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アレクサンドル・クロムウェル

婚約式1

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 多忙を極める俺達は、仕事の合間を縫って、婚約式の準備も進めなければならなかった。

 招待客の選定や、式場の設営等の式全般の雑事は、アーノルドとロイド様に丸投げだったが、衣装合わせとリハーサルは他人任せには出来ない。

 俺の衣装は騎士の正装を仕立て直すだけで大した手間では無かったが、レンの衣装はどうなのだろうか。

 慣例で、当日まで互いの衣装を見る事は出来ないが、レンの衣装もさぞかし美しかろう、と想像するのはなかなかに楽しい経験だった。

 これまで貴族の婚約式は、皇都なら大神殿。地方なら其々地域の神殿で、神に婚約を誓って来た。

 しかし、今の大神殿に俺たちの婚約式を執り行う余力は無く、俺たちも大神殿の神官達を信じる理由が無かったため、レンとも話し合ったのだが、婚約の誓いは皇宮内の祈祷所を使用し、神官の立ち合いも省略できないかと、ロイド様に打診してみることになった。

「皇宮の祈祷所?」
「どうだろうか?」
「おもしろい冗談をおっしゃいますね」
「いや。本気なのだが・・・ダメか?」
「はあ~~~~」
 
 そこまで深いため息を吐くほどの話か?
 婚姻の儀ではないぞ?
 婚約式だぞ?

「いいですかアレクサンドル・クロムウェル。貴方は継承権が無いとは言え、この国の皇子なのですよ?そんなこじんまりした式など考えられません」
「いや、しかし」
 
 うわっ!ものすごい顔で睨んでくるぞ。それになんだこの圧は?威嚇を向けられたわけでも無いのに、背中がゾクゾクする。

「しかしも案山子もありません。貴方達の婚約式に何人招待されていると思っているのですか。皇宮の祈祷所など論外です。それにわたくしは陛下と貴方から、“大々的に”  と聞きましたよ?」
「いや、それはそうなんだが・・・」

 確かに言った。
 言ったが、あれは謁見での顔見せの前だったし、ゼノンの事件前の話だぞ?

「以前わたくしは申し上げましたよ?やるなら徹底的にと」

 人間は顳顬こめかみに青筋を立てて笑うことができるものなんだな。
 知らなかった。

「・・・はい。そうですね」
「覚えていて下さって安心しました。既に当日の全てのスケジュールも出来上がっております。今更変更など出来るとお思いですか?」

 この俺が、人族相手に押されるとは・・。
 何故だ?
 魔獣にも感じたことの無い恐怖を感じるのだが、気のせいか?

「申し訳ありません。しかしゼノン大司教の事件もありましたので、あの礼拝堂を利用するのは少々・・・」

 ビシッ? 今扇を掌に当てただけだよな?音がおかしいだろ?扇なら パシッ! じゃ無いのか?
 あの扇、何が仕込んであるんだ?

「これは、決定事項です」
「・・・はい」
「但し、貴方の言い分も一理あります。変更できる部分については手配しておきましょう」
「・・・ご配慮感謝いたします」

 完敗だ。
 皇家うちの人間がポンコツすぎるのか?生粋の王族というのは、皆こうなのだろうか?

「兄上。いかがでしたか?」
「アーノルド・・・」

 不覚だ。弟の顔を見てホッとするとは。

「母上、怖かったでしょ?」
「いや・・・まぁそうだな。だが別腹の俺の婚約式に心を砕いてくれているのだから、文句は言えん」
「あはは。母上は幼い頃から王配教育を叩き込まれて居ますから、誰も太刀打ちなんて出来ませんよ」
「そうだな」
「兄上はあまり社交の場に出てこないから分からないかも知れませんが、社交も戦場ですからね、僕の王配候補達も大変みたいですよ?」
「なるほどな。ところでお前、候補の中に気に入ったオスはいるのか?」
「う~ん。どうでしょう。みんないい子達ですが、相手を選べる立場じゃないですからね、母上は “王配は最も利益の有る者を選べ。相手を好きになれなければ、側室を持て”  と言っていますし」
 
 ああ、アーノルドは、自由に恋愛も出来ないのだった。しかし、親が側室を持つことを薦めるとは、玉座とは非情で世知辛いものだ。アーノルドを見ていると、番を得て、浮かれてることに罪悪感が湧くな。

「すまんな」
「なんであやまるんです?僕は兄上がレン様と出会えた事が凄く嬉しいです。それに僕には、運命の番は現れないかも知れませんが、王配となる人と、幸せになれる可能性だって有ります」
「あぁ。そうだな」

 ちょっと前まで子供だと思って居たが、いつの間にか大人になったな。
 これはウィリアムよりしっかりしてるかもしれん。

 アーノルドが玉座に座る迄の間に、全ての憂いを祓い、地均しを済ませてやりたいものだな。


 ◇◇◇◇


「閣下。そろそろお時間です」
「分かった」

 漸く婚約式を迎えることが出来た。
 此処まで本当に、忙しかった。
 婚約式を終えれば、やっとレンを休ませてやれる。

 二日前まで、俺とレンはガルスタ山のクレイオス神殿で浄化に当たって居た。

 ガルスタ山で発見された神殿の監視役から、アガスが現れたと連絡を受け、急遽捕縛に向かう事になった。

 婚約式を間近に控え、レンには残る様に話したのだが「アウラ様と番から離れないって約束したので、私も一緒に行きます」と拳を握り締めた必死な顔で言われてしまっては、置いて行くという選択肢は俺には無い。

 監視役に案内されたガルスタ山の中腹にある神殿は、倒壊が進み廃墟と化していた。

 しかし神殿の荒廃とは裏腹に、此処は魔物の数は少なく、麓の村にもこれと言った被害が出ていない事に、レンは胸を撫で下ろしていた。

 しかし捕縛するべきアガスは、既に姿を消した後だった。

 アガスを捉えられなかった事には歯噛みする思いだったが、泉の浄化が優先事項だ。

 だが此処で、問題が起きた。
 泉に使用された呪具が二つもあったのだ。

 アガスが姿を現したのは、この神殿では思う様に瘴気が溜まらず、呪具を増やしに来たのではないか、とレンは推察し、これには俺も同意見だった。

 だが、一つの呪具を浄化するだけでも、レンへの負担は大きい。
 一度に泉と二つの呪具の浄化など、レンに掛かる負担が多すぎる。

 かと言って、瘴気溜まりを産む呪具を放置も持ち帰ることもできない。
 俺の結界で包んでも、瘴気が漏れてしまうからだ。
 結局、時間を掛けて浄化する以外に方法が無く、またレン一人に負担を掛けてしまう事になった。

 アウラ神は、何故レン一人にこんな過酷な使命をお与えになったのか。

 レンの華奢な身体とは違い、俺は身体もデカく頑健だ。どうせ使命を与えるなら、俺に与えれば良かったのだ。

 泉や呪具に浄化を施すたび、レンは立っていられなくなる程疲弊する。
 疲れ切り青褪めた頬を、後何度見なければならないのか。

 己の無力さに対する苛立ちは、そのままアガスへの殺意になった。

 あいつは俺が必ず殺す。
 俺の番を苦しめた分、100倍にして返してやる。

「になります・・・閣下?」
「む? すまん、考え事をしていた。もう一度言ってくれ」
「式場は其方では有りませんよ」
「ん?礼拝堂では無いのか?」
「はい。皇太后様からのご指示で、奥の院が式場となります」
「奥の院?あそこは高位神官しか立ち入れないはずだが?」
「左様でございます。ですが本日の主役は愛し子様ですので、問題はなかろうと」
「なるほどな」

 サンフェーンで捕縛した3人から、アガス、ヴァラク教、神官、この三者の繋がりと癒着の証言を得ることが出来た。

 ロイド様はじめ皇宮側は、この婚約式を機に、本気で神殿掌握乗り出したということだな。

 あの3人の口を、レンには聞かせられない方法でこじ開けた甲斐があった訳だ。

 案内された奥の院洗礼の間は、礼拝堂から移動させた長椅子に、国内外の貴族と他国の使者がひしめいている。

 なんだこの人数は。
 招待しすぎじゃ無いのか?

 洗礼の泉前に置かれた説教台の横に大司教の祭服を着て立っているのは・・・。

 ウィリアム?
 親族代表だからか?
 いや、その位置はおかしいだろ?
 何故、祭服を着ている?
 まさか・・・お前が式を進行する気か?
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