獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

文字の大きさ
上 下
182 / 598
ヴァラクという悪魔

マイオールへ

しおりを挟む
 ミーネの神殿からマイオールに向けて出発する際、ドラゴンのクーは神殿に置いて行くことになった。

 レンはとても心配していたが、クレイオスが言うには、生まれたばかりの幼体のクーは、クレイオスが力を取り戻すために、不自然なスピードで体を成長させたのだとか。

 クレイオスの魂が抜けた事で、クーは本来あるべき状態に戻るために、眠りに付いたのだそうだ。

『魔素の流れが潤沢な奥の院で眠らせておけば、問題なかろう』

 とクレイオスから説明を受けたレンは、心配しながらも、神殿にクーを置いて行くことに同意してくれた。

 その後のマイオールまでの道程は、概ね順調だったと言っていいだろう。

 ポータルを利用するために立ち寄った、第4管轄のアレナ砦では、到着早々ゲオルグが自分も連れいて行けと騒いでいたが、俺の左腕に座らせているレンに微笑み掛けられると、頬を染めて黙り込んでしまった。

 ゲオルグはバトルジャンキーだが、意外と純情だったようだ。

 俺たちは先を急ぐ身だ。
 アレナ砦は通過点に過ぎない。

 ポータルの準備が出来たとの知らせを受け、ゲートへ向かう途中で、またゲオルグが騒ぎ出したが、今度は俺を指差して、 “こんな可愛い子が、あんたの番なんてあるわけがない!!” とか何とか。

 まったく、俺の教育は不十分だったようだ。これでは純情以前に、ただのお子様じゃないか。

 ゲオルグの失礼な態度に、レンは苦笑を浮かべていたが、醸し出す雰囲気が冷たく、背中がゾクリとした。

 このままだと、レンが本気で怒りそうだ。

またレンが、地味だが酷い願掛けを始める前に、俺はレンを抱いたまま、さっさとゲートを潜ることにした。

 マイオールはいまだに魔物の類の出現率が高く、さらに隣国との睨み合いも続いている地域だ。

 非常時の援軍派遣を考えると、ポータルの設置は必須だが、 “万が一マイオールが落とされたらどうする” と中央の貴族どもの反対の声が多く、二つ手前の領までしか設置ができないでいる。

 いかにも戦場を知らない、貴族らしい考え方だ。
 歴戦のシルベスター侯が打ち倒されたなら、領地の一つ二つ、簡単に攻め落とされるのだ、とは考えられないらしい。

 そんな訳で、ポータルを抜けてからは、北に向けて陸路をいくしかないのだが、その間クレイオスの扱いが面倒だった。

 ヴァラクのドラゴンが街を襲ったと言う噂は、帝国全土に広がっている。
 そこでクレイオスが元の姿で飛び回ろうものなら、騒ぎを大きくするだけだ。

 俺たちはエンラでの移動を薦めたのだが、それに対してクレイオスは『何故、我がトカゲに乗らなければならんのだ?』と断固拒否の姿勢を貫かれてしまった。

 移動速度が落ちる為、馬車は連れて行きたくはなかったが、こうなっては仕方がない。

 嬉々として馬車に乗り込んだクレイオスだったが、早い段階で、一人で馬車に揺られていることに飽きてしまったようだ。

 レンには、こちらの馬車は乗り心地が悪いらしく、すぐに酔ってしまたり、腰を痛めてしまうから、普段は馬車よりも俺と共にブルーベルに乗ることを好む。

 そんなレンを、クレイオスは初中馬車に呼びつけ、異界の話をせがみ、どこから調達しているのか、真昼間からワインをガバガバ飲んでいるらしい。

 それも街や村に入る度、空き瓶の処分を命じられる騎士達が、不憫になるほどの量だ。

 しかしそれだけの量を飲んでも、本人は酔った様子もなくケロッとしている。

「まぁ、あれだよな。元のデカさを考えりゃあ、あんだけ呑んだって酔いはしねぇわな」とロロシュも呆れ顔だ。

「クレイオス様は、お菓子と果物、それからお酒が大好きだってアウラ様も言ってましたよ?八岐大蛇みたいですよね?」

 とレンは笑っているが、創世のドラゴンがただの呑兵衛というのは如何なものだろうか。

 雄たるもの、でかい生き物にはロマンを感じるものだ。
 特に伝説となったドラゴンに憧れを抱く子供多いだろう。
 しかし、その相手が唯の飲んだくれでは、締まらないことこの上ない。

 俺はそんなクレイオスの、飲酒に関することばかりを気にしていたが、より近くで接しているレンには、別の心配事がある様だった。

「どうした? クレイオスに何か言われたのか?」

「いえ・・・あの、呪具にされたクレイオス様の鱗と爪なんですけど、ヴァラクに攻撃されて落ちた物でしょう?」

「あぁ。そんな話だったな」

「その時の傷が、全然治ってないの」

「石化の解除の時、あれだけ治癒魔法を掛けたのにか?」

 レンは心配そうに一つ頷いて、頬に手を当てた。

「早く治したほうがいいから、治癒魔法を掛けましょう、って言ったのだけれど、断られたの」

「ふむ・・・理由は聞いたのか?」

「聞いたのだけど、はぐらかされてしまって」

「そうか・・・・」

 思案気に俯く番の頭をクリクリと撫でると、髪が乱れると怒られてしまった。

 髪を整え結い上げたのは俺だから,すぐに直せると言うと、そう言う問題じゃない、とまた怒られてしまった。

 少ししょげた気分んでいると「折角アレクが綺麗にしてくれたんだから、出来るだけそのままにしておきたいの!」と頬を膨らませる番の、何と愛しいことよ。

 俺が整えたから大事なのか。
 そうかそうか。

 そんな俺達の様子を、馬車の窓から見ていたクレイオスと目が合った。

 クレイオスは無表情のまま、唇の片側を引き上げて、皮肉っぽい笑いの形を作った。

 表情が無いのに、小馬鹿にされているのが分かると言うのも変な話だ。

「治癒の事は、俺からも後で話してみよう」

「そうしてくれる?」と、レンは少しだけホッとしたように見えた。

 俺の番を不安にさせるとは、一体どう言う了見だ?

 その日の夜、野営の準備を終えた俺は、そんな不満を抱えながら、クレイオスの天幕へむかった。

「おい、レンが心配している。何故、治癒を断った?」

『何度も言うが、本当にお前は遠慮がないの?』

「レンを不安にさせるあんたが悪い」

『獣人とは、ここまで面倒な生き物であったか?』

「またそうやって、はぐらかすのか?」

『ふむ・・・実はな、腕の傷には呪いが掛かっておったのよ。ヴァラクとの対峙前に、レンを疲弊させるのも忍び無いと思っての?解呪を試みていたのだが、心配させてしまうとは、可哀想なことをした』

「呪い? 解呪できたのか?」

『ああ。もう問題ない。放っておいても傷は塞がるだろう』

「どうやって解呪したんだ?」

『なに。我が飲んでいた酒のお陰よ。あれはアウラの庭で採れた葡萄で作った酒でな?神聖力が多く含まれておる。酒のお陰でしっかり解呪できたわ』

「それで、一日中ガバガバ呑んでたのか」

『まぁ、他にも方法は有るのだが、どうせなら楽しいほうが良いのでな』

 そんな無表情で本当に楽しんでいたのか?
 信じられん。

『心配もかけたし、今までの礼も有る。其方ちとレンを呼んで参れ。あと杯もだ』

「あんた、まだ呑むのか?」
 
 本当に呑兵衛だな。

『今失礼な事を考えていたな?・・・まあ良い。早くレンを連れて参れ』

 呑兵衛のドラゴンに呆れながらも、俺は言われた通り、レンを呼びに行った。

 レンはマークや他の団員達と、夕食の準備をしていたが、俺の姿を見つけると、弾むような小走りで寄ってきた。

「クレイオス様はなんて?」

「もう問題ないそうだ。直に傷も塞がると言っていたぞ」

 俺の話を聞いたレンは、嬉しそうにパッと顔を輝かせ「よかった」と胸を撫で下ろした。

「クレイオスが呼んでいる。すまないが一緒に来てくれ」

「クレイオス様が?なんだろ」

「さあな。あのドラゴンは表情が読めないからな。何を考えているのか俺にも分からん」
 
 遠征中にクレイオスが望む盃などある訳も無く、近くにあったカップを掴み、レンを連れて子煩いドラゴンの元へ戻った。

 俺からカップを受け取ったクレイオスは、自分の飲んでいたワインをカップの半分ほど注ぎ、俺達に目を向けた。

『其方らに我の加護を授ける。我は、アウラのような加護の授け方は出来んのでな。今からここに我の血を混ぜる故、二人ともそれを飲み干すのだぞ?」

「血を?」

 そんな気持ちの悪い事を、しなければならんのか?

『なんじゃその嫌そうな顔は。ドラゴンの血は万能薬の材料にもなる、貴重な物なのだぞ?」

 そうは言われても、人化した状態だからな。人の生き血を飲むなど、邪法の様ではないか?

「ほんの数滴混ぜるだけだ。あまり嫌がられると、我とて傷つくわ』

 無表情すぎて、まったく傷ついた顔には見えないがな?
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

腹黒宰相との白い結婚

恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道

Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道 周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。 女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。 ※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※

【完結】婚約破棄されたので田舎に引きこもったら、冷酷宰相に執着されました

21時完結
恋愛
王太子の婚約者だった侯爵令嬢エリシアは、突然婚約破棄を言い渡された。 理由は「平凡すぎて、未来の王妃には相応しくない」から。 (……ええ、そうでしょうね。私もそう思います) 王太子は社交的な女性が好みで、私はひたすら目立たないように生きてきた。 当然、愛されるはずもなく――むしろ、やっと自由になれたとホッとするくらい。 「王都なんてもう嫌。田舎に引きこもります!」 貴族社会とも縁を切り、静かに暮らそうと田舎の領地へ向かった。 だけど―― 「こんなところに隠れるとは、随分と手こずらせてくれたな」 突然、冷酷無慈悲と噂される宰相レオンハルト公爵が目の前に現れた!? 彼は王国の実質的な支配者とも言われる、権力者中の権力者。 そんな人が、なぜか私に執着し、どこまでも追いかけてくる。 「……あの、何かご用でしょうか?」 「決まっている。お前を迎えに来た」 ――え? どういうこと? 「王太子は無能だな。手放すべきではないものを、手放した」 「……?」 「だから、その代わりに 私がもらう ことにした」 (いや、意味がわかりません!!) 婚約破棄されて平穏に暮らすはずが、 なぜか 冷酷宰相に執着されて逃げられません!?

婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

転生した世界のイケメンが怖い

祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。 第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。 わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。 でもわたしは彼らが怖い。 わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。 彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。 2024/10/06 IF追加 小説を読もう!にも掲載しています。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

婚約者を親友に盗られた上、獣人の国へ嫁がされることになったが、私は大の動物好きなのでその結婚先はご褒美でしかなかった

雪葉
恋愛
婚約者である第三王子を、美しい外見の親友に盗られたエリン。まぁ王子のことは好きでも何でもなかったし、政略結婚でしかなかったのでそれは良いとして。なんと彼らはエリンに「新しい縁談」を持ってきたという。その嫁ぎ先は“獣人”の住まう国、ジュード帝国だった。 人間からは野蛮で恐ろしいと蔑まれる獣人の国であるため、王子と親友の二人はほくそ笑みながらこの縁談を彼女に持ってきたのだが────。 「憧れの国に行けることになったわ!! なんて素晴らしい縁談なのかしら……!!」 エリンは嫌がるどころか、大喜びしていた。 なぜなら、彼女は無類の動物好きだったからである。 そんなこんなで憧れの帝国へ意気揚々と嫁ぎに行き、そこで暮らす獣人たちと仲良くなろうと働きかけまくるエリン。 いつも明るく元気な彼女を見た周りの獣人達や、新しい婚約者である皇弟殿下は、次第に彼女に対し好意を持つようになっていく。 動物を心底愛するが故、獣人であろうが何だろうがこよなく愛の対象になるちょっとポンコツ入ってる令嬢と、そんな彼女を見て溺愛するようになる、狼の獣人な婚約者の皇弟殿下のお話です。 ※他サイト様にも投稿しております。

処理中です...