・・・両親にはあまり似ていないのに、曽祖父さんにそっくり、とか叔父さんと瓜二つみたいな感じです」

「あぁ、そう言う・・・それだと、レンとヨシタカは同じ血筋になるな?」

「そっか。でも、無いとは言い切れませんよ?私の祖父母の家系は、何方もかなり古くから続いているそうですし、昔は子沢山な家も多かったですから、家系図に載ってなくても、ものすごく遠くの親戚ってことは有りますよね?」

「レンの家系も古いのか?」

「はい。物置に昔の甲冑とかも有りましたし、なんでも大本は藤原氏らしいので・・・1400年前くらい前まで遡れるらしいです」

「1400・・・凄いな」

「そうですねぇ。でもそれって祖父母が言ってるだけなんですよね。確かに古い家柄ではある様でしたが、別に名家ってわけじゃ無くて、うちは庶民だったので、どこまで本当かは分かりませんよ?」

「そこで嘘をつく理由がないだろう?」

「私の国は、90年くらい前に戦争に負けて、国土が焼け野原になったことがあるんです。そうなると証拠もありませんから、言ったもん勝ちでしょ?」

「まぁ確かにな」

 祖父母を疑うのはどうかと思うが、レンは今時のニホンジンで家系を気にするのは、よっぽどの名家だけだ、自分の様な庶民が気にするのは、家柄より人柄だと笑っていた。

「偶然にしては出来過ぎている気もしますけど、世の中には同じ顔をした人が、3人いるって言いますし。私とヨシタカ様が遠い親戚で顔が似ているから、アウラ様が私を見つけたのかもしれませんね?」

「ふむ」

 俺はこの肖像を見て、運命的なものを感じたのだが、レンは俺よりもドライと言うか、割り切った物の考え方をするらしい。

 まぁ、俺の感情は俺だけのものだからな。
 俺が運命だと思っていれば、それで良いのだろう。

 それよりも気にすべきはヴァラクだ。

 ヴァラクは、墓を暴く程ヨシタカに執着していた。そのヴァラクが、ヨシタカに瓜二つなレンに対して何も思わぬ筈がない。

 嗚呼本当に、全ての方が着くまで、レンを何処かに閉じ込めて、隠してしまいたい。

 唯でさえ、騎士達がレンに向ける恋慕の視線に、悋気玉が疼いて仕方が無い。
 それに執着の鬼のヴァラクまで加わるのかと思うと・・・・。

 レンは元から美しく愛らしい人だったが、ここ最近、益々その美しさに磨きが掛かって、これが同じ人か?と思う程だ。

 この美しく愛らしい人が、醜男だと蔑まれて来た俺の物なのだと自慢したい反面、レンに恋慕の視線を送る輩の目を抉り取り、誰の目にも触れないように隠してしまいたい。

 こんな面倒ごとが起こらず、婚姻の準備だけに専念できていれば、こんな醜い嫉妬心を抱かずに済んだのだろうか。

 国の大事を前に、指揮官たる俺が、こんな狭量な事ばかりを考えていると知ったら、レンに呆れられ、愛想をつかされてしまうかも知れない。


「アレク、あれが魔獣の森?」

「あ? あぁ、そうだ」

 煩悶とする俺の心を知らぬレンは、前方に広がる森を指さし少し身を乗り出した。

「レン危ないぞ」

 ブルーベルから落ちないように、細腰に腕をまわすと、レンは緊張した顔で振り向いた。

「どうした?」

「お願い、ここで止まって。クレイオス様と相談しなきゃ」

 どうやらレンが何かに気づいた様だ。
 
 先乗りで陣を敷かせようと率いてきた、5個大隊の行軍を止めさせたレンは、止める間も無くヒラリとブルーベルから飛び降りて、クレイオスの乗る馬車へと走っていった。

 クレイオスも何かに気付いて居たのか、レンが近寄ると、声をかける前に内側から扉が開かれ、差し出された手を取ったレンは、スルリと馬車の中に吸い込まれた。

 扉は開いたままだから、誤解を生む様なことは何も無いが、それでも胸の中がモヤモヤする。

「そんな顔すんなら、閣下も話を聞きに行けば良いだろ?」

 なんでコイツは、いつもいつも・・・・。
 俺を煽るのはそんなに楽しいか?

「うるさい、今行く所だ」

「あ~、さいですか」

 ほんとに、コイツだけは・・・・。

「そう言えば、お前、結界をマークに任せっきりだな? もう少し鍛錬した方がいいのじゃないか?」

「うっ」
 
「なに、特別に俺が付き合ってやるから、直ぐに上達するはずだ。安心しろ?」

 そんなに顔を引き攣らせて、目を背けるくらいなら、初めから煽りに来るなよ。
 お前は子供か?

「そうやって、黙らせようとするのは大人気ねぇし、汚ねぇぞ」

「お前がガキなだけだろ?」

「ハイハイ。レン様は今大事なお話をされてるのですよね?少し静かにしましょうね?」

 なんだ、その仲裁の仕方は?

 マークお前、最近レンに話し方が似て来たんじゃないか?

 マークに小言を言われるロロシュを置いて馬車に近づくと、少し青ざめた真剣な顔のレンと、鷹揚な態度で話を聞くクレイオスの姿が見えた。

「陣を敷くなら、これ以上は近づかないほうが良いですよね?」

『森の中を見るまでもない』

「やっぱり・・・猶予はなさそうですね。全軍を呼び寄せたほうがいいでしょうか?」

『そうだな。偵察はして居たのであろうが、瘴気が見えぬとは面倒な事よ』

「どう言うことだ?」

「あっアレク。直ぐに全軍を森に来させるように、お城の侯爵様に連絡してください」

「それは、構わないが」

「森の瘴気の量がおかしい。多すぎるんです。こんなの初めてで・・・」

「俺には何も見えないが」

 そう言うと、クレイオスは俺の胸にあるアミュレットに視線を移した。

『愛し子の力を付与していても、借り物の力では離れた場所の感知は出来まい。部下を守りたくば、愛し子の言う通りにせよ』

 クレイオスの言葉に、レンは膝に置いた手をギュッと握り、力を入れた関節が白くなっている。

 これは相当拙い事になっているらしい。 

「俺も見える様には出来ないのか?」

『人が愛し子と同じものを見て、無事でいられるとでも?』

「なっ!?」

 レンが見ているは、それほど酷い物なのか?

『侯爵の騎士達が見回りをしていると言っていたが、無事か?』

「特に問題があったとは、聞いて居ないが」

『であれば、彼奴が我らに気付いて動き出したと言う事だろう。魔物が押し寄せるまで時は無い。急がせよ』

「それ程か?」

『大波の様に、森から魔物が溢れてくると思え』

「分かった」

 俺はクレイオスに頷いて、レンに手を差し伸べると、その手を取った指先は冷え切っていた。

『森の中に。核になる場所がある。そこを叩かねば、魔物は止まらぬと考えよ』

「了解した・・・」

『どうした?急がぬか』

「いや。魔物が溢れる前に、中に入って、核を叩いた方がいいのでは?」

『それでも我は構わぬが、そうなると隠れようが無いだろうな。となればどんな魔物が出てくるかも分からん状態で、先に入った者へ、魔物の大軍勢が押し寄せるわけだが、其方、勝算はあるか?』

「・・・いや。言ってみただけだ」

 騎士達に魔物を引き付けさせ、囮にせねばならないのか・・・・。

 この戦いで散る命が、一人でも少なくなるよう、願うしか無いとは・・・・。


 俺はなんて無力なんだ。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。 そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!? 貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

処理中です...