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紫藤 蓮(シトウ レン)

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 ガルスタでの浄化を終え、我々第2騎士団は皇都に戻ったが、我らと柘榴宮の使用人全てが、重要な任務を皇太后陛下から言い渡されている。

 それは、閣下とレン様に新聞を見せない事、正確には、閣下とレン様の婚約式に関しての記事を、見せてはならないとのお達だ。

 その理由は、閣下が記事を読むと、皇太后様が準備したパレードを、閣下が断る可能性があるからだ。

 閣下は皇太后陛下が、招待状を送った後に婚約式を大神殿ではなく、皇宮の祈祷所で行いたいと言ったそうなのだ。

 元々格式に重きを置かず、神殿嫌いでも知られる閣下が、ゼノンやアガスの件で更に神殿に対し嫌気が差した、と言う事だろう

 それにレン様も同意したと聞いた時には驚いたが、レン様の故郷では婚約式というもの自体が無く、代わりに両家の間で行われる “ゆいのう”  と言う習慣があるのだそうだが「それも最近は、よっぽどいいお家柄でしかやらないみたいですよ?」とレン様は仰っていた。
 元々ない習慣故に、省略しても気にならなかったのだろう。

 皇太后陛下から下知が下された時、閣下は皇太后とアーノルド殿下に準備を丸投げにされていたし、既にご婚約自体は新聞の記事になっていたが、レン様の安全を考慮し、婚約式の日程や当日の進行手順の発表は、まだされておらず、誤魔化しがきくと考えられたのだ。

 皇太后陛下はすでに国内の有力な貴族全てと、近隣の友好国に招待状を送られ、我々がガルスタに遠征に出ている間に、到着された国賓もいらっしゃる。

 閣下のご婚約式は、お相手が神の御使、愛し子である事、クレイオス帝国と皇家が盤石であると知らしめる絶好の機会だ。

 皇太后陛下としては、閣下とレン様の為だけでは無く、遠からず玉座を譲られるアーノルド殿下の行く末を思えば、手を抜くなど考えられない筈だ。

 我が国の婚約式と婚姻の儀には、式の前に互いの衣装を見てはならないと言う、理解し難い慣例が有るのだが、今回はこの慣例に助けられた。

 この慣例を守る為には、お二人の身支度は神殿で行う必要がある。

 そのお陰で、お二人は準備のため早朝に神殿に入られて、婚約式目当ての民衆に気付かれずに済んだ。
 皇后陛下の下知から今日までの、ご婚約の記事を抜き取り、事実だが団員の書いた文章を差し替える等々、我らの地味な苦労も報われたと言うものだ。

 婚約式でのお二人は、とてもお幸せそうで、私も緩みそうになる頬を引き締めるのに、苦労させられた。

 レン様のお名前を表す花と、お二人の色を配した異界の衣装は美しく、ご本人も光り輝くようだ。

 騎士の正装姿の閣下も凛々しく・・・。

 他国の王族を怯えさせる形相は、如何なものだろうか・・・・。

 だがおそらくあの恐ろしげな顔は、美しいレン様を前に、ニヤけるのを我慢しているからに違いない。

 護衛についている、他の団員も額に手を当て、呆れているから間違いないだろう。

 お二人を祝うために駆けつけた民衆の数は想像以上だった。

 ギデオン帝の圧政に苦しめられ、ウィリアム陛下が即位されてからも、魔物の被害は膨らみ続けた。

 不安な暮らしを続けていた民にとって、愛し子の招来とそのご婚約は、何十年ぶりかの祝事になる。

 況してや、招来された愛し子が恐ろしいほどの美形となれば、民が熱狂するのも道理だ。

 皇太后陛下も、さぞかし満足されていることだろう。

 その後の宴でもレン様の美しさが翳ることはなかった。
 定番のテールコートに異界の衣装を組み合わせた出で立ちは、レン様にとっては女であることを隠す為のものでもあったそうだ。

 閣下には大変申し訳ない話だが、以前レン様に抱きついて泣いてしまった時、その肩の薄さや腰の細さに、戸惑ったことを覚えている。

 レン様の異界風の衣装は、我らと全く違う体型を隠す役に立つようだ。

 お二人のダンスは閣下のマナー違反が目立ったが、お二人が楽しそうであったから良しとしよう。

 レン様がダンスがお上手だった事には、なんとなく納得がいくのだが、閣下のダンスが思いの外巧みであった事には驚いた。

 社交に全く興味を示さず、踊っているところを見たことが無かったが、そのご出身を思えば、幼い頃から社交に必要な事は、一通り叩き込まれていたのだろう。

 レン様が皇家の全員と踊られると、閣下は
レン様を連れ、どこかに消えてしまわれた。
 
 皇家の方々に二人は何処かと問い正されたが、私はレン様の護衛だが、レン様が閣下と共におられる時は、全て閣下にお任せする事になっている。

 お二人の邪魔をして、殴られるのは一度で充分。

 閣下達がいなくなった途端、 “非常識にもほどが有る” だの “美しい愛し子に獣は似合わない” だの “大公がおどしたのではないか?” だのと陰口を叩く者が居たが、ゼノンを追い詰めた謁見の様子を見ていた者から、その時の様子を聞かされ押し黙っていた。

 その陰口を叩いていた輩の一人が、私にダンスを申し込んできた時には、不快感で吐き気がした。

 だから「私も獣ですので鼻がいいのです、あなたの悪臭には耐えられません。他を当たって下さい」と言ってやると、そいつは顔を赤くして逃げていったが、あれはどこの家門の者だったか?

 その様子を、皇家の方々が冷たい目で見ておられた。
 奴等の家門には、今後苦しい未来が待っている事だろう。

 社交の場とは、本当に恐ろしい所だ。

 主役のレン様を連れ、宴から消えてしまわれた閣下は、皇太后陛下にお叱りを受けるはずだ。

 しかし、愛し子の存在を羨む、他国の要人に付け入る隙を与えなかったと考えれば、然程厳しい叱責は受けないと予想が出来る。

 しかし翌朝、皇太后陛下に呼び出された閣下に代わり、レン様の部屋に向かった私は、閣下のマーキングの強さに辟易させられた。

 あれほど番を休ませたいと言っていた本人が、その番を椅子から立ち上がる事も困難な状態にしてどうする!?

 ムッツリにもほどが有る!!

 しかもこのマーキング!!

 ローガンは閣下に長く仕えているから、ある程度は慣れているのだろうが、それでも喉の奥が鳴るのだ。
 流石の私も、息をするのも辛い。

 ローガンに言って、直ぐに窓を開けてもらったが、本当にこれは酷い。

 草食系の獣人なら気絶するレベルだ。

 人獣と比べ感覚の鈍い人族であっても、獣人の威嚇には怯えるものだし、マーキングにも反応する。
 番いであろうと、それは変わらない。

 しかしレン様は、閣下のマーキングや威嚇を物ともしない、頼もしいお方だ。

 マーキングの衝撃から立ち直った私は、なんとか祝いの言葉を述べる事が出来た。

 そんな私をレン様は気遣いつつ「次はマークさんの番ですね?」と微笑んでおられる。

 しかし私の婚約は、まだまだ先の話だ。

 タマスで再会したロロシュの、私に対する態度は以前と全く異なっていた。

 私にした無礼な行いを謝罪し、番で有ることを無視した理由も、話せる範囲で話してくれた。
「オレは、魔法契約の縛りで伴侶を得ることも、子をなす事も出来ない」と・・・。

 それだけを話すにも、契約で縛られたロロシュには苦痛が与えられるのか、いつものニヤケ顔は鳴りを潜め、苦しげな息を吐き胸元を掴んでいた。

 ただ、「近々この契約は解除される、それまで待ってくれ」と私の髪に口付けを落とした。

 そんな甘い行動が出来るなら、最初からして欲しかったし、契約の事も話して欲しかった。

 だがそれは、私の一方的な想いだ。

 契約に縛られ、その解除の見込みが無ければ、ロロシュにはどうすることも出来なかったのだろう。

 契約解除にはメリオネス家嫡男、アルケリスの捕縛が必須らしい。

 ならば、いざという時の為に、メリオネス家への牽制に使おうと隠し持っていた、アルケリスの悪行の証拠を第1に回してやる事にしよう。

私とて獣人だ。
クズの命より、番との幸せの方が大事だからな。
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