上 下
94 / 497
アレクサンドル・クロムウェル

帰還とお引越し / 休憩と相談1

しおりを挟む
 あれだけの演技をしてのけ、余裕だなと思っていたレンだが、実は違ったらしい。
 謁見の間を出てすぐに抱き上げると、レンは俺の首に縋り付き。
「ウェ~~緊張した~~~!悪役令嬢の皆様ありがとう~~!」と溢していた。

 “アクヤクレイジョウ”とは?
 と思いもしたが、緊張が解けてもプルプルと震える姿が可哀想で、何も聞かずに頭をヨシヨシと撫でるに留めることにした。

 謁見室を後にした俺たちは今、皇帝の執務室に居る。
 ゼノンの出方次第では、対応を検討する必要が有った為、謁見後此方に集まる手筈となっていたからだ。

「少しは落ち着いたか?」
「まだ、心臓がバクバクしてます」
「どれ」と言って、レンの胸に当てようとした手を、ピシャリと叩かれた。
「めっ!アレクさんのムッツリ」とジト目で見られてしまった。

 ショックだ。
 レンまで俺をムッツリとか言うのか?
 ただ心配しただけなのに・・・。

「いや、これは邪な気持ちとかではなくて、レンが心配でだな」
 冷や汗をかく俺をジトっと見ていたレンが、急に何かを思いついたようにニパッと笑った。

 これには既視感がある。
 拙いぞ。

「じゃあ、おしっぽ触らせて?」

 やっぱりか~!!
 尾は色々と拙い。
 こんな所では、益々拙い。
 しかし・・・。

「ダメ?」

 カアーーーーっ!!
 そんな、あざと可愛く見上げられて、ダメと言えるオスが居るか?
 え~~い。もう知らん!!

「・・・・・クッ」
「ふさふさのモッフモフ~♪」
「た・・のしいか?」
「はい。凄く癒されます」
「それは、良かった」

 全然良くない。
 特に俺の“オレ”的に良くない・・・。
 非常に良くない。
 礼服のマントが長くて、本当に良かった。

 暫くして残りの謁見を終えた、ウィリアムとアーノルドが執務室に戻ったのだが。
 左膝にレンを乗せ、細い腰に巻いた尾先を撫でさせるオレの姿に、案の定というか、2
人はギクリと立ち止まり、ウィリアムは“またか”と言いたげにため息を漏らし、アーノルドは、マントで不自然に隠された俺の股間へ、軽蔑の籠った冷たい視線を向けてきた。

「お帰りなさい。お二人ともお疲れ様でした」
 とレンが笑顔を向けると、アーノルドもぎこちない笑顔を浮かべた。

「レン様?何故、兄上の尾を撫でているのですか?」と問う唇の端が、引き攣って痙攣している。

「ん?アニマルセラピーですけど?」
「アニマルセラピー?」
「えっと。彼方では動物と触れ合うと、癒し効果が得られる事が解明されていまして、特に猫ちゃんの癒し効果は、抜群なんです」
「癒し効果?・・・猫ちゃん?」
 アーノルドの口の端の痙攣が、違う意味の震えに変わってきた。

「そうなんです。アレクさんは虎さんなので、おしっぽも立派で、モフリ甲斐があります。凄く癒されますよ?」

 レンは一生懸命に説明しているのだが、ウィリアムとアーノルドの肩が、笑いを堪える為に震えているのが分かる。

「癒しとモフリ甲斐・・・ですか?」
「はい。モフモフは正義ですから」とレンは可愛らしく拳を握ったのだが・・・。

「プッ!!猫ちゃん!あはははは・・・・モフモフッ!!」
「アーノルド・・・やめて。アレクが可哀想だからッ・・プクク・・フハハ・・・!!」

 腹を抱えて笑う2人に、レンは呆気に取られ「なんで笑ってるんですか?」と、額に手を当て、ため息を吐くオレの顔を見上げてきた。

「2人とも疲れすぎて、テンションが可笑しくなっているだけだ、気にしなくていい」
「お仕事が大変なんですね?」と弱冠怪訝そうだが、納得はしてくれた様だ。

 しかしアーノルドは「テンションって!兄上。真面目な顔やめて!!」ヒィヒィと笑い続け、面倒になった俺は、レンを抱えたまま立ち上がり、その後ろ頭をペシリと平手で叩いた。

「あいたっ!」
「話が無いなら帰るぞ」
「プクク・・・すみませ・・クク・・」
「・・・・話はないようだな」
「ごめんよ。アレク・・・プッ・か・帰らないで」
「大丈夫ですか?治癒魔法かけますか?」
「レンちゃんごめん。今は・・・やめて、お願い」
「はあ。・・・???」

 仏頂面の俺と、疑問符だらけのレンを前に、笑い過ぎた2人は、グッタリと椅子に座り込んだが、笑いの発作が起きるのか、時折口の端がピクピクと痙攣している。

「え~ゴホン。レンちゃん今日は、お疲れ様でした」
「いえ、こちらこそ。少しやり過ぎてしまいました」
「いや。あれくらいで丁度良い」
「そうですか?」
「そうです。神殿の者達はしつこいですから、あれぐらいハッキリ言わないと」
「そうそう。レンちゃんかっこ良かったよ」
「それなら良いんですけど」
 と肩を丸めているが、レンの演技は完璧に近かったと言って良いだろう。

「でもさ、口調も変わってたし、よくあんなにスラスラとゼノンを追い込めたね?」
「ああ。あれは悪役令嬢・・・私の国の物語の中に、似たような場面が沢山有ったので、それを真似してみました。じゃなきゃ“ですの?”なんて恥ずかしくて言えないです」
 とレンは照れた様に、頬を指で掻いた。

「なるほどねぇ。でもさ、あんな場面が物語の中に沢山有るって、レンちゃんの国って変わってる?」
「あ~~。ちょっと特殊な国では有ったと思います。でも平和でしたし、文化水準も高くて、娯楽も沢山有りましたから」
「そうなんだね。そこらへんの話も、詳しく聴きたいなあ」
「陛下・・そろそろ本題に入ったほうが」
 兄上の機嫌が・・・とアーノルドがヒソヒソと注意している。

 良々、アーノルド
 できる子に育ってくれて、兄は嬉しいぞ。
 まぁ、さっきの爆笑は許さないがな。

「コホンッ。あ~今回の謁見で、大神殿の連中も暫くは大人しくしていると思う。アレクとの関係もアツアツだってアピールできたし。レンちゃんの使命についても周知できた。獣人への差別についても、神の愛し子が否定的な発言をした訳だから、よっぽどのバカじゃなきゃ、そうそう手出しはして来ないんじゃ無いかな?」
「そうですね、暫くは平和だと思います。婚約式の準備も進んでいますし、後は瘴気を消す手筈を整える必要がありますね」
「それについて、2人はどう考えてるの?」
「そうだな」
 とレンと視線を合わせると、レンは一つ頷いた。

「先ずは、タマス平原のスタンピードに、目標を合わせたいと思います」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

淫らなお姫様とイケメン騎士達のエロスな夜伽物語

瀬能なつ
恋愛
17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。 長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH! 途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!

迷い込んだ先で獣人公爵の愛玩動物になりました(R18)

るーろ
恋愛
気がついたら知らない場所にた早川なつほ。異世界人として捕えられ愛玩動物として売られるところを公爵家のエレナ・メルストに買われた。 エレナは兄であるノアへのプレゼンとして_ 発情/甘々?/若干無理矢理/

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった

山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』 色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

ドS騎士団長のご奉仕メイドに任命されましたが、私××なんですけど!?

yori
恋愛
*ノーチェブックスさまより書籍化&コミカライズ連載7/5~startしました* コミカライズは最新話無料ですのでぜひ! 読み終わったらいいね♥もよろしくお願いします! ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆ ふりふりのエプロンをつけたメイドになるのが夢だった男爵令嬢エミリア。 王城のメイド試験に受かったはいいけど、処女なのに、性のお世話をする、ご奉仕メイドになってしまった!?  担当する騎士団長は、ある事情があって、専任のご奉仕メイドがついていないらしい……。 だけど普通のメイドよりも、お給金が倍だったので、貧乏な実家のために、いっぱい稼ぎます!!

【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました

indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。 逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。 一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。 しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!? そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……? 元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に! もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕! 

5人の旦那様と365日の蜜日【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
気が付いたら、前と後に入ってる! そんな夢を見た日、それが現実になってしまった、メリッサ。 ゲーデル国の田舎町の商人の娘として育てられたメリッサは12歳になった。しかし、ゲーデル国の軍人により、メリッサは夢を見た日連れ去られてしまった。連れて来られて入った部屋には、自分そっくりな少女の肖像画。そして、その肖像画の大人になった女性は、ゲーデル国の女王、メリベルその人だった。 対面して初めて気付くメリッサ。「この人は母だ」と………。 ※♡が付く話はHシーンです

処理中です...