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紫藤 蓮(シトウ レン)

ドラゴンの卵 side・アレク2

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 side・アレク

「痛って~なぁ・・・ちびっ子は大丈夫か?」

「説明は後だ。宮へ帰る、お前も来い!」

「言われなくても付いてくよ。マークが無事か確認しねぇと」

 卵を抱えるレンを抱いて宮へと急いだ。

 宮の門番は、レンが通った時に開けたのだろう、薄く開いた門の前で座り込んで眠っていた。

 ロロシュに頬を張られて、目を覚ました門番は、何が起きたのか理解出来ない様子だった。

 宮の警備に当たっていた団員とマークも、門番と同じ様に、眠らされていた。

 マークと他の者達はロロシュに任せ、俺はレンを寝室に運んでベットに横たわらせた。

「レン? 何があった? 大丈夫か?」

 穏やかな寝息を立てる番の髪を撫で付け、額に唇を落としたが、レンが目覚める様子は無い。


『あとは、愛し子が如何するべきか、分かっている。愛し子の力を少々借りたから、暫くは目覚めぬかもしれんが、心配はいらんぞ』

 “暫く” っていつ迄だよ。
 心配するに決まってるだろ?!

 どいつもコイツも勝手な事ばかり吐かしやがって。
 俺の番をなんだと思っているんだ?!

 他の愛し子は、みんな好き勝手に生きたんだろ?
 何故レンにばかり無理を強いる?

 眠っているにも関わらず、レンは卵をきつく抱きしめて放そうとしない。
 
 これもさっきの奴の所為なのか?

 さっきの奴が誰なのかは分かってる。

 何故こうなったのかも、大体の予想はつく。

 それでも腹が立つのを抑えることは出来ない。

 レンは・・・・
 きっと “仕方がないですよね” と言って受け入れてしまうのだろうな。

 長いまつ毛が影を落とす頬を撫でていると、寝室の扉を控えめに叩く音が聞こえた。

「閣下、メリオネス卿とアーチャー卿が応接室でお待ちです」

「分かった」

 訪いを入れるローガンの声に返事をした俺は、薄く開いた番の唇に口付けを落として、渋々寝室を後にした。


 ◇◇


「閣下!申し訳ありません!!」

 応接室に入った俺に、マークが開口一番頭を下げてきた。

「いや。今回の事は如何にかできる問題じゃ無かった。気にするな」

「しかし私は、レン様をお守りすることも出来ず、何も出来ないまま寝こけてしまって」
 
 相手が相手だ、マーク程の実力者であっても如何にも出来なかっただろう。

 俺とて、手も足も出なかったのだ。
 悔し気に肩を震わせるマークの気持ちは理解できる。

 この世界で、奴に敵う者が居るとは思えんからな。

「いいんだ・・・取り敢えず茶でも飲んで一旦落ち着け」

 気落ちするマークに、甲斐甲斐しく茶を勧めるロロシュを横目に、深い溜息を吐いた。

「ここからの話しは、俺達3人だけの秘匿事項だ。他言は許さない」

「3人だけ? 陛下への報告は如何するよ」

「3人だけと言ったぞ」

 横目で睨むとロロシュは大人しく口を閉じた。

「大穴の警備強化は、お前達の手配で問題ない。だが、隠し部屋の存在は秘匿事項とし、隠し部屋の荷物を、全て柘榴宮に移すまでは、一般団員の一切の立ち入りを禁じる」

「隠し部屋の荷物?」

「そうだ。ロロシュお前の手勢を使い、秘密裏に隠し部屋の全てを、宮の地下室に運ばせるんだ」

「そんなに、やばいもんが有ったのかよ」

「それも有るが、モルロー以外にも間者がいるかもしれん。影出身ならその心配は無いだろう?」

「まぁ影は全員獣人だ。神殿やヴァラク教に与する奴なんていねぇな」

「ですが陛下にも秘密というのは、如何なものでしょうか?」

 マークの懸念は尤もだ。
 この国のトップに情報を隠したとなれば、逆心を疑われても文句は言えない。

「ウィリアムが問題なのではない。奴の周囲が問題なだけだ」

 良くも悪くも、皇帝の周囲には人が多過ぎる。
 それも、私利私欲に塗れた亡者達ばかりだ。

「先日の御膳会議でもそうだったが、政治屋のジジイ共の私欲が膨らみすぎて、ウィリアムが手綱を取れなくなって来ている。今の状態が落ち着いたら、入れ替えが始まるだろう。それが済むまでは、表向きな報告以外は控えるのが賢明だ」

「了解、納得だ。陛下は入れ替えに必要な証拠を握ってるから、あっさり終わるんじゃねぇか?」

「それはお前の働きが良かった、と言う自慢か?」

 ロロシュは皮肉っぽい笑みを浮かべ フフンと鼻を鳴らした。

「騎士団と違って、影の仕事は自慢するもんじゃねぇよ」

 その態度が充分自慢だと思うがな。

「前置きはここまでだ。まずこれを読んでくれ」

 二人の前にアガス・・・ヴァラクが書き残した日記二冊を滑らせた。

「ヨシタカに関する記録は後でいい。最近の日記の必要な所に印を付けてある」

 額を寄せ合うように日記を読み進める二人は、順調に関係を育んでいるようで、微笑ましい気持ちになる。
 
 レンがこんな二人を見たら、喜んだだろうと思うと、シクリと胸が傷んだ。

「・・・・さっきのあれが、クレイオスなのか?」

「ヴァラクは千年近く前にクレイオスを封印しようとした。それは失敗したが、クレイオスの自由は奪っていた様だな。最近、と言っても25年も前の話だが、ミーネの神殿で封印に成功し、あのからくり箱に入っていたのがクレイオスの魂だ」

「封印されてたのに、ちびっ子を操ったのか?」
 
「いや。あれは・・・多分アウラ神だろう」

 予想外の答えだったのか、二人は揃って口をハクハクさせている。

「前にレンが、アウラ神の瞳は銀色をしていると言っていた。さっきのレンの瞳も銀色だった」

「アウラ神の色だから、レン様の瞳にも、銀色の星が散っているのですね」

「そうかもしれん。しかし問題なのは其処ではない」

「問題ってなんだよ?」

 俺に嗜められ、小さくなるマークを庇うようにロロシュが口を挟んできた。

 求愛行動中のオスらしくなって来たじゃないか?
 お前も直ぐに俺のことを、とやかく言えなくなるぞ?

「ロロシュも聞いていただろう?アウラ神は “これ以上待てない” と言ったな?」

「あ~、確かにそんなこと言ってたなぁ」

「創世の神なら、自らの力を行使するのは簡単なことだ。だがアウラは、レンの力を利用した」

「・・・レン様は依代として使われた、と言うことですか?」

「なぜ依代が必要なんだ?相手は創世の神だぞ。この世の全てを思い通りに動かせるのでは無いのか」
 
「それは・・・そうですね」

 マークは言葉を濁し、ロロシュから不機嫌そうに睨まれてしまった。
 神に対する憤りで、物言いが少しキツくなってしまったようだ。

「・・・アウラ神は、力が弱っているのでは無いかと思う」

「神の力が弱るなんて有るのか?」

「呪具だ。あれで神に呪いを掛けたのではないか? レンがそれを理解していたのかは別として、感じ取ってはいたのだろう。だから、あれ程必死になって呪具の浄化をし、クレイオスを探そうと躍起になっていたのではないかと思う」

「あ~。ちびっ子は肝心なとこで感覚派になるよなぁ」

 そう、レンは理性的に考えたことを説明するのは美味いが、感覚や感情を言葉にするのが下手だ。
 何かを感じ取っていても、言葉に出来ない時は、胸の内に収めてしまう。

「ブネでアガス、いやヴァラクは準備は整ったと言っていた。それは神の力を削いだ、と言う意味なのかもしれん」

「そんな・・・・それが本当なら、この世界は如何なってしまうのでしょうか?」

「でもよぅ。それで滅ぶんならとっくに滅んでても可笑しくないだろ? だったら元凶のアガスだかヴァラクだかを、ぶちのめせば良いんじゃねぇか?」

 暗部の頭目にしては脳筋な物言いだが、実に端的な本質をついた発言だな?

 レンが目覚めたら、ある程度の詳しい話しは聞けるだろうが、それが全てとは限らない。

 俺達は地下施設と隠し部屋の記録から、奴の計画と根城を暴く事に専念するべきだろうな。

「こんな話し、ぶっ飛び過ぎてて公には出来ねぇわな」

「閣下、遠征は如何しますか?」

 それがあったか。

「・・・ウィリアムには、レンはドラゴンの卵に魔力を吸われて倒れた事にする。陳情のあった地域には、レンが付与した浄化の魔晶石を持たせて様子を見させる。と言うのはどうだ?」

「いいんじゃねぇか。魔力を吸われたのは事実なんだし。卵を押し付けたのは陛下だから、文句は言わねぇと思うぜ?」

「ではそれで話を通そう。ロロシュ、悪いが隠し部屋の件は早急に取り掛かってくれ」

「へいへい。兄弟揃って人使いが荒くてまいるぜ」

「そう言う割に、楽しそうじゃないか?」

「まぁな。夢物語の大冒険って感じだよ」

 大冒険か・・・。

 そんな夢物語なら、最後はハッピーエンドで決まりだな。

 クレイオスの魂は取り戻した。
 俺の考え通り神が弱っていたとしても
 死んだ訳ではない。
 なにより俺達にはレンがいる。

 夢物語のハッピーエンドを叶えようじゃないか。
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