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ヴァラクという悪魔

二振りの刀

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「実にくだらん」

「アレク? 怒ってるの?」

 私の声を無視して、クレイオス様を睨んだまま目を離そうとしないなんて、アレクさん本気で怒ってるのね。
 
 アレクさんから漏れ出した魔力で、室温が一気に下がって、吐く息も白く体がチリチリします。

 急激な気温の低下に、ロロシュさんが心配になって横目で確認すると、団服の下に私が作ったベストを着ているらしく、震えたりはしていなかった。

「前から思っていたが、そんなくだらないことの為に、多くの民が犠牲になり、騎士達は死んでいったのか? 貴方がたは神ではあるが無能すぎる」

『否定はせんよ。だが人の世で起こったことは人に方をつけさせる。これは神の世界の誓約だ』

「原因が神でもか?」

『事を起こしたのは、人であろう?』

「では、レンはどうなのだ? 輪廻の理りから引き剥がし、異界から連れてきたのは誰だ? 人でなくなったヴァラクを如何倒す。奴はドラゴンを連れているのだぞ? ヴァラクが召喚する魔物や瘴気は、誰が浄化するのだ? 全てレンに遣らせるのだろう? 違うか?」

『ふむ・・・違わぬな』

 クレイオス様の返事に、ギリっとアレクさんが歯を噛み締める音が聞こえました。

「最初は瘴気を消すだけで良い、後は好きに暮らせとアウラは言った。 次はクレイオス貴方を探すよう頼まれ、貴方が力を取り戻せるよう、ヴァラクが穢した神殿の浄化を頼まれた。 あんたの神殿は瘴気溜まりが出来て魔物だらけだった。あんたの鱗や爪は呪具に使われ、それを浄化する為に、レンがどれだけ辛い思いをしたと思っている? あんた達はレンを愛し子と呼びながら、愛でるどころか、自分達の都合の悪いこと、面倒な事を押し付けているだけだろう? 異界からきたレンには、何の責任も無いのにだ」

 声を荒げたりはしないけれど、威圧するように、魔力を膨らませていくアレクさんを、クレイオス様は静かに見つめ返しています。

『すまぬ、としか言いようがないな』

「ハッ! 謝ったら死んだ者が生き返るのか?お優しい神が、後ろめたさから放置した化け物の所為で、どれだけの血が流され、苦しんだと思っている。そんな物は優しさとは言わん。優柔不断なだけだろう」

 アウラ様を貶され,クレイオス様の瞳孔が爬虫類のそれの形に細く尖りました。

「アレク。もうそのくらいで良いでしょう?」

 アレクさんの袖を引くと、感情の篭らない暗い灰色になった瞳がチラリと向けられ、すぐにクレイオス様に戻されてしまいました。

「クレイオス、優しいと云うのはこのレンの様に、自分ではなく、他人を優先する人の事を言うのだ」

 それにクレイオス様は『まことに』と短く応えています。

 もう私の事はいいから、話しを進めてくれないかしら。
 大変だったのはアレクさん達で、私はみんなに守られて、浄化しただけなんです。
 
 私は大した事をしていないのに、アレクさんの評価が、番補正が入り過ぎてて恥ずかしいし、心配を掛けてばかりなのが、申し訳なくて居た堪れません。

「アウラもあんたも、後になってから、ああだった、こうだったと情報を小出しにしてくる。ハッキリ言わせてもらおう。あんた達がよこす情報は、何の役にも立たん。俺達に必要なのは、いつ・何処で・如何やってだ。 ヴァラクの人となりだの、恋愛事情だの、年寄りの思い出話しに付き合う暇などない」

『我を年寄り扱いするのか?』

「創世前から生きているなら、ジジイだろ?アウラは一月以内にマイオールへ陣を敷けと言った。それでも魔法陣の発動は止めようとはせず、最悪の事態は避けられるとしか言わなかった。魔物を食い止めたとして、魔法が発動されれば、民も騎士も死ぬ。それを無視して、あとは俺たち次第だと丸投げだ。これが日和った年寄りの発言でなくて、何だと言うのだ」

『・・・悔しいが反論できんな』

 お互いに言葉を探しているのか、美丈夫二人は静かに睨み合ったままです。

 マークさんとロロシュさんも、相手が相手だけに口を挟むことが出来なくて、困っている様だし・・・・。

 でもアレクさんが言っていることは、間違いじゃない。
 
 いくら力が弱ってきたと言っても、相手は何千、何万年物の怨霊です。
 タマスで見た、アガスの中に渦巻いていた瘴気がヴァラクの本体だとして、あんな濃い瘴気を私の浄化だけで、消し去ることが出来るでしょうか?

 アレクさんが言う通り、ヴァラクを倒すのも、魔法陣の発動を止めるのも、“如何やって” が問題なのです。

「あの~、ちょっと質問をいいでしょうか?」

『なんだ?』

 う~。クレイオス様はドラゴンだからか、表情が余り豊かではない様ですが、無表情な美形って、人形と話してるみたいで、ちょっと怖いです。

「えっと。昔魔族の王子に渡したような宝剣とか武器的な物って、もう無いのですか? 出来れば、ヴァラクを形作っている、あの濃い瘴気を問答無用で断ち切って、サクッと倒せる様な」

『宝剣・・・・瘴気を切れる・・・・』

 そうそう。ファンタジー物で定番の、対ラスボス用の武器ですよ?
 何かあるでしょ?

 腕を組んだクレイオス様は、記憶の引き出しを探るように、天井を見上げています。

『・・・・以前アウラに請われて、邪を滅する刀を二振り作った覚えが有るな』

「それっ!!」

 サブカル好きで、厨二病体質なアウラ様なら、物語に出てくる伝説の宝剣的な物を、絶対持っていると思ってたんです。

「それ、貸してもらったり出来ませんか?」

『貸す?』
 不機嫌そうに片方の柳眉が上がりましたが、瞳の色からはなんの感情も感じられなくて。

 ひゃ~!!って叫びたい気分です。

 目に優しくない美形に無表情で見られると、圧が凄くて、やっぱり怖い。

 思わず、アレクさんの上着にしがみ付いてしまいました。

「そ・・・そう言う宝剣とかが有れば、アレクさんも少しは安心出来るかと・・・」

『其方は何を怖がっておるのだ? 取って食ったりはせんぞ?』

「はっはぃ、ごめんなさい」と自分でも情けない声しか出ませんでした。

『貸すなどとセコイ真似はせん。二振りともくれてやる故、好きに使うが良い』

 そう言うと、クレイオス様は何もない空間から、何かを取り出してアレクさんに向けて放り投げました。

それを片手で掴み取ったアレクさんが、私の膝の上に置いてくれたのですが・・・。

「えっ? 剣じゃなくて刀?」

『そうだ。其方の国に鬼退治の話しがあるだろう? アウラがその話をいたく気に入ってな。そこで真似て造ってみたのだ』

 鬼退治と言うと、桃太郎?
 でも二振りあるから、源頼光の方かな?

『其方らで一振りづつ持つがいい。其れとマイオールには、我も共に行く』

「クレイオス様が一緒に行くの?」

『なんだ、不満か?』

「いえ、そうではなくて、アウラ様を放って置いて良いのですか?」

『我の無事が分かれば、あれも文句は言わんだろう。其れに我の同族がいるのであろう?大方操られているのだろうが、取り戻さねばらんからな』

「なるほど」

『ヴァラクを滅しても、魔法陣は残る。魔法が発動したとしても我が居れば、威力を削ぐことは出来よう』

「お力添え頂けるのですね?」

 念押しすると、クレイオス様は表情を変えないまま、『樹海の王に無能な年寄り扱いされたままでは、業腹故』と仰り。

 横目でアレクさんを睨んだ後、フンと鼻を鳴らして外方を向いてしまいました。

 あ~。そう言う。
 クレイオス様は、結構負けず嫌いなのね。

「ご助力感謝したします」

 頭を下げる私に、クレイオス様は『礼は全てが丸く治ってからで良い』と仰って席を立ちました。

「あのどちらへ?」

『我は奥の院におる故、出立の際に声を掛けよ』

 と体が強張っているとは思えない程、優雅に部屋を出ていかれました。

 すると、それ迄息を詰めて押し黙っていた二人が、揃って気が抜けたような長いため息を吐いて、脱力しています。

「・・・閣下よ~。相手はいにしえのドラゴンだぞ? もうちっと言いようってもんが有んだろう?」

「本当ですよ。こっちは寿命が縮む思いです」

「む? 俺は本当の事しか言ってないだろう?」

「あのな。その本当の事を言われんのが、一番心を抉るんだよ」

「だが、宝剣を手に入れ、クレイオスの助力も得られただろう?」

「それはちびっ子の手柄だろう!あんたは相手を煽っただけじゃねぇか!!」

「まぁ、そうだな」

 萎れるアレクさんの腕を まあまあ と叩くと、アレクさんは私の頭に顎を乗せて溜息を吐きました。

「あの感情の篭らない顔を見ていると、腹が立ってな」

 確かに居心地は悪いですよね。

「話も纏まったし、ご飯食べて出発の用意をしましょう?」

「飯か・・・まともな物が食えといいが」

 今日のお昼は、ほうとうの予定ですよ?

 もっと、ガッツリした物のほうが良かったのかしら?
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