上 下
94 / 524
アレクサンドル・クロムウェル

帰還とお引越し / 休憩と相談1

しおりを挟む
 あれだけの演技をしてのけ、余裕だなと思っていたレンだが、実は違ったらしい。
 謁見の間を出てすぐに抱き上げると、レンは俺の首に縋り付き。
「ウェ~~緊張した~~~!悪役令嬢の皆様ありがとう~~!」と溢していた。

 “アクヤクレイジョウ”とは?
 と思いもしたが、緊張が解けてもプルプルと震える姿が可哀想で、何も聞かずに頭をヨシヨシと撫でるに留めることにした。

 謁見室を後にした俺たちは今、皇帝の執務室に居る。
 ゼノンの出方次第では、対応を検討する必要が有った為、謁見後此方に集まる手筈となっていたからだ。

「少しは落ち着いたか?」
「まだ、心臓がバクバクしてます」
「どれ」と言って、レンの胸に当てようとした手を、ピシャリと叩かれた。
「めっ!アレクさんのムッツリ」とジト目で見られてしまった。

 ショックだ。
 レンまで俺をムッツリとか言うのか?
 ただ心配しただけなのに・・・。

「いや、これは邪な気持ちとかではなくて、レンが心配でだな」
 冷や汗をかく俺をジトっと見ていたレンが、急に何かを思いついたようにニパッと笑った。

 これには既視感がある。
 拙いぞ。

「じゃあ、おしっぽ触らせて?」

 やっぱりか~!!
 尾は色々と拙い。
 こんな所では、益々拙い。
 しかし・・・。

「ダメ?」

 カアーーーーっ!!
 そんな、あざと可愛く見上げられて、ダメと言えるオスが居るか?
 え~~い。もう知らん!!

「・・・・・クッ」
「ふさふさのモッフモフ~♪」
「た・・のしいか?」
「はい。凄く癒されます」
「それは、良かった」

 全然良くない。
 特に俺の“オレ”的に良くない・・・。
 非常に良くない。
 礼服のマントが長くて、本当に良かった。

 暫くして残りの謁見を終えた、ウィリアムとアーノルドが執務室に戻ったのだが。
 左膝にレンを乗せ、細い腰に巻いた尾先を撫でさせるオレの姿に、案の定というか、2
人はギクリと立ち止まり、ウィリアムは“またか”と言いたげにため息を漏らし、アーノルドは、マントで不自然に隠された俺の股間へ、軽蔑の籠った冷たい視線を向けてきた。

「お帰りなさい。お二人ともお疲れ様でした」
 とレンが笑顔を向けると、アーノルドもぎこちない笑顔を浮かべた。

「レン様?何故、兄上の尾を撫でているのですか?」と問う唇の端が、引き攣って痙攣している。

「ん?アニマルセラピーですけど?」
「アニマルセラピー?」
「えっと。彼方では動物と触れ合うと、癒し効果が得られる事が解明されていまして、特に猫ちゃんの癒し効果は、抜群なんです」
「癒し効果?・・・猫ちゃん?」
 アーノルドの口の端の痙攣が、違う意味の震えに変わってきた。

「そうなんです。アレクさんは虎さんなので、おしっぽも立派で、モフリ甲斐があります。凄く癒されますよ?」

 レンは一生懸命に説明しているのだが、ウィリアムとアーノルドの肩が、笑いを堪える為に震えているのが分かる。

「癒しとモフリ甲斐・・・ですか?」
「はい。モフモフは正義ですから」とレンは可愛らしく拳を握ったのだが・・・。

「プッ!!猫ちゃん!あはははは・・・・モフモフッ!!」
「アーノルド・・・やめて。アレクが可哀想だからッ・・プクク・・フハハ・・・!!」

 腹を抱えて笑う2人に、レンは呆気に取られ「なんで笑ってるんですか?」と、額に手を当て、ため息を吐くオレの顔を見上げてきた。

「2人とも疲れすぎて、テンションが可笑しくなっているだけだ、気にしなくていい」
「お仕事が大変なんですね?」と弱冠怪訝そうだが、納得はしてくれた様だ。

 しかしアーノルドは「テンションって!兄上。真面目な顔やめて!!」ヒィヒィと笑い続け、面倒になった俺は、レンを抱えたまま立ち上がり、その後ろ頭をペシリと平手で叩いた。

「あいたっ!」
「話が無いなら帰るぞ」
「プクク・・・すみませ・・クク・・」
「・・・・話はないようだな」
「ごめんよ。アレク・・・プッ・か・帰らないで」
「大丈夫ですか?治癒魔法かけますか?」
「レンちゃんごめん。今は・・・やめて、お願い」
「はあ。・・・???」

 仏頂面の俺と、疑問符だらけのレンを前に、笑い過ぎた2人は、グッタリと椅子に座り込んだが、笑いの発作が起きるのか、時折口の端がピクピクと痙攣している。

「え~ゴホン。レンちゃん今日は、お疲れ様でした」
「いえ、こちらこそ。少しやり過ぎてしまいました」
「いや。あれくらいで丁度良い」
「そうですか?」
「そうです。神殿の者達はしつこいですから、あれぐらいハッキリ言わないと」
「そうそう。レンちゃんかっこ良かったよ」
「それなら良いんですけど」
 と肩を丸めているが、レンの演技は完璧に近かったと言って良いだろう。

「でもさ、口調も変わってたし、よくあんなにスラスラとゼノンを追い込めたね?」
「ああ。あれは悪役令嬢・・・私の国の物語の中に、似たような場面が沢山有ったので、それを真似してみました。じゃなきゃ“ですの?”なんて恥ずかしくて言えないです」
 とレンは照れた様に、頬を指で掻いた。

「なるほどねぇ。でもさ、あんな場面が物語の中に沢山有るって、レンちゃんの国って変わってる?」
「あ~~。ちょっと特殊な国では有ったと思います。でも平和でしたし、文化水準も高くて、娯楽も沢山有りましたから」
「そうなんだね。そこらへんの話も、詳しく聴きたいなあ」
「陛下・・そろそろ本題に入ったほうが」
 兄上の機嫌が・・・とアーノルドがヒソヒソと注意している。

 良々、アーノルド
 できる子に育ってくれて、兄は嬉しいぞ。
 まぁ、さっきの爆笑は許さないがな。

「コホンッ。あ~今回の謁見で、大神殿の連中も暫くは大人しくしていると思う。アレクとの関係もアツアツだってアピールできたし。レンちゃんの使命についても周知できた。獣人への差別についても、神の愛し子が否定的な発言をした訳だから、よっぽどのバカじゃなきゃ、そうそう手出しはして来ないんじゃ無いかな?」
「そうですね、暫くは平和だと思います。婚約式の準備も進んでいますし、後は瘴気を消す手筈を整える必要がありますね」
「それについて、2人はどう考えてるの?」
「そうだな」
 とレンと視線を合わせると、レンは一つ頷いた。

「先ずは、タマス平原のスタンピードに、目標を合わせたいと思います」
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

夫の心がわからない

キムラましゅろう
恋愛
マリー・ルゥにはわからない。 夫の心がわからない。 初夜で意識を失い、当日の記憶も失っている自分を、体調がまだ万全ではないからと別邸に押しとどめる夫の心がわからない。 本邸には昔から側に置く女性と住んでいるらしいのに、マリー・ルゥに愛を告げる夫の心がサッパリわからない。 というかまず、昼夜逆転してしまっている自分の自堕落な(翻訳業のせいだけど)生活リズムを改善したいマリー・ルゥ18歳の春。 ※性描写はありませんが、ヒロインが職業柄とポンコツさ故にエチィワードを口にします。 下品が苦手な方はそっ閉じを推奨いたします。 いつもながらのご都合主義、誤字脱字パラダイスでございます。 (許してチョンマゲ←) 小説家になろうさんにも時差投稿します。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

召喚されたのに、スルーされた私

ブラックベリィ
恋愛
6人の皇子様の花嫁候補として、召喚されたようなんですけど………。 地味で影が薄い私はスルーされてしまいました。 ちなみに、召喚されたのは3人。 2人は美少女な女子高生。1人は、はい、地味な私です。 ちなみに、2人は1つ上で、私はこの春に女子高生になる予定………。 春休みは、残念異世界への入り口でした。

皆で異世界転移したら、私だけがハブかれてイケメンに囲まれた

愛丸 リナ
恋愛
 少女は綺麗過ぎた。  整った顔、透き通るような金髪ロングと薄茶と灰色のオッドアイ……彼女はハーフだった。  最初は「可愛い」「綺麗」って言われてたよ?  でも、それは大きくなるにつれ、言われなくなってきて……いじめの対象になっちゃった。  クラス一斉に異世界へ転移した時、彼女だけは「醜女(しこめ)だから」と国外追放を言い渡されて……  たった一人で途方に暮れていた時、“彼ら”は現れた  それが後々あんな事になるなんて、その時の彼女は何も知らない ______________________________ ATTENTION 自己満小説満載 一話ずつ、出来上がり次第投稿 急亀更新急チーター更新だったり、不定期更新だったりする 文章が変な時があります 恋愛に発展するのはいつになるのかは、まだ未定 以上の事が大丈夫な方のみ、ゆっくりしていってください

処理中です...