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ヴァラクという悪魔

バイスバルト

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 被害報告

 第2騎士団  632名

 重症 6名
 軽傷 多数
 死者 0

 避難民 78名 

 被害無し

 レイスの群れとの戦闘で、この被害数なら上出来だ。

 重症者は、皆同じ班の騎士で、防護結界が苦手な者ばかりだった。

 強固な結界を張ることが出来ず、レイスの攻撃を繰り返し受けた事で、アミュレットのクリスタルと魔晶石が砕け、エナジードレインの餌食になったらしい。

「こうならない為に、支援魔法が得意な者を班に必ず一人は入れて有る筈だが?」

「そうだけどよ。そこはモルローがいた班なんだよな」

「アイツか」

「モルローは、支援魔法の腕だけは良かったからな。この班は人族ばかりでモルローに頼り切りだった。、移動になった奴との連携が上手くいかなったようだ」

 配置の不手際を恥じるどころか、ニヤつくロロシュに、そう言う事かと合点がいった。
 
 移動になった者は、ロロシュの子飼いだろう。 
 モルロー以外の間者を調べさせていたが、炙り出しが終わり、制裁を加えたと言うことだな。

「他への影響は?」

「無い。移動になってからの短期間で、班を丸ごと落とした手際は見事だが、第2は人族が少ねぇから、そこが限界だったみてぇだな」

「後の処理は、お前に任せる」

「いいのか?」

「証拠は揃っているのだろう?」

「まぁな」

 間者はロロシュに使い道が有るなら、好きに使えば良い。
 無ければ無いで、ロロシュが使い道を見つけるだろう。
 其れさえ無いなら・・・考えるのは止めておくか。

 レンには聞かせられない話だが、そのレンは今、戦闘で傷を負った者の治癒に当たっている。
 
 浄化をしたばかりで、大丈夫かと聞いたら、クレイオスの加護のお陰で、全く疲れを感じないと喜んでいた。

 他人を癒すことに、喜びを感じる様な優しい人に、薄汚い話を聞かせずに済んで良かった。

 しばし休憩を取り、今夜の野営の為に場所を移すことにした。

 日暮まで後僅かだが、ここではゴブリンの酷い悪臭が残っていて、休んだ気にはなれないだろう。

 避難民を囲むように隊列を組み、移動を始めると、街道の先に土煙が上がっているのが見えた。

「迎えが来たらしい」

 あの移動速度は、エンラに依るものだ。

「ミユラーさんの?」

「多分な」

 予想通り煙の主は、ミユラーが寄越した迎えだった。

「閣下。遅くなって申し訳ありません」

「構わん。魔物の襲撃を受けた部隊が壊滅したと聞いたが?」

 俺への返答はこうだ。
 最初に迎えに出た侯爵の部隊が、ネクロマンサー、レイスのグールの襲撃に遭い壊滅状態に追い込まれた。
 帰城出来たのは僅か3名。
 その3名を追って来たレイスとグールの群れが、侯爵の城を攻撃したため、迎えが遅くなったとの事だった。

 城を襲ったレイス達の群れは、異常なほど数が多かったが、城の中には侯爵の手勢と、無駄に広い城の敷地内で陣を張る、第2騎士団が居る。

 そして城下町に駐屯する騎士団と、挟み撃ちにしたそうだ。

 あまりの数の多さに討伐に時間は掛かったものの、今は討伐も済み、城下の住民への被害も最小だった為、落ち着きを取り戻しているとの事だった。

「今の侯爵領には幽鬼が多いようだな」

「そのように聞いております」

 幽鬼が多いのであれば、夜間の移動は控えた方がいい。

 翌早朝、迎えに来た3個中隊に避難民を任せ、俺達はシルベスター侯爵が待つ、バイスバルト城へ急いだ。

 そしてやっとの思いで城に着いた俺達を、叔父のシルベスター侯爵が歓迎してくれたのだが・・・・。

「叔父上」

「ん?なんだ?」

「レンを返してください」

 俺が抱いていたレンは、流れるように叔父の手に奪われ、今は猫のように持ち上げられて、足がぶらぶらしている。

「こんな小さくて愛らしい子が、家族になるのだ。もう少しくらい、いいだろう?なあ?」

 馴れ馴れしく声を掛ても、レンの顔が引き攣っているだろ?

 気付けよ!

「レンが困っています。やめて下さい」

「愛らしい番を得ても、お前の仏頂面は相変わらずか?」

「叔・父・上」

「仕方がないなぁ」
  
 声を落として圧を加えると、叔父はさも “困った奴だ” と言いた気に溜息を漏らし、レンを返してくれた。

「大丈夫か?」

「ハハハ・・・リリーシュ様も同じ事をしてましたから」

 乾いた笑いを浮かべているが、それは慣れたと言うことか?
 アルサク城で母上達に、どんな扱いをされたんだ?

「おい。顔が恐ろしいことになっているぞ?」

「・・・元からです」

「まったく。可愛気がないのは変わらんな。まぁいい。お前達も疲れただろう。部屋に案内させるから、晩餐まで風呂にでも入って、ゆっくり休め」

「風呂?水は大丈夫なのか?」

「ああ、問題ない。でかい浴場も作ったんだ。お前達の為に準備させてある」

 しかも、でかい浴場?
 いつからそんな贅沢が出来るようになった?
 
 俺の疑問に気付いた叔父上が、俺の肩に手を置いて顔を寄せると、遮音魔法を掛けた上で、ヒソヒソと耳打ちしてきた。

「実はな、魔晶石の鉱脈を見つけた。埋蔵量はまだ分からんが、かなり良質な物だ。風呂は魔晶石の状態を調べるための試作品だ」

 なるほど、そう言う事か。

「叔父上。おめでとうございます」

 ここで耳打ちして来ると言うことは、ウィリアムへの報告は、未だしていないのだろう。

 ウィリアムがどうこうでは無く、叔父上の中央への不信感は根深い。
 事業を軌道に乗せる前に、横槍を入れられたく無いと言う事だな。

「俺に話して良いのですか?」

「お前は政治、社交どちらにも興味がないからな」

 言い方はあれだが、信頼されていると思って良いのだよな?

 俺達が案内されたのは、落ち着いてはいるが、相変わらず無骨さが全面に出た雰囲気の部屋だった。

 それでもテーブルに置かれた花瓶には野辺の花が生けられている。
 その気取らない花からは、北部の人間らしい、不器用な気遣いが感じられた。

 新設した浴場も、実用性重視で、華美なところは一切なかった。

 それでも野営続きで強張った手足を、暖かい湯の中で存分に伸ばせるのは、贅沢と呼べるだろう。

 魔晶石の鉱脈か・・・・。
 漸くマイオールを建て直せる手段を手に入れ、叔父上も喜んだはずだ。
 それがこんな騒ぎに巻き込まれて、さぞがっかり・・・・・・はしてないな。

 あの人は不屈の人だ。
 この程度で、心が折れるほど柔ではない。

「ふぁ~~っ」

「ん? 眠いのか?」

「温まったら眠くなってきちゃった」

 さっきまで鼻歌混じりで、ご機嫌だったが、流石に疲れが出たか。
 
「では、部屋に戻って少し休もう」

 風呂から出て、身支度をする間もレンは眠そうに目を擦り、抱き上げて部屋に戻る頃にはウトウトし始めていた。

 ベットに寝かせて、額に口付けを落とすと「晩餐の時間になったら起こしてね」と眠そうな声を出した。

 分かった、と黒髪を撫でると直ぐに眠りに着いたようだ。

 唇を薄く開いた、子供のような無防備な寝顔を見ていると、愛しさで胸が切なくなる。

 深く眠るレンを起こすのは忍びなく,晩餐には俺一人で出向いたのだが、叔父上はそれはそれは、残念がっていた。

 叔父上だけではない。
 給仕を担当する侍従までが、レンが晩餐の席に現れなかった事を、露骨に残念がっている。

 叔父上の番は、北部の人間らしい豪快だが我慢強い人だった。
 俺とウィリアムも良くして貰っていたが、長年の無理が祟り、五年前に帰らぬ人となっている。

 二人には子供がいなかった。

 仲の良い二人だったが、魔力の相性だけは合わず、漸くできた子も早世している。

 周囲から再婚話しが幾つも寄せられたそうだが、番を亡くした獣人相手に酷な話しだ。

 寄せられた縁談を全て断った侯爵は、俺かウィリアムの子を養子にして、後継者にすると宣言した。

 しかし、ウィリアムはオルフェウスに愛を誓っているし、俺は俺で伴侶を得ることが絶望的と見做されてきた。

 歴史あるシルベスター家が、今代で絶える事を侯爵と臣下達は覚悟していたようだ。

 そんな俺が、絶世の美貌を持つ愛し子の番となり、後継の希望が出た事で、叔父達は俺以上に浮かれているようだ。
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