獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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アレクサンドル・クロムウェル

タマス平原/ 突入2

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「溢れる寸前と言っていたが、マイオールで魔物が溢れた時はこんなものじゃ無かった。この先は覚悟した方がいい。魔法も出し惜しみできんかもしれんぞ?」

 マークは瞳の光を強くし、シッチンの頬がヒクッと痙攣した。

「んじゃあ、これ配っとくわ」
 ロロシュは腰につけたポーチから、次々に回復薬の薬瓶を取り出した。
 どう見ても収納量がおかしい。

「アイテムバックか?」
「前職の必須アイテムだな」
 
 たしかに、盗み出した証拠品や極秘文書をブラブラさせる訳にはいかんだろうから、必要なのだろうが・・・。

「支給品だが、返せと言われてねぇからな。有効活用させてもらってる」
「なるほど・・・」
 
 こんな高価なものを、返却しなくて本当にいいのだろうか。

 各々ロロシュの差し出す回復薬を受け取り、上着の隠しや腰のバックに仕舞い込んだ。

「休憩は終わりだ。行くぞ」

 俺たちは洞窟の奥へと進んでいったが、予想が当たって、これ程嬉しくないことは初めてだった。

 休憩地点を出発し、スライムをを避けながら、終点が見えないほど長い階段を降りていくと、次第に壁が発光し始め、魔燈をつける必要がなくなった。

 どういう仕組みかは分からないが、視界が確保できるの有難かった。

 しかし壁や手摺りに垂れ下がる蜘蛛の糸がメイジアクネとアラクネの存在を知らせている。

 この先に面倒な相手がいるのは確かだ。

 この場所は円錐形に掘り抜かれており、階段を下る途中、一定間隔毎に設置された踊り場から、壁面を一周する通路がいくつかの部屋に繋がっているらしい。

 俺たちは、張り巡らされた蜘蛛の巣に引っ掛からないよう気を配りながらジリジリと時間を掛けて下へ降りていった。
 
 最下層に辿り着く一つ手前で目立つ踊り場から通路に逸れ、手摺りの影にしゃがみ込んで下層を観察しているのだが・・・。

 これは、レンが見たら気絶しそうだな。

 ギギギ・・・・。
 カシャ・・カシャカシャ・・・。

 不気味な音を立てるメイジアクネとアラクネが群れる様は、蜘蛛が嫌いなレンには耐えられない光景だろう。

「閣下、どうするよ。通り抜けるのも簡単じゃないぜ?」

 ロロシュが指差したのは、階段の真向かいに見える扉だ。

 あそこまで、無傷で走り抜けるのは無理がある。
 しかし、何れ蜘蛛たちには気付かれるだろうし、先に進まなければならない。

 いっその事、全部焼くか?
 いや炎で一気には駄目だな。
 酸欠になるかもしれん。

 雷撃は・・壁を崩しそうだ。

 土か水か・・・。

 より効率的な手順を考えていると、シッチンが下層の一角を指差した。

「あそこ、何か召喚されます」
「召喚だと?」

 全員が手摺りの影から覗き込むと、見覚えのある召喚陣がメイジアクネの頭上に浮かび上がり、ガードハウンドの群れが吐き出された。

 空中に放り出される形となったガードハウンドは、地面に落ちると体勢を立て直す間も無く、メイジアクネとアラクネに捕獲され糸でぐるぐる巻きにされていった。

「餌か?」
「・・・アガスの野郎、蜘蛛を飼ってやがったのか?」

 飼育にしては餌が少なすぎる。
 現にガードハウンドを巡って、蜘蛛同士で争いが起きている。

「あれは共食いでしょうか?」
 
 青い顔をしたマークの視線の先に、小蜘蛛を捕食しているメイジアクネが見えた。

 “すたんぴーど”の原因はこれか?
 
 召喚陣で定期的に餌の補給はしているようだが、個体数に足して少なすぎる。
 これは想定以上に蜘蛛が増えすぎたのではないか?

 腹に卵を抱えた個体も多い。
 あの卵が全部孵ったら・・・。
 既に共食いが始まっている。
 餌を求めて外に出るまで時間の問題だ。
 
 マイオールのような数による被害じゃない、凶暴性の問題だ。

 コイツらには、街を囲む防壁も障害にならない。巨大な蜘蛛の群れが街を襲ったら、人間などただの餌だ。

「マーク防壁を張れ」
「了解」
「何する気だ?」
「あの蜘蛛を殲滅する、ロロシュとシッチンは周囲の警戒。上からも来るぞ」 
「はっ!」
「マジかよ?!」

 マークとシッチンは躾けが行き届いているが、ロロシュは躾け直さんといかんな。

 マークが防壁を張ったのを確認した俺は、手始めに正面の扉を土砂で埋め、氷漬けにした。

 近くにいた子蜘蛛が何匹か巻き込まれたが、死ぬのが少し早まっただけだ。

 万が一、扉の向こうにレンがいたと仮定して、こうすれば水を流しても扉の向こうに浸水することはないだろう。

 俺の魔法で蜘蛛の群れは、俺たちの存在に気が付いたようだ。

 ギチギチ ガチガチ と牙を鳴らし、巨大蜘蛛の群れが俺達に向かってくる光景は、悪夢を見ているようで、気分が悪い。

こう言うものは、さっさと始末するに限る。

俺は魔法で濁流を創り出し、壁に向かって蜘蛛の群れを押し流した。

 流される蜘蛛の間に、養分を吸い取られた魔物に張り付いてるスライムが見えた。
 スライムは、蜘蛛の食べカスを餌にして、数を増やしていたようだ。

 卵から孵ったばかりの子蜘蛛なら、この水責めで片付けられそうだが、成体は違う。
俺は水を流し続け、地の底に水を溜めて行った。

「ロロシュ!シッチン!壁の蜘蛛を撃ち落とせ!!」
「あ~もうっ!了解!!」
「はいっ!!」

 頭上を振り仰ぐと、壁の部屋から次々に蜘蛛が湧き出し、糸を伝って降りてくるのが見えた。

 堪え性のないメイジアクネが、俺たち目掛けて次々と飛び降りてきたが、マークの張った防壁に阻まれ、火花を散らしながらバウンドして、下層に溜まった水の中に落ちていった。

 シッチンとロロシュも水から這い出そうとする蜘蛛と、近づいて来る蜘蛛に必死で魔法を飛ばしている。

 俺は腕に溜めた魔力を炎の渦に変え、巨大な蛇の様に、暴れまわらせた。

 炎の蛇は壁を舐め、螺旋を描いて上空へ登っていく、炎に焼かれた糸が切れ、頭上から降りてきた蜘蛛達が炎に巻かれ ジュウッ と水煙を上げて水の中に落ちていった。

 張り巡らされた蜘蛛の糸と、蜘蛛本体が焼ける悪臭で吐き気がする。

 周囲の蜘蛛が粗方水の中に落ちたことを確認し、下層に溜めた水を指を鳴らして、蜘蛛ごと氷漬けにした。

 全ての蜘蛛の殲滅には至っていないが、残った蜘蛛は俺達を恐れたのか、壁の中にスゴスゴと戻っていった。

「しっ死ぬかと思った~」
「マジで勘弁してくれよ」

 ヘナヘナとその場に座り込んだロロシュとシッチンは、魔力の使いすぎで、膝がブルブル震えていた。

「だらしない。鍛錬が足りない様ですね」
「お前なぁ。オレは攻撃魔法が得意じゃねぇんだよ」
「なら防壁か結界魔法の鍛錬が必要でしょう。あなたが防壁を張ってくれれば、攻撃は私が代われますよ?」
「2人とも、戯れるのは後だ。さっさと回復薬を飲め」

マークはきまり悪そうに黙り込んだが、ロロシュはうっすら頬に朱が差している。

「あんた、あんなバカスカ魔法ぶっ放しといて、なに平然と立ってんだよ。バケモノか?!」
「ん?もう一度俺と鍛錬したいみたいだな?」

 練武場での鍛錬を思い出したのか、ロロシュは口を閉ざし、回復薬を引っ張り出した。
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