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紫藤 蓮(シトウ レン)

池の辺りにて side・アレク

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 ーーside・アレクーー

 昨夜のレンは寝つきも悪く、何度も寝返りを繰り返していた。
 レン特製の寝袋は、ガーロの羽毛を中綿に使った、暖かく寝心地の良い物だが、それを持ってしても寝付くことが出来ないとは、何に心を悩ませているのだろうか。

 しかし心配になって寝袋ごと抱き抱えてやると、あっという間に寝ついてしまった。

「まるで子供だな」

 全幅の信頼を寄せられ、無防備な姿を見られるのが俺だけだと思うと、この上ない喜びを感じることが出来る。

 だがレンは、今俺がオスの欲に煩悶としているなどとは、思って居ないのだろうな。

 ロロシュにも釘を刺されているし、遠征から帰るまでは我慢の毎日だ。

 子供の様な汚れのない寝顔にまで反応する、オスの欲を抑え込み、浅い眠りについた頃、腕の中のレンが、苦しげに身を捩った。

 どうやら悪夢を見ているらしい、浅い息を繰り返し、涙を流すレンを放ってはおけず、揺り起こしたのだが、レンの瞳は暗く、俺の事も見えて居ない様だ。

 瞼は開かれているが、レンの心と魂は夢の中に囚われているように見える。

「アウラ神の啓示なのか?」

 以前レンの精神を守る為だと、レンの精神を神の庭に呼んだ時と同じだろうか?

 だとすれば、何故己の愛し子を苦しめる?

 何度もアウラとクレイオスの名を呼び、頬を涙で濡らしているではないか?!
 神に託された使命だからと、身を削る様に浄化に努めるだけでは足りないのか?

 これ以上俺の番に何をさせたいのだ?!

 悪夢にうなされ続けたレンは、空が明ける頃、細い悲鳴をあげたあと、空を掴んだ細い腕をパタリと落として、今度こそ深い眠りに着くことが出来た。

 涙で濡れた頬を拭い、乱れた髪を撫で付けながら、己の無力さに溜息しか出てこない。

「ただの悪夢なら良いのだが、此れが啓示だったら・・・・」

 レンは、どんな恐ろしい物を見せられたのだろうか。

 レンが苦しむ姿を見るたびに思う、何故俺に使命を与えない?
 レンを泣かせる様な啓示なら俺に与えれば良いではないか!?

 神には神の考えがあり、レンでなければならない理由もあるのだろう。
 だが、神の御意志の一言で納得できるものではない。

 朝になり、寝癖だらけの髪で起きたてきたレンは、悪夢を見たせいか、いつもよりぼんやりしている様だ。

 それが昨夜の何も映さない、レンの暗い瞳を思い出させて、ついアウラ神への不平が口をついて出てしまった。
 
 するとレンは穏やかに俺を嗜め、俺が居るから、使命を果たすことが出来るのだと言ってくれた。

 神を恨めしく思う狭量な俺に、全幅の信頼を寄せてくれる俺の番は、昨夜の悪夢の内容を話してくれた。

 その内容は残酷で悍ましく、そして悲しいものだった。

 やはり啓示なのではないか?

 そう思ったが、元気のない番にそれを告げることは出来なかった。

 レンがこれ以上思い悩み、苦しむ必要はない。ただの夢だと忘れた方がいいのではないか?
 夢の内容は俺が覚えていれば良い話だ。

 神の啓示など関係ない、俺はこの人のために命を掛けると何度でも誓うのだから。

 ◇

 池の浄化には、モーガンも立ち会うこととなった。

 モーガンとの会話の中で、レンは呪具に込められた瘴気は “周りの人間を拘ようとする” と話していた。

 これ迄レンは、俺達に瘴気に触れると心を蝕まれるから、と言って浄化の場から遠ざけようとして来た。

 本人は、モーガンに話した後 しまった、と言う顔をして居たから、こちらの理由が本当なのだろう。

 レンを護ると誓って居ながら、結局俺はレンに守られていたのだな。

 レンが俺を、俺達を信頼してくれているのは分かっている。
 力不足と思われている訳でもない。

 俺がレンを守りたいと思っているように、レンも俺達を守ろうとしただけだ。

 それに一抹の寂しさを感じるのは、俺の狭量さ故なのだろうな。


 いつもの様に、俺たちに離れて待つ様に、指示したレンは、池の北東の岩場に置かれた祭壇に向かい、イマミアの時と同じように箱に収められた魔法陣を浄化し無力化した。

 その後、呪具を探しているのか、池を見渡ししばし考え込んだレンは、浄化の光を体に纏わせ岩の上から池に向かって腕を伸ばした。

 これまでの浄化なら、レンの浄化に触れた瘴気が光の粒となって空に帰って行くのが見れるだろう。

 そう思った矢先、瘴気が池の中から立ち上り、レンに巻き付き小さな体を包んでしまった。

 ついさっき呪具の瘴気が人を拘ようとすると聞いたばかりだ。
 それなのに、俺は呑気にレンが浄化の光に包まれる美しい姿を想像して居ただけだった。

 駆け出した俺の足元で ゴッ!と土がえぐれる音がした。

 一息で岩場に駆けつけたが、レンは池の中に引きづり込まれる寸前だった。

 レンの腰に腕を回し、瘴気を引きちぎって腕の中に抱え込んだ。
 しかし池から立ち上る瘴気は、レンの体に追い縋ってくる。
 後ろに飛んで池から離れたが、レンの体や俺の腕に巻き付いた瘴気がウネウネと揺れ動いていた。

 その瘴気も、俺のアミュレットのお陰で、どうにか空へ帰って行ったが、魔晶石がいくつか弾け飛んでしまっていた。

 レンを連れて、呆然と皆が立ち尽くしている場所まで戻ったが、レンの青褪めた顔を見たマークの方が、顔色を失ってしまった。

 今までレンが、浄化で疲弊することはあっても、瘴気に攻撃されるとは思って居なかったのだろう。

 それはマークだけではない、俺も他の全員が同じように衝撃を受けた筈だ。

 最初のショックから立ち直ったマークは、魔法で出した水をレンに勧めたり、エンラまで駆け戻り、取ってきた毛布で冷え切ったレンの体を包んだりと世話を焼きまくっていた。

 いつもなら、 “それは俺の仕事だ!” と悋気玉が臨戦体制に入るところだが、今回ばかりは、この小さな人を腕の中から放したくなかった。

 まめまめしくお世話を焼くマークにレンは “マークさんは良いママになりそう” と目を細めているが、一体どこからそんな余裕が生まれてくるのか理解できない。

 回復薬を飲めとマークに言われたレンは
「精神的なダメージに回復薬は効かないんだけどなぁ」と呑気に小さくぼやいている。

 俺の小さな番は、どれだけ心が強いのだろうか。

「何があった?」
「すみません、油断したつもりは無いのですけど、瘴気に当てられちゃいました」
「能力は使って居たのだろう?」
「使って居たのですが、この池の水は駄目です。絶対に触れないでください」
「それは、瘴気が多いと言うことか?」
「この広さですから、多いのは多いのですが、それよりも密度が濃いのです」 

 “密度が濃い” とはどうしうことか?
 みんなが首を傾げている。

「怨みが深いと言えば、分かりやすいですか?」
「怨み・・・」
 とモーガンはピンと来ないようだ。
 モーガンの様なオスには、怨みや嫉みは縁がないだろうから、理解するのは難しいのかもしれない。

「そうですね・・・何もしなくても消えてしまう瘴気の感情が『なんか嫌だな』と言うレベルだと思ってください。それが嫌いになって、次に大嫌いに変わって来て、この池の瘴気は『殺意』以上の何かだと思います」

 殺意以上の何か・・・・。

 そんな得体の知れない物は、一人で立ち向かえる物ではないだろう。
 いや、一人にするなど有り得ない。

「レン?今までは君の願いを聞いて、呪具の浄化は君一人に任せてきた。だがもう駄目だぞ」
「アレク・・・」
「君が皆を守りたいと思ってくれる気持ちは、とても嬉しいし尊いものだ。だが君が思うのと同じ様に、俺も、俺たちも君を守り助けたいと思っているのだぞ?」

 少し赤みの戻った頬に当てた手の甲に、レンの手が添えられて、そっと頬ずりを返して来る番のなんと愛しく、尊い事か。

「そうだね、心配かけてごめんなさい」

 謝る必要なんかないのに。
 なんの関わりもなかったこの世界の為に、君は必死になってくれているじゃないか。

「どうか力を貸して下さい」
 
 俺の番は、そう言うと憂に満ちた微笑みを浮かべたのだ。
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