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紫藤 蓮(シトウ レン)

大穴2

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「キャアアーーッ!! アレクのバカァーーーーーー!!!」

 信じられないっ?!!
 なんで,こんな高いとこから飛び降りて笑ってるのよ!?

 普通に降りれば良いじゃない?!
 なんなの?虎の本能?
 いやいや。
 木の上から飛び降りて,獲物を狩るのは、豹、とかジャガーだよね?
 虎は、物影から飛びかかるんだよね?

 このバカ虎め、楽しそうに笑うのやめてっ!
 私は怖いの!!

 ビュービューと風を切り、ものすごい勢いで、神殿の瓦礫を通り過ぎ、薄暗くなっていく景色が、熱で溶かされガラスの様にテカテカした質感のそれに変わっていきます。
 そのガラス質の壁に、カタコンベに埋葬されていたであろう、数えきれない人骨が溶け混ざっています。
 一瞬ですが人の髑髏と目があってギクリと体が強張って目を瞑ってしまいました。

 時間にして数十秒? 
 もしかしたら、ほんの数秒だったかもしれません。

 私には、走馬灯が見える程長く感じましたけどね?!

 地上からの自由落下で薄暗がりに終点の地面を見た私は、激突死を覚悟しました。

 その時、バカ虎の魔力が解放されると、私たちの体は風の魔法に包まれて、重力で加速した落下速度が緩やかになり、ふわりと地面に着地したのです。

「ほら。着いたぞ?」

 つっ着いたぞ?
 何を平然と・・・・。

「・・・・・・」

「ん?どうした?」

「・・・どうした?・・じゃないですよね?」

「うわっっ!!」

 抱き抱えていた腕にぶら下がるように脚を絡ませ肘の逆関節を取った私は、膝裏でバカ虎の首を抑えて顎を上げさせ、そのまま体重をかけて後ろに倒し、関節を極めたままで、説教してやりました。

「ーーグうぅッ!」

「私は落ち物は苦手なんです!! 忘れたんですか?! ブネでは訓練なら良いって言いましたよね? でもこれ訓練じゃ無いですよね?! 魔物に追われても居ませんよね? 遣るならやるで、先に説明するべきなのでは?! いきなり自由落下しておいて、なに高笑いしてるんですか?! こっちは死ぬ思いですよ? 走馬灯見えましたよ!?」

 バカ虎が、私の太ももをタップして居ますが、私は頭に来過ぎて、更に腕と首を締めてやりました。

 こんなことくらいで、この人がどうにかなる訳がありません。腕力頼みで簡単に振り払えるのは、分かっているんです。
 
 ですが、私の怒りはきっちり理解させなくては、また同じ事をされたら溜まったもんじゃ無いですからね?

「レッレン様? レン様 そのくらいで勘弁して差し上げて・・・」

「ちびっ子落ち着けって なっ?」

 どうどうと執り成してくる、マークさんとロロシュさんにも腹が立って、ギロリと睨んでしまいました。

「知ってたんなら、教えてくれても良いじゃ無いですか?」

「悪かった。 ちびっ子が訓練受けてないのを忘れてたオレ達が悪かったから。なっ?」

「レン様。閣下が白目むいて、尻尾と耳が出ちゃってますから、ねっ?」

 ん? 白目? 尻尾?

「あっ!! やっちゃった!!」

 首が太いから大丈夫かと思って居ましたが、どうやら頸動脈を思いっきり極めてしまって居た様です。

 慌てて首から脚を外した私は、そのまま虚な目を開くアレクさんに、治癒を施しました。

「ごめんなさい。まさか完全に極まってるとは思わなくて・・・」

「・・いや・・おれの方こそ・・ここまで苦手だとは思わなかった」

 胡座をかいたアレクさんの尻尾がヒタヒタと地面を打っています。
 その前に正座した私とアレクさんは、お互いにバツの悪い思いをしながら、頭を下げ合いました。

“なあ。あのちびっ子が閣下を倒した人類初の人間になんだよな?”
“閣下も油断して居たのでしょうが、そう言うことになりますね”
“じゃあ、ちびっ子が人類最強ってか?”
“そうとも言えますね”
“かっこいいなあ。レン様にお願いしたら、おれの事、弟子にしてもらえないかなあ”

 そこの3人、ヒソヒソ話して居ますが、聞こえてますよ?

 たまたま、良い感じで技が極まっただけで、人類最強を名乗る程、私は図々しく無いし弟子をとる予定も有りません。

 人類最強はアレクさんのままです。

 マークさん達以外の、騎士の方達は何故か一番端っこで、壁に張り付くように遠巻きに私たちを見ています。

 ごめんなさい、尊敬する上司が絞め落とされるとこなんて、見たく無かったですよね?

「では行こうか?」

 と何事も無かったかの様に尻尾と耳をしまったアレクさんは、私を抱き上げて平然と歩き出しました。

 治癒済みではありますが、回復の速さにびっくりです。

 ついムキになって、失敗しちゃった・・・。
 人類最強王者を絞め落とすとか、有り得ない。

 はあ~。久しぶりのお尻尾だったのに。
 触りたかったなあ・・・。
 絞め落としておいて、しっぽ触らせてとか言えないし・・・。

 益体も無い現実逃避をしている間も、アレクさんの脚は止まる事なく、ドラゴンが作った道を進んで行きました。

 陽の光は届かなくなって居ましたが、ドラゴンの作った横穴の先からちらちらと揺れる光が差していて、足元の心配はいりません。

「光があるって事は、あの先に人工物が有るんだよな?」

「そうだろうな」

「オレはドラゴンの卵が、魔力を吸って勝手に孵ったのかと思ってたんだが、予想が外れたな」

「ドラゴンの卵? ドラゴンは大昔に消えてしまったのですよ?卵だけあるはずないでしょう?」

「そうだけどよ。神殿の奴等なら卵を隠し持っててもおかしくないだろ?」

 ドラゴンの卵説を一笑したマークさんも、神殿の関与を指摘されると、反対しにくい様です。

 二人の話を黙って聞いていたアレクさんは「行けば分かる」と尤もな事を言って二人を黙らせてしまいました。

 ドラゴンのブレスで溶かされてできた通路の壁は、溶けた飴が自然に固まった様に、垂れ落ちる途中で固まって波打って居ますが、落下の途中で見たような、人骨が混ざっている様子が無いのは、この場所はカタコンベよりも、もっと深い位置にあるからなのでしょう。

 誰かの大切な人のご遺体ではありますが、髑髏とご挨拶せずに済んで、正直ホッとして居ます。

 そうして横穴の先に到着した私達は、目の前に広がる光景に息を呑み、暫く誰も口を開くことが出来ませんでした。

 重苦しい沈黙の中、軍靴の音だけが響いています。

 そこは、地底湖を囲むように作られた実験施設の様でした。

 魔力を含んでいるのか、ユラユラと揺れる地底湖の湖面は淡い光を放ち、その前にはアレクさんが入れる位の、液体で満たされたガラス製の大きな容器が何十個も並べられています。

 その殆どが、あのドラゴンが壊したのでしょうか、ガラスは砕け散り,中に入って居たものも地面に流れ落ちていました。

 何かの実験をして居たのは明らかで、いくつも並べられた机の上には、錬金術の道具や、素材の入った瓶が転がっています。

 そしてむき出しの地面の上に、人が倒れた形のシミがあちこちに見えるのは、ここで実験に携わっていた人が逃げようとした跡なのかもしれません。

 誰も口を開かないまま、アレクさんは地底湖の方へ向かって歩いていきます。

 地底湖の前に並べられたガラスの容器は、太いチューブで湖に繋がっています。
 その様子はSF映画で見た、クローンを培養する容器に似ていました。

 そして壊されて、流れ出した液体の中で息絶えているのは・・・・ドラゴンの赤ちゃん?

 だとしたら、この施設は本当にドラゴンのクローンを作って居たのでしょうか?
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