獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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アレクサンドル・クロムウェル

タマス平原/ 婚約式2

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「おい、どういうことだ」

 説教台の前に歩み寄った俺は、ウィリアムと挨拶の握手をしながら、小声で問いただした。

「安心して。元は国王が大司教の役目も果たしてたんだ。原点回帰、なんの問題もないよ」
「問題はそこじゃないだろう、お前、式の進行なんて出来るのか?」
「失礼だな。ちゃんと練習したよ」

 一見和やかな会話に見えるように、ひそひそ コソコソ とした遣り取りは、レンの入場の知らせで打ち切られた。

 アーノルドのエスコートで俺の元へ進んでくるレンの姿に、式場中から響めきと熱いため息がもれた。

 異界風の衣装を纏ったレンの姿は神々しいまでに輝いて見えた。

 異界風のレンの衣装はいつもの下穿きは無く。青灰色の内着に柘榴石の襟と、丈の長い純白の上着。
 内着の裾から腰にかけてレンの家名の藤の花が描かれ、膝下までのたっぷりとした裾の上着は、別の白い糸で織り込まれた白蓮の花がレンが動くたび光を反射して煌めいている。
 そしてベールの下で結い上げられた髪は真珠とアイオライトの髪留めで飾られていた。

 完璧な俺仕様!
 この人は、どれだけ俺を喜ばせる気なんだ?
 なにより、なんて綺麗なんだ!
 天使か?
 俺の番は天使なのか?
 困った、ドキドキし過ぎて心臓発作を起こしそうだ。
 落ち着け~。深呼吸だ。

 愛しくて、嬉しくて、によによしそうな口をどうやって誤魔化せばいいんだ?

 だらしなくニヤケそうになる顔を、なんとか冷静に見せようと、奥歯を噛み締め口を引き結んでなんとか堪える。

 そんな俺の顔を見て、ウィリアムはギョッと身を引き、隣国の王族がヒッ!を息を呑んだが、そんな態度に慣れきった俺には、どうでも良かった。

 俺はこの光景を死ぬまで忘れないだろう。
 いや、絶対死んでも忘れない。

 俺の処に辿り着いたレンの手を、アーノルドから受け取り瞳を合わせると、ベール越しにレンが微笑んでくれた。
 レンの微笑みを目にした参列者から、熱っぽい溜息が漏れ、誰かの苦しそうな呻めきも聞こえてきたが知った事か。

 この人は俺の番だ!

 説教台の前に膝付き、皇帝が語る婚約式で定番の有難い話を大人しく拝聴し、誓いの言葉を宣誓した。

 すでにサイン済みの婚約許可証を、皇帝が読み上げた後は、侍従が恭しく掲げた指輪を受け取り指輪の交換だ。

 レンの指輪はガーネットが、俺の指輪にはブラックダイヤ。
 互いの髪の色が嵌め込まれている。

 次は誓いの口付けなのだが、婚約式では唇に口付けをしてはならないと云う、謎の決まりがある。
 別に唇でも良さそうなものだが、昔からの決まりなら、きっと何かの意味が有るのだろう。

 ベールを上げた薔薇色に染まったレンの頬と、はにかんだ笑顔・・・。
 
 ほんと可愛い。

 これは、今唇に口付けをしたら衆人環視お構いなしで、思う存分レンを貪ってしまう自信がある。
 しかしそんな事をしたら、レンに恥をかかせてしまうから我慢せねば。

 謎の決まりにも、意味はあったと云う事だ。

 式も無事に終わり、皇宮に帰ったら夕方からのパーティーに出席して今日の予定は終わりだ。

 迎えの馬車の前に立つまでは、サクッと宮に帰り、夕方までレンを休ませようと思っていた。

 しかし・・・・。
「マーク、この馬車は?大公家の馬車はどうした?」
「皇家のパレード用の馬車ですね」

 目の前に回されたのは、皇家の家紋が描かれ色とりどりの花で飾られた、屋根のないオープンタイプの馬車だ。
 繋がれたエンラも、花と鳥の羽で飾り立てられ浮き足立っているように見える。
 更に、キラッキラに着飾りエンラに騎乗した近衛まで。

「パレード用?レンは聞いていたか?」
「いえ、私も聞いていませんよ?」

 どう云うことだ?
 婚約式でパレードなど聞いたことがないぞ?
 
 そこに慌てた様子のミュラーが駆けてきた。

「閣下ご報告が遅れて申し訳ありません。今日の婚約式の記事が新聞に掲載され、伝説の愛し子を一目見ようと、人が集まってしまった様です。混乱を避けるためには、群衆を規制するより、お二人の御姿を披露する方よいだろうと、ロイド様が急遽、こちらの馬車を手配されたそうです」

 急遽?
 短時間で馬車を此処まで、念入りに飾り立てられるものか。レンの安全第一の俺が反対すると思って隠してたな?

 “やるなら徹底的に”とう云う事か。

 どうせ新聞も大袈裟に書き立てさせて、煽ったのだろうな。
 どおりで朝の礼拝にしては人出が多いと思っていたんだ。

「はあ~~。ロイド様の事だ、あの近衛が手配されたんだな?」
 
 親指で着飾った近衛を指さすと、ミュラーは、苦笑を浮かべた。

「その様です」
「馬車周りは近衛がつく。マークとロロシュは馬車の前、ミュラーは後ろだ。他の者は、行列の前後と沿道の警戒」
「了解」

 レンを抱き上げて、ロイド様が手配したキラキラの馬車に乗り込み、結界を張ってから神殿を出発した。

 ミュラーが群衆と言った時には、大袈裟だと思っていたが、ミュラーの言ったことは間違っていなかった。

 高い塀に囲まれた神殿を出ると、予想以上に人が集まっていて驚いた。

「こんなに?」とレンも戸惑っている。
「皆、君を見に来たんだ、手でも振ってやるといい」

 恥ずかしそうにレンが沿道に向かって手を振ると、大きな歓声が上がり喜んだ民衆の手から花や花弁を投げられたが、俺の張った結界に阻まれ、全てが灰と化してしまった。
 
 花を投げた者がそれを見て、顔を恐怖に引き攣らせたのが目の端に見えた。

「アレクさん?結界を解いてもらえませんか?せっかくお祝いしてくれてるのに、馬車も灰まみれになっちゃいますよ?」
「いや、しかしだな」

 これだけ人が集まったら、何が有るかわからんのだぞ?

「世界最強の私の騎士が隣に居るのに、何かできる人なんていないでしょ?」

 “ね?”  なんて俺の手を握って可愛くおねだりされて、"世界最強" とか "私の" 等と持ち上げられたら、云うことを聞くしかないじゃないか。

 いつそんな技を覚えたんだ?

 渋々だが、レンに言われて結界を解いた。 
 
 馬車が灰まみれになる事は避けられたが、代わりにレンの衣装が花弁で埋もれてしまうことになってしまった。

 沿道から愛し子を呼ぶ声に混じって、マークの名を呼ぶ黄色い声が聞こえてくる。
 俺の名を呼ぶ声は、それほど多くはなく、しかも野太いものばかりだ。
 歓声だけ聞いていると、レンとマークが主役みたいじゃないか。

 レンの婚約者は俺なのに・・・。

 と少し拗ねた気分で居ると、俺の耳に顔を寄せたレンが「ロロシュさんを見て」と囁いた。
 言われた通りロロシュを見ると、眉間に皺を寄せ非常に不機嫌そうだ。

「番がモテるって大変そう」とレンは笑っているが、俺だって同じ気持ちなんだぞ?

「ロロシュの気持ちはわかるな」
「どうして?」
「君も人気者だからな、正直妬ける」
「私モテたことなんてあり、ありませんよ?」
 
 まったく、これだから無自覚は困る。

 “私は、あなただけのものよ”

「ッ!!」

 ため息を吐く俺の耳元で囁いたレンは、すぐに顔を逸らしてしまったが、耳も首も赤くなっている。

 そういう可愛いことをするからっ!!
 
 嬉しすぎて、漏れ出した魔力が馬車に溜まった花弁を空に舞上げ、沿道から一際大きな歓声があがったのはご愛嬌だ。
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