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ヴァラクという悪魔

竜の遊び場・クレイオス神殿

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 翌朝俺達は、4個中隊と共に森へ向かった。

 その内2個中隊は森の内外の警戒に当たらせ、1個中隊は神殿へのポータルの警備、残る1個中隊は、万が一の為に神殿へ同行させる。

 神殿に繋がる岩壁の前で、俺が懐からポータルの鍵を取り出すとロロシュがそれに食いついた。

「いつの間に、鍵なんて手に入れてんだよ?」

「お前もその場に居たろ?」

 ロロシュは覚えていないのか、首を傾げている。

「庭園で見つかった遺体が持っていた、とモルローが報告に来ただろう」

「あ~っ!あの時か!!」

「あの遺体は、当時行方不明になった村の若者だろう。ヴィンター家の捜索にも加わって居たはずだ。森で一家を見つけた時に、遺品から盗んだのだろうな。だが神殿の中には入れたが出る事は出来なかった」

「なるほど・・・つ~か奥の院が開いたのも、それの所為じゃねぇか?血筋じゃなくてよ」

「どっちでも良いだろう?」

「まぁそうだけどよ」

 “ロロシュさん、なんかムキになってませんか?”

 不満気なロロシュをレンが不思議そうに見て、口の端に掌を当ててヒソヒソと聞いて来た。

 “自分が解錠出来なかったから、悔しいのじゃないか?”

 “えぇ~? そんな大人気ない”

「おーい。聞こえてるぞ~」

 レンは悪戯が見つかった子供のように、ペロっと舌を出して肩を竦めて見せた。

 たまに見せる、こう言う子供っぽい仕草に、レンのいた世界が平和だったのだ、と感じられ、招来されたのが殺伐としたこの国だった事が申し訳なく、後ろめたい気分になる。

「・・・ポータルを開くぞ」

 ポータルの機動部に鍵を当て、焚き火に火をおこす程度のわずかな魔力を流すと、カチリと何かが嵌る音と共に、岩壁に魔法陣が浮かび上がり、神殿へ繋がるポータルが開いた。

 どうやら正規の手順を踏むと、ここの主人は来訪者を歓迎してくれるらしい。

 マークやロロシュ、ここを通った経験がある者は皆そう思った事だろう。
 
 無理に道を開いたポータルは、白から群青へ色を変え、深淵に飲み込まれるような感覚を持ったが、今のポータルは、穀物の穂先が陽光で煌めくような黄金色に輝いている。

「さあ、ここを通れば神殿だ」

 差し出した手をとったレンは、物珍し気にポータルを眺めている。

「ふぁぁ。大きなポータルですね。これならクーちゃんも楽に通れますね?」

 そう言ってレンはドラゴンを呼んで、右手で俺、左手でドラゴンの手を取って上機嫌でポータルに足を向けた。

 “あんなデカイのに挟まれると、デコボコすぎて、ちびっ子が余計子供みたく見えるな”

 “やめなさい。またレン様に怒られますよ!”

 後ろの二人の会話はレンにも聞こえたのだろう、小さな舌打ちの音が聞こえて、ボソボソと ”ロロシュさんの鼻毛が3倍速で伸びますように。キスする時マークさんにドン引きされますように“ と地味に酷い願掛けをしていた。

 ふむ・・鼻毛か・・・確かに間抜けだな?
 俺も気をつけよう。

 ポータルを抜けた神殿の庭園は、変わる事なく別世界の穏やかさだった。

 咲き乱れる花々に蝶が舞い、小鳥の囀りが聞こえてくる。
 
 その美しさにレンは瞳を輝かせ、ドラゴンを撫でながら、感嘆の溜息を漏らしている。

「話には聞いて居ましたが、綺麗なところですねぇ」

「気に入ったか?」

「はい! 大神殿も整備された綺麗な建物でしたけど、私はこういうイングリッシュガーデン風に、自然の中に溶け込んだ感じの方が好きです」

「そうか」
 
 では、自領の屋敷の庭も、その様に造り替えさせるとしよう。

 いや面倒事が片付いたら、さっさと引退して、二人で屋敷の庭弄りも良いかもしれん。

 自分たちで整えた庭で、レンとのんびりティータイム。
 なかなか楽しそうじゃないか?

「神殿の前までは、ブルーベルに乗って10ミン程だ」

「歩いたら?」

「レンの足だと4、50ミンくらいか?」

「じゃあ、のんびりお散歩は、次の機会にしましょうね?」

「そうだな。次は二人だけで来よう」

「うふふ。楽しみが出来ました」

 本当に楽しみだ。
 
 なんの憂もなく、レンと散歩を楽しめる日が、一日でも早く来ると良い。


 ◇◇


「ふわあ~~~?」

 クワアアーーーー?

 神殿の前に着くと、レンとドラゴンは揃って口を開け、石化したクレイオスを見上げていた。

「これがクレイオス様?こんなに大きいの? 怪獣みたい」

 かいじゅう?
 レンの世界にも、こんなに大きな生き物がいたのか。

「エンシェント・ドラゴンだからな?」

「クーちゃんも、こんなに大きくなる?」

「どうかな。文献にはドラゴンにも種類があると記されているが、詳しいことは分からん。確実に分かるのは、クーがワイバーンや火竜よりもデカくなる事ぐらいだな」

「それってどのくらい?」

「クレイオスの3分の1から2くらいか?」

「充分、怪獣並みなのね」と、なぜか残念そうだ。

「どうした?」

「そんなに大きくなっちゃったら、宮で飼えないでしょ?」

「あ~。そう言う・・・なら俺の領に連れて行けばいい。あそこなら無駄に土地が余っているからな」
 
「ほんとう? いいの?」

「ああ。問題ない」

 俺の大公領は土地は広いが、山野に畑と葡萄棚しかないど田舎だ。

 ドラゴンの一匹や2匹、住み着いたところでなんの問題もない。

 やはり、さっさと引退して、自領に引っ込んだほうが良さそうだ。

 ウィリアムは、ドラゴンとヨルムガンドを戦力と考えているが、強すぎる力はいつか脅威に変わり、破滅を招く。

 ウィリアムも、グリフォンあたりで満足するべきだ。

 ドラゴンやヨルムガンドは、俺たちよりずっと永い刻を生きる。

 すっかり情が移ってしまったレンやマークに、こんな話はしたくはないが、別れの刻は必ずやって来る。
 その別れの後,クーとライルがどうなるのか・・・。
 あまり想像はしたくないな。

 俺の心情を分かっているのかいないのか、レンとマークは、石化したクレイオスの周りを歩きながら、その姿を観察? 鑑賞している。

 石像を見るマークの目つきが少し・・・いや、かなり怪しい。

 彫刻ではなかったことが、残念で仕方が無いのだと解って居ても、血に刻まれた情熱というものは、側から見ると一種異様だな。

 ロロシュもマークを満足させるのは、骨が折れるだろうな。

 まぁ、メリオネス公爵家の財力なら問題ないか。

「レン?」

 声を掛けると子犬のように、目をキラキラさせて駆け寄って来るとか・・・その可愛さは反則だろ?

「なんですか?」

「いや・・・・すぐに始めるか?」

「いえ。先にアウラ様にご挨拶したいです」

「では、礼拝堂に・・・」

「あの! 出来れば洗礼の間が良いのですが」

 招来した場所が見たいのか?

「分かった・・・マーク洗礼の間に行ってくる。その間クーを頼む」

「了解。クーは・・・石像の足元から離れませんね。問題ないと思いますよ?」

「・・・お前・・・ライルを連れてきたのか?」

 マークの団服の襟元から、蛇が顔を覗かせている。
 服の中に蛇を忍ばせるとは・・・・。
 何か変な趣味に目覚めたのか?

「私とロロシュが、世話を任されて居ますから」

 さも愛しそうに頭を撫でているが、俺には理解できんな。

 ライルがいかに可愛い存在か、とマークが論じ始め、背中に嫌な汗が流れた。
 
 マークは自分の趣味の話を始めると止まらなくなる。
 レンはそれを ”おたく気質“ と呼んでいるが、俺は興味のない物への高説を聞く気は無い。

「後を頼むぞ」
 
 急いでレンを抱き上げ、礼拝殿裏手にある奥の院へ、俺は逃げることにした。

 優れた将というものは、引き時を知っているものだからな。
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