獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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アレクサンドル・クロムウェル

タマス平原/親子喧嘩

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 愛し子の拉致。
 国として、あってはならない失態だ。

 レンは先の謁見で、皇家の庇護下に有る事が公になっている。

 それが、何処の誰とも分からない相手に出し抜かれ、奪われたとなれば、皇家の威信は地に落ちる。

 よって、レンの奪還は秘密裏に行わなければならない。

 貴族の裏事情を熟知している母上は、皇宮への帰還の際、俺への婚約祝いだと馬車を幾台も連らせ、荷物の中にマークを隠して、ポータルから柘榴宮へ直行している。

 その配慮が出来るなら、レンの滞在を俺に知らせるなり、もっと早くレンを返してくれなるなりしてくれれば良かったものを。

 大方親父殿がレンを気に入って、引き留めさせたのだろうが・・・。

 そもそもの話し、アルサク城にレンが滞在していたと言うなら、レンの家出も母上達のはかりごとだったのではないか、と俺は疑っている。

 レンとの面会を希望する母上達に、レンの安全を優先させ“会いたいなら皇都に来い”と俺が言った事で、皇都を嫌う親父殿にレンを会わせようと、ウィリアムを巻き込んだのではないか?
 俺達の仲違いを渡りに船と、利用したのではないか?と。

 これは、あくまで想像だ。
 それにこの想像が事実であったとしても、レンを取り戻す、役には立たない。


「アガスで間違いないか?」
「はい・・あの顔を見間違う・・ものはいないでしょう」

 マークは瘧のように体を震わせ、顔色も土気色だ、これ以上無理はさせられない。

「部屋を用意させてある、今は休め」

「・・・閣下。レン様は・・・城下で閣下にお食事を作って差し上げるのだと、閣下のお好みになりそうな物を探して・・・。レン様は・・柘榴宮に帰りたがっておられました」

「・・・そうか」

「どうか、レン様を柘榴宮に取り戻してください。その為なら、私は死んでも構いません」
 マークは、唇を震わせ、声を絞り出した。

「その願いは聞けんな」
 
 マークの瞳が絶望に染まって見えた。

「レンは取り戻す。だがお前が死んではレンが悲しむ」
 
 包帯が巻かれていない、マークの右頬に涙が一筋溢れた。

「ロロシュ。マークを治療してやれ」
「了解」

「・・・お断りします。詰所の治癒師で充分です」
 
 歩み寄ろうとするロロシュを、マークは拒絶し、セルジュの手を借りて部屋を出ていった。

「・・・」

 マークに拒絶されたロロシュは、ショックで固まっているが、身から出た錆だ。
 大切に思うなら、最初から優しくすれば良かったのだ。

「母上、何か手掛かりになるような物は?」
「さぁどうかな」
「城下で不穏な動きは?」
「無い」
 
 顎の無精髭を撫でていた母上は、ふと手を止めて体を起こした。

「そう言えば、ヴァラク教の信徒が巡礼の途中だとかで、多勢入って来たと言ってたな。アイツらは私が一度、派手に追い出してから、アルサクに近寄らなかったのだが」

「ヴァラク教・・・ロロシュお前、何か情報は無いのか?」

 影であったロロシュなら、俺たちが知らない情報を掴んでいてもおかしくは無い。

「・・・」
「おい!集中しろ!」
ロロシュの足を爪先で蹴ってやった。

「痛ってぇ・・・ヴァラク教なら目立った動きはない。聖地の巡礼だとかで国中を歩き回ってるくらいだ」

「他には」

「神官との関わりは相変わらずだ、どっちも獣人が目障りだからな。巡礼の資金も神殿から流れてるらしいが、今のところ証拠は無い」

「ウィリアムが瘴気とアガスについて調べさせただろ?」

「アガスも何も出なかった。怪しいとすれば、アガスが通っていた高級妓楼だな。この妓楼は利用する客が客だけに、異常なほど警備が徹底していて、俺たちも迂闊に近寄れない、情報と言えるものは無いな」

「神殿の瘴気に関する記録は?」
 ロロシュは肩をすくめてお手上げのポーズだ。
「だが今なら、神殿の記録を漁れるかもな」

 今ならゼノン殺害の捜査と言い張る事が出来る。

 アガスは、最初から愛し子に執着を見せていた。ミーネの魔獣・ゼノンの殺害・レンの拉致。全てにアガスは繋がりがある。

 アガスの目的はなんだ?

 アガスは愛し子を手に入れて
 何がしたい。
 
 何でもいい。
 レンに繋がる情報が欲しい。

「母上に、妓楼の捜査を頼めますか?」
「構わんぞ」
「それと、近衛と御者、アルサク城の者も調べて下さい」
「近衛?」 

 皇都も近衛も第1騎士団は、サボり勝ちだが、一応母上の管轄下にあり、アルサク城を取り仕切るべき親父殿は役に立たず、実質的に城を取り仕切って居るのも母上だ。

 レンが宮を出てアルサク城に向かった事は、俺にさえ情報が入ってこなかった。
 
 それをアガス達は知っていた。
 何処かでアガスに情報が漏れている。

 そう語る俺に、母上は満足そうに目を細めたが、俺達の様な切迫感はなく、おもしろがっているようにさえみえる。

「其方の調べは私に任せろ。今回の件は私の責任だからな」

 母上が、右の耳朶を指で揉んでいる?

 これは、都合の悪い事を隠そうとする時の母上の癖だ。

「何か隠していますか?」
「何の事だ?」

しらばっくれる心算か?

「・・・レンを宮から引っ張り出したのは、母上ですね?」

 耳朶を揉む手が止まり、母上は天を仰いだ。

「・・・あ~バレたか」

 やっぱりこいつか!

「バレたか。じゃありませんよ!!まだレンの安全が確保出来ていないと言ったでしょう!?」

「いや~。ハリーがお前の婚約者に会いたいと言うから」

「また、親父殿の我儘か!」
 目を怒らせる俺に、母上は揶揄うようにニヤついた。

「だがレンを泣かせたお前が悪いのだぞ?ウィルもずっと断っていたのだが、お前がレンを泣かせたから協力してくれたのだ。それに、レンは擦れてなくて良い子だが、あの様に単純で、簡単にころっと騙される様では、大公妃としてはなぁ。少し人を疑うことを覚えさせた方が良いぞ?」

 無責任な言い様に腹が立って、抑えが効かなくなった。

「大きなお世話だ!!レンは愛し子だ!心が清く、人を信じて何が悪い!!母上には、責任感や、自責の念は無いのか?!番だからと親父殿の我儘ばかりきいて。仕事は放ったらかし。挙句、息子の番を危険に晒して居ると言うのに、そのふざけた態度は何だ!!」

「私は、私の番を喜ばせたかっただけだ。獣人の愛とは利己的なものだぞ?お前だって同じだろ」

「あんたと一緒にするな!マークを見ただろう?!こっちはレンを取り返そうと必死だ!それを他人事の様な顔をして、無責任だろ!!」

「親に向かって、威嚇を放つとは良い度胸だな」

「そう言う事は、親らしい事をしてから言うべきだろう。俺があんたに教わったのは、髪結だけだ。それも親父殿に見せる為だけのな!!」

「生意気な!」
 母上から威嚇と魔力が放たれ、身体の周りが陽炎のように揺らめいた。

「生意気?あんた達のおふざけのせいで、レンは拉致され、今もどんな目にあって居るのか分からない!!あんたの部下は死んだんだぞ!?マークとローガンがあんな目に遭ったのは誰のせいだ!!レンの安全を無視して、親父の我儘を優先させたからだろう!あんたは俺に感謝すべきだ。親じゃなければ縊り殺してるところだ!!」

 睨み合う俺達の間で魔力がぶつかり合い、火花が散った。

「縊り殺す?ジルのようにか?」
「・・・あんたがそれを言うのか?」

 しまった。とでも言う様に、母上の瞳が泳ぎ、威嚇が解かれた。

「あ~。派手な親子喧嘩の邪魔して悪いが、建設的な話しが無いなら、オレは神殿を調べに行ってもいいか?」

 仲裁とも呼べないロロシュの仲裁に、気を削がれた俺も威嚇を解いて椅子に座り込んだ。

不毛な争いで無駄に心を削られ、長い溜息がでた。

「兎に角、今はレンを見つける事が先決だ。何でも良い、手掛かりになる物を見つけないと」 
 
 その手掛かりの在処が分からない。
 室内に満たされた重い沈黙を、母上の面白くなさそうな声がやぶった。

「レンは無事だ。居場所も分かる」

「「はあ?!」」

 自分の発言の重要性が分かっていてわざやって居るのか、母上は怠そうに手首にはめた金のバングルを撫でている。
 
「聞こえ無かったのか?レンの居場所は分かっている」
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