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ヴァラクという悪魔

襲撃

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 皮肉な事に兵糧が減った分、足の弱い者を馬車に乗せられた事で、距離を稼ぐことができる様になった。

 そして俺だけなら半日、避難民を連れて3日ほどで侯爵領に到着できる位置まで、漸く来ることが出来た。

 兵糧が底をつく寸前ではあったが、なんとか間に合わせることが出来て、一息付けると思ったところで、レイスの群れと遭遇してしまった。

 最悪だ。
 これが魔獣であったなら、食料に出来たかもしれないが、霊体のレイスが相手では、無駄に腹が減るだけだ。

 それにレイスはエナジードレインと精神系の魔法攻撃を仕掛けて来る。

 騎士達は防護結界を張れる者が多いし、レンのアミュレットである程度の攻撃は防ぐことが出来る。

 しかし、避難民はそうはいかない。
 攻撃を受け、暴れられでもしたら厄介だ。

 安全確保と討伐の邪魔にならないように、避難民達を一か所に集めさせ、騎士数名でその周りに結界を張らせ、そのまま警護に当たらせた。

 そこへクレイオスがフラリとやって来た。

『面倒そうな魔物だの?』

「この辺りは戦さの時と、魔物と戦って死んだ者が大勢いる。あれは極限状態で戦い、死んでいった者達の慣れの果てだ」

『ならば恨みは深かろう』
 
 表情は無いが瞼を伏せたその顔は、死んで行った者達を、悼んでいる様に見えた。

『ここの結界は我に任せよ。其方らは存分に暴れて来るが良い』

 その言を受け俺とレンは頷き合い、レイスの群れへと向かって行った。

「何やってんだ!? レイスに剣は効かねぇつってんだろうが!! 魔法で止めを刺せっ!!」

「はいっ!!」

「絶対一人になるなっ!! 班ごとに一体ずつ囲めっ!!」

 結界を張り、部下へ檄を飛ばすマークと並んで、ロロシュが同じく怒号を吠えながら、炎と土魔法を駆使してレイスに攻撃しているのが見えた。

 ロロシュにどやされたシッチンも、必死の形相で火球を飛ばしている。

 アイツ、いつの間に無詠唱を覚えたんだ?

 レイスに斬撃は効果が無く、仕留めるには魔法攻撃が有効だが、氷系の魔法だけは効きが悪い。

 それを踏まえての、役割分担と言った所か。息もあっているし、シッチンも成長している。
 重畳だ。

「ゴブリンだ!!」

「100以上いるぞっ!!」

「ホブゴブリンが3体もいる!!」

 レイスのおこぼれを狙ってか、ホブゴブリンが率いる群れも襲撃に加わっているようだ。

 ゴブリンは殺した者の肉を喰うが、繁殖の為に人を攫いもする。

 動物は繁殖の為にラシルではなく,ラムートと言う苦味の強い果実を食ってから子を作るが、魔物や魔獣は交尾で魔力を掛け合わせるだけで、子をなすことが出来る種が多い。

 しかし、ゴブリン系とオーク系の魔物は、人の腹を借りねば子は成せない。
 なのに繁殖力が異常に強く、妊娠期間も短い。

 攫われた者達は陵辱され、死ぬまで子を産ませられ続ける。
 自分達の大事な人を、死ぬより辛い目に遭わせない為には、ゴブリンやオークがコロニーを作る前に討伐しなければならない。
 コイツらの目撃情報が入ると、その討伐が何より優先される所以だ。

 恐らくこのゴブリン達は、レイスの攻撃を受けた人間を攫うか、食料にするつもりなのだろう。

 魔物同士が共生関係を築くとは、マイオールの魔物事情は想像より、もっと深刻なのかもしれない。

「どうする?」

 レンに問いかけると「レイスから浄化を」と短い返事が返って来た。

 いい判断だと思う。

 避難民はクレイオスが守っている。
 第2騎士団うちにはゴブリンに攫われる間抜けは居ない。

 だがレイスの精神攻撃を受ければ、どうなるかは分からない。
 レンもそれが分かっているから、レイスを優先したのだろう。

 腕から地面にレンをおろし、その周りに防護結界を張る。

 既に集中力を高めていたレンは、クレイオスから貰った刀を引き抜き、大きく息を吸った後、足を踏み出し剣舞を舞い始めた。

 俺はレンの浄化を邪魔してくるゴブリンを排除しつつ、部下達の動きに目を配った。

 今の所、問題は無さそうだ。

 レンの唇が紡ぐ異界の歌が、高く 低く そして静かに染み入るように流れて行く。

 レンの舞う剣舞は、クレイオスの刀を手に入れた後、毎晩練習していたものだが、浄化を乗せた舞は、練習の時とは比べ物にならない程美しかった。

 刀の一振りごとに、レンの衣の袖がフワリと浮かび、外套の裾が花弁の様に開いて揺れている。
 刀身から浄化の光が溢れて、レンの体を明るく照らし周囲へと流れて行く。

 その光に絡め取られた一体のレイスが動きを止め、恍惚としたように空を仰いで、金色の光の粒となって空へと昇って行った。

 レイスが浄化されるのを見たホブゴブリンが、耳障りな叫びをあげた。

 すると騎士達に襲いかかっていた、ゴブリンが一斉にレンへと向かって来た。

「レン様に近づけるな!!」

 誰が叫んだのか知らんが、俺が居るから問題ないのだがな。
 コイツはレンの浄化を見たことがないのかもしれんな。

 まぁ、有り難く受け取っておこう。

「バカっ!! 団長がいるだろうが!!」

「危ないから下がれ!!」

 そうしてくれると、処理が楽で助かる。

 レンの盾になるべく飛び出そうとしたやつの肩を掴んで、他の部下達が引き戻したの確認した俺は、浄化の剣舞を舞いながら進むレンの後ろに付き従い、レンへ寄って来るゴブリンへ雷撃を落とし、風を起こして吹き飛ばしていく。

 吹き飛ばされ、煙を上げて倒れたゴブリンに部下達が止めを刺し、浄化の光に触れたゴブリンも空へと消えて行った。

 歌を紡ぎ、踊り続けるレンに気付いた何体かのレイスが騎士への攻撃を止め、ユラユラと揺れながらレンの元へ集まってきた。

 レンを攻撃するつもりかと身構えたが、どうにも様子がおかしい。
 
 息を切らし、レイスの後を追ってきたマークとロロシュも、困惑しているようだ。

「どうなってんだ?」

「攻撃の意思が無いように見えますが」

「見ていれば分かる。だが油断はするな」

 レイスが寄って来たことで、ゴブリン達の攻撃対象が、レンから騎士へと変わっていた。

 共生関係があろうと、ゴブリンもレイスに命を吸われたくはないらしい。

 ゴブリンと対峙した部下達の怒号が飛び交い、ゴブリンの耳障りな甲高い叫び声と、剣を振る戦いの音で、周囲が一気に騒がしくなった。

 身の程知らずなホブゴブリンが、俺に飛び掛かってきたが、その横面を殴り飛ばすと、すかさずマークが氷の槍で息の根を止めた。

 だが、そんな喧騒の中にあってレンの周りだけは静謐と言って良い程穏やかだ。

 浄化の光に触れた、レイスのボロボロのローブが光を放って溶けて行った。

 すると、レンの周りに集まったレイスが、一体また一体と、レンの足元でまるで騎士の礼をとる様に蹲った。

 あぁ。彼等は悍ましい魔物と成り果てても、騎士だった頃を覚えていたのか・・・。

 蹲るレイスを浄化の光が包み込み、空へと消えて行った。

 光の粒となる寸前、悍ましい筈のレイスの横顔が、過去共に戦い、倒れた騎士の穏やかな笑顔に見えたのは、単なる錯覚か。
 それとも俺の感傷か・・・。

 いや。
 今は感傷に浸っている時ではないな。

 気を引き締めなおし、残ったレイスの元へ進んで行くレンの後を追っていると、横合いからレン目掛けて火球が飛んできた。

結界は張ってあるが、反射的にレンの前に飛び出した俺は、強化した腕で火球を弾き飛ばした。

「メイジゴブリン?」

 何処に隠れてたんだ?

 ただのゴブリンとホブゴブリンは、数頼みの雑魚と言っていい魔物だ。
 しかしメイジゴブリンは、魔法を使えるようになった上位種だ。

 俺達にとっては、メイジゴブリンも雑魚に近い相手だが、メイジゴブリンが生まれて来るためには、相当大きなコロニーが必要になる。

 魔素を吸い上げられ弱った土地で、そんなでかいコロニーが形成されるとは、ヴァラクはマイオールに何をしたんだ?!
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