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アレクサンドル・クロムウェル

タマス平原/ 帰路

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 レンが居なければ俺達は瘴気を見ることもできない。なんとなく嫌な感じがすると感じるだけだ。

 実際アガスと対峙した時、瘴気の穢れに侵される処だった。 

「それで、“祝福”  と言うスキルが使えそうなので、試せないかな?って」
「あぁ、そういう・・・そうだな・・・」

 ブルーベルの足を止め、後続にはそのまま進むように合図を送り、あたりの気配を探ってみた。

「どうしたの?」
「近くに魔獣でも居ないかと思ってな?」
「そっか。魔獣がいたら試せますね?」
 
 楽しく番と語らっていると、ロロシュとマークがやって来た。

「こんな往来の真ん中でいちゃついて、何やってんだ?」
「ロロシュ!失礼ですよ!」
 
 二人の様子を見ていたレンは フフン と鼻で笑い「ロロシュさんは、もう少しアレクさんを見習ったほうが良いですよ?」と笑顔でロロシュを挑発いている。

 レンにしては珍しいな。面白そうだから、続きを黙って観察することしよう。

「ハハッ!閣下をですか?」
「そう。ロロシュさん?デリカシーって知ってますか?アレクさんみたいに紳士的にならないと、番に嫌われちゃいますよ?」
 とマークを見て「「ねッ!」」って、マークと息ぴったりだな。
 ふむ。この様子なら、マークは専属護衛で決まりだな。

「閣下のどこが紳士的なんだよ」
 小声のぼやきが、レンに聞こえたらしい。
 レンは更に良い笑顔をロロシュに向けた。

「ロロシュさん?私、元素魔法使えるんですよね。マークさんに教えてもらったので、氷系も覚えたんですけど、ロロシュさん実験台になってもらえます?」
「えっ?いや。氷は、ご遠慮したいかなぁ」
「あら、残念」

 レンは俺に向かって、イタズラを成功させた子供の様な顔を見せた。

 氷を持ち出したってことは、レンはロロシュが蛇だと知っていたのか。
 良い笑顔で相手の弱点を突いて脅すとは、こういう処は侮れないんだよな。
   
「それで、お二人は何をされていたのですか?」
「ん?あぁ、レンが試したいことがあると言うから、適当な魔獣が居ないかと思ってな」
「魔獣ですか?」
「この辺りなら、コネリか虹アゲハの幼虫が居ると思うのだが」
「あ~。あの木にモサンの幼虫がいるぞ」
 流石にロロシュは探知が早いな。

「レン、魔獣は見つけたがこの後どうする?」
 とレンはチラッとロロシュを見て、恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 ロロシュがどうかしたのか?

「あの・・ちょっと屈んで貰えますか?」
「ん?こうか?」
 レンは俺の両頬を手で挟んで顔を寄せると額に口付けた。

 ああ、人前で俺にキスするのが恥ずかしかったのか。

 納得すると同時に、浄化に似た光が額に灯り、ふわりと体が温かくなった。

「えっと。この状態でモサンの幼虫を見てもらえますか?」

 半信半疑で、モサンの幼虫がいるという木に近づいて見上げると、見覚えの有る黒い靄が揺らめいて居るのが見えた。

「これは・・・瘴気が見える」
「やった!成功?!」

 レンは無邪気にはしゃいでいるが、これは大問題だ。

「レン、瘴気は見えるようになったが、これは俺以外に使えんぞ?」
「どうして?」
 
 多分俺の顔は険しくなっていると思う。
 レンはそんな俺を見て、キョトンとして居るが気付いてないのか?
 だが、ここは絶対譲れない。

「君は付与の度に、俺以外のオスに口付けるのか?」
「それはイヤ!」
 間髪入れぬ答えに俺は大満足だ。

 そうか、イヤか。
 それなら良いんだ。
 
「レンが他のオスに触れるのは俺も嫌だ。だが手段としては悪くないと思う」
「ほんとう?」
 探るように見上げる番の頭をヨシヨシと撫でる。

「そうだな。魔法の付与は通常物に与えるものだ。俺たち魔力持ちは自分の魔力を武器や防具などにそのまま乗せるが、魔力値の低い者や人族は、予め魔法を付与された魔剣や防具を使用するな」
「あ~。それわかります。RPGとかでよく有るやつですね」
「あーるぴーじー?・・魔法が付与された装備品は高額で、平団員が手にするのは困難だ。だから身体強化や防御力を上げる効果のあるアクセサリーや、自分の身代わりになるアミュレットを持つ者が多いな」

「へえ~」

「ただアクセサリーやアミュレットはそこそこ良い値段なのだが、ほぼ使い捨てだ。だから使い所が難しい」

「使い捨てなのに、なんで高いの?」
「魔法を付与できる素材が高価だからだな」
「お安い物に付与は出来なの?」

「付与される魔法が強くなれば、その魔力に耐えうるものが必要だろう?例えば、防御力を1上げるだけなら、その辺の石でもできるかも知れない。だが100上げるには純度の高い魔晶石が必要になる」

「ふ~ん、なるほど」

 納得したレンだが、それから暫くは “安価で、交換して、台座に取り付けて・・”
 と時折ブツブツとこぼしながら、頭を捻っていた。

 せっかく一緒に居るのだから、俺のことも考えて欲しいと思うのは、我儘だよな。
 レンは、俺や多くの団員達の事を考え、身を案じてくれているのだから・・・。
 それでも俺だけを見て欲しい、この可愛らしい頭の中に、俺以外の存在があることが許せない。
 可哀想にな、こんな心の狭いオスに囚われて。考えたくもないが、もし君が俺から逃げたいと思ったとしても、絶対逃す事なんて出来ない。
 だがレンはこんな俺を紳士だと言い、考えに没頭しすぎて完全に脱力した体を、俺に預けてくれている。
 これは俺を信頼し、心を許してくれて居る証だ。 
 俺はこの信頼に応えなくてはならない。
 だから今は、くだらない嫉妬心には蓋をして、柔らかく温かな番の体が、俺の腕の中にある幸せを噛み締めることにしよう。

 ◇◇

 ウィリアムには、帰還の先触れを出していたが、ポータルで皇宮に戻った俺とレンは柘榴宮に直帰した。

 元々レンの拉致は極秘事項であった事と、ローガンの意識が戻らないと聞いたレンが「瘴気の穢れに当てられたせいかも知れない」とローガンの身を案じた為だ。

 宮の使用人には、レンは外出先で討伐に合流すると説明していた為、皆レンの無事な姿を見て安心した様子だった。

 ただ一人、事実を知るセルジュは、レンとローガン、二人の身を案じていたからだろう、出発前よりやつれて見えた。

 そんなセルジュを、レンはそっと抱き寄せ、頭を撫でていた。

 この二人が近い距離に居ても嫉妬心が湧かないのは、何故か二人の関係が親子のように見えるからだからだろうか。

 セルジュに案内されローガンの部屋に入ると、レンの祝福を受けた俺の目にも、苦しげな息を吐くローガンは、体から瘴気が揺らめいているのを見ることが出来た。

 レンは瘴気が深く入り込むと精神を傷つけるのだと言っていた。
 ローガンが、倒れてから数日が過ぎている、影響が出ていなければいいが・・・。

 ローガンの手をとり浄化を掛けていくレンの瞳は悲しげだった。きっと自分のせいでローガンが傷ついたと悔やんでいるのだろう。

 悪いのは君じゃない、アガスが全て悪いのだと何度でも伝えてあげよう。

 浄化が済むと、ローガンの顔色は見違えるほど良くなり、呼吸も静かになっていた。
 この様子なら、ローガンが目覚めるまで時間は掛からないだろう。
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