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ヴァラクという悪魔

マイオールへ

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 ミーネの神殿からマイオールに向けて出発する際、ドラゴンのクーは神殿に置いて行くことになった。

 レンはとても心配していたが、クレイオスが言うには、生まれたばかりの幼体のクーは、クレイオスが力を取り戻すために、不自然なスピードで体を成長させたのだとか。

 クレイオスの魂が抜けた事で、クーは本来あるべき状態に戻るために、眠りに付いたのだそうだ。

『魔素の流れが潤沢な奥の院で眠らせておけば、問題なかろう』

 とクレイオスから説明を受けたレンは、心配しながらも、神殿にクーを置いて行くことに同意してくれた。

 その後のマイオールまでの道程は、概ね順調だったと言っていいだろう。

 ポータルを利用するために立ち寄った、第4管轄のアレナ砦では、到着早々ゲオルグが自分も連れいて行けと騒いでいたが、俺の左腕に座らせているレンに微笑み掛けられると、頬を染めて黙り込んでしまった。

 ゲオルグはバトルジャンキーだが、意外と純情だったようだ。

 俺たちは先を急ぐ身だ。
 アレナ砦は通過点に過ぎない。

 ポータルの準備が出来たとの知らせを受け、ゲートへ向かう途中で、またゲオルグが騒ぎ出したが、今度は俺を指差して、 “こんな可愛い子が、あんたの番なんてあるわけがない!!” とか何とか。

 まったく、俺の教育は不十分だったようだ。これでは純情以前に、ただのお子様じゃないか。

 ゲオルグの失礼な態度に、レンは苦笑を浮かべていたが、醸し出す雰囲気が冷たく、背中がゾクリとした。

 このままだと、レンが本気で怒りそうだ。

またレンが、地味だが酷い願掛けを始める前に、俺はレンを抱いたまま、さっさとゲートを潜ることにした。

 マイオールはいまだに魔物の類の出現率が高く、さらに隣国との睨み合いも続いている地域だ。

 非常時の援軍派遣を考えると、ポータルの設置は必須だが、 “万が一マイオールが落とされたらどうする” と中央の貴族どもの反対の声が多く、二つ手前の領までしか設置ができないでいる。

 いかにも戦場を知らない、貴族らしい考え方だ。
 歴戦のシルベスター侯が打ち倒されたなら、領地の一つ二つ、簡単に攻め落とされるのだ、とは考えられないらしい。

 そんな訳で、ポータルを抜けてからは、北に向けて陸路をいくしかないのだが、その間クレイオスの扱いが面倒だった。

 ヴァラクのドラゴンが街を襲ったと言う噂は、帝国全土に広がっている。
 そこでクレイオスが元の姿で飛び回ろうものなら、騒ぎを大きくするだけだ。

 俺たちはエンラでの移動を薦めたのだが、それに対してクレイオスは『何故、我がトカゲに乗らなければならんのだ?』と断固拒否の姿勢を貫かれてしまった。

 移動速度が落ちる為、馬車は連れて行きたくはなかったが、こうなっては仕方がない。

 嬉々として馬車に乗り込んだクレイオスだったが、早い段階で、一人で馬車に揺られていることに飽きてしまったようだ。

 レンには、こちらの馬車は乗り心地が悪いらしく、すぐに酔ってしまたり、腰を痛めてしまうから、普段は馬車よりも俺と共にブルーベルに乗ることを好む。

 そんなレンを、クレイオスは初中馬車に呼びつけ、異界の話をせがみ、どこから調達しているのか、真昼間からワインをガバガバ飲んでいるらしい。

 それも街や村に入る度、空き瓶の処分を命じられる騎士達が、不憫になるほどの量だ。

 しかしそれだけの量を飲んでも、本人は酔った様子もなくケロッとしている。

「まぁ、あれだよな。元のデカさを考えりゃあ、あんだけ呑んだって酔いはしねぇわな」とロロシュも呆れ顔だ。

「クレイオス様は、お菓子と果物、それからお酒が大好きだってアウラ様も言ってましたよ?八岐大蛇みたいですよね?」

 とレンは笑っているが、創世のドラゴンがただの呑兵衛というのは如何なものだろうか。

 雄たるもの、でかい生き物にはロマンを感じるものだ。
 特に伝説となったドラゴンに憧れを抱く子供多いだろう。
 しかし、その相手が唯の飲んだくれでは、締まらないことこの上ない。

 俺はそんなクレイオスの、飲酒に関することばかりを気にしていたが、より近くで接しているレンには、別の心配事がある様だった。

「どうした? クレイオスに何か言われたのか?」

「いえ・・・あの、呪具にされたクレイオス様の鱗と爪なんですけど、ヴァラクに攻撃されて落ちた物でしょう?」

「あぁ。そんな話だったな」

「その時の傷が、全然治ってないの」

「石化の解除の時、あれだけ治癒魔法を掛けたのにか?」

 レンは心配そうに一つ頷いて、頬に手を当てた。

「早く治したほうがいいから、治癒魔法を掛けましょう、って言ったのだけれど、断られたの」

「ふむ・・・理由は聞いたのか?」

「聞いたのだけど、はぐらかされてしまって」

「そうか・・・・」

 思案気に俯く番の頭をクリクリと撫でると、髪が乱れると怒られてしまった。

 髪を整え結い上げたのは俺だから,すぐに直せると言うと、そう言う問題じゃない、とまた怒られてしまった。

 少ししょげた気分んでいると「折角アレクが綺麗にしてくれたんだから、出来るだけそのままにしておきたいの!」と頬を膨らませる番の、何と愛しいことよ。

 俺が整えたから大事なのか。
 そうかそうか。

 そんな俺達の様子を、馬車の窓から見ていたクレイオスと目が合った。

 クレイオスは無表情のまま、唇の片側を引き上げて、皮肉っぽい笑いの形を作った。

 表情が無いのに、小馬鹿にされているのが分かると言うのも変な話だ。

「治癒の事は、俺からも後で話してみよう」

「そうしてくれる?」と、レンは少しだけホッとしたように見えた。

 俺の番を不安にさせるとは、一体どう言う了見だ?

 その日の夜、野営の準備を終えた俺は、そんな不満を抱えながら、クレイオスの天幕へむかった。

「おい、レンが心配している。何故、治癒を断った?」

『何度も言うが、本当にお前は遠慮がないの?』

「レンを不安にさせるあんたが悪い」

『獣人とは、ここまで面倒な生き物であったか?』

「またそうやって、はぐらかすのか?」

『ふむ・・・実はな、腕の傷には呪いが掛かっておったのよ。ヴァラクとの対峙前に、レンを疲弊させるのも忍び無いと思っての?解呪を試みていたのだが、心配させてしまうとは、可哀想なことをした』

「呪い? 解呪できたのか?」

『ああ。もう問題ない。放っておいても傷は塞がるだろう』

「どうやって解呪したんだ?」

『なに。我が飲んでいた酒のお陰よ。あれはアウラの庭で採れた葡萄で作った酒でな?神聖力が多く含まれておる。酒のお陰でしっかり解呪できたわ』

「それで、一日中ガバガバ呑んでたのか」

『まぁ、他にも方法は有るのだが、どうせなら楽しいほうが良いのでな』

 そんな無表情で本当に楽しんでいたのか?
 信じられん。

『心配もかけたし、今までの礼も有る。其方ちとレンを呼んで参れ。あと杯もだ』

「あんた、まだ呑むのか?」
 
 本当に呑兵衛だな。

『今失礼な事を考えていたな?・・・まあ良い。早くレンを連れて参れ』

 呑兵衛のドラゴンに呆れながらも、俺は言われた通り、レンを呼びに行った。

 レンはマークや他の団員達と、夕食の準備をしていたが、俺の姿を見つけると、弾むような小走りで寄ってきた。

「クレイオス様はなんて?」

「もう問題ないそうだ。直に傷も塞がると言っていたぞ」

 俺の話を聞いたレンは、嬉しそうにパッと顔を輝かせ「よかった」と胸を撫で下ろした。

「クレイオスが呼んでいる。すまないが一緒に来てくれ」

「クレイオス様が?なんだろ」

「さあな。あのドラゴンは表情が読めないからな。何を考えているのか俺にも分からん」
 
 遠征中にクレイオスが望む盃などある訳も無く、近くにあったカップを掴み、レンを連れて子煩いドラゴンの元へ戻った。

 俺からカップを受け取ったクレイオスは、自分の飲んでいたワインをカップの半分ほど注ぎ、俺達に目を向けた。

『其方らに我の加護を授ける。我は、アウラのような加護の授け方は出来んのでな。今からここに我の血を混ぜる故、二人ともそれを飲み干すのだぞ?」

「血を?」

 そんな気持ちの悪い事を、しなければならんのか?

『なんじゃその嫌そうな顔は。ドラゴンの血は万能薬の材料にもなる、貴重な物なのだぞ?」

 そうは言われても、人化した状態だからな。人の生き血を飲むなど、邪法の様ではないか?

「ほんの数滴混ぜるだけだ。あまり嫌がられると、我とて傷つくわ』

 無表情すぎて、まったく傷ついた顔には見えないがな?
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