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ヴァラクという悪魔

死霊使い

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「閣下。コイツはオレ達が引き受けっから」

 メイジゴブリンとの間に割って入ったロロシュが シッシ と邪魔者を追い払うように手先を振った。

 ロロシュは合図の送り方も、言葉並みに失礼だ。

「閣下は、レン様をお護り下さい」

 隣に来たマークも、ロロシュの態度に苦笑を浮かべている。

 シッチンと他数名が、メイジゴブリンの後ろを取ろうと静かに移動していった。

 一見無防備に見える移動の仕方だが、子供の頃から、ゴブリン討伐に連れ回されただけあって、回り込み方に無駄がない。

 ロロシュに邪魔者扱いされた感は有るが、今はその好意を有難く受け取る事にした。

 レイスの浄化を続けるレンの後ろに控えていると、俺の番は本当に特別な人なのだと感じる。

 レイスが元は人間だったと理解はしていても、その姿と行動の悍ましさに嫌悪感を抱いき、屠るべき対象としか見ていなかった。

 しかし、レンの浄化は慈愛と悲しみに満ちている。

 それは魔物になった彼らにも伝わるらしく、先程と同じように、自ら浄化を望みレンのそばに寄ってくるレイスが何体も居たのがいい証拠だ。

 だが、そんな人間らしい感情の全てを失い、魔物に成り果ててしまったのか、レンの浄化から逃げるレイスも居た。

 人の精神こころが欠片も残っていないのか、この世への未練が強いのかは分からんが、浄化の光から逃げ惑う姿は、浅ましいの一言に尽きる。

 レンは土地に溜まった瘴気ごと浄化しているから、単に居心地が悪いと言うのも理由の一つか?

 襲いかかってくるゴブリンを吹き飛ばしながら、レンの背後を護り進んで行くと、逃げ惑っていたレイスが集まって、その動きをピタリと止めた。

 とうとう観念したかと思う間も無く、レイス同士が互いの首筋に喰らい付き、共食いを始めた。

「嘘っ!!なんで?!」

 レイスの突然の行動に、レンも驚いて浄化の剣舞を止めてしまった。

「レン、下がれ!」

 レンの腕を掴み、華奢な身体をオレの背後へ匿った。

 レイスが共食いをする理由は唯一つ、互いの命を喰い合い、ネクロマンサーになる為だ。

 ネクロマンサーの放つパラライズは防護結界をすり抜ける。
 レイスの精神攻撃とは比較にならない強力な攻撃だ。

 パラライズを受けた者は、恐慌状態を引き起こし暴れ回った挙句、徐々に体が麻痺し、呼吸ができなくなり死にいたる。

 そしてネクロマンサーは、死霊や死体を自在に操る。

 パラライズを受けて死んだ者も、屍食鬼グールへと変じ、ネクロマンサーの操り人形となるのだ。

 此処はマイオール。
 多くの命が戦いによって散って逝った。
 死霊の数など数えきれない。

 それにレンに浄化されたにも関わらず、何故か体だけが残っているゴブリンも少なくない。

 浄化されても死体が残る現象に関しては、後で検証が必要だ。

 が、しかし、今はネクロマンサーが操れる死体が、ゴロゴロしていると言うことが問題だ。

「ネクロマンサーだッ!! ゴブリンの死体を燃やせ!!」

 オレの命令が次々に伝播して行き、彼方此方からゴブリンを焼く悪臭が漂ってきた。

 唯でさえ、ゴブリンは悪臭を放つ魔物だ。
 それが焼ける臭いは、それ自体に毒が有るのでは?と思う程にひどい臭いだ。

 俺の背中に張りつたレンも、咳込んで喉を鳴らし、嘔吐きたいのを堪えている。
 
 俺もただ黙って、レイスがネクロマンサーに変異して行くのを見ていたわけではない。

 団子状態になっている、レイスを引き剥がし、燃やし尽くすために劫火を飛ばした。

 しかし、一足遅かった様だ。

 レイス団子の表面を焼き尽くすことはできたが、中央にいたレイスがネクロマンサーに変異してしまった。
 
「クソッ!!」

 背中のレンを左腕で抱き上げて、マントの中に閉じ込めた。

「アレク、浄化を」

「駄目だ! あれの攻撃は結界をすり抜ける。俺がいいと言う迄、中でじっとしていろ!」

 マントの中のレンは不満そうに「むう~」と唸った。

 レンにはアウラとクレイオスの加護がある。
 だから大丈夫だと言いたいのだろうが、心配なものは仕方が無いだろう?

 それにクレイオスの授けた加護が如何程のものか、ぶっつけ本番で検証すると言うのも心許ない。

 レンはそれを理解したのか、諦めたのか。

 それ以上何かを言うことはなく、俺の胸にピタリと体を寄せて来た。

 愛しい番の温もりに、勇気と闘志を貰った俺は、腰に下げた二本のうち、クレイオスから貰った破邪の刀を抜き、刀身に炎を纏わせた。

 ギイイャァァーーー!!

 変異したネクロマンサーが、ざらついた甲高い雄叫びをあげた。

 「うわぁーーー!!」

 「コイツ燃やしたのにッ!!!」

 その叫びに呼応した、ゴブリンのグールが起き上がったようだ。

 炎に包まれようが、動かせる体がある以上、痛みも熱さも感じない死体が、ネクロマンサーの求めに応じて動き回るのは当然だ。

 討伐慣れしていない若い奴等が、初見で驚くのも無理はないが、あの驚き様は週一の座学をサボっていたな?

 何のために将校達が忙しい合間を縫い、魔物の生態を教えるために教鞭を取ったと思っている?

 弛みすぎだ。
 アイツら皇都に戻ったら、座学詰にしてやる。

 目の前のネクロマンサーは、眼球を失い空になった眼窩を禍々しい赤に光らせ、ガラスを引っ掻くような声を ギイギイ と発し続けている。

 以前は只の鳴き声だと思っていたが、これは死体を操る為の詠唱か、もしかしたらだが、歌っているのかもしれない。

 だとしたら、腕の中のレンの歌声とは雲泥の差だな。

 レンの歌にも浄化の効果がある。
 
 マントの中で俺の胸に身を寄せたレンの歌声は、くぐもって小さくしか聞こえないが、俺の身を案じてくれる優しさが伝わってくる。

 俺も番の優しさに応えなければ。

 先手必勝。

 これ以上、レイスを呼び起こされても面倒だ。

 ネクロマンサーの注意がグールに向いているうちに、方を付けてやる。

 身体強化を掛け、一気に間合いを詰め、炎を纏わせた刀を、ネクロマンサーの肩口に振り下ろす。

 渾身の一撃だったが、ネクロマンサーに紙一重のところで爪で弾枯れてしまった。

「アレク。刀は折れたり曲がったりしやすいから、出来れば攻撃は首を狙うか、硬い骨は避けて、突きでお願いします!!」

 マントの隙間から様子を見ていたのか、レンから戦い方の注意が飛んできた。

「分かった」
 
 ふむ。剣ならその重量で断ち切る方が簡単だが、刀は切れ味はいいが、力でゴリ押しはできんと言う事か。
 これは付け焼き刃でも何でも、レンに刀での戦い方を、教示してもらった方が良さそうだ。

 しかしこの刀、本当に邪を払うのだな。

 俺の一撃を防いだネクロマンサーの爪が、ボロボロと崩れ落ちている。

 この刀なら触れるだけでも、相手を無力化出来そうだ。

 これは畳み掛けるしかないな。

 刀身に纏わせた炎を飛ばし、相手が怯んだ所に追い打ちをかける。
 それをネクロマンサーはゆらゆらと躱し、時には姿を消して、全く違う場所から現れることを繰り返した。

 やり難い相手だが、一度消した姿を現す時に一定の法則がある。
 それさえ分れば、こっちの物だ。

 姿を消したネクロマンサーの次の出現場所に当たりをつけ、出現時の空間の歪みに刀を突き立てた。

 キイャーーーーー!!
 苦鳴をあげたネクロマンサーの胸に、狙い通り、刀が突き立っていた。

 刀が突き通った箇所から、崩壊が始まっているのを確認し、刀を引き抜こうとした時、ネクロマンサーの口がガバリと開いた。

「しまった!!」

 飛び退く俺に、虚な口腔からパラライズが放たれた。

 レンを庇い左半身を引いて、刀を横に倒して身構えた。

 ドンッ!!

 結界をすり抜けるはずの攻撃が、体に当たる寸前で、大きな音を立てて弾き返された。

 その衝撃で、俺の体も後ろに押し下げられたが、それ以外は痛みも何も感じない。

 破邪の刀が攻撃を防いだのかとも思ったが、パラライズが弾かれたのは、伸ばした腕の内側だった。

 これが、クレイオスの加護なのか、歌い続けてくれた、レンの浄化の力なのかは判らなかった。

 しかし重要なのは、俺の番が無傷で討伐を乗り越えたことだ。

 ネクロマンサーが倒れたことで、グール化したゴブリンも灰になり、新たなレイスを呼ばれる事も無かったようだ。

 討伐完了。

 陽が傾き始めた街道に、騎士達の勝利の雄叫びが響き渡った。
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