上 下
187 / 508
ヴァラクという悪魔

真珠の君

しおりを挟む
「やはり、あのように小さいと,体も弱いのか?」

「レンは、そこらの騎士よりも、気力も体力もあります。しかし、治癒や浄化は魔力と体力を使いますから」

「そうなのか。皆、お前の婚約者に会えるのを楽しみにしていたのだが、そう言うことなら仕方がないな」

「無事ことが済めば、いくらでも時間は取れます。我々は遊びに来た訳ではありませんから」

「それはそうだが、もう少し愛想の良いことは言えんのか?お前はリリーシュの腹の中に、愛想と愛嬌を忘れて来たようだな」

「なんとでもお好きなように。それより今のマイオールはどうなっているのですか?」

「うむ・・・」

「マイオールへ入ってから、俺達が保護した避難民は、母上の、クロムウェル領のもの達が殆どでした。侯爵領に入ってから多少は、ましな状態に見えましたが・・・・叔父上からは、魔物が増えたとしか報告を貰っていません。隠していたのですか?」

 侯爵を咎め立てする気は無いが、多少言いがきつくなった、と自分でも思う。
 
 侯爵は、恥じ入るように片手で顔を撫で下ろし、疲れの滲んだため息を吐いた。

「我が領は、それほどの被害は未だ出ていない。しかし他領の被害は大きいようだ」

「正確な状況確認は、出来ていないと?」

「知っての通り、12年前の魔物の被害で、公国の頃からの古参貴族は、没落したり、家門が絶えてしまった家が幾つもある。新興貴族が拝領した所はまだいい。家格を下げられ中央から追いやられた奴等は、俺に反感を持っているものが多くてな。情報共有もままならん」

 命を奪うほどでは無いが、罪を犯していた貴族に、生涯をマイオールの為に尽くす事を条件に、刑を減じたのが仇になっているのか。

「しかし母上は、公爵家の主家筋に当たります。傍系ならともかく、何も言ってこないと言うのはおかしいでしょう」

「あそこの代官は中央からの左遷組だ。リリーシュにも、何度も代官を替えろと言って来た。だがリリーシュの頭の中は、昔からハリー殿の事しかないからな」

「まったくあの人は・・・なら俺に言ってくれれば」

「お前は皇弟で大公だ。自領の管理と騎士団の仕事も有る。家門のことは俺の責任だろう?」

「しかし・・・」

「偉そうなことを言ったが、俺も避難して来る者が出て、初めて被害の深刻さに気付いたのだ。言い訳ではないが、事態が悪化する迄、さほど時は掛かっていない。リリーシュが自領を気に掛けていたとしても、どうにも出来なかったと俺は思う」

 確かに、俺達も後手に回っている。
 それに魔法陣のことは伏せたままだから、人の事を言える立場ではなかった。

「それにな。マシューとジルベールが死んで、マイオール大公の直轄領地は皇家の、ウィリアムの物だ。ウィリアムへ影から報告が行かないはずが無いよな?なのにウィリアムが何も言ってこない方が、俺は異常だと思うぞ?」

「皇都で災害が起きた事は、伝えましたよね」

「確かに聞いた。こんな僻地に居る俺でも皇都の情報が入って来るようになった。ウィリアムが何も知らんとは思えん」

 侯爵の言い分は尤もだ。

 大臣達が思うように動かせない状況だろうが、領主で有る以上、出来ないと言える立場では無いからな。

「ウィリアムには支援物資を送るよう、鳥を飛ばしてあります。皇都の状況次第では、時が掛かるやもしれませんが、昔の様に切り捨てられることは無いでしょう」

「だといいがな」

 なんだ?
 相手はあのウィリアムだぞ?
 そんな皮肉を込めた笑いを、浮かべる必要があるか?

「・・・それと水の汚染についてですが。レンが浄化を付与した魔晶石を持って来ています。水源に魔晶石を入れれば、ある程度の改善は見込めます」

「それは本当か!」

「実はニックスの近くで同じような被害が出ました。事情があってレンが浄化に向かうことが出来なかったので、代わりに浄化を付与した魔晶石を部下に持たせたのです」

「それで首尾は?」

「今の所、問題なく水質が改善されていると報告を受けています」

「そうか・・・愛し子本人が浄化を行う事はできないのか?」

「確かに、レンが浄化した方が確実です。ですが浄化はレンの負担が大き過ぎる。討伐を控えた今、レンに無理はさせられません」

「そうであったな。・・・しかし愛し子とは本当に有難い存在なのだな」

 そう。レンの存在は奇跡だ。
 その分レンが背負う負担も大きい。

「愛し子と言えば、先代の愛し子のヨシタカが、侯爵家に嫁いできたとか」

「なんだ、知らなかったのか?・・・と言っても、リリーシュが昔語をするとも思えんか」

 母上の人生は、親父殿の為にだけある。

 番だからと、仲の良かったマシュー様から、親父殿を奪う事も厭わぬ程に。

 それはこれからも変わらんのだろうな。

「ヨシタカ様は、黒髪に透けるような白い肌をされた、それは美しい方だった。その御容姿から “真珠の君” と呼ばれていたのだ」

「真珠の・・・それなら聞いたことがあります。亡くなられた後、墓が暴かれたと」

酷いむごいことだ」と侯爵は痛まし気に目を細めた。

「真珠の君が亡くなられたのは、四十を少し超えた頃でな、まだ若かったのだ。伴侶を亡くした当主の嘆きは深く、追い打ちを掛けるように、墓が暴かれ亡骸が持ち去られてしまった。当主は手を尽くして亡骸を探したが、見つけることは出来ず、心労から当主も儚くなってしまったのだ」

「なるほど」

 四十前半なら、美しさに翳りも無かっただろう。
 だとしても、ヴァラクはヨシタカの亡骸を奪い、その後はどうしたのだろうか。
 保存魔法を掛け、傍に置き続けているのだろうか。

 ネクロフィリアなのか?
 ・・・まさか死姦したとかでは無いよな?

「真珠の君に興味があるなら、宝物庫に肖像画があるぞ」

「そうですね・・・では明日森に向かう前に、レンと一緒に見たいと思います」

「構わんが、もう森に向かうのか?」

 落ち込んだように見えるのは、レンを構い倒したいからだろう。

「明日は様子を見に行くだけです。魔物が出たら、間引きも出来ますから」

「なんとも忙しないな。一つ確認だが、愛し子に降りた神託に、間違いは無いのだな?」

「ええ、神官とは違いますから。確実です」

「間違いであってくれたら、と思うのは不敬に当たるか?」

「いえ。気持ちは分かりますので」

 食事を終え、テーブルに頬杖をついて考え込んでいた侯爵がふと顔を上げた。

「お前達が連れてきた、あの雄は誰だ?」

 ああ。クレイオスのことか。
 何も知らなければ、怪しい人物に見えるだろうな。

「訳あって名を明かすことはできませんが、あれでも重要な貴人です」

「そうなのか?侍従が言うには、食事はいらない酒を持ってこい、と言われたそうだぞ?」

「そうでしょうね。彼には、酒と果物、あとは甘味を与えておけば問題ありません」

「酒のつまみが甘味?」

 まぁ、侯爵が、引くのも分かる。
 胸焼けしそうではあるからな。

「好みは人それぞれですから」

 侯爵は納得したような、そうで無いような、なんとも微妙な顔で頷いていた。


 翌朝、森へ出発する前に、宝物庫へ案内してくれたのは侯爵だった。

 ただの案内なのだから、家礼にでも命じておけば良さそうだが。

 侯爵は、レンを構いたくて仕方が無いようで、宝物庫に収められた宝物の来歴を、レン相手に諳んじている。

「それで、これがヨシタカ様。真珠の君の肖像だ」

 劣化を防ぐ為、額に掛けられた厚手の布を、侯爵の分厚い手が剥ぎ取った。

 それは、椅子に腰掛けた小柄な人物と、その横に立つ人物二人を描いた、精密な肖像画だった。

 椅子に腰掛けているのがヨシタカ。
 横に立っているのが伴侶の当主だろう。

 しかし、この絵は・・・・。

「ねぇアレク。この絵、私達にそっくりじゃない?」

 レンの言う通り、その絵に描かれていた二人は、俺とレンに生写しだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

私の愛する夫たちへ

エトカ
恋愛
日高真希(ひだかまき)は、両親の墓参りの帰りに見知らぬ世界に迷い込んでしまう。そこは女児ばかりが命を落とす病が蔓延する世界だった。そのため男女の比率は崩壊し、生き残った女性たちは複数の夫を持たねばならなかった。真希は一妻多夫制度に戸惑いを隠せない。そんな彼女が男たちに愛され、幸せになっていく物語。 *Rシーンは予告なく入ります。 よろしくお願いします!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

召喚されたのに、スルーされた私

ブラックベリィ
恋愛
6人の皇子様の花嫁候補として、召喚されたようなんですけど………。 地味で影が薄い私はスルーされてしまいました。 ちなみに、召喚されたのは3人。 2人は美少女な女子高生。1人は、はい、地味な私です。 ちなみに、2人は1つ上で、私はこの春に女子高生になる予定………。 春休みは、残念異世界への入り口でした。

傾国の聖女

恋愛
気がつくと、金髪碧眼の美形に押し倒されていた。 異世界トリップ、エロがメインの逆ハーレムです。直接的な性描写あるので苦手な方はご遠慮下さい(改題しました2023.08.15)

令嬢たちの破廉恥花嫁修行

雑煮
恋愛
女はスケベでなんぼなアホエロ世界で花嫁修行と称して神官たちに色々な破廉恥な行為を受ける貴族令嬢たちのお話。

イケメン幼馴染に処女喪失お願いしたら実は私にベタ惚れでした

sae
恋愛
彼氏もいたことがない奥手で自信のない未だ処女の環奈(かんな)と、隣に住むヤリチンモテ男子の南朋(なお)の大学生幼馴染が長い間すれ違ってようやくイチャイチャ仲良しこよしになれた話。 ※会話文、脳内会話多め ※R-18描写、直接的表現有りなので苦手な方はスルーしてください

処理中です...